2020年4月20日月曜日

脳にいいことだけをやりなさい(その3)

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脳にいいことだけをやりなさい
マーシー・シャイモフ
Column 2020 No.83

 コラムNo81No82では下記1~4について触れました。今回は下記5から続いて書いてみたいと思います。

1 脳は楽しいことが好き
2 脳は刺激的な学習をすることが好き 
3 脳の衰えを老化のせいにしない~脳は齢を重ねても育ち続ける~
4 愛は脳を元気にする
5 脳の傷は癒せる
6 脳はだまされやすい
(※No7は次回のコラムに続きます)
7 脳は支配できる~脳は書き換えることができる~


5 脳の傷は癒せる

 医師松澤大樹氏によると“心の病は脳に傷がある…ことが原因であるが、その傷も食事療法・運動・有効な薬…で治っていく。治癒したことは画像ではっきりわかる…”その療法で、多くの人々の心の病(うつ病・統合失調症・アルツハイマー・認知症…)を癒してきた松澤氏独自の見解です。(著書「心の病は脳の傷」)

 現在の精神科の世界では、統合失調症・アルツハイマー・認知症…は抗精神病薬を中心に投与することで、悪化する速度を遅くするとか、小康を保たせるやり方が主流で、まず治る病ではない…というのがほぼ定説です。しかし、松澤氏のもとを訪れた多くの患者さんの脳の傷が、治癒に従ってその傷が無くなっていく、或は小さくなっていく状態が、画像(松澤式断層法)に、はっきり映し出されるのです。新たな細胞が生まれ、傷を修復している映像が明確にわかります。

 しかし、「治癒する!」…と信じているのは患者さんだけで、松澤氏の指摘は、従来の精神医学の常識とはかけ離れているために、やはりその世界では抵抗が多いようです。その結果、その治療方法によって、日本の医学界、精神科医の認識が変わることはなく、やはり従来通りの治療方法が、主流となっています。しかし私は長年、心の病を対象にしたカウンセリングをやっている者として、カウンセリングでは限界があると言われる“脳の病の治療法”がある…という朗報には小躍りして喜んでいる者のひとりです。

 “バナナを食べて走りなさい”…が松澤氏の持論で、脳を回復させる力がある必須アミノ酸トリプトファンを多く含む“食事”(バナナはその筆頭)と、“運動”を勧めています。あとはぐっと減らした有効な薬物です。

見事に「心」の機能を整理した松澤先生の仕事は、
何個ものノーベル賞に値する偉業だと、私は思っています
田辺 功(医療ジャーナリスト)


6 脳はだまされやすい

 作家の五木寛之氏も「脳はだまされやすい。私は一日1回は、精いっぱい大きく口をあけて笑う」と話していました。笑うと「脳」は、“ああ、この人は幸せなんだ!”と理解して、幸せの化学物質を出してくれる…というからくりです。

 「プラシーボ効果」という興味深い現象があります。病気の人に医師が「これはあなたの病気にとてもよく効く薬ですよ!」と伝えて、砂糖の塊を与えたら、事実薬効がある‥ということは、昔からよく知られています。「脳」は暗示にかかりやすいのです。茂木健一郎氏も「脳が“これは自分の病によく効く薬だ”と思い込むと、脳はそれに対応した動きをしていく…ということが、最近の研究でも明らかになっている」と述べています。

 祖父は東洋医学の赤ひげ先生で、地域では人気者でした。多くの人を奇跡的に癒すことで通っていました。今思うと、祖父の言葉にはまさに「プラシーボ効果」があったのだろうと思います。私は幼い頃、風邪をひくと、扁桃腺が炎症を起こし大きく腫れ上がって苦しんでいました。すると祖父は、私の喉に暫く手を当て、目を閉じて祈っているような雰囲気でした。そして「うん!すぐ治るぞ!10分もすれば大丈夫だ」本当に10分くらいたったら見事に痛みがとれていたものです。私の「脳」は祖父の言葉に見事にだまされていた…ということでしょうか(笑)

 昔から日本には“言霊(ことだま)”という言葉があります。言葉には不思議な霊力があり、ポジティブな言葉もネガティブな言葉も、その言葉を発すると、その人には勿論、それを聴いている人にも、深い影響を与えていくと言われています。だから子育ての上でとても大切なことは、子どもの心に、恐怖心や不安をあおるような言葉はできるだけ避けて、その子の素敵な行動・言動に目を向けて、ポジティブな言葉がけをしてあげることがとても大切です。なぜなら、その子はそのままを受けとって「脳」に印象させるからです。

いくつになっても“自分は若い!”という自己暗示は重要である。実際、
人間は暗示にかかりやすい動物である…(中略)若々しさが保たれると、
心の老化病である老人性痴呆は発症しない
松澤 大樹


*次回のコラムは5月20日前後の予定です。

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2020年3月20日金曜日

脳にいいことだけをやりなさい(その2)

