2015年7月20日月曜日

仕切り直しをしながら生きる

Column 2015 No.26

立ち上がりの前に力士が、土俵の上で立ち合いの身構えを何度も繰り返している姿を見ますが、それはお互いの力士が呼吸を整え、また両力士の息が合うまで“仕切り直し”をしている姿ですね。

 自分の人生が思うように回転しない時、また何をやってもうまくいかないなあと意気消沈しているとき…私はふっと力士のこの立ち合いの身構えをよく思い浮かべます。すると私の今の呼吸が浅いことや、呼吸の乱れに気づきます。そこで深呼吸をしてみたり、両手をあげたり開いてみたりしながら、呼吸に意識を向けていると不思議に少し落ち着いてきます。「呼吸は意識した瞬間から変化する…」とは、あるヨーガ行者が言っていましたが本当だと思います。

 呼吸を取り戻したら、“私流”ですが、お好みのお茶や珈琲を時間をかけてゆっくり入れ、お好みのお菓子を用意して「美味しい!」と独り言を言いながら頂きます。甘いものがいけないなんて思ったことはありません。甘いお菓子はとっても気持ちを安らかにしてくれます。気づいたら自分をしっかり取り戻し、私の中に新しい構えができます。私のひとつの“仕切り直し術”です。

 ところが仕切り直しを何度やっても悲しみが押し寄せ、不安が押し寄せてくることもあります。そんな時は心を決めて“悲しみよこんにちは”“不安よこんにちは”とその感情を丸ごと迎え入れます。感情は生きものですから、しっかり感じてあげたら不思議に落ち着いてきます。「どうしたの?」と聞くと、たいてい答えも返ってきます。その答えに対して、今はどうしてあげることもできないけれど私の気持ちは大きく安定してきます。

人生に迷ったら自分に返る

 これは私の信念であり、生きる道筋で迷い子になってしまったとき、私はいつも“自分に返る”ことを思い出します。人生に迷っているときは、自分の軸からたいてい大きく逸れています。例えばまわりが気になって無意識に他者と較べていたり、他者の呼吸の方に自分の呼吸を合わせている自分に気付きます。そのことに気付いたら自分に問いかけます。

 他者はともあれ、あなたは本当はどうしたいの?
 どうしたら、あなたの心が喜ぶの?

 自分の人生の答えは外にはありません。必ず自分の中にあります。だから必ず答えが来ます。するとブレていた軸が徐々に自分に返ってきます。戻るところは自分しかありません。そして頑張ることを少しやめて、再び自分に優しくしてあげることを思い出します。できるだけ心が喜ぶことをやってあげます。

 これまでの私の人生で、私の気持ちを本当に解ってくれた…と私が思えた人々、真に私を支えてくれた人々には共通した特徴があったような気がします。
 彼(彼女)らは自分の気持ちは率直に述べるけれども、決してそれを私に押し付けることはありませんでした。いつもさり気なくヒントを与え、たださり気なく支えてくれる、そんな人たちでした。私の人生における解決は、私の思考プロセスを通してこそ、真の解決に繋がるのだということを知っている人たちでした。丸ごと受け入れてはくれましたが、決して依存はさせませんでした。

 あなたにとってどんなに崇拝する人であっても、あなたの人生に関する感度は、あなた以上に冴えている人は誰ひとりいないのだということを信じ始めてください。あなたの人生に関して簡単に答えをくれる人は、実はあなたにとって真の援助者ではないかもしれないということも知っておく必要があります。

天は自ら助くるものを助く
~西洋の格言~

 まさに至言です。体験するのも自分。気づくのも自分。仕切り直すのも自分。すると答えはやってくるのです。他者は援助はしてくれますが、決して助けることはできないのです。


 絶望の淵からそして失意のどん底から再び生きることに“仕切り直し”されたNPO法人フューチャー理事長 野上文代さんのことを書いてみたいと思います。

 野上さんは子どもがなかなか授からなかったのですが、5年間の不妊治療の甲斐あって、一度に3人の子(三つ子)を授かり、最高に嬉しかったそうです。ところがMRI検査の結果、3人の子供のうち2人の子供に脳に異常のある脳性マヒと診断。彼女のショックは並大抵ではありませんでした。障がいを抱えたお子達ですから育児のストレスも尋常ではなく、子育ての疲れと、続く不眠とで野上さんはひどい鬱状態に陥られ、ついには子どもを連れて何処から飛び降りようかと、毎日死ぬことばかり考えていたそうです。

 ところがある日、自分の腕の中で、障がいのある我が子が、酸素ボンベを付けたまま懸命に母乳を吸っている!必死で生きようとしている!その姿に野上さんは大きな衝撃を受けたのです!その瞬間、野上さんの中で音を立てて何かがはじけた。そして心が決まったのです。「よ~し!お母さんはあんたたちをしっかり育てるよ!任せとき!」と。それが野上さんの“仕切り直し”の瞬間でした。

 写真で拝見するお子達の天使のような明るく澄んだ表情に心惹かれます。「特別なことは何もしていないんです。ただ毎日一人ひとりの子供を抱きしめてあげること。そして大好きよ!といってあげること。この二つは絶対に欠かしません…」心が決まったら、人はこんなにも愛に溢れてくるんですね。そしてその愛は確実に子どもに伝わるんですね…。

 この子たちのためなら何でもするぞ!と絶望の淵から雄々しく立ち上がられた野上さんは、やがてご自分の体験を生かして、障がい児のための施設を立ち上げられ現在も社会に大きく貢献していらっしゃいます。

 失意のどん底からでも決して諦めず、“希望に仕切り直し”をして生きる人々の生きざまは、まさに私たちに生きる勇気を与えてくれますね!

こけたら 立ちなはれ!
~松下 幸之助~


*次回のコラムは8月20日前後の予定です。