2017年3月19日日曜日

人の癒しは人生をかけて成し遂げられます

Column 2017 No.46

 私が前回取り上げたテーマを思い出して頂くべく、ずっと以前、受講者Hさんから頂いたお手紙の一文を、了解の上そのまま載せてみたいと思います。次女さんは現在25歳ですが、その次女さんが小学校低学年の頃の体験で、その頃頂いたお母さんからのお手紙です。

「…小学生の次女ですが、先日ふと見ると、ドレッシングの空いた瓶にお茶を入れて、まるで哺乳瓶のようにしてお茶を飲んでいたのです。それを見た時、断乳をした時のことを思い出しました。下の子の断乳の時、熱が出たりして身体の調子が良くなかったので、何の前触れも準備も無くいきなり “はい!お乳バイバイよ!”という感じで、断乳してしまったのです。1才3ヶ月頃のことです…。しかし子どもにしてみればそれはあまりに突然で、しかもまるで拒絶されたかのように感じてしまったかもしれません…。

…それでお茶を飲んでる子に“Eちゃん!Eちゃんは今、お茶をお乳みたいにして飲んでいるけど、お母さんが、お乳バイバイよ!って突然辞めたのがいやだったんじゃない?って訊いてみたんです。そうしたら深くうなずくやいなや、“ウワァ~!”と泣き出してしまい、あとはただただ泣きじゃくるばかりでした。暫くして私がちょっとその場を離れようとしても“だめ~!”と言うので、ずっと抱っこしていましたが、その抱っこも、ただ抱かれているというより、しがみつくという感じでした。やむをえず断乳をしてしまったのですが、子どもにとっては“なぜ!?”と思うばかりだったのかもしれません…。何か私と子どもの間で切れていたものがひとつ繋がったような気がしました…」

  “…子育ては本当に難しいですね…”と続いて書かれていましたが、お母さんの体調というそれなりの正当な理由があって対処したことであっても、子どもはやはり傷つくんですね。しかしこのお母さんは、そのことが子どもの心情にいかに混乱や驚きを与えてしまっていたか…ということに気付かれ、見事に対処されています。お母さんの素晴らしい“感度”に敬服したことでした。岡田氏のいう「愛着障害」に繋がるところを防ぎ止められたということですね…。

 このように子どもという存在は(我々を含めて)、覚えている筈もない年齢のことでも潜在的にちゃんと覚えていて、何かの縁に触れると、その潜在的な傷を表面化して癒す方向へと持っていくのです。子ども(私たちすべて)は誰ひとりとして自分の人生を諦めてはいないのです。何度も何度も親の愛を確かめたり(親に代わる対象を見つけたり)Hさんのお手紙にあったように、子どもの心に残っているこだわりは勿論無意識ですが、“幼児がえりを”してでも、修復を試みます。小学校5年生のW君(次男)の例もそのひとつです。W君は不登校を機にお母さんの“後追い”(あとおい)をはじめました。母親への後追いが見られるのはエリクソンの発達段階によれば幼児期前期に見られる行動です。お母さんのお話によると丁度その時期、長男の入院で次男の面倒が見られず、実家に一年近く預けていたということでした。

 またある女の子Sさん(小学4年生)はトイレに行くのに母親についてくるように執拗に強要し、“パンツ脱がせて!”と要求したり、スプーンを欲しがり赤ちゃんが持つような危なっかしい手つきで食べたり、赤ちゃん言葉で話す…などの行動が現れお母さんは大変混乱されていました。無意識ですが“幼児がえり”をしてでも母親に気付いてもらい、心の空洞の修復を逞しく試みようとする姿です…。そんな“幼児がえり”をする子どもの例は枚挙にいとまがありません。

 しかし“幼児がえり”の背景には大条件があり、母親に母性を感じた時に限られるということです。“今のお母さんなら受け入れてくれそう!”子どもはちゃんとそれをキャッチしているのです!どんな形であれ、空洞を埋め直した子どもは本当に幸せです。そして子どもの幼児がえりに驚きつつ、子どもの心に丁寧に愛を埋め直していったお母さんもあっぱれです!“幼児がえり”はその子の心の空洞を埋める大切なチャンスなのです!“幼児がえり”だけではなく、子どもの困った行動の多くは、やはり心の空洞を見せていますので、お母さんの愛で満たしてあげることが大切です。

 “幼児がえり”への対処の、大切なポイントがあります。現在子どもがどんなに大きくなっていても、“幼児がえり”をしたその年齢の子どもに合った対応をしてあげることです。「もう赤ちゃんではないのよ!」「お姉ちゃんでしょ!」という類いの言葉を言いやすいのですが、それを言ってしまうと多くは本来の年齢にすぐに返りますが、折角の癒しのチャンスを逃したことになります。だから“抱っこ!”と言えばしっかり抱きしめてあげる。“ついてきて!”と言うならついていってあげる。「一緒にいて!」と言うなら居てあげる…。

 …きちんと満たしてあげるなら後退の状態は長くは続かないものです。長く続くようなら、それだけ深く傷ついているということがあるかもしれません。しかし諦めないで付き合い続けたお母さんは、それを機に子どもとしっかりとした絆で結ばれていきます。絆さえできればこれからの人生どんなことが起ころうと、子どもは逞しく乗り越えていけるのです。母親がその子の“心の基地”になれば、人生という大海原に子どもは安心して大きく羽ばたいていけるのです。

 子どもの“心の基地”になってあげられる親は、やはりある程度の心の整理、つまり自立という条件が要ります。しかしいま親をやっている私たちも、育ててくれた親を持っています。必ずしも愛に溢れた親に育てられたわけではありません。多かれ少なかれ岡田氏のいう「愛着障害」と闘いながら我が子を育てているわけで、悲しいかな気付けば自分が育てられたように我が子を育てているわけです。でもそれが人間の性(さが)でありその性と闘いながら懸命に生きているのが私たちであり本当に愛おしい存在です。

 次は受講者E.Tさんの体験です。

「…夫と話していて途中からいつもやり切れなくなって涙が出始めるんです…。夫は“お前はいつもすぐに泣く!言いたいことがあるんならちゃんと言え!” 実は話の内容で悲しいのではない…。ちょうどその頃、講座の中で自分と親の関係を見つめている期間だった。そこでハッと気付いたのです。夫の話し方が父の話し方にそっくりなことに…。自分は幼い頃から父の話し方にいつも威圧感を感じて怖かった…。夫に初めてそのことが伝えられたのです。夫は“そうか…父親に問い詰められているような気がしたのか…。ごめんな…” 胸の中がスーッとして、夫も許せる気がしました…」