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脳にいいことだけをやりなさい
マーシー・シャイモフ
Column 2020 No.82

 コラムNo81では下記1~2について触れました。今回は下記3から続いて書いてみたいと思います。

1 脳は楽しいことが好き
2 脳は刺激的な学習をすることが好き 
3 脳の衰えを老化のせいにしない~脳は齢を重ねても育ち続ける~
4 愛は脳を元気にする
(※No5以降は次回のコラムに続きます)
5 脳の傷は癒せる
6 脳はだまされやすい
7 脳は支配できる~脳は書き換えることができる~


3 脳の衰えを老化のせいにしない~脳は齢を重ねても育ち続ける~

 前コラム(No81)で取り上げた医師の山田規畝子氏は高次脳機能障害を発症し、その障害と苦闘しながらも、この環境のなかで、この状況の中で何ができるかを模索し続けました。症状のために、何か思い出しにくいことがあっても、決して諦めないで、脳の中にある記憶の部屋をかき回して探す…と。そして齢を重ねた脳でも、障害をもった脳でも、必ず学習する…と述べています。

 さて今回は「脳の可塑性(かそせい)の追求」というテーマの研究活動に軸足を置き、講演活動や著書の出版を通して「脳」の神秘を面白く解かり易く伝えている、池谷雄二氏の著書より学んでみたいと思います

20歳あたりで脳神経のネットワークはだいたい完成する。
ところが、その後は成長が止まってしまうのかというと、決してそうではない…。
それ以降も、学習や経験を生かして脳は、新しいネットワークを創っていく。
このように脳が生涯にわたり変化していくことを、「脳の可塑性」といい、
ヒトは人生で得た色々な経験や知識を、脳回路に蓄えることで、
ネットワークをカスタマイズしていく。

 希望ですね! 可塑性があるということは、頭の良し悪しは遺伝子で決まる…といった、いわゆる支配的だったその論理を、ある側面くつがえすものでもあります。つまり「脳」には可塑性があるから、学習や訓練によって、生涯にわたり変化をしていく…というわけです。 しかし脳の神経細胞は再生はされないし、しかも加齢と共に、少しずつ減少していくものでもあります。しかし“このことと、脳の機能が衰えることと混同してはいけない!”と、彼は述べているのです。

加齢によって減少する神経細胞は、生理学的・解剖学的にいえば、
千数百億個の神経細胞のうち、極めてわずかなものに過ぎない。
これまで“脳の老化”とみなされていた説には、
統計的な手法によって、生み出された幻影も多く含まれていると言える

 私自身、かなりの齢を重ねて、何かの折に、記憶力の衰えを感じたり、若い頃のような勢いや、ときめきの感情の衰えを感じて愕然とすることがありますが、脳の働きの真実にふれると、“なんと我々人間は、神秘と可能性に溢れた存在なんだろう!命のある限りその可能性を信じて、地球次元を去るまで、尊厳性のある生き方をしていきたい…”と改めて身に沁み、感じ入ったことでした。

脳は筋肉と一緒で、鍛えれば鍛えるほど強くなる
ホワン・ルイズ


4 愛は脳を元気にする

 脳科学者の松本 元氏(1940~2003)は 脳で行われる情報処理が、明らかになるにつれて、愛や意欲といった「情」の持つ意味が科学の言葉で語れるようになってきた…と述べて、次のように語っています。

私は脳の構成的研究によって初めて、脳研究から、心の理解が可能に
なってきたと考えている。脳の構成的研究アプローチによって、
「心」を具体的に説明する可能性が見えてきた

 彼は著書の題名に「愛は脳を活性化する」といった大胆な命題を掲げています。欲求段階説(コラムNo15)で有名なマズローも、生まれつき備わった“愛情欲求”はきちんと満たされないと、次の成長欲求には向かえない…と述べています。脳科学者の松本 元氏は、「脳」という見地から見ても、特に乳幼児期に愛情が満たされないと、脳の発育(神経回路の整備)不善となり、免役活性の低下にもつながり、いのちを失ってしまうことさえも起り得る…と警告しています。

 茂木健一郎氏も講演の中で「子ども時代に安全基地が創られる必要がある」と述べていました。安全基地とは、愛溢れる親との“絆”ができていて、子どもが、いつでも帰れる心の拠り所となっている場所です。私自身「親業」というセミナーの中で、子どもを育てる上で、親の愛情がどれほど重要であるか…を伝えている者にとって、両氏の考えには深い共感があります。

 松本氏が、脳と愛について考え始めたきっかけは、身近な人の交通事故だったようです。当時15歳だったN君は、下校時に自動車事故により、右大脳半球の広範部(前頭・側頭・頭頂)の損傷を負って、意識不明の大重体となり、医師からは「植物人間となる可能性が非常に高い」と宣言されました。しかしN君の家族は、決して諦めず、事故後から意識不明の彼を集中治療室に入れたままにしないで、ベッドサイドで毎日の大半を共に過ごし、愛の言葉を掛けながら、特に損傷の激しい左半身に心を込めて、スキンシップを続けたのです。こうした献身的な看護の結果、N君は1ヶ月半後に、奇跡的に意識を回復し、結果的には、左半身もほぼ正常に回復して、大学に進学し、普通の社会生活を送るに至ったのでした。

