思春期を少し過ぎた頃、私は、幸せへの道を外に求めて、キリスト教・神道・仏教…と、宗教の門を次々と叩き、学んでいました。何故か生きることが辛くて、真理に答えを求めようと一生懸命だったのです。出掛けていく私に、祖父は「今日も勉強に行くんだな。偉いぞ!学ぶことはとても大切だ…」と、その都度、私を勇気づけて送り出してくれていました。
しかし、やがて、徐々にそれにのめり込んでいく私の様子に、心配もあったのか、ある日「亮子、いま時間はとれるか?」と尋ねてきて「亮子は偉いと思う。何でも一生懸命だ。学ぶことはとても大切だからね。おじいさんも毎日勉強しとるよ。」と、前置きしたあと、「…でも、覚えておいてほしいことがある。学ぶことはとても大切だ。 でも、亮子!探しても探しても、答えは決して外には無いんだよ。誰が言ったのか分からんが“宗教より入りて、宗教より出(い)でよ…”という言葉があるんだ。確かに宗教は真理を学ばせてくれる。しかし、学んだらそこから離れてみないと、真実は見えにくくなるということがあるんだよ…」
そして、祖父は、自分の胸に手を当てて、「答えはすべてここにあるんだ。決して外には無いんだよ。学んだらいつか自分に帰りなさい。それを忘れてはいけないよ…」と。祖父はそのとき一度だけ、しみじみと伝えてくれたのでした。それからも、のめり込んでいく私の行動を、祖父は黙って見守り、決して止めることはしませんでした。しかし、祖父のその教えは、その時より私の中から決して消え去ることはありませんでした。
外の世界にのめり込んで生きていた私を危ぶみ、祖父が伝えたかった気持ちと、アインシュタインが憂慮していたことは、ひとつだったのだと、今の私にはしっかりと理解できます。祖父は、自分軸の大切さを徹底的に教えてくれたのです。祖父が心を込めて伝えてくれたことは、私のそれからの人生の底辺にいつもあって、それからもたくさんの試練があったり、人生の迷い子になることは度々ありましたが、“人生に迷ったら外にではなく自分に帰る”…のスタンスが、いつも私のハートに鳴り響いていたものです。
私の人生を代わって生きてくれる人はありません。道に迷ったときには、自分の軸を感じ、自分の感度を信頼して、自分から来る答えを待ちます。世間の常識はこうだから…。一般的にはこう考える…。もちろん参考にはしますが、そのまま受け取ってしまうと、大きなズレを生むことがあります。私にとって、私の感度以上の存在はないのです。それが教祖様のお言葉であろうと、その筋のオーソリテイーの説であろうと、勿論メデイアの情報であろうと…です。(コラムNo80)
自分の心や感情を無視し続けると、感度はどんどん鈍り、その声はやがて聞こえなくなってしまいます。そうやって一人ひとりに与えられている、天与の能力である「感度」を、私たちは無意識に封印してしまったのです。その結果、益々メデイア情報を鵜呑みにしたり、宗教依存に陥ったり、他者の意見に振り回されたり…といった状況に陥ります。そして生きているという実感のないままに、人生を閉じる結果になってしまうかもしれません。
その封印を解くためには、外からの情報への依存に、まず本気で気づき、思い切って依存を辞めてみる。間違いを恐れず(間違いと言うものはありません)自分自身からくる答えを信頼し、そしてそれを思い切って生きてみるのです。このゴッホのように! そうすれば、迷いながらも、どんどん「感度」が甦ってくることでしょう。
猛威を振るったコロナも、わが国では終息の気配を見せてきてほっとしていますが、あれほどまでにコロナに力を与えたのには、私たち人類にも責任があると感じています。私達の「感度」をあとまわしにして、メデイアにおける過剰な報道を、すべて真実と受け止め、影響を受けることを許したのは私たちです。その結果、恐れと不安と焦りの感情が集合意識となり、民衆を席巻しました。勿論その事態を決して疎かに考えてはいけません。インフレンザに対処すると同じように、手洗い・うがいを励行し、マスクをして、予防する…ことは、何はともあれ大切です。