 大人になった今でも、E.Tさんの体験のように、ふとした縁に触れて、過去の傷が浮上することがあります。つらいですがやはり癒しのチャンスです!浮上したときこそその傷が消えていくチャンスなのです。大切なのは、その都度それにどう向き合っていくかということです。

 私自身も過去の想念が浮上して辛い時期がありました。その頃すでに両親はいませんでしたし、誰かに聴いて頂くことも結構苦手な方なので、私のやり方ですが、浮上してくる過去の想念や出来事からは決して逃げないで、ありのままに日記のようにどんどん書き留めていきました。しかしただの日記ではなく、実はその出来事に係わった人に宛てた手紙です。そしてその時に抑え込んだ感情を必ず付け加えるのです。「お父さん、あなたはお母さんに対して~と言いましたね。その時傷ついたであろうお母さんを感じて、私もやり切れない気持ちでした。わたしも凄く傷つきました…」というふうに…。そして必ず自分自身に共感をしてあげます。「辛かったね…」「傷ついたね…」「やり切れなかったね…」のように。「過去感情日記」と私なりのネーミングをして、カウンセリングの場で、今もクライアントの方にお勧めしてかなり効果的です。

 本気で人生を楽しむことも大切です。心が喜ぶことを果敢にやることです。さて以前のコラムにも書きましたが、よく挙げられる例えです。「泥水で一杯のコップでも、そこに綺麗な水を注ぎ続ければ、そのコップの水はやがて必ず清水に変わる…」と。 親子関係で、今も親を憎み許せない気持ちいっぱいのあなたでも、理由があるのだから、決してそれを消そうなんて思わないで、感じたら手放して、手放せなかったらそっとそのままにして、一方人生を楽しむというわくわくとした清水をコップに注ぎ続けていると、いつの間にかその水は、“親への捉われ”と入れ替わって、あなたはやがてエネルギーに満ちてくるのです。

 また、人間の気持ちの動きにはバイオリズムがあると言われます。そのバイオリズムが下がっているときには整理していたつもりでも、残っている澱(おり)のようなものが浮上してくることがあります。そんな時も私はやはり泥水の入り混じったコップの水をイメージします。そして自分なりのツールで「大丈夫!大丈夫!」「赦します!」「愛します!」「ありがとう!」…その時その時に思い浮かぶ私なりのポジティブなツールを、例のコップに注ぎながら、更にどんどん綺麗な水になっていくイメージで見つめていきます。

 何でもいいのです。自分にとって分かりやすい具体的で象徴的な形(シンボル)を創って、ポジティブなツールの言葉で自分の中の澱(おり)をどんどん解放していくのです。ある脳学者が書いていました。私たちの脳は実にシンプルで、私たちの想いをそのまま真直ぐに受け取っていくらしいのです。シンボルがとても効果的なのは、シンプルなので脳が受け取ってくれやすい形なのだと思います。

 「…腹が立つ!許せない!愛せない!…でも私を赦します!愛します!大丈夫!何とかなる!…」と、ネガティブな思いは感じて赦して“そのままに”新しいポジティブな想念をどんどん上書きし続けるのです。これは私が絶えずやり続けている訓練です。やがて潜在意識を占領していた自己否定や他者否定の想念が、新しいポジティブな想念に機嫌よく席を譲ってくれる日が必ず来ます。

思考も訓練のたまものなのです

*次回のコラムは4月20日前後の予定です

2017年2月19日日曜日

子どもは母親の愛情を求める本性をもって生まれてきます

子どもは母親の愛情を求める本性をもって生まれてきます
岡田 尊司
Column 2017 No.45

 内閣府が取り纏めた「平成27年版子ども・若者白書」が発表されました(昨年6月)。その資料の中で私が特に目に留まったのは、小・中学生とその保護者を対象に行った「子どもの中の幸せ感・不安悩みに関する意識調査」でした(回収率:子ども70.2% 保護者93.1%)。それによると

 “家庭や学校での生活が楽しいですか”の設問に対して、“まあ楽しい”を含めて“楽しい”と回答した子どもが、
・家庭:99.0%(平成26年)/97.4%(平成18年)
・学校:80.6%(平成26年)/71.8%(平成18年)

 続く意識調査(一部抜粋)では、“どちらかと言うとそう思う”を含めて、
・人の役に立つ人間のなりたい:そう思う97.5%(平成26年)/55.9%(平成18年)
・自分の気持ちに正直に生きている:そう思う87.0%(平成26年)/74.5%(平成18年)
・将来のために今頑張りたい:そう思う94.7%(平成26年)/87.8%(平成18年)

 次に続く意識調査(一部抜粋)では、“どちらかと言うとそう思わない”を含めて、
・人は信用できないと思う:そう思わない81.8%(平成26年)/77.4%(平成18年)
・人と居ると疲れる:そう思わない87.4%(平成26年)/87.1%(平成18年)

 この集計結果を見る限りでは日本の子どもは決して不幸にはなっていない。保護者の意識調査でも子どもの自主性を尊重しつつ子どもに関心をもって臨んでいる保護者が増えていることが今回の意識調査からもはっきりと伺えます。報道機関から流れてくるものはネガティブなニュースにポイントが置かれているので“世の中どうなっていくんだろう…”と多くの人々は不安を抱える結果になっています。明るい報道にも力を入れてもらえると、これらの不安は払拭され、人々の希望が更に世界を明るくしていくと思うのですが…。

 もっとも、一部の子どもたちの上で起こっている相対的貧困、児童虐待、ネグレクト…等々の問題は上昇が続いています。私たちはこれらに目をつむるわけにはいきません。子どもをここまで追い込んでしまっている背景に一体何が起こっているのでしょうか…。この辺りを探っていく上でとても参考になった書籍があります。親が子どもを愛せない背景に何が起こっているのか…。この辺りを臨床的に研究し調査し、実際に治療にもあたって書かれた、精神科医で作家でもある岡田尊司(たかし)氏の「愛着障害」(光文社)は、私にとって想像以上に深い共感がありました。