 「人の脳細胞は胎児期を過ぎると、分裂・分化はしない。従って、いったん壊れた細胞は再生はしない。しかし脳が損傷を受けてその機能が失われても、外部状況に対する快・不快の情動判断はほぼ正常に行われる。よって家族の愛情あふれる献身的介護が、N君の脳に伝わり活性化に繋がったと考えることができる。壊れた細胞の代わりに別の細胞が新しいネットワーク回路を形成して、機能を代替することはあり得る。愛情はその働きを加速するのではないか」…と、松本氏は大胆な仮説を打ち立てたのです。そして次のように述べています

脳の活性化に、最も支配的な情報は、「情」に関するものである。
一般的に「情」は低次元の心の働きと思われがちだが、
実際には「情」こそ、脳というエンジンを最もよく働かせるガソリンなのである


*次回のコラムは4月20日前後の予定です。

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2020年2月20日木曜日

脳にいいことだけをやりなさい(その1)

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脳にいいことだけをやりなさい
マーシー・シャイモフ
Column 2020 No.81

 1月の中旬、脳科学者の茂木健一郎氏が来広、講演会がありました。脳に少なからず興味を持つ私は、早くから申し込みをして参加しました。1時間半、ユニークな観点から、ユーモラスな語り口で、脳の働きについてなかなか興味深く話されました。

 “脳は目新しいことが好き。生きることを楽しんでいる人の脳は活性化している…それには中枢神経系に存在する神経伝達物質であるドーパミンが影響している。ドーパミンは生きる意欲を促し、達成感・爽快感・歓び・感動をもたらす。ドーパミンを出すためには、意図的に、やりたいこと新しいことに、挑戦することがカギ…”辺りの話題が大変印象的でした。

 私は早速、ずっと以前から求めていた、茂木氏の本…他、他の学者の脳に関する数冊の本を取り出し、すべてもう一度読み返しました。冒頭のフレーズは、茂木健一郎訳、マーシー・シャイモフ著「脳にいいことだけをやりなさい」の書の題名からの引用です。次のフレーズは、その本の訳者の茂木氏の言葉です。

どんな手を使ってもいいから“楽観回路”“私は幸せ回路”を働かせることが
ポイントです。何せこの回路が、元気できちんと機能していれば、
人生すべてがうまくいく…と言っても過言ではありません

 親業や、親業が主宰する人間関係講座では、“欲求充足”すること、つまりやりたいことをやる、心が喜ぶことをする、ということを大切に考え、理論のベースに置いていますが、茂木氏いわく、実は“わくわくと生きていくことは、脳がそれを欲しているのだ”というフレーズに接して、親業も、脳科学的なアプローチをとっていることに改めて気付き、なるほど!と、膝を打つ感じがありました。

 手持ちの、脳に関する本を読み返して、大変興味深いので、私なりのフレーズで8項目に連ねて、脳のことを纏めてみることにしました。次回のコラムはその続編になると思います。

1 脳は楽しいことが好き
2 脳は刺激的な学習をすることが好き 
(※No3以降は次回のコラムに続きます)
3 脳の衰えを老化のせいにしない~脳は齢を重ねても育ち続ける~
4 愛は脳を元気にする
5 脳の傷は癒せる
6 脳はだまされやすい
7 脳は支配できる~脳は書き換えることができる~


1 脳は楽しいことが好き

 楽しく幸せな回路を働かせると“脳の活性化”に大きく影響を与えていくようです。楽しむと、脳からエンドルフィン・セロトニン・オキシトシン・ドーパミン…と言ったような前向きな気持ちになる化学物質が分泌され、それを細胞が受け取ると、私たちは幸せ感に満たされて、脳がさらに活性化に向かうようです。だから、歌を歌ったり、ダンスをしたり…何でもいい、自分の心がわくわくすることをやることの意味・大切さがあるのですね。

 私の友人に、とても楽しみ上手な人がいます。80歳を過ぎた女性ですが、100数名の会員を持つ、某“エッセイ同人誌”の編集長です。「生きていれば、楽しいことがいっぱいあるよね!」…が彼女の口をついてよく出てくる言葉です。彼女の周りの友人は、色々なジャンルの人たちで、年齢も30代40代50代…と様々です。「ちょっと疲れたわ!」と言いながらも、おつき合いを心から楽しんでいます。頭脳は明晰で、お洒落で、年齢を全く感じさせません。いわゆる脳科学者の言う、ドーパミン…等の化学物質が起動している人物でしょう。

