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あなたはどこに行ってもあなた自身といるより仕方ありません
タデウス・ゴラス
Column 2022 No.107
数十年前に、題名に惹かれて読み始めたタデウス・ゴラス著の「なまけ者のさとり方」(地湧社)は、その頃の私にとっては、一言一言が魂に沁み込んでくるような衝撃があり、今も私の“座右の書”の一冊になっています。この書籍はゴラスが生涯に唯一、この一冊のみを著した渾身の書と言われています。
近年、精神世界の「悟り」とか「覚醒」という言葉が日常的になり、精神世界の幕開けを感じる今日この頃です。“悟り”は仏教用語では「悟り」、スピリチュアル(精神世界)用語では「覚醒」、心理学用語では「自己実現」という言葉で現されており、ほぼ同じ意味合いです。心理学者のマズローは人間の最終目的(欲求)は、“高次の自分に統合すること”と述べており、その意味合いは、やはり「悟り」と言うことでもあります。
ゴラスのフレーズを紹介しながら、彼の述べる真理を少しでも理解しやすくお伝えしたいと思いますが、何しろ彼が著している深遠で膨大な叡智溢れる真理をどれだけお伝えできるのか自信はありませんが、彼のフレーズを忠実にお伝えしながら、私が今いる位置で理解できたことを表現していけたらと思っています。今回取り上げているフレーズはすべてタデウス・ゴラスのものです。
私はなまけ者です。世間でよく言われているように、悟りを開くためには何年も修行が必要だとか、人一倍の努力や厳しい自己抑制、自己鍛錬をしなければならないというのなら、悟りは私には関係がなかったことでしょう。その上食べ物には気を付けなくてはいけないとか、たばこは体に悪いからやめろとか、道徳にかなった生活をしなくてはいけないということになればなおさらのことです。悟りとは、これらのこととはまったく関係がないと、私はこの本で言いたいと思っています。
この書を初めて紐解いたとき、この書き出しの言葉で、“これなら私もできそう!”と元気が出たのを覚えています。私自身が実は怠け者で、たやすく悟る道が無いのなら、悟ることは難しいな…と常日頃思っていたのです。続いて次のフレーズが目に飛び込んできました。
宇宙はものすごく単純に設計されていますから、私たちが迷い子になったり、不幸になったりしてしまうような仕掛けは、何もないのです。
宇宙のしくみを、彼は簡潔に次のように纏めています。生きものの基本的な営みは“拡張する(広がる)ことと、収縮する(縮まる)ことである…と。私たちを含めすべての生きものは、自ら持つ「波」で振動しており、バイブレーション・波長・波動・振動数…等、色々な表現がありますが、その人がどんなバイブレーション(波)を使っているかで「拡張」に傾いたり「収縮」に傾いたりする…。そして個人のバイブレーションのレベルに応じて、まわりの物の見え方や体験は全く違ってくる…というわけです。
悟りとは、現在の私たちの意識の限界を少しでも広げる体験のことです。完全な悟りとは私たちは無限の存在であること。宇宙全体が生命を持っているということを知るということなのです
どんな精神状態でいようと、この宇宙のどこにいようと、あなたに与えられている選択は一つだけです。つまりあなたの意識を広げるか、縮めるか、このどちらかしかないのです。(中略)完全に意識が広がってスペース状態になっているということは、すべてのことを充分に意識しようと、すっかりオープンになって準備のできている状態のことです。つまり完全に抵抗をやめ、如何なる思考も物も出来事も、拒否しない状態ということです。ですから悟るためには何か特別な考え方を身に付けたり、特殊な体験をしたり、苦しんだり、身を慎んだりする必要はないのです。
意識が広がっていくそのプロセスそのものが悟りであり、何処か特定の定義された状態に達するということではありません。悟りが深まって次第に他の存在へと理解が進んでくると、遂には存在するすべてがひとつに繋がっており、互いに影響し合っているということが体験できるようになり、やがて私たちは、無限の存在であること。宇宙全体が生命を持っているということを知る…のです。
私たちの多くは、今住んでいる次元で“~してはならない”“こうあるべきだ”“これは正しいそれは間違っている”…等々、途轍もない価値判断や制限・制約の中で不自由に生きています。つまりゴラスの指摘するところの「収縮」つまり縮こまった状態の中で窮屈に生きていると言えます。そこから脱して、私たちの意識が広がるに従って、宇宙のしくみが理解でき、やがて至高の真実が垣間見えてくるというわけですね。
つまり、我々の意識を広げていくことこそが悟りへの道だとしたら、どうしたら、その途轍もない制限を乗り越え、意識を広げていくことができるのでしょうか。ゴラスのメッセージをひも解き、私自身の解釈も入れながらその辺りを見つめてみたいと思います。
☆ 物理的に視野を広げてみる