 知人のS.Iさんが紹介下さった時、すぐに手が出なかったのは、“愛着障害”というネーミングに少し抵抗を感じたことと、そのテーマからは、彼が言わんとするところが掴めなかったのです。しかし縁あって求め、読み終わったとき、私が一番大切に思っていることを、興味深い沢山の事例を挙げながら克明に、しかも大変理解しやすく述べられていることに驚嘆し溜飲が下がるような感覚がありました。学生時代、私が心理学を学んだ頃は“愛着”は“アタッチメント”とか“マザリング”とかに訳されていました。それで少し抵抗を感じたのだと思います。母親が子どもにこのアタッチメントを軽視した結果、岡田氏のいう「愛着障害」が深刻な形で出てくる訳です。

 つまり子どもは生誕時から無意識に母親からのアタッチメント(肌によるふれあい・愛情に基づいた様々な関わり合い…等々)を求めており、それを通して、その子の人生の基本的な構え、つまりこれから生きていく周りの世界を、その子がどういう視点で捉えていく傾向になるか…の基本的姿勢が出来上がるのです。これを岡田氏は「第二の天性」と呼んでいます。更に彼はこのように述べています。「母親を主たる愛着対象、安全基地として確保しながら同時に活動拠点を広げ始めるのである。これは大人に於いても…安定した愛着によって安心感・安全感が守られている人は、仕事でも対人関係でも積極的に取り組むことができる‥‥」

 発達心理学者で知られるE・H・エリクソンは、人の一生を、乳児期・幼児期・児童期・青年期・成人期・壮年期・老年期‥‥に分類してそれぞれの発達課題を設けており、それぞれの時代の課題(特に初期の段階)をクリアしていくことで、人間は健康なアイデンティティを構築できるのだ…と。よってその中でとりわけ重要なのが、乳児への母親の密なアタッチメント(スキンシップ・無条件の受容・子どもからの働きかけにまめに答える・話しかけ…等々)で、これこそがその子の一生を左右する基本的安心感・安全感が培われるのだ…と彼も述べています。   

 一方、アタッチメントがうまく起動しないと、人間不信頼・母子分離不安・情緒障害・人格障害…等々に至ることもある…と述べています。岡田氏のいう「愛着」の度合いによって人生の構え(視点)が違ってくるのですね。心理的外傷(愛着障害)を抱えた人々の多くは、思春期・青年期になっても自己像が低く、心の中に強い劣等感を抱き、自信もありません。特に理由のない空虚感や孤独感に悩まされたりしています。
 「愛着障害の人は原点のおいて他者に受け入れられるということがうまくいかなかったのであり、同時に自分を受け入れるということにも躓いたのである」岡田氏の言葉です。

 非行を研究している研究者が次のように述べています。

母親の温かいイメージが子どもの心の中のベースになって
いれば、思春期以降によく起る問題行動(非行・暴力・いじめ・
不登校・鬱・心身症…等々)はまず起らないであろう…

以前、TVの放映だったか…ある動物園の園長のお話はとても印象的でした。「…不幸にも母親猿に構ってもらえなかった子猿が母親になったら、やはり自分の子どもに愛情を示さないのです。母乳を与えることを拒んだり、子猿が母猿に触れようとすると腹を立てて危害を加えることさえもあります。一方、母親に愛されて育った子猿が母親になったら、自分の子どもが餌を獲得できるようになるまで、殆ど手放さないで、抱いたりおぶったりし続けます…」と報告していました。

 岡田氏は愛着障害を抱えた人々がその障害をどう乗り越えていったのかを、世界に大きく貢献した人々を含めて、丹念に調べ、納得できる理論でみごとに解説しています。彼らは愛着障害に苦しみながら、そしてそれと闘いつつ自分を癒しながら、徐々に社会に適応していきました。そしてその苦しみから「哲学」が生まれ、共感を呼ぶ「文学」が生まれ、素晴らしい「芸術」となって人々を魅了していったのです。ある人は得意な「ビジネス」の世界で社会に貢献していきました。

 “世に大きく貢献していく人々の半生は、苛酷な修行があるもんなんだよ…”と、祖父がよく言っていましたが、岡田氏の著書で、“なるほど…”と大いに合点し、感慨深い気持ちになったことでした。私たちも多かれ少なかれ、岡田氏のいう「愛着障害」を抱えて、時には苦しく辛い課題と格闘しながら生きています。翻訳家の山川紘矢氏は「人生は魂を磨く場所」と表現していますが、私たちは、魂を磨かん為に辛い修行にもひたむきに励んでいけるのでしょうか…。

 我が子に“アタッチメント”を充分に与えないできた為に子どもが今も苦しんでいる…。その上母親自身が、親からそれを充分貰えなかった為に、今も理由の解らない空虚感や不安感で、重苦しい気持ちで過ごしている…そんな辛い中にいる親御さんに沢山会ってきました。しかし「愛着障害」は必ず乗り越えられると私は信じています。それに無関心でいるとその人の中で「障害」は起動してしまいますが、自分の中の障害に気付いた人は、それにきちんと対峙できるのでそこから癒しに向かいます! 現に克服し自分を取り戻していった方々は沢山います。気付いた人にとっては、解決しない問題は無いのです。

 岡田氏の著書「母という病」(ポプラ社)も紹介しておきましょう。この本の中にも“愛着障害”を克服すべく具体的な解決策が沢山提供されています。私も親業やカウンセリングを通して今感じていること、大切に思っていることを次回のコラムで続いて書いてみたいと思っています。

*次回のコラムは3月20日前後の予定です

2017年1月20日金曜日

夢は大きく 失敗は大胆に

夢は大きく 失敗は大胆に
ノーマン・ボーン
Column 2017 No.44

 今年の年賀状のフレーズに取り上げたものです。年齢を重ねてもこのようなフレーズに出逢うと、何だか心がときめきます。でも本音を言えば、私が抱く夢は等身大だし、しかも失敗はやはり好きではありません(笑) だからこそ ”Boys be ambitious” 少年よ大志を抱け!(クラーク博士)のような言葉にわくわくしたり、今回のテーマのような勇ましいフレーズに心がときめくのでしょう。 

