2026年3月20日金曜日

完璧な親でなくていい。完璧でない方がいい

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 下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2026 No.151

 子どもがこの世に誕生した日、私は歓びの感情のあまり、ベッドの上で飛び上がりたいような衝動でいっぱいでした。ところがしばらく落ち着いて心に浮かんできたことは、「この子を何とか立派に育てなくては!」と…、何が立派な姿なのか解からないままに、子どもを育てる責任と緊張感でこういった思いが湧いてきたことを思い出します。私自身大学での学業で、児童心理学をはじめ多方面の心理学を修めたこともあってか、今ここにいる子どもの心の在りかを見るよりも、心理学的成長に合っているか、育っているか…といった方向に心が向いていたような気がします。無意識に完璧な親になろうとしていたのです。

 上の子が生まれた時、その頃は仕事をしていなかったので、子どもと十分に関わるひとときが持てたことは有難かったと思います。子どもと無邪気に遊んだ経験は懐かしく思い出されますが、やはり私の頭の中にはいつも“心理学的バイブル”があるために、子どもを神経質に叱ったり、価値観を押し付けたりして、子どもの自然な発達を多くの場面で見逃し、妨げてきたような気が致します。子どもはしんどかったのではないかと、深い後悔で胸が一杯になることがあります。今回は私の子育ての体験からくる反省と気づきがテーマです。

 古い資料ですが、ある婦人雑誌が小学生対象に取ったアンケート「私のお母さんは日本一」“日本一と思うあなたのお母さんはどんなお母さんですか” 記憶が定かではありませんが、その辺りの質問だったと思います。
 そのアンケートの答えを分析して、次の五つに分けられていました。

1 よく働くお母さん
2 「大好きよ!」と言って抱きしめてくれるお母さん
3 手作りのお菓子や洋服を作ってくれるお母さん
4 一緒によく遊んでくれるお母さん
5 すっとんきょうな(まぬけな)お母さん

 これを見ても、子どもが望んでいる親の姿は、決して立派な親ではなく、血の通った人間的な親であることがよく理解できます。上から下に教育をしていく親ではなく、無邪気で、ありのままの親像が伺われます。すっとんきょうのお母さんを持ったある子どもの事例が一緒に掲載されていましたので、それをご紹介してみましょう。小学2年生の子の作文です。

「…私が逆立ちの練習をしていたら、お母ちゃんが“母ちゃんもやってみる!”と言って逆立ちしたら、母ちゃんのスカートがずり落ちておなかが出てしまいました…」

 お母さんのこんなすっとんきょうな行動をみた子どもは、「母ちゃんていいな!こんな母ちゃん大好きだ!」と、お母さんを眺めながら、気もちがほっと緩んだのではないでしょうか。

 さて、子どもが大きくなるに従って、私は、自分自身の子育てに疑問を持ち始め、「親業」という講習を受講して、メソッドを学ぶ機会を持ちました。それはいわゆる親子のコミュニケーションのとり方が中心でした。そこで私は自分がとってきたコミュニケーションが、如何に親(自分)中心なものであったかを、痛いほどに知らされました。ショックも大きかったこのメソッドに心打たれた私は、多くの親御さんに伝えていかなくては、といった使命感から親業の指導者にもなりました。

 子育てに大切なことは決して完璧な親である必要はない。先ほどのすっとんきょうなお母さんのようにありのままの親の姿から、子どもは沢山のことを学んでいきます。反面、完璧を演じる親の前では、子どもはプレッシャーを感じて緊張し、自分も完璧であらねばならないといった姿勢を学んでしまって、自分の人生を辛いものにしていく可能性も出てきます。

親が子どもにできる最高のひとつは 親が幸せでいることです
フランク・クラーク

 “お母さんが幸せでいる”こと、つまり周りの環境はどうであれ、その中で楽しみを見つけ、自分自身を幸せにできる人。これは、私が「親業講座」の指導者として、お母さん方に一生懸命に伝えてきたことでもあります。お母さんが幸せでなかったら、結果的には、子どもに“教える・叱る・しつこくなる”…のメッセージが増えてしまいます。

 ところがお母さんが幸せになると、子どもと共に遊び、笑い、子どもの失敗を許し「お母さんをはじめ、誰でも失敗しながら学ぶのよ」というように、自分の失敗の姿もありのままに見せながら一緒に学び育っていけるのです。そして親が語ることを少なくして、子どもが話すことをゆったりと聴くことができます。そして子どもは親の姿を見て、幸せということは、こういう生き方なんだな…と、日常的に見る親の姿をモデルとして、幸せな大人になっていける基盤が自然にできるのです。