成功が、幸せのカギではない。幸せが、成功のカギなのだ。
今やっていることが好きになれば、成功はおのずからもたらされる
アルベルト・シュバイツアー


2 脳は刺激的な学習をすることが好き

現代のメデイアの中で流布している快楽主義は、チョコレートを口に入れれば甘い…程度の快楽主義の単純な図式にとどまっている。雑誌などに掲載されている記事も、贅沢なレストランや、リラックスできるスパと言ったようなあまりにもストレートな快楽の提示だけである。そのような現代においては、脳の中に潜んでいる「学び」に関わる快楽原理の奥深さが見えにくくなっている。私たちは、“快楽という井戸”を深く掘ってみることを、忘れてしまっている
茂木健一郎

 私自身、入学試験や学校の期末試験での勉強には、あまり喜びを感じたことはありませんが、自分の興味あるサークルでの学びや、好きなジャンルの本に出逢うと、時間の経つのも忘れて夢中で読み進む、あの充実感・ときめきは、何にも勝る喜びでした。茂木氏の言う、いわゆる真の快楽原理を生きていた気がします。

「…単に嬉しいことが続けばそれでいいというわけではない。ある程度のメリハリがなければドーパミンも放出されないし、強化学習も生じない」と、茂木氏は述べています。確かに、一人ひとりの中に存在する“成長欲求”が満たされる歓びは、必ずしも安易なもので満たされるとは限らないと思います。読書はともかく、人生万般、すべての体験からの学びには「苦」もあり、「痛み」もあります。しかし、それら苦労・痛みを体験し乗り越えたときに、初めて得られる魂からの喜びこそが、茂木氏のいう、脳が喜ぶ強化学習に繋がるのではないでしょうか。

 医師の山田規畝子氏は33歳の時、脳出血により脳梗塞を併発、高次脳機能障害を発症しました。彼女は著書「壊れた脳 生存する知」(講談社)の中で、“どんな脳でも学習する”…と述べており、以下はその一節です。

“忘れっぽくなっちゃったわ”と、老化のせいにしないで、思い出そうともがくべきだ。もがく習慣をつけておくと思い出すことがうまくなるような気がする。記憶を引っ張り出す糸口が、聴覚だったり、視覚だったり…と、人それぞれだろうが、思い出そうとするために、脳の中の記憶の部屋を、かき回して探すのだから、脳が一生懸命働くことは想像に難くないだろう

 脳には、まだまだ興味深い真実が横たわっています。次回のコラムを楽しみに!

*次回のコラムは3月20日前後の予定です。

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2020年1月20日月曜日

定説にとらわれてはいけない。それは他の人の考え方の結果を生きていくことだ

定説にとらわれてはいけない。
それは他の人の考え方の結果を生きていくことだ
ステイーブ・ジョブス
Column 2020 No.80

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 昨日、久々に美容院を訪れました。普段、週刊誌類を見ることはまずないのですが、表紙に書かれたさまざまな情報につい惹かれて、始めから終りまでじっくりと読んだのでした(笑) まことしやかに書かれた情報の数々に、頭がくらくらしてきました。なかでも “こういう食べ物をよくとる人はこういう病気にかかりやすい…”等々の記事が、何ページにもわたって、微に入り細に入り、書かれているのです。医学的にどれだけの根拠で書かれているのか分かりませんが、これらが定説となってまかり通ると、結構恐いな…と思ったことでした。

 TV・ラジオ・雑誌・インターネット…等々のメデイアによる情報が、如何に大きな影響を我々に与え続けているか…。それらがいつの間にか集合意識の定説となり、本来ひとり一人の中にある“感性や真実を見る目”を、知らず知らず曇らせていく…。その結果、無意識の間に不感症に陥り、精神は取り込まれ、メデイアに簡単に繰られてしまう結果になるのです。

思い込みに取り付かれてしまうと、別の観点から見る
ということをしなくなります。「検証」することも無くなります。
「仮説」に合わないことが出てきてもそれが目に入らなくなってしまうのです。
池上 彰

 真実は人の数ほどあるわけですから、メデイアによる情報も、ひとつの「仮説」と、思えるゆとりがあれば、それが自分を縛ることも、他人を縛ることも起らないでしょう。それは、私たちがこれから、進化に向かうための大切な視点ではないでしょうか。

 現代経営学の基礎を築いた人で、マネジメントの父とよばれているピーター・ドラッカー(1909~2005)も、やはり“「検証」を怠らず、先入観に捉われず、古い情報にも惑わされないことが重要”…と、警告しています。

予期せぬことが イノベーションの源泉となるのは 
それが我々の先入観を突き崩すからである

 さて、次はよく知られた逸話です
「発展途上国に靴を売り込むように…と命じられた2人のセールスマンがありました。1人のセールスマンは“ここでは靴を履くという文化を持っていません。ここでのセールスの展開は絶対無理です”…と、諦めることを提案しました。もう1人は “チャンスです!ここではまだ誰も靴を履いていません。だから必ず売れます!ありったけの在庫を送ってくださいと、言いました…」          出典:不詳