 失敗は大嫌いな私であるにも拘らず、本当はこれまでの人生、恥ずかしい失敗を数多く重ねてきた私なのです。いわゆる赤恥レベル級です…。あまり話したことのない忘れられない赤恥のひとつを、時効と判断し披露します(笑) 学生の頃、友達関係だった男友達のひとり、彼は私に対しては恐らく友達以上の感情は全くなかった。実は私の方が好意を持っていたことには私自身全く気付かず、相手が私に対して並々ならぬ恋をしていると勘違いをして勝手にことを起こし、途轍もない傲慢な態度で別れを切り出した!その時の彼の言葉と鳩豆状態の顔が思い出され、今も顔から火を噴きだしそうな恥ずかしさと申し訳なさで一杯です…。

 わたしの“恥歴”は枚挙にいとまがないくらいです。そんなことを感じていると、むかし子どもと一緒に読んだ「ドン・キホーテ」(セルバンテス作少年少女世界名作全集)が急に読みたくなって、まだ健在の書棚から黄色く変色したその一冊を引っ張り出して、お正月の合間合間に引き込まれるように再読したのでした。私と温度差があまりないように思えるドン・キホーテ。妄想癖のあるキホーテが風車を巨人だと思い込み、槍をもって全速力で風車に突撃していった…その断片的な下りだけは鮮明に覚えていたのですが、その他数々の突拍子もない騒動はすっかり忘れていたようで、わくわくと全篇読み通しました

 騎士道物語を読み過ぎて夢と現実の区別がつかなくなったキホーテは、自分がすっかり雄々しい騎士になったつもりになって、老馬にまたがり、家来のサンチョを引き連れて、世の中の不正を正すための旅に出掛けるのですが、まさに奇妙で滑稽極まるトラブル(失敗)の連続! 心打たれるのは年老いてもなお、夢や希  望を決して失わず、正義を胸に遍歴の旅を続けていくその一途さ。周りの人々は彼の常軌を逸する行動に呆れながらも、純心で一生懸命なキホーテを愛さずにはおれないのでした。まさに“夢は大きく失敗は大胆に”を地で行く人物なのでした。

 私とドン・キホーテの違いは、キホーテはどんなにまずいことをしでかしても、彼なりの論理(多くは妄想からの)があって、決してめげず、完璧なプラス思考!一方、私は…と言えば、時に妄想で行動してしまうところは彼と一緒でも、幸か不幸か、必ず正気に戻ってしまうところがつらい所で、赤恥をかいては苦しみ、こけては痛みを感じながら、そこで何かを学び今日まで生きてきたわけです。

失敗がないと人生に失敗する

斎藤茂太氏の言葉ですが、私にとっては救いの言葉です。失敗は確かに心が痛むものです。でも失敗を通してこそ、“真の目”は開かれていくのではないかという気がするのです。だから人は、無意識ですが自分にとって必要な失敗をしているではないか…と。その失敗を通して何かを感じ何かを掴んでいける! 特に以前はうっかり者でそそっかしかった私は(実は今もですが…)多くは失敗から学んできたような気がするのです。

 失敗と言えばもう一つの赤恥を思い出しました。もう10数年も前になるかと思います。その頃、“シャンソンを歌う会”に入っていて夢中になっていました。年に1回の発表コンサートがあり、その日はみんな精いっぱいのお洒落をして一人ひとりがステージに立って歌うわけです。いよいよ自分が立つ番になりました。堂々と胸を張って舞台に出ようとした処まではよかったのですが、マイクのコードにヒールが引っかかって、すってんころりん! 観客の方に向けて足が跳ね上がったのできっと見られたざまではなかった…と思う…(クシュン)。

 ところが不思議ですが、その一瞬の情景の中で、スローモーションのように自分の心の動きがはっきりと掴めたのです!“…ああ、私はこうして300人の観客の前でみっともなく転んで赤恥をかいてでも、自分の身に付けた不自由な鎧(よろい)を脱ごうとしているんだなあ…”と。

 そして同時に、観客のエールのような愛の波動を全身いっぱいに感じて、立ち上がった時には体中にエネルギーが返ってきていたのを思い出します。そして“…わたし!素っ裸で今日は街中を歩けそう!”と思うくらい、その時、鎧が脱げている自分を感じたのでした。……しかしいつの間にかまた、無意識に着込んでいる自分も…あるんですよね…。

 私は失敗はとても怖いけれど、失敗することを赦して生きているので、かなり大胆な失敗をよくします。でもその失敗を通して本気で学ぼうとしています。等身大の夢でもいいそれを持ち続けて、真摯に生きていく中での失敗は、学ぶべきことが必ずある筈だと…。きっとこれから歳を重ねても、辛いけれども私にとって必要な失敗は訪れ続けるのでしょう。でもその度ごとに気合いと度胸でもって臨み、学んでいくつもりです。

 夫が生前、ある体験を通して語っていたことをふと思い出しました。「…今日なあ。横断歩道を渡るときにいきなり転んだんだよ!その時ふっと、よっしゃ!思いっきり転んでやろうと思ったんだ…。そう、柔道の受け身だな!そしたらほら!全く怪我がなかったよ…」と。その時はあまり深く考えず、夫らしいな…と笑って聴いていましたが、失態に臨む夫の心意気が今回のテーマに繋がるのを感じました。

失敗を覚悟で 挑み続ける それがアーティストだ
スティーブ・ジョブズ

リスクを取る勇気がなければ 何も達成することがない人生になる
モハメド・アリ


*次回のコラムは2月20日前後の予定です

2016年12月20日火曜日

自分を愛する力量でしか他人(ひと)は愛せない

Column 2016 No.43

 私たちは一人ひとりがみんな幸せにならなければなりません。幸せになることは人類一人ひとりの務めです。一人の人間として他人(ひと)の幸せが喜べないことも、人と人との争いも、国と国との奪い合いや、テロも戦争も、私は同じレベルだと思っています。それはすべて、人類一人ひとりの心の貧困から始まっていると思うのです。

 幸せな母親が子どもを愛さないわけがありません。幸せな人が隣人を大切にしないわけがありません。幸せな国が他の国に戦いを仕掛けるわけがありません。先般テロが多発している地域を取材したドキュメントをTVで観ました。過酷な日々を送っている環境の中で、ひとりのご老人が「若者に仕事がないのです。だから武装勢力が有力な就職先なわけです。生活の保障のない毎日を送っている私たちの国の人々は、戦うしかないのです。空腹が満たされさえすれば、こんな無意味な争いはすぐに止むでしょう…」と。