子どもを育てるということは、親もまた育てられていくということです
河合 隼雄

 子どもを育てるということは親が自分自身を育てていくことに直結しています。子どもが語る言葉の中に、子どもが悩んでいるときの子どもの表情の中に、親に向けてくる怒りの中に、親自身の生き方や考え方の修正点に気づいていくチャンスが与えられます。子どもはある面、親の教師でもあります。

 我が子をどこで叱り、どこで認め、どこで指導していくのか…は心理学書にも育児書にも答えはありません。 “こんな時には叱るべきです” “こんな時には褒めましょう”…等々、子どもが今居る精神的な位置や置かれている状況を無視しては、すべて見当違いになります。その上、親の心境・体調によっても関わり方は違ってきます。瞬間瞬間の関わり方は、実は親自身の感性に頼るしかないのです。

 親も自分自身の人生を生きて楽しみながら、そして子どもの心は今どこにあるのか、どんな状況にいるのかを、大切にしながら子育てに関わっていくことで、バランスある感性は豊かに育っていきます。親は完璧である筈はないし、完璧である必要もありません。完璧でないからこそ、子どもは親の前で安心でき、失敗しても諦めないで、もう一度やり直そうと出来るのです。ありのままの親の姿を見て、柔軟性のある生き方を身に付けるからです。

 親も一人の人間です。お互いに、自分の人生を楽しみ正直に生きながら、自分の未熟性を許しつつ学び、迷いながらでも、立ち止まりながらでも、子どもと共にゆるりと歩んでいけたらいいですね。

*次回のコラムは2026年4月20日前後の予定です。

2026年2月20日金曜日

言霊(ことだま)のちから

  2026年 講座開講スケジュール 2026年スケジュールを公開しました☆彡

 下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2026 No.150

 古代の日本人は、言葉には不思議な霊力が宿っており、口にした言葉は現実の出来事に影響を及ぼし、いい言葉はいい結果を、悪い言葉は悪い結果を招く…と信じられてきた歴史があります。言葉に内在するその不思議な力のことを、一般には「言霊(ことだま)」と理解されています。

 ある日のこと、何となくテンションが上がらないまま、いつもの仲間の集まりに参加したことがありました。仲間の一人が最近あったショックな出来事の経緯を話しはじめました。私にとってはしんどい内容でしたが、話の最後辺りで「しかし人生は何とかなるものよ!」と力強く放たれた彼女のその言葉のエネルギーに、私の低迷していた気持ちが吹っ飛んで“本当に何とかなるもんだ”…といった気持ちになりました。今思えば、彼女のその言葉は私にとって愛と霊力の籠った「言霊」だったのだ…と思います。

言葉は音のエネルギーであり、
その振動は私たちに影響を与える
エスター・ヒックス

 ヒックスは「引き寄せの法則」の著者です。言葉は音でもあり、その音が持つ波長が私たちの感情や私たちの現実に影響を与えるのだ、と彼は伝えているのです。同じ言葉でも、その人が使う言葉の音の波長によって、第三者にプラスのエネルギーとして強力に伝わる場合と、微弱な音としてかき消される場合もあるのではないかと思います。音の不思議さですね。 

 最近のことですが、東京に住む息子から、あるYoutube動画を紹介してもらいました。
 出口王仁三郎氏の「唱えるだけで奇跡を起こす最強の四つの言霊」というテーマの動画です。なるほど!といった内容で、深い共感がありましたのでご紹介させて頂きます。唱えることで、確かに魂に響いてくるような手ごたえがあります。この情報を周りの人に拡散しましたところ、予想以上に大きな反響がありました。それは始めに述べたように、我々日本人の魂の中に、言葉を大事にしてきた歴史があるからでしょう。出口氏の「四つの言霊」を紹介してみます。

 一つめの言霊 「有難うございます」
(感謝の言葉)
 二つめの言霊 「我が人生はこれから益々良くなる」
(未来への希望の宣言)
 三つめの言霊 「私の本体は偉大なる天からの尊き存在である」
(普段の移ろいやすい意識や感情に関わらず、私たち誰もが、奥深くに天の光の一筋である神聖な本体がある)
 四つめの言霊 「弥栄!(いやさか)」
(自身の幸せとともに他者の幸せも我がことのように祈る)


人生は誰かから一方的に与えられるものでもなく、
また変えることのできない“運命”などというものもない。
人生とは汝自身の言葉によって、今この瞬間から
完全に自由に創造していくことが出来るのである
出口王仁三郎


 聖書の言葉も引用してみたいと思います

初めに言葉ありき
新訳聖書 ヨハネの福音書第1章1節

神は言われた。「光あれ!」こうして光があった
旧約聖書 創世記第1章3節

 「…創世は神の言葉から始まった。言葉はすなわち神であり、すべてのものはこれによって出来た…」と聖書では述べています。真の意味はなかなか難解ではありますが、出口氏が伝える言霊についても、聖書のこの辺りの聖句に一致しており、私たちが語る言葉には、やはり不思議な“創造の力”が宿っているということを示唆しています。