 未知の世界を前にして、先入観・思い込みをもって、尻込みするのか、そこに、自分の感性を信じて、希望を観るのか…で、確かに組織の進化・発展は明らかに違ってくるでしょう(コラムNo74) 情報が溢れている世の中だからこそ、自分の感性を信じて(しかも柔軟に)ものごとを選択していかないと、自分軸が大きくぶれて、真実を見る感度が鈍ってきます。

大勢(たいせい)の意見という雑音に自分の内なる声を溺れさせてはいけない。
最も大事なことは、自分の心に、直観に、ついていく勇気をもつことだ
ステイーブ・ジョブス

 また食べ物の話に戻りますが、これまでコラムに時々取り上げてきた私の祖父が「自分の身体は自分のことを一番知っているのだから、頂くどんな食べ物でも、よく噛んで、感謝して、おいしい!おいしい!と言って頂くと、毒も毒にならないんだよ」…と、よく言っていました。それが私の感性に合っていたし、とても腑に落ちたので、頂く食べ物を、身体に“いい・悪いと、あまり判断しないで、毎日感謝して頂いています。

 自分の感性を信じることは一番易しいようで一番難しいのかもしれません。しかしこの世の中にたった一人の自分です。自分のことを一番知っているのは自分である筈です。ソクラテス(前469~399)が「汝自身を知れ」と、言ったように、すべてはそこから出発するしかないのだと思うのです。

 一人ひとりが、集合意識やメデイアからの影響を卒業して、自分のハート(魂)からくる答えを信頼し、取捨選択ができ始めたとき、それが真の自立であり、初めて実感のある人生を送ることができるでしょう。また、一人ひとりの、その自立こそが、生き生きとした新しい世界の到来に、真に貢献できるあり方ではないか…と、思っています。(コラムNo49

私の言ったことを鵜呑みにしてはいけない。
自分の魂に納得いくものを、腑に落ちるものを採りなさい
賢者のことば

*次回のコラムは2月20日前後の予定です。

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2019年12月20日金曜日

精神的に健康で幸せな母親を子どもに与えてあげましょう

Column 2019 No.79

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 今回は重いテーマ「自死」について考えてみたいと思います。実は先般、ある行政に招かれて、2回にわたり、市の職員を対象に「市民の自殺予防のための研修会」で親業の視点から話してほしい…ということでした。戸惑いはありましたが、親業には必ず答えがある…を信念に、ひとまず受けることにしました。

 私の講演会及び研修会のテーマとしては初めてなので、数冊専門書を求めて学びました。近年日本における自殺者の増加は、国際的に見てもかなり憂慮すべき問題であり「…死んでいく本人だけの問題ではなく、残された家族、友人、知人にも大きなショックを与えるものであり、深刻な社会問題である…」と、述べられていました。

 そして自殺に向かってしまう背景には、身体の老い・夢が持てない…と、将来に悲観的な高齢者が多く、また年齢には関係なく喪失体験(財産・地位・名誉・家族・健康…)あるいは貧困、借金、過重労働、被災、いじめ…等々によるストレス。それらが原因となり、深刻な鬱状態に陥り、そのストレス状態から逃れる為に、大人の場合は、多くアルコール依存に繋がっていくケースが多い。そして最終的には自分で自分を追い込んで自殺への道を選んでしまうケースが多い…と述べています。

 ここからは私自身の視点から述べていきたいと思います。人間は特に深刻な鬱状態に陥ると、精神的にも肉体的にもエネルギーが極端に消耗しているので、どうしても人生に悲観的になり、自分一人では自分を救えない状態に陥ります。その時は医師も進めるように抗うつ剤の処方を、必ず受けるべき時期だと思います。しかし抗うつ剤を飲むだけでは根本的な解決にはなりません。一番大切なことは、そのかたの心のケア、つまりカウンセリングをじっくりと続けられることが理想です。カウンセリングする人は専門家でなくても構いません。長期を覚悟して本気で係わる人がいれば、重篤な鬱であっても治癒の方向に向かう例は少なくありません。

 私が感じている自死に至る一番根本的な問題・ルーツは、何といってもその人の育ってきた環境・つまり成育歴にあると思っています。破産しても、被災にあっても、いじめを受けても、死を選ばず、生きて解決に向かおうとしている人々の方が圧倒的に多いのです。それは育った環境の中に、一人の人間として愛と尊厳性をもって育てられた…という背景がどこかにあるからです。

 一方、自死を選ぶ人々の育った家族環境には、その多くに深刻な病理が潜んでいます。家族全体が病んでいることが多いのです。例えば、幼い頃から、病的で深刻な家庭環境があり、その中で、大人の葛藤に巻き込まれ、他者の人生ばかりに翻弄されたり、時には病的な大人の面倒を子どもが看る羽目になったり…と、子ども自身に「自分軸」が育つ環境が全く無かったことが多いのです。その結果、極端にストレスに弱い人間になりやすく、自分に自信が持てず、前途に悲観・絶望しやすい体質になります。その心の空洞や心の傷は、癒されない限り、大人になっても持ち続けることになります。