 本当にその通りだと思いました。人々は満たされない過酷な環境の中で、今日をどう生きていくか…根深い不安や恐れの感情と闘いながら、生きる手立てのために、国や人類のエゴから発した戦争やテロに、仕方なく巻き込まれている現状があるのだということです。テロの首謀者の生い立ちを見てもそこにはまさに過酷な生活環境であったことが伺えます。戦いやテロに巻き込まれた人々に、私たちができることは無力ですが、せめてその人たちのために祈り、決して無関心であってはいけないと思います。

 軍備の拡大のために使われる莫大な予算や、兵器の生産のために使われる膨大な費用を、過酷な生活を強いられている國や人々に配分して、人々の“自立の援助”のために使っていけば問題はすぐに解消するはずです…これは子ども達にでも解っている世界平和への速やかな解決へのヒントです。私も子どもの目線と一緒で、心からそう思っています。しかし、確かに世の中のからくりは、そう単純なものではないことも私自身、重々認識はしています。人間のエゴの根深さに、哀しみと共に暗澹とした気持ちになってしまいます。

 一人ひとりの心の位置がそれぞれの国のバイブレーションを創っていきます。つまり一人ひとりの心の位置がその国が向かう方向を創っていきます。だからこそまず私たち一人ひとりの心の位置が大切なのだと思うのです。一人ひとりが平和(幸せ)になれば家族が平和になり、隣人が平和になり…こうして国が安定し、世界の平和が成就する…私はいつもこういうイメージで世界平和の樹立を捉えています。次の諷刺文は出典不詳ですが、心に残っており以前からメモで取っていたものです。ある山伏が神様に願(がん)をかけたお話です。

40歳の誕生日に意を決して神様に願をかけました。「神さま仏さま、世界を平和にしてください」…しかし結果は何も変わらなかった。
50歳の時「神さま仏さま、親戚・知人を平和にしてください」…しかし結果は何も変わらなかった
60歳の時「神さま仏さま、家族を平和にしてください」…やはり結果は何も変わらなかった。
70歳のとき「神さま仏さま、せめて私を平和にしてください」…。すると神様がやっと雲の間から顔を覗かせて、「わかった!叶えてやろう」…と。

 ジョークを含んだ含蓄ある諷刺文です。この一文は、世界の平和を創るのは神様の仕事ではなく人類一人ひとりの責任だということを現しています。そして自分
をなおざりにして、家族を地域を世界を平和に…と願っても、それは無理であるということをも示しています。そして自分を幸せにすることの大切さに気付いた人には、何はさておき援助していくぞ…という大いなる存在の反応に、諷刺文とは言え、私は“まさしく!”と共感したのでした(コラムNo13

 私たち一人ひとりの心の位置が、“世界の平和の原点になっている”…その厳粛さを認識している人はどれだけあるでしょうか。先日の親業講座の中で、受講者のSさんが「子どもの心を傷つけることなく育てていくためには、とにかく私自身が幸せになるしかないということが本気で分かりました!」…と。Sさんは自分自身の成長や、子どもの心を育てることに真摯に向かいあっておられる人だけに、その言葉には説得力があり真剣さが感じられました。自分を愛する力量でしか子どもを愛することはできない…ということをSさんは深い所で理解されていることが伝わってきました。人類の真の平和の原点は、Sさんの気づきの通りで、私たち一人ひとりのその心の位置が決めていく…私もそう信じているのです。

 前回のコラムで「愛とは…」ということを取り上げてみました。私たちが幸せになる為には「親の無条件の愛が必要だった…」ということは解かりました。しかしいつまでも親の愛にしがみついているわけにはいきません。 自分でそれを本気で求め、その愛をまず自分にあげながら自分の人生を豊かにしていくことを決意するしか手立てはありません。

 どんなに見苦しい自分であっても、自分の本当の気持ちから決して意識を逸らさず、それに気付いて、その見苦しい自分をただ赦して、みっともない自分のままで生きていくしかありません(コラムNo22No39) 実はそれが“ありのままに”ということであり、“自分を愛している“…という姿だと私は理解しています。そしてありのままの自分を愛せる力量でしか、私たちはありのままの他者を受け入れ愛することはできないのではないか…と。

自分の汚れている部分を、受け入れ愛することを、
まず学ばなければなりません。私たちの永遠に続く旅路を、
これから一度も間違いを犯さず、一点の曇りもなく続けていく
ことができるなんて本気で考えている人がいるのでしょうか
タデウス・ゴラス

自分にバッシングすることをまず辞めたいものです。人生を真剣に生きている人ほど何故か自分に一番厳しいのです。傷ついている自分をさらに傷つけてしまうのです。過ちを犯したとしても、責めることは止めて本気で気付くだけでいいのだと思います。責めてしまっているなら、責めている自分に気付いて、そのまま責めている自分を丸ごと赦してあげることが、自分への本当の愛です。直そうと頑張らなくても、あとは自然がいい方向に必ず導いてくれる…私は心からそう信じて生きています。

 そして他者の不必要な荷物は降ろしませんか。自分の荷物だけでも大変なのです。自分の荷物も時には降ろして、周りの風景を眺めたり、子どものように無邪気に遊んだり、変化を楽しみましょう。自分の心が喜ぶことを一日にひとつでもいいからやってみましょう(コラムNo21No38)すると、生きている実感と喜びが少しずつ感じられてくるでしょう。そして幸せでいるこんな状態のときこそが一番、自分の心が愛に溢れているときだと解ります。そして、子どもや家族や友人に、心からの真心と愛をあげられるひとときだと解ります。

自ら輝いてこそ 周りを照らすことができる
横田 南嶺

この世の事情のいかんを問わず、ただ無条件に幸福であれ!
今、この場で幸福に行動し、幸福に感じ、毎瞬幸福に!
ダン・ミルマン


*次回のコラムは1月20日前後の予定です

2016年11月20日日曜日

「愛する」ということは相手を“ただ無条件に受け入れる”こと

Column 2016 No.42

 数十年も前の記事ですが、読売新聞の投稿欄に18歳の女性の一文が掲載されており、たまたま手元にありました。「…高校三年の女子です。私には大切にできるものがありません。お金もあって友人もいます。両親もいます。…学校の成績は学年で10位には入っています。スタイルは悪くないしブスでもありません。食べ物もあります。部屋はストーブで暖かいし、服や靴もあります。…だけど私には大切にできるものがないのです。心も身体も大切ではありません。明日死んでも未練はありません。…18歳になっていながら大切なものがないのです。悲しく情けないのです…」と言った内容でした。