そんな世相の中でも、自分軸をもって自分の感度を大切に生きた人達は、周りにも沢山いました。過剰な報道の影響力に気づき、TVを消し、自粛休日を家族の貴重な休日と捉えて、日頃できない子どもとの遊び、夫婦の語らいに費やした人たちです。「信じられないほど平和でした…」と語っていた方もありました。
メデイアによる報道を始め、周りに起っていることに「いい・悪い」「正しい・間違っている」はありません。すべてニュートラル(中立)です。それをどう受け取っていくかが私たちの責任です。批判・判断は簡単です。しかし大きな流れとなって動いているその現実を変えようとすることは並大抵ではありません。そのエネルギーを、それぞれが自分に向けて自分軸に戻り、自分の意識の方を変えていく…人類一人ひとりの意識の変革つまり自立こそが社会を変えていくのです。
一人ひとりの中にある「感性」を信頼し、そこから来る真実・叡知・発想で、一人ひとりが自信をもって選択・行動をしていく。私たちはロボットに作られてはいないのです。叡知に満ちた答えを、自分の内に秘めて生きているパワフルな存在なのです。何度か取り上げたフレーズで、今回のコラムを閉じたいと思います。
しかし、やがて、徐々にそれにのめり込んでいく私の様子に、心配もあったのか、ある日「亮子、いま時間はとれるか?」と尋ねてきて「亮子は偉いと思う。何でも一生懸命だ。学ぶことはとても大切だからね。おじいさんも毎日勉強しとるよ。」と、前置きしたあと、「…でも、覚えておいてほしいことがある。学ぶことはとても大切だ。 でも、亮子!探しても探しても、答えは決して外には無いんだよ。誰が言ったのか分からんが“宗教より入りて、宗教より出(い)でよ…”という言葉があるんだ。確かに宗教は真理を学ばせてくれる。しかし、学んだらそこから離れてみないと、真実は見えにくくなるということがあるんだよ…」
そして、祖父は、自分の胸に手を当てて、「答えはすべてここにあるんだ。決して外には無いんだよ。学んだらいつか自分に帰りなさい。それを忘れてはいけないよ…」と。祖父はそのとき一度だけ、しみじみと伝えてくれたのでした。それからも、のめり込んでいく私の行動を、祖父は黙って見守り、決して止めることはしませんでした。しかし、祖父のその教えは、その時より私の中から決して消え去ることはありませんでした。
自分自身の目で見 自分自身の心で感じる人は とても少ない
アインシュタイン
外の世界にのめり込んで生きていた私を危ぶみ、祖父が伝えたかった気持ちと、アインシュタインが憂慮していたことは、ひとつだったのだと、今の私にはしっかりと理解できます。祖父は、自分軸の大切さを徹底的に教えてくれたのです。祖父が心を込めて伝えてくれたことは、私のそれからの人生の底辺にいつもあって、それからもたくさんの試練があったり、人生の迷い子になることは度々ありましたが、“人生に迷ったら外にではなく自分に帰る”…のスタンスが、いつも私のハートに鳴り響いていたものです。
私の人生を代わって生きてくれる人はありません。道に迷ったときには、自分の軸を感じ、自分の感度を信頼して、自分から来る答えを待ちます。世間の常識はこうだから…。一般的にはこう考える…。もちろん参考にはしますが、そのまま受け取ってしまうと、大きなズレを生むことがあります。私にとって、私の感度以上の存在はないのです。それが教祖様のお言葉であろうと、その筋のオーソリテイーの説であろうと、勿論メデイアの情報であろうと…です。(コラムNo80)
自分の心や感情を無視し続けると、感度はどんどん鈍り、その声はやがて聞こえなくなってしまいます。そうやって一人ひとりに与えられている、天与の能力である「感度」を、私たちは無意識に封印してしまったのです。その結果、益々メデイア情報を鵜呑みにしたり、宗教依存に陥ったり、他者の意見に振り回されたり…といった状況に陥ります。そして生きているという実感のないままに、人生を閉じる結果になってしまうかもしれません。