 深刻さの度合いにもよりますが、多くの人は思春期以降から問題が起りはじめます。例えば、無気力・無感動になり、まわりに関心が薄く、引きこもる形に陥っていく場合もあります。また心にある大きな空洞を埋めんが為に、無意識ですが、日常的に鬱的で、不機嫌に周りに人に接したり、買い物に依存したり、食行動異常(過食・拒食)になったり、アルコールに逃げたり、様々な情緒障害・神経症…等々の症状が出たりすることもあります。

 次のフレーズは子どもの問題行動を研究している研究者のことばです。

母親の暖かいイメージが子どもの心のベースになっていれば、
思春期以降によく起る問題行動(非行・暴力・いじめ・不登校
・心身症・うつ・自殺…等々)はまず起らないであろう

 私も長く親業やカウンセリングをやってきて、まさにその通りだと思います。子どもが一番愛を求めている存在は母親です。どんな深刻な状況にあっても、特に母親が精神的に健康で、その環境にめげず、すくっと立っていれば子どもは絶対に大丈夫なのです。母親が精神的に健康であれば、子どもを守れるので、環境が如何に深刻であっても、子どもは必ず育つのです。お母さんにとって子育てが辛いのは、あなたが悪いのではなく、多くは成育歴があなたの力量を超えるほど重かったのです。そしてそれをまだ持ち越したままでいるのです。

 1 自分の成育歴を理解し、一度整理する
 2 子どもを愛する練習をすることで、子どもを“愛する能力”が育つ
 3 自分を愛することは子どもを愛する原点
 4 自分の心が喜ぶこと・本当にやりたいことをやり始める

 自分を愛し始めて下さい。自分を大切にすることなら何でもやってください。一日にひとつでも、心が喜ぶことをやるのです。少しずつエネルギーに満ちてきます。子どもはいつも母親のあなたを見つめています。お母さんが幸せであれば自然に子どもも安定するのです。

 そしてあなたが楽になれば、子どもが考えていることや大切にしていることを取り上げたり、邪魔をしたりしないで見守ってあげられます。子どもの権利である我儘や甘えを、適切に受け入れてあげることもできるようになります。コラムでもこれまで色々書いてきましたので参考にしてください(コラムNo33コラムNo45コラムNo58

 親の愛を確認して育った子ども達は、自分の命を決して粗末にはできないのです。

私のすべて これからの私 それらはすべて母のおかげである
エイブラハム・リンカーン

私が今あるのは すべて母のおかげです。生涯の成功のすべては
母から与えられた道徳教育・知的教育・身体教育…のおかげです
ジョージ・ワシントン

何があっても 支えてくれた母がいたから 今の私がある
トーマス・エジソン

母は素晴らしい。僕にとっては完璧な人だ
マイケル・ジャクソン

もし目が見えたら 見たいものはお母さんの顔が見たい
辻井伸行

僕は78歳になるけど 今もお袋に思い切り抱きしめてもらいたい
尾畠春夫(11歳の時母上他界)

夜更かしして衣装を作ってくれている。
母親の愛情を感じながら滑っている
羽生結弦

*次回のコラムは1月20日前後の予定です。

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2019年11月20日水曜日

この里に、手まりつきつつ子どもらと、遊ぶ春日は暮れずとも好し

この里に、手まりつきつつ子どもらと、遊ぶ春日は暮れずとも好し
良 寛
Column 2019 No.78

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 幼い頃から絵本や、祖父からの語り継ぎによって、親しく感じてきた良寛について、今回は書いてみたいと思います。良寛は、江戸時代後期の曹洞宗の僧侶であり、歌人・書家・漢詩人として、無類の数々の秀作を残しています。教養人でありながら、無欲恬淡とした性格で、寺も持たず、無一物の托鉢生活を営み、多くの民衆と、階層をいとわず親しく交わりました。正直で無邪気で、人と自然をこよなく愛した良寛は、妙好人と呼ばれ、多くの民衆に慕われました。中でも子ども達からの信望は厚く、良寛も

子どもの純真な心こそが、真の仏の心

と、心底それと受け止めて、出かけるときにはいつも、手まりとおはじきを懐(ふところ)に納めていた…といいます。托鉢に出掛けた良寛はいつものように子ども達につかまってしまいます。すると、托鉢のことなどすっかり忘れて、懐から手まりを取り出し、子ども達が、飽きてしまって「やめよう!」というまで、一緒に夢中になって遊んだ…ということです。良寛は自分の法号を“大愚”と名乗り、愚人の如く悠揚としていました。奇矯な行動も多く、数々の逸話にそれが残されています。後で数話ご紹介したいと思います。