 この彼女の一文で、幸福とは、成績でもなければお金でも財産でもない。たとえ、容姿に恵まれていても幸福には関係ない…ということを物語っています。そしてこの女性の一文に、物や人々の存在は見えるけれど、「暖かい家庭がある…」のような“人間関係”や“愛”の存在は見えてきません。

 家庭における人間関係が稀薄であったり、愛情を受け取れる環境が無かったら、どんなにものが豊富に与えられたり、勉強ができていい大学に入っても、いい就職をしても、本人の心は満たされないままでしょう。おそらく彼女もその一人で、自分のやりたいことをやることや、言いたいことを表現できる環境がなく、これまでの人生を、親の思う通りに素直でいい子として生きてきたのかもしれません。

 ずっと以前、ある受講者Tさん(母親)から出たある宿題の片隅に書かれていた一文です。了解のもとに載せました。

私は無性に誰かにかまってほしい
私は無性に誰かに否定しないで私の話をうんと聞いてほしい
私は誰かに無条件に受け入れてほしい
私は誰かにぎゅっと抱きしめてほしい
私は誰かの腕の中で思い切り泣かせてほしい
私は誰かに“お前が必要だ”と言ってほしい

 このお二方の例から伝わってくるのは、やはり「愛」への渇望です。しかしこのTさんはご自分の「欲求」がきちんと見えています。欲求が見えている人はそれを満たしやすいのです。だから彼女はそれを周りに求めるだけではなく、自分で自分を満たすべく心が喜ぶことを果敢になさったり、もともと正直な方ですが、自己表現の方法を学んでからは、さらに正直に自分を表現されるようになりました。今はすでに自分を取り戻して生き生きと生きていらっしゃいます。

 思春期挫折、鬱、暴力・いじめ、DV、色々な依存症、歪んだ人間関係…等々。その背景には成育歴の中に、特に多くは親から愛されたという実感がないことがその原因となっています。カウンセリングの場においても、親の愛を幾らかでももらった(…と受け取っている人)は数回のカウンセリングで癒しに向かいますが、もらっていない(…と受け取っている人)の癒しには、膨大な時間を要します。人間の真の進化が問われる今、いったいこの現状をどうすればいいのだろう…と途方に暮れることがあります。

 しかし「愛の定義」は本当に難しいと思います。夫が生前のころ「自分は“愛”という意味がよく解らない…」と言っていました。ハートフルな人ですが表現が苦手な為に、妻の私が、幾らか攻め口調になってそのことを指摘したり、何度か愛について論じようとしたりしていたからでしょう。

 ある日、傍にいた娘(高校生の頃?)に、夫が「…お父さんは“愛”という意味がやっぱり解らんのよ…。お前はどう思うか?…」と娘に問いかけたのです。娘は即座に答えました。「その人がどんな状態であってもそのまんまを受け入れてあげることだと思う…」その辺りを答えたと記憶しています。見事な“愛の定義”だと思いました。「なるほど…」と夫も感慨深そうな表情でした。しかし、“そのままを受け入れる”ということは具体的にはどうすることなのか…私たちにとっては、とても難しい所だし知りたいところでもあると思います。

 親業はコミュニケーションをベースに学びますので、その側面から述べてみたいと思います。“愛”を伝える「肯定のわたしメッセージ」や、また相手が話していることに、一切茶々を入れずにただ耳を傾ける、積極的傾聴法「能動的な聞き方」があります。特にこの傾聴法は、相手が “愛情”として具体的に受け取っていける、実は最高のコミュニケーションなのです。(コラムNo12

相手の話に耳を傾ける。これは“愛”の第一の義務だ
ポール・ネイリッヒ

五年生のA君がある日「お母さん今日テスト返してもらったけど怒らない?」と言ってきました。普通お母さんは「怒らないから見せてごらん」と言っておいて、
“40点”のテストを見た途端に「ゲームばっかりしてるからでしょう!」とつい叱ってしまうケースは多いですよね…。ところが親業の傾聴法は次の通りです。

A 「お母さん今日テスト返してもらったけど怒らない?」
母 「お母さんが怒るかもしれないと思って不安なのね」
A 「うん、でも教えてあげるね。40点だったんだ…」
母 「そう、40点でがっかりしてるのね」
A 「そう、それから社会は60点だった…」
母 「そう、60点だったの」
A 「うん、だけどね、5年生になると理科も社会も難しくなるから仕方ないんだ」
母 「そう、五年生になると学科が難しくなるのね」
A 「そうなんだよ。でも難しいからもっと頑張らなくてはいけないんだよ…」

 途中ですがざっとこんな会話です。親の気持ちは一切出さないで、フィードバックを通して、“あなたの気持ちをただそのまま受け取ってるよ…”ということを伝えているのです。子どもは、自分の思考を邪魔されないので、自分の行くべき方向がこうして見えてくるのです。特に子どもが問題を抱えているときにはとても大切な傾聴法です。(但し、親が問題を抱えた場合は“自己表現”というコミュニケーションを取ることができます…コラムNo10No11参照)

 親業が大切にしているこの傾聴法は、子どもがどんなネガテイヴな感情を出してきても、批判も講義も提案もしないで、ただただ共感をもって聴いていく。すると子どもは、自分は“丸ごと受け入れられている”“自分は自分でいいのだ”“自分の感度で生きていいのだ”…と、親の無条件の愛を感じ取って、自分に自信をもち、真の自立へと向かっていけるのです。それを繰り返し体験することを通して、自分自身をどんどん確立していくのです。それほど私たちは、Tさんが言っているように、自分の想いを否定されないで、誰かに黙って聞いてほしいのです。そして無条件の愛を感じ取って、より自分自身でありたいのです。

 しかし、相手が話すことに、心からの共感で耳を傾けることは、そう簡単なことではありません。相手のネガテイヴな感情を真に受け止めていくには、受けとめる側の心的状況が整っていないと本当はとても難しいのです。私たち親も人間です。ある程度幸せでなければ、子どもや周りの人を真に受け入れることは難しいのです…。 そこで、一人の人間として自分が幸せになる為に出来ることを、次回あらためてご一緒に考えてみたいと思います。


