2018年10月20日土曜日

起こってしまったことは変わらない。でも人の心は変わります

起こってしまったことは変わらない。でも人の心は変わります
・・邦画「コーヒーが冷めないうちに」より

Column 2018 No.65

 話題のベストセラー小説「コーヒーが冷めないうちに」が、同じタイトルで映画化されました(塚原あゆ子監督)邦画を観るのは久々でしたが、ファンタジックで、実に面白く興味深い映画でした。

 ある不思議なカフェがある。そこの女主人が淹れるコーヒーを飲むと、タイムスリップができ、悔いの残る人に逢うことが出来る。過去のその時点での相手に、伝え残した自分の気持ちを伝え、またその時の相手の本当の気持ちをも聴くことが出来る…というセッテイング。

 しかし、それにはちょっぴり面倒で厳しい約束事があって、過去に戻れる席はカフェの中のただひとつの席だけ。そして淹れてもらったそのコーヒーが温かい間のひとときだけがチャンス。コーヒーが冷めないうちに飲み干さなければ、現実に戻ることができなくなり、幽霊として生きるはめに陥る…(笑)

 悔いが残る人に逢うと、やはり人間なので執着が起こり、“この人とずっと一緒にいたい!現実に帰りたくない!” “それでも戻らなくては!”…その葛藤に苦しむ登場人物の心情に…その都度、深い共感で心揺さぶられるのでした。

 もうひとつ約束事があります。過去に戻って、悔いの残る人と逢って、たとえ何を伝えても、何をしたとしても、起こってしまったことは変えられない…という厳しい原則。 それでも人は悔いの残る人に逢いたいのです。現実は変わらないにしても、言い残したことを伝えることで、その人の気持・心情には、決まり(決着)がつき、それからの生き方・人生は変わっていく…。

 私自身が、もしあの日に戻れるとしたら…私は「父」に逢いたいと思いました。私の心の中に悔いが残っている人のひとりです。父は心から子どもを愛していました。それに本当に気付いたのは、父が亡くなってから…のことでした。情の深い人でしたが、生前はお酒好きで、短気で怒り早く、自己表現が不器用で、私は父の前でいつも緊張していたような気がします。何のことだったか忘れてしまったのですが、ある日、私の気持ちが大爆発してしまい、父に対して「私はお父さんからの愛を感じたことがない!」…と言い放ってしまったのです。そのとき父は黙って涙をぬぐっていました…。この場面を思い出すたびに胸が締め付けられるような思いになります。なんてひどいことを言ってしまったんだろう…と。本当は愛されていたんだ…と伝わってくる過去の、数々の場面が思い出されてくるだけに、とても切なくなるのです。

 もし過去に戻れて「父」に逢えるとしたら、私は心をいっぱいに開いて、父に伝えたいと思います。「お父さんごめんなさい!あなたの本当の愛に気づいていなかったことを…。気付くのが遅かったけど、心から有難う!お父さん愛しています!そして大好き!」…と。父を“傷つけてしまった”過去の事実は変えられないとしても、映画のその場面のように、実際に逢って本当の気持ちを表現するだけで、私の気持ちには決着がつき、さらに前に向かって歩いて行けるような気がするのです。

 私は今、しみじみと思うのです。過去に戻って気持ちを伝え直さないで済むように、大切な家族やご縁ある人に、私がいまこの時に感じている心からの愛情や本当の気持ちを、そのまま“今”正直に伝えておきたい…と。そうしないとコーヒーはあっという間に冷めてしまいます…。父の涙を見たとき「お父さんごめんなさい。言い過ぎたわ…」だけでも、そのとき、勇気をもって伝えられていたら、私の中にこんな悔いは残らなかったかもしれません。

言い過ぎもせず 言い残しもなく 自分の心をきちんと
表現できたら その日は幸せな一日  
出典:サインズ

 次は私の受講者のKさんから頂いたお手紙の一節です。

「…いずれ巣立っていく子ども達と、こんなに毎日しっかりと、向き合える時間を与えてもらっていることは、私にとって宝のような時間だ…と思えるようになってから、娘・息子のさまざまな言葉や、表情、しぐさを胸に焼き付けておこうと思うようになりました。いま世の中は、天災、テロ、事故…何が起きてもおかしくない毎日だから、思った時に「大好き!」「愛してる!」「あなたは宝物よ!」と、感じたことを後悔しないように伝えるようにしています……」

 再び同じ“今”は来ない…ということを理解していらっしゃるKさんは、このひとときに感じている、子どもへの愛情や本当の想いを、後悔しないように“今”伝えておこう…と。Kさんは、コーヒーが冷めないうちに…の理(ことわり)を実に深く理解している人だと思ったことでした。こうして受講者の方々からも学ばせて頂けるこの幸せなひとときを、私は大切にしたいと思います。そう!コーヒーが冷めないうちに…。

幸福には明日という日はありません。昨日という日もありません。
幸福は過去のことを記憶してもいなければ、将来のことも考えません。
幸福は現在があるだけです。今日という日ではなく、
ただ、“いま”のこの瞬間があるだけです
ツルゲーネフ

*次回のコラムは11月20日前後の予定です。