 私の祖父は良寛がとても好きだったようで、良寛の残した名言を何かの折に、よく口にしていたのを思い出します。子どもの頃、私がちょっとしたことで落ち込んだり、指先をけがをして「痛い痛い!」と言っているときなどに、祖父がよく

災難に遭う時節には、逢うがよく候(そうろう)。
死ぬ時節には死ぬがよく候。これ、災難をのがるる妙法にて候

…と、祖父独特な節回しを付けて、ユーモラスに語るのです。私は意味もよく解からないし、子ども心に苛立って「それって誰が言ったのよ!」と訊くと、「これ、良寛さまの言葉にて候…」と、楽しそうに応えていたのが懐かしく思い出されます。そんな祖父の影響もあってか、ふと、良寛のことがしきりに思い出され、以前求めていた安藤英男著「良寛」(すずき出版)を再び手に取りました。祖父からよく聞いていたこの良寛のフレーズをその中に見つけ、私の記憶とは幾分違っていたので、この書によって訂正しました。

 その書は、良寛の多くの逸話で綴られています。良寛は、諸国に行脚し、自らの質素な生活をそのまま見せて、説法を説くのではなく、その時その時の思いを言葉にしながら、民衆を導いていきました。晩年の良寛は、子どもを連れて野原を行くときなど、時々遠回りしたり、飛び上がったりするので、そのわけを尋ねると、「せっかく咲いた草花を踏んでは気の毒だ…」と答えたといいます。彼は民衆・自然界すべてに“無条件の愛”を注いだのでしょう。久々にそれら逸話を読んでいたら、良寛という人柄はなんと人間味に溢れ、純粋で無欲で、高邁な精神性を持った人なんだろう…と、改めて心打たれる思いでした。

 詩人の名前は失念しましたが、若い頃に読んだその詩の中に「…真理の目玉よ降りてこい!」という一節があり、私の中にそのフレーズだけが、何故か強烈に印象されています。知りたくてたまらない宇宙の理(ことわり)や人間の根源の理(ことわり)は、求めても求めても自分の中になかなか入ってこない…むしろ求めれば求めるほどに、真理への道は遠のいていくようにも思える。真理への道はあまりに高すぎる…。その詩はその辺りの気持ちを歌っていたような記憶があります。その詩人の葛藤は、そのまま私自身の葛藤でもあり、その詩の一節に凝縮されているように思えていたのです。

 でもこうして、改めて良寛のいきざまを追っていると、真理は決して手が届かないところにあるのではない。それは、決して知的なレベルにあるのではなく、ごく日常の生活の中に常に息づいている。良寛のように高い教養を持ちながらも、決して高邁なことを語らず、自分のすべての力を抜いて、ありのままの自分をさらけ出し、今そこにある自然を、そしてその時その時にご縁ある人々や子どもと共に、自分も無邪気に楽しみながら、まわりの人々を心から愛し慈しんでいった。良寛は、過去でもなく未来でもなく“今、ここ”だけを、愛と歓びをもって、正直に生き切ったのです…。きっとこういう人を、覚者といい、いわゆる“自己実現”を極めた人…というのだろうな…と、改めて畏敬の念を抱いたのでした。

 最後に、私の心にいつもある、良寛の逸話のひとつをご紹介して、今回のコラムを閉じたいと思います。

「…あるとき良寛は、地蔵堂(現、西浦原郡水分町)の渡しを渡ろうとした。そこの船頭は権三といって、鼻つまみの乱暴者だった。権三は良寛がおとなしい人で、一度も怒ったことがないと聞き及んでいたので“ようし!俺がいちど怒らせてやろう”と思った。この時、お客は良寛ひとりだったので、権三は川の真ん中で、わざとよろめいて、竹竿でぴしゃりと川のおもてを叩いた。水しぶきはぱっと良寛に跳ね返った。良寛はびしょぬれになったが、少しも怒らなかった。

さらに権三は、からだを左右に動かし、舟をひどく揺さぶった。良寛はとうとう川の中へ転がり落ち、泳ぎを知らなかったので溺れようとした。権三としては、まさか殺すつもりではなかったので、びっくりして川の中へ飛び込み、良寛を舟の上に救い上げた。

良寛は、ふうと肩で大きな息をした。そして“権三さん、ありがとう。お前がいなければ、わしは死ぬところだったよ”…と言った。舟が向こう岸につくと、良寛はもういちど権三にお礼を言った。“おかげで生命が助かったよ。どうもありがとう”そして、心から感謝しているようすで立ち去った。

権三は、ひょうし抜けがするとともに、深く反省するところがあった。“なるほど、良寛さまは、えらい” 権三は、それから数日後、酒をたずさえて五合庵を訪ね、自分の非礼をあやまり、真面目な人間になることを誓ったという…」
出典:安藤英男著「良寛」(すずき出版)