自分の言った言葉が自分の運命を創る
ルドルフ・シュタイナー

 私たちは日々無意識に言葉を口にしていますが、その言葉は、知らず知らずの内に私たちの人生に影響を与えると言うのです。「私はなんて頭が悪いんだろう!」「私はどうしてこんなに怒りっぽいんだろう」と、どんな言葉にしても、自分が発するこれらの言葉を一番近くで聴いているのは自分です。シュタイナーが言うように、その言葉が自分に影響がないわけがないのです。

 しかしそれらの言葉は自分の中で感じている今の本音(真実)ですから、見過ごすことは自分に嘘をつくことになります。しかし、大切なことは、それが自分の口癖になったり行動になったりしてはいないか…ということに気づく必要があります。気づいたら“いい・悪い”の判断は辞めて、責めることなくそれを感じながら、そのままを俯瞰していく。つまり、自分の真実から目を逸らさず、“気づく”そして“受容する”といったプロセスを大切にしていくことで、人は自然に変容していけるのです。

 さて、今回のテーマは「言霊」です。言葉に宿る創造の力とエネルギーを理解しましたので、もう一つ積極的に自分を元気にする言霊を付け加えてみることを始めてみましょう。

 例えば、私の思考をよく観察すると “年齢だからこれは出来ないで当たり前よね” とか “私はこんなとき勇気が出ない人よね” のように、ネガティブな思い癖を言いっ放しにしたままで終わっていることが多いことに気付きます。そこにプラスの言霊を加えて「大丈夫。本当は年齢なんて関係ないことをあなたは知っているよね。諦めないでやろう!きっとできる!」のように、ネガティブなフレーズをポジティブな言霊で締めくくる訓練です。

 不安恐怖が出てきたら「大丈夫!何とかなる!」で締めくくる。他者(ひと)と比べて自信を失ったら「わたしは私!人それぞれ!」…。物事がうまく進まない時には「必ずいい方向に繋がっていく!私は諦めない!」…。自分が“ついてないなあ”と思うときは「そのうちそのうち!」…といったように、自分の心が元気になるような言霊で締めくくるのです。 「必ず良くなる!」「私は成長している!」「必ずいい結果になる!」「自然治癒力で完璧な健康に向かっている」…等々。訓練していると自然にポジティブな言葉が出てくるようになります。
 しかし、大切なことですが、自分の真実のネガティブな気持ちにはきちんと気づき、対峙した上で使います。それを見過ごすと、自己理解が不安定となり、単なるポジティブ思考で終わってしまう危険性があります。

 確かに言葉は不思議なもので、言葉を変えるだけで自分の気持ちが変わり、先達が言うように、現実が少しずつ変わりはじめます。自分自身の「能力」「健康」「性格」「可能性」「生き方」…等々の場面においても自分の思い癖や口癖を観察してみてください。言霊は色々な場面で人生を好転させる強力なツールです。

言葉は、世界を創り、世界を壊す
ヘンリー・フォード

 自動車王と称えられたヘンリー・フォードは、言葉には創造的な力があり、逆に破壊的な力もあるということを、彼は自分の人生を俯瞰して感じ取ったのです。その通りで、言葉は私たちの人生に、肯定的にも否定的にも働き、その用い方によって私たちの人生は大きく変わってきます。ネガティブな言霊は私たちの人生を狭めてしまいますが、ポジティブな言霊は私たちの魂を高揚し、人生を大きく拡げてくれるものです。出来ることなら魂が高揚するような言霊を自分にかけてあげたいものですね。

*次回のコラムは2026年3月20日前後の予定です。

2026年1月20日火曜日

刷り込まれた価値観を見つめ卒業する

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 下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2026 No.149

「我がままを言っていたら幸せになれないよ」
「自分よりもまず人のことを考えなさい」
「お前が考えているほど人生は甘くないんだよ」
「好きなことばかりして生きれると思いますか。人生で大切なことは努力と忍耐です」等々。

 これらは私たちが育ってきた時代に、親や先生からよく伝えられていた価値観の一部です。これら価値観の多くはその時代の背景や社会規範などから来ています。実は親も先生も私たちを不自由にするためではなく、当時の環境の中で、私たちが無事に生き延びていけるよう伝えられた愛情が底辺にある価値観だったのだと思います。しかしこれら価値観は今の自分に本当に必要なのか、ひょっとすると自分の人生を不自由にしているのではないかについて検証してみる必要があります。

