2017年5月20日土曜日

一番おいしい料理はお母さんの作る料理だ

一番おいしい料理はお母さんの作る料理だ
田中 健一郎
Column 2017 No.48

 「食べる」ことは、人間の最も基本的な欲求である…と心理学者のマズローも言っています。生命を維持したい…という“生存欲求”に繋がっているからです。確かに「食」は人間の生存に係わる最も基本的な分野です。しかし飽食と言われているこの時代ですが、人々の「食」に対する心の置き方考え方は今なお発展途上にある気が致します。

 厚生労働省が提示している “食を通じて子どもの健全育成のあり方に関する検討会”に関する報告書の中に次のような一文がありました。

「…近年子どもの食をめぐっては、発育・発達の重要な時期にありながら、栄養素摂取の偏り、朝食の欠食、小児期における肥満の増加、思春期における痩せの増加…など問題は多様化・深刻化し、生涯に亘る健康への影響が懸念されている。また親の世代に於いても、食事づくりに関する必要な知識や技術を十分有していない…との報告が見られ、親子のコミュニケーションの場となる食卓において家族そろって食事をする機会も減少している状態にある…(以下略)」

 確かに私個人の仕事を通してもその実態を知ることになります。
 母親が精神的な不安定で朝起きることができず、よって朝食の用意ができない。お弁当も作れない。また現在多く問題になっているのが、共働きや自営で両親が忙しくまた子ども側にもお稽古や塾などの事情もあって、食事の時間がまちまちで家族そろっての食事ができにくく、子どもが一人で食事をする日が多い。また親が日常的に忙しく、店で作られた食品・加工食品・ファーストフード・レトルト食品…等々で賄っていることが多い。当然、栄養が問題になっているケースも目立ちます。

 さらに厚生労働省が指摘しているように、親自身が“食事が如何に子供の身体・精神に影響を与えているか”という知識を学んでいない。また料理を作る為の技術を習得していない…例えば包丁が使えない。材料の処理の仕方が解らない。レシピが理解できない…等々。その結果、子どもは栄養不良に陥り、筋力の低下・疲れやすい・精神不安定な子どもが目立つ…しかも大人の中高年に発症するような肥満・高血圧・糖尿…等の生活習慣病が児童に増加しつつある…という恐るべき事実が報告されています。

 また子ども達は、メデイアの目覚ましい進化の波に飲み込まれて、たまたま家族そろっての食卓を囲むことがあったとしても、それぞれの子ども達が、テレビを観ながら…スマホを触りながら…と、せっかくのお料理に注目することもなく会話もない…食卓。この寂しい現実をどうしたものやらと、親御さんから相談を受けることも多くなりました。

 私の子ども時代にはまだテレビもありませんでした。もっぱらニュースは新聞とラジオからでした。しかし食事中にはラジオを付けることも禁止されていました。家族みんなが食卓に揃うまで、小さな子どもでも待たされました。(勿論事情があれば別ですが)そしてみんなで声を合わせて「いただきま~す!」と合掌して食事が始まりました。これは我が家が特別ではなく、おそらくどこの家であっても同じだったような気がします。

 今から考えれば食事はとても質素なものでした。でも野菜は豊富に用意されていました。母が料理が得意だったので、質素でも美味しかった…という印象があります。そして現代とは少し違う親の指導がありました。「おしゃべりはしないで静かに食べなさい!」(食事は楽しい会話をしながら食べよう!という今の価値観は素敵ですよね)「残さずに食べなさい!」「よく噛んで食べなさい!」…そのほか“背筋はまっすぐに”“肘をつかない”…等々、結構厳しい食卓だった印象があります。

 中でも驚きは「自分でこぼしたものは拾って食べなさい!と言われていたことです! 現代と比べれば驚きのマナーですね!殆ど風邪もひかない私の並み外れた免疫力はこんな所からもきているのかもしれません(笑) 今も食べ物への敬虔な想いは私の中に根付いていて、レストランでもご飯の米粒ひとつでも残さないように…と心掛けている自分があるのです(笑)幼い頃から育てられた価値観は、人の一生に影響を与えるんですねえ…。

 ちなみに私の祖父が家族みんなによく言っていた食に関する価値観があります。食事に関する祖父の「食事を頂く4原則」です。

“腹八分”“感謝して”“よく噛んで”“美味しい!美味しい!”
と言って食べたら、毒も毒にならないんだよ

 “毒も毒にならない…” 比ゆ的に言っていたのかもしれませんがその文言が印象的に残っています。  「…よく噛むことによって唾液が分泌され、発がん物質に作用し、突然変異能力を弱くすることができる。…。発がんを抑制するにも、噛むことの大切さが再確認された…」と何かに書かれてありましたので、祖父が言っていたことは、まんざら誇大な表現でもなかったようです。
 次は冒頭のフレーズ、帝国ホテル総料理長 田中健一郎氏の言葉です。

一番おいしい料理はお母さんの作る料理だ。美味しいものを
食べさせようという気もちがいっぱい詰まっているから
お母さんの料理が一番おいしい

 今の時代家族そろっての食卓は難しいかもしれません。しかしお母さんが可愛いわが子のために、わくわくと楽しそうにお料理を作る。その愛情のいっぱい詰まったお料理は、例え子どもが一人で食べることがあったとしても、その愛はちゃんと伝わる! お母さんの料理は、いま謳われるこまごまとした栄養バランス・高価な食材・目先の美しいレストランのお料理…等々を、はるかに越えるものだと思います。そのお母さんの料理は、食卓にまで持ち込まれているメデイア依存さへも、解決させていく力を持っているのではないでしょうか。

 カウンセリングの場で時に尋ねることがあります。「お母さん、お料理はお好きですか?」…と。「私は、何の取り柄も無いのですがお料理を作るときは凄く楽しいのです!」そんなお母さんの子どもさんは、今どんなに難しい状態にあっても不思議に立ち直っていけるのです。「食べる」ことは“生きていたい!”と云う人間として一番原点の“生存欲求”です。それが満たされるということは、“あなたを生かしたい!”…と言う親の最高の愛を伝えることができるからだと思います。

 ずっと以前、ある新聞の投稿欄に寄せられた18歳の専門学校生の一文がとても心に残っています。「…10年前、両親は別居し、母が私を引き取った。私はお料理を覚えて、仕事から帰ってきたお母さんに“新作”を作って喜ばせた。…でも本当は“お母さんの作ったご飯が食べたい…”とずっと思っていました…」


*次回のコラムは6月20日前後の予定です