*次回のコラムは12月20日前後の予定です

2016年10月19日水曜日

あらゆる経験はひとつの目的のために起きています。

Column 2016 No.41

あらゆる経験はひとつの目的のために起きています。
その目的とはあなたの気づきを拡大するということです
ポール・フェリーニ

 数日前に、とても奇妙な夢を見ました。ひとことで言えば、とても後味の悪い夢でした。後先のことはあまり覚えていないのですが、とにかくネバネバとした強力な蜘蛛の巣に私自身が絡まれた…まさに不愉快極まる夢でした。実際、我が家の庭にも木々が幾らか植わっているので、この時期は蜘蛛が巣を張っていて、出かけるときに、よくそれに引っかかってとても不愉快な思いをしますが、でも夢の中の蜘蛛の糸のような強力な巣に絡まれたのは初めてでした(笑)

 夢から覚めてすぐに直観的に思ったことは、自分で創った蜘蛛の糸で、自分を縛っているんだなあ…ということでした。今秋の、何と目まぐるしく忙しかったことか! 確かに、秋は仕事が集中することは多いのですが、今秋は特に連日、息つく暇もないくらいの日常だったのです。まだ少し続いています。

 私は少々“仕事依存的傾向”があるようです。本当は、仕事のほかにもやりたいことがあって、自由に生きたい、もう少しスローライフを楽しみたい…といつも願いながら、ついつい仕事の方を優先してしまいがちなのです。その結果、このところ本もじっくり読めなかったなあ…。観たい映画も沢山見過ごしてしまったなあ…。会いたい友人にも会えなかったなあ…。好きな海も見に行けなかったなあ…。楽しい英会話もずっと休んでしまったなあ…。猫の額ほどの小さな庭の草も取れずに、ぼうぼうに生えてるなあ…。

 余談ですが、先日、東京に住む娘から久々に電話があり、「お父さんの夢を見たよ!」と言ってきたので、嬉しくて「わあっ!どんな夢だったの?」と訊いたら「お父さん、庭の草を抜いてたよ!」…と。 ははは!驚きましたねえ。あの世からも、ぼうぼうの庭の草が気になってる?!… そういえば生前から庭の草はコツコツと取ってくれていて助かっていました。それを聞いてからは、何はともあれ少しずつ頑張っています(笑)

 こんなことを書いていると段々と自由で楽しい気持ちが甦ってきました。自分で創った蜘蛛の糸で自分を縛ってしまうほどに、私はこの所、とても不自由に生きていたんだ…ということをあらためて夢はしっかりと教えてくれたようです。タイトルのフェリーニが言っているように、“何かに気付きなさい…”と潜在的な自分がその夢を引き寄せたのでしょう。

 自分が侵してしまった過ちも、不愉快な出来事や、例えそれが不愉快な夢であっても、やはりそこには気付くべき意味があって引き寄せた現象なのだと私は理解しています。そして、それから逃げないでしっかりと対峙することによって、気づきは深まり、気付きが深まるに従って、その人の意識は拡大し、その意識の広がりは徐々に、本当の“愛”や、真の“生きる意味”に繋がり、やがて私たちが、最終的に求めんとしている「自己実現」の道へと、辿り着くのだろうと確信しています。

 “気づき”は私が指導している講座でも大変大切に考えています。私はどんなネガテイヴな感情からも、そして出来事からも、決して逃げないように出来るだけ気を付けています。 そして自分なりに気づいたら、あとは起きたことを心から赦して、果敢にそれを手放していきます。 「逃げない。はればれと立ち向かう。それが僕のモットーだ!」 私は岡本太郎氏のこのメッセージにいつも勇気づけられています。

 いつかのコラムにも書いたと思いますが、感情もそして起き湧いてくるすべての出来事にも「いい・悪い」「正しい・間違い」は決して無いということ。それを決めてしまっているのはその人であり、それが“罠”となってその人の人生を不自由にしていきます。 ただ“悲しい”“つらい”“寂しい”“不愉快”…等々、私たちの持つ「感情」は、私たちにとっては唯一の真実です。起き湧くすべての出来事を前にして、真実であるその感情だけを尺度にして、自分はどうしたいかの態度を決めていく…。これが私の指導している親業のスタンスです。

 蜘蛛の巣に絡まれたあの不愉快な夢も、確かに私にとっては、気付くべき意味のある夢だったと思います。私のライフワークでもある今の仕事を、さらに充実していくためにも、蜘蛛の糸で私を縛るのではなく、“自分の糸”で、本当に生きたい人生を楽しみながら、心を込めて紡ぎ、織り上げていかなければならないのです! さらにそう思えてきたのでした…。 それに蜘蛛には八本もの沢山の足があることにも改めて気付きました! ひとつの道にこだわらず、蜘蛛の足の如く、可能性の幅は沢山あることに、いや無限にあることに気づいたのでした。視野をもっともっと大きく広げて生きてみよう!  

 後味の悪かった夢も、こうして様々な角度から見ていくと、こんなに可能性の広がりがあるんですねえ! 興味深いですねえ! 私は、自分が見た夢を“縛り”の定義から“可能性”の幅のある定義に創り直したようです。私はこの新しい視点でこれからを生きていくのです。肯定的にも否定的にも私たちは、自分の定めた定義(視点)によって自分の人生を創造していくのですから。(コラムNo19

 視点が変われば人生は変わります。仏陀も「心がすべてである。あなたは自分が考えたものになる」…と言っています。私たちには、自分の人生を創造する力があるということを忘れてはならないのです。一度しかない人生(もしかしたら来世があるかも…)でも、決して先送りにはしたくない。やはり今を納得して輝いて生きていきたい…。私は心からそう願っています。

嫌なことに出逢ったときは、この状況をいかに
ポジテイブに使えるかを学ぶチャンスです
賢者のことば


*次回のコラムは11月20日前後の予定です

2016年9月20日火曜日

私は、私にできることをしているだけ ~“ハチドリのひとしずく”より~

Column 2016 No.40

森が燃えていました

森の生きものたちは われ先にと逃げていきました
でも クリキンディという名のハチドリだけは 
いったりきたり、くちばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは
火の上に落としていきます