その考えはあなたを守ってくれたかもしれない。
だが、自由にはしてくれなかった
作者不詳

 現代の世情では「自分ファースト」のフレーズが通じる世の中になってきました。一般社会にもそれら価値観が徐々に受け入れられ、先ほど挙げた価値観が次のように変容してきているのです。

「わがままは“我がまんま”へのプロセスです」(コラムNo121) 
「他者よりもまず自分自身が幸せになることです」(コラムNo13No20 他)
「人生は考え方・生き方によって面白くなるものです」(コラムNo5No6 他)
「やりたいこと、心が喜ぶことをやることは人生のすべての答えです」(コラムNo21No38 他)

 しかし私たちは、新しい価値観に納得はしても、子ども時代から伝えられた価値観はしぶとく自身の中で起動していて、その刷り込まれた価値観から抜け出すのは容易ではありません。私の時代ですらそうですから、私たちの親達が生きていた時代はもっと強い縛りがあったのではと思います。私の父の例をお話します。

 子ども時代の私の家族は大家族で、公務員であった父が、その大家族を一人の働きで賄ってきたわけです。やがて私は結婚して、父を時々我が家に呼んで(母は早く亡くなりました)もてなしていました。ある時、父がポツリと私にこんなことを言ったのです。

 「あの大きな所帯の家族を明日は食べさせていくことが出来るだろうか…と思って、夜眠れない日がたびたびあった…」と。その言葉は私にとってはまさに青天の霹靂でした。父はその頃、生活のことで愚痴をこぼしたことは一度もなく、子どもから見るといつも太っ腹の父に見えていたのです。その父から初めて聞く弱音の言葉でしたので、とても驚いたのです。

 私は咄嗟に言いました。「お父さん、あの頃おばちゃん達はみんな働いていたし、おじいちゃんも医院を開いていて豊かだったよね。どうして助けてもらわなかったの?」と。それに答えた父の言葉に、私は再び驚き、ショックを受けたのです。「おまえのお祖母ちゃん(父の母親)が、いつも言ってたんだよ。“茂!(仮名)お前は長男だ!家庭内にどんなことがあっても、世間にしっぽを(本当の姿を)見せるでないぞ!”とな。お父さんはお祖母ちゃんをとても尊敬していたから、その言葉を宝のように大切にしていたんだ…」と。

 あんなに雄々しく見えていた父が、親の価値観に縛られて、世間ばかりでなく自分の家族に対しても、しっぽ(本音)を見せられなかったのです。どんなに苦しくても決して弱音を吐かず、つまり誰にも助けを求めず、一人で頑張り、生活と闘ってきたのです。私は父が愛おしくて泣いてしまいました。

ひよこは卵から出ようと闘う。卵はその鳥の世界である。
生まれようと欲するものはひとつの世界を破壊しなければならない
ヘルマン・ヘッセ

 壊すのは自分を守ってきた不要な殻ですが、父は自分の母親を尊敬しているという理由で、母親から伝えられた価値観を、何ら疑問を持たずに踏襲し、それを壊していいのだということにも気付かなかったのです。父は随分前に亡くなりましたが、生前、時に不機嫌だったり短気になったりしていた理由がその時、真に理解できたのでした。

 この父の価値観が間違っていたとか、合っていたとかの視点で判断はできませんが、この価値観を守ることが、“父自身にとって不自由ではなかったのか” “本当に自分や家族の役に立っていたのか”…を、自分軸の視点で検証して、そうではないと思うなら潔(いさぎ)よく手放してよかったのです。

 今回のタイトルは「価値観を卒業する」としていますが、“卒業”は否定ではなく感謝して役目を終わらせることだと思います。よってそれに後ろめたさは要らないし、人として当然の考え方です。

 余談ですが、この父の事例を年配の方が多い講演会で時々話していました。結果、特に年配の方からは大きな反響があり、「お父さんをそんな風に見たら気の毒ですよ。私にはお父さんの気持ちが凄く解かります」といった反応が多かったのです。価値観は時代背景が大きく影響しているんだな…ということが、ここでも明確になったものでした。父の時代は、生きるのにまだ大変な時世で、家族を守るために、自分よりも親や周りの人々のことを先行することが、何より大事だったのですね。

 しかし、どんなに偉い人が伝える価値観であろうと、これからの時代背景がどう変わろうと、大切なことはやはり自分自身が “自分の心と魂が納得する価値観” を生きていくことだと思うのです。親業が大切にしている “自分大切そして相手大切” の精神を踏まえつつ、価値観の置き所をどこにするのか、実はその答えは、自分だけにしか解からないのです。

 その為には更に自分自身の感度を信頼して生きていきたいものです。何故ならあなたの人生に関する答えは、必ずあなたの中にあるのですから。

*次回のコラムは2026年2月20日前後の予定です。