このまま行け!と、僕の中の僕が命じるんだ
ゴッホ
その封印を解くためには、外からの情報への依存に、まず本気で気づき、思い切って依存を辞めてみる。間違いを恐れず(間違いと言うものはありません)自分自身からくる答えを信頼し、そしてそれを思い切って生きてみるのです。このゴッホのように! そうすれば、迷いながらも、どんどん「感度」が甦ってくることでしょう。
猛威を振るったコロナも、わが国では終息の気配を見せてきてほっとしていますが、あれほどまでにコロナに力を与えたのには、私たち人類にも責任があると感じています。私達の「感度」をあとまわしにして、メデイアにおける過剰な報道を、すべて真実と受け止め、影響を受けることを許したのは私たちです。その結果、恐れと不安と焦りの感情が集合意識となり、民衆を席巻しました。勿論その事態を決して疎かに考えてはいけません。インフレンザに対処すると同じように、手洗い・うがいを励行し、マスクをして、予防する…ことは、何はともあれ大切です。
そんな世相の中でも、自分軸をもって自分の感度を大切に生きた人達は、周りにも沢山いました。過剰な報道の影響力に気づき、TVを消し、自粛休日を家族の貴重な休日と捉えて、日頃できない子どもとの遊び、夫婦の語らいに費やした人たちです。「信じられないほど平和でした…」と語っていた方もありました。
メデイアによる報道を始め、周りに起っていることに「いい・悪い」「正しい・間違っている」はありません。すべてニュートラル(中立)です。それをどう受け取っていくかが私たちの責任です。批判・判断は簡単です。しかし大きな流れとなって動いているその現実を変えようとすることは並大抵ではありません。そのエネルギーを、それぞれが自分に向けて自分軸に戻り、自分の意識の方を変えていく…人類一人ひとりの意識の変革つまり自立こそが社会を変えていくのです。
常に自分の中に答えを求めなさい。
周りの人や周りの言葉に惑わされてはいけません
アイリーン・キャデイ
一人ひとりの中にある「感性」を信頼し、そこから来る真実・叡知・発想で、一人ひとりが自信をもって選択・行動をしていく。私たちはロボットに作られてはいないのです。叡知に満ちた答えを、自分の内に秘めて生きているパワフルな存在なのです。何度か取り上げたフレーズで、今回のコラムを閉じたいと思います。
私の言ったことを鵜呑みにしてはいけない。
自分の魂に納得いくものを、腑に落ちるものを採りなさい
賢者のことば
おじい様は伝え方も素敵な方だったんですね・・・。その後、見守ってくださったことも印象的です。
返信削除最初は信じたものを真似て上手く行ったとしてもそれが上手く行かなくなる時が来ることを経験してきました。それは自分軸で考える時期や自分の力が付いて来ているサインだったと思います。平面的な思考から立体的な思考への変容の必要性。表だけじゃなく裏側もあった!という気づき。
自分に嘘をつかず、自分のオリジナリティあふれる最良の答えを自分の中に見つける。
「自分自身の目で見 自分自身の心で感じる人は とても少ない アインシュタイン」
アインシュタインが言ってる「とても少ない」人になりたいです!
MOONさま
削除雨が烈しいですね。大丈夫ですか。
いつもコメント有難うございます。本当に祖父は価値観の伝え方も親業そのものでした。素敵な人でしたよ。
おっしゃる通りで 他人軸で得たものは 多くはうまく起動しないし 万一うまくいったとしても真の実感がない…でもそれらの体験を通して、自分軸の大切さに気づいていくんですよね。おっしゃる通りです!
だから子供たちに自分軸を育てようと思ったら 親が大切と思うことはちゃんと伝えながら 価値観を決して押し付けないことが大切です。子供の価値観は絶対に大切にしていく…親業でいう “親の立ち位置” は絶妙ですよね!“自分の眼で見 自分自身の心で感じれる” 子どもを育てるために…。おっしゃるように そう!私たちもまた…。
有難うございました。いつも感謝です!