動物たちがそれを見て「そんなことをして、いったい何になるんだ」
といって笑います。クリキンディは、こう答えました

「私は わたしにできることをしているだけ」

~アンデス地方の民話 “ハチドリのひとしずく”~


 文化人類学者で環境運動家の、辻 信一氏が南米のアンデス地方を訪れたとき、その土地に語り継がれているというこのハチドリの物語を、先住民族のひとりから聞いたというのが始まりのようです。本も出版されています。(「ハチドリのひとしずく」辻 信一監修 光文社)

 このクリキンディの民話は多くの人の心をとらえ「ハチドリ計画」というネットワークもできたようです。無関心な動物たちにクリキンディの「私はわたしにできることをしているだけ」と毅然として伝えたそのひとことが、どうやら多くの人々の心を魅了したようです。私も感動を覚えたその一人です。無力なハチドリが自分の身の危険も顧みず、“できることをしているだけ”という無心の行動が心に沁みたのです。そして私自身、自分にできる“ひとしずく”は何だろう…とあらためて感じ始めたのでした。

 もしかしたら、この民話を聴いた多くの人々は「考えてもごらんよ!あの大きな山火事に一羽のハチドリの水運びが、いったいどれだけの役に立つんだ?」…と周りの動物たちと同じことを思った人は多いのではないでしょうか。そしてそんな馬鹿な真似は絶対にしない!…と。 確かにハチドリは火事をどうすることもできなかったでしょう。自分の命を落とすことになったかもしれません。

 しかしその小さなハチドリの勇気が、もしかしたら周りの鳥たちや動物たちに、加勢の気持ちを呼び起こしたかもしれません。もっとも、これはあくまでもひとつの物語です。しかしクリキンディの民話に多くの人たちが魅了されたのは、何かのために無心に勇敢に戦う姿を、やはり美しいと感じるハートが、私たちの中にあるからではないでしょうか。マザー・テレサの残した有名な言葉があります。

愛の反対は憎しみではなく無関心です

 無関心は一見無害のように思われますが、世界のどこかで何かがあっても“われ関せず”で、多くは“対岸の火事”なのです。私をはじめ陥りやすい行動ですが、やはり無関心は「愛」の対極にあるとしか思えません…。しかし“私にいま何ができるだろう…”と考える人は果たしてどれだけあるでしょう

この国をよくするのは、財務大臣でもなければ、総理大臣でもありません。
国民一人ひとりの、ほんのちょっとした生き方にかかっています

 株式会社「イエローハット」創業者の鍵山秀三郎氏の言葉です。鍵山氏の生きざまは、まさに“ハチドリのひとしずく”を思い起こします。彼が若い頃、初めて入社した自動車会社は、従業員は粗野で職場は乱雑極まる状態でした。そこで彼は毎朝、誰よりも早く出勤をして、真っ先に取り掛かったのがトイレの掃除でした。何故なら、とても汚れていて誰もが一番嫌がる場所だったからです。

 彼は汚れた職場やトイレを見て、少なくとも無関心ではいられなかったのです。同僚たちからは「余計なことはやめておけ!」と言われたり、嫌がらせも受けたりしたけれど、彼はその信念を決して曲げなかったのでした。まさにクリキンディの「私はわたしのできることをしているだけ」の強い信念だったのです。

 やがて職場から店まで綺麗にしていくうちに、不思議なことに従業員のモラルも上がってきて、客層も違ってきたというのです。「私は少しでも会社をよくしたいと始めたのが、掃除という小さな行動でした。掃除をすると心が澄んでくるんです」…と。彼は会社のトイレの掃除だけではなく、公共施設のトイレ・街頭の溝掃除まで徐々に広げていったのです。たった一人で…。周りが何と思おうと、まさに“ハチドリのひとしずく”を、信念をもって貫いていったのでした。

 周りの人は彼のその行為を見て“ここだけが綺麗になったってねえ…”とか“すぐにまた汚れるのに…”とか森の動物たちと同じように傍観(無関心)していたかもしれません。しかし「ひとつでもふたつでもごみを拾えば、それだけ世の中が綺麗になります…」と。それが彼の信念だったのです。やがてそれに共鳴する人々が徐々に増え、今や日本全国120ヶ所に大きくその波は広がり「掃除に学ぶ会」として、鍵山氏の信念を受け継いだ人々が、無心に掃除という活動を続けているのです。クリキンディのささやかな“ひとしずく”が、社会を変えていったのです! 

 その気になって周りを見渡してみると、ハチドリの働きをしている人は、あちらこちらにいないでしょうか。先日、本通りを歩いていたら、若い女性とたまたま目が合いました。するとその女性が輝くような笑顔を返してくれたのです。知った人ではなさそうだったので、ちょっとびっくりしました。私も思わず思い切りの笑顔で返しました。そしてその日の私の心は、何だか幸せ感でいっぱいでした。それから私はひとりで笑顔の練習をしたりしているのでした(笑) 心からの笑顔が、こんなにも人の心を幸せにするのなら、私も頑張ってみようと思ったのです。ハチドリのひとしずくの感動は、こうして波紋を広げていくんだな…とあらためて感じたことでした。

 赤ちゃんの無心な笑顔
 若者のはじけるような笑い声
 「あなたは素敵よ!」と励ましをくれる友人のメッセージ
 無心に履物を揃えている幼い子ども
 「天災ですから受け入れるしかありません」とご老人の肝の座った柔軟さ
 被災地を訪れ、懸命に復興の援助に携わっている人々
 家族の料理を一生懸命に作っているお母さん
 人里離れた谷間にひっそりと咲いている白い百合の花
 世界人類の平和や、家族の幸せを真摯に祈っている人々…等々

 ご本人の多くは自分の行動が“ハチドリのひとしずく”になっているなんて気付いていないかもしれません。そして尋ねたらきっと「私にできることをしているだけです…」と仰ることでしょう。しかしその人の無心な行動やたたずまいは、それを見る人の心に、安心感・暖かさ・生きる元気・感動を与えるのです。そしてその感動こそが人の心を動かし、周りを変え、社会を変え、世界を変えていくのです。 いま自分にできるかもしれない“ハチドリのひとしずく”…。何だか周りにいっぱいありそうに思えてきませんか。

誰もが特別なことをしたがりますが、世の中には特別なことなんてありません。
無いものを探しているうちに一生が終わってしまいます。でも平凡なことならいくらでもある。
そのひとつひとつを大切にしていけば、やがて大きな力になります
鍵山 秀三郎

鍵山氏の著書を一冊だけ紹介しておきます


*次回のコラムは10月20日前後の予定です