一日中、パソコンに向かって仕事をしていると、私の頭の中も身体も実際、縮こまってきたのが解かります。肩こりで頭痛が起こったり、気分がいらいらしたりし始めます。心の視野、気持ちの視野が狭くなったことが解ります。こんな状態の時には何も考えたくなくなって、夢や希望も萎んできたり、その上生きる元気まで無くなります。そんな折、物理的に視野を広げてみたらどうなるのかを、意識的にやってみたことがあります。
少々寒くても窓を開けて、仕事場からビルの谷間の、僅かな空を眺めてみました。それだけでもエネルギーが返ってくるのが解かりました。また、仕事を中断して庭に出て寄せ植えの花々を見たり、太陽の光を浴びながら深呼吸をしていると、さらにエネルギーが甦ってくるのがわかります。大自然は私たちの精神状態を健康に保ち、いわゆるゴラスの言う意識の広がりを強力に助けてくれるのですね。覚者・聖者と言われる釈迦やイエス・キリストが、大自然の中で悟りを得た…と伝えられている所以(ゆえん)が少し理解できた気がしました。
これまでも私は、広い海を眺めたり、夜空の星々を眺めて無限の宇宙に思いを馳せたり、雲が浮かぶ空を飽くこともなく眺めたりする時間が、とても幸せで大好きでした。それは無意識に行なってきたことですが、ゴラスの言う、生きている存在が持つ基本的な営みである「収縮」(縮まる)から「拡張」(広がる)への体験のひとつであり、実はそれが悟りへの道へと繋がっていく歓びでもあったことに、今さらながら気づいたことでした。
このシリーズは次回も続きます。“意識を広げていく”…ことについて続けて考えてみたいと思います。
ゴラスさんは数十年も前に現代人が興味を惹かれていることを本に書かれていたんですね。
返信削除世間一般に言われていることを鵜呑みにして取り入れると悟りからは遠くなるんですね。
悟りは“ただ単に自分に起こることを知る”って言うことでもあるのでしょうか···?
「宇宙はものすごく単純に···何もないのです。」のフレーズはやはり宇宙は優しい!と思えました。
どんな時にも太陽は変わらず暖かく光り、月は必ず夜に存在を教えてくれる。
宇宙はいつだってそこにいるんですね。
だから私たちもただただ存在していることから始めるのでしょうか·······。
MOONさま
削除返信が遅くなりました。
そうですね。ゴラスのこの本は何と30数年前に出版されたのです。今の時代に比べると「悟り」とか「自己実現」というフレーズがまだまだ世間一般には理解できにくい時代でした。
彼が言う「悟り」とは、これまでは常識だった ”悟りは難行苦行の末に得られるもの” といった常識を覆し、ただただ意識を広げて(バイブレーションを上げて)いくこと…そのプロセスが悟りだというのです。
意識を広げる為には、自分軸を持ち、一切の価値判断をやめて本当にやりたい事をやって、体験し感じて、深い叡智を重ねていく。それによって意識が広がり一歩一歩と、自己実現(悟り)へと近付いていくのですね。意識が深まり広がるに従って、宇宙のからくりや真理が自ずから解ってくる…と言う訳で、その広がりに従って、悟りも深まっていくということです。
仰っているように、宇宙は、私たちが迷い子になるような仕掛けは何もなくペンネームのMOONさんのお月さまも太陽もいつもそこにあって優しい存在ですよね。私たちも価値判断をすべて超えた「ただ在る」状態でいるということ…それが悟りのと極意だと思います。長い返信になりました。いつも有難うございます!
先生のコラムを読ませていただいて、今までの私の価値観からくるいいようの無い空しさ 感情を赦すことすることが大きな驚きでした。
返信削除どうして私はこんな感情をもってしまうのだろうか?情けないなあ まわりのみんなは気にならない事がわたしには気になって、イライラしていまうことがありました。そんなとき自分や相手を責めてしまっていました。
自分の感情を赦すこと そこからはじめたら、なんだかとても楽に生きれるような気がしてきました!
いままで辛かったときしなかったワンクッションをやってみようと思います。ありがとうございました。
ももこさま
削除自分の中の許し難い感情を、愛して赦していくなんて…。初めは理解しにくいですよね。ももこさんは「周りのみんなは気にならないことが私には気になってイライラしている…」という自分に気付かれて、そんな時、ついご自分を責めたり相手を責めたりしていらしたのですね。
ももこさんも気付いていらっしゃるように、私たちはこれ迄生きてきた環境の中で観念や価値観を育ててきたわけですが、観念や価値観にいい悪いは無いのです。私たちがその観念や価値観で ”いい悪い”…と、周りを価値判断してしまうから、自分を追い込む結果になっていくんですね。だから苦しいのですよね。
それに気付いたら自分のそのときの感情を許してあげることしかないのです。”相手の行動にイライラしている自分を赦します。愛します” “どうしても許せない自分の気持ちを許します。愛します” …と。 相手を赦すのではなく自分の感情をとことん赦してあげるのです。感情に気付いたら、マントラのように”愛と赦し” のトレーニングをお互いにしていきましょうね。私もやっていますよ! 自分の感情にバッシングしていたらいつまで経っても次のステージには上がれないのです。