*次回のコラムは12月20日前後の予定です。

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2019年10月20日日曜日

遺伝子のスイッチがONになったら、可能性が花開く

遺伝子のスイッチがONになったら、可能性が花開く
村上 和雄
Column 2019 No.77

東井義雄「心のスイッチ」

人間の目は 不思議な目
見ようという気もちがなかったら 見ていても見えない

人間の耳は 不思議な耳
聞こうという心がなかったら 聞いていても聞こえない

頭もそうだ
はじめからよい頭 悪い頭の区別があるのではないようだ
「よし!やるぞ!」と 心のスイッチが入ると
頭も すばらしい働きを しはじめる

心のスイッチが 人間を
つまらなくもし すばらしくもしていく
電灯のスイッチが 家に中を
明るくもし 暗くもするように
出典:東井義雄著「自分を育てるのは自分」(致知出版)  

 心に“スイッチ”が入ったとき、人は本気で変わる…と東井氏は言います。村上氏は“遺伝子のスイッチ”がオンになったとき、可能性は見事に花開く…と述べています。おそらく同じことを伝えているのだと思います。私たちの心や、遺伝子に、スイッチが入る動機には、色々あると思います。ある人は、高校の先生のあのひとことで…。名作を読んでいて…。映画を観て…。美しい大自然の中で…。そこには間違いなく、その人の心を打つ深い深い感動があったはずです。

感動は、心の爆発であり、大地震であり、それは人の心の扉を開く
椋 鳩十

 椋(むく)氏が言うように、深い感動があったからこそ、その人の心に爆発が起こり、スイッチが入り、そこで心機一転! 生きる力に満ち満ちて、自分の進むべき道が、明確に見えてくるのでしょう。

 コラムNo52でとりあげた工藤房美氏は癌の末期で余命1ヶ月と宣告され、絶望の淵にあったとき、村上氏の本に出逢いました。「そうか!DNAのうち、まだ眠っているDNAが95%もあるんだ!その眠っているDNAが目を覚ましてオンになったら私だって回復できるはず!」それは、絶望状態にあった彼女の心に爆発が起こりスイッチが入った瞬間でした。そして奇跡が起こり10ヶ月後、癌はすっかり消え、彼女は生還したのです。

 コラムNo26でとりあげた野上文代氏は、長年の不妊治療の甲斐あって一度に3人の子どもを授かります。ところがMRI検査の結果、3人の子どものうち2人の子どもが、脳に異常のある脳性マヒと診断。野上氏は育児のストレスと、続く不眠で深刻な鬱状態に陥ります。子供を道連れに、死ぬことばかり毎日考えていたと言います。

 ある日、障がいのある我が子が、酸素ボンベを付けたまま、自分の腕の中で、懸命に母乳を吸っている! 必死で生きようとしている! その姿に野上氏は大きな衝撃を受けたのです。音を立てて何かが弾けた!この時、野上氏の心にスイッチが入った瞬間でした。この子たちのためなら何でもするぞ!その日を機に、絶望の淵から雄々しく立ち上がったのです。やがて自分の体験を生かして、障がい児の為の施設を立ち上げ、現在も社会に大きく貢献しています。

 私自身も体験しました。青年時代、重篤な鬱から立ち上がったときの経験を、今もはっきり覚えています。それは知人からの一通の葉書でした。「…人って、そんなに上等でしょうか。笑ったり、怒ったり、嫉妬したり、そんな、みっともない自分のまんまで、ああ今日も一日生きさせてもらったぞ、と有難く確認しながら、一日一日を、ただそうやって、自分は生きています…」 全く押しつけがましさのないその一枚の葉書は、私の心を揺さぶるように爆発を起こしたのです。“そうだ!もう自分を苛める(いじめる)ことは辞めよう。私のまんまで生きていいのだ!”…私の心がスイッチ・オンした瞬間でした。その日を機に、私は、数か月の挫折からみごとに立ち上がったのです。

 確かに感動は“心に爆発”を起こします! またそれが東井氏や村上氏のいう“スイッチ・オン”の瞬間でもあるのですね。まさに眠っていた全細胞が目を覚まし、身体中にエナルギーが張り巡らされる…という感じです。特に挫折感が大きければ大きいほど、それは大きくやって来るような気がします。工藤房美氏にやってきたスイッチ・オンも、野上文代氏にやってきたスイッチ・オンも、深い深い挫折感の中でした。

 私は、そのような辛い挫折感は、再び味わいたいとは思いません。しかし、心を爆発させるような「感動」は、今も忘れていないし、これからも求め続けたいと思っています。椋(むく)氏が言うように、感動こそが、一人ひとりの中に眠っている無限への扉を開いてくれるエネルギーなんだ…と気付いたからです。これからも、魂が思い切りわくわくすることを、心を込めて体験し、しっかり遊んで、そして感動して生きていこう…と思っています。

歳をとったから遊ばなくなるのではない。
遊ばなくなったから歳をとるのだ
バーナード・ショー

*次回のコラムは11月20日前後の予定です。

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