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あなたが目的地なのになぜ旅を続けるのですか
賢者のことば
Column 2022 No.115
この賢者の言葉はいつも私の魂に鳴り響いています。過去、私が生きることに迷って周りの何かに救いを求めて必死だったとき、祖父は自分の胸に手を当てて「亮子!探しても探しても答えは外には無いんだよ。お前の答えはいつもお前のここにあるんだ…」と、よく私に伝えていましたので、このフレーズがなおさら私の心に届くのだと思います。(コラムNo85)
しかし答えが自分の中にあるなんてその頃の私には全く分からなかったので、祖父の言っていることは上の空でした。だから青年期には自分の中の苦しい答えを、宗教に求めたり、色々な人が書いている書籍に答えを求めて、苦しみながら哲学をしていました。また祖父は「本を読み過ぎない」「人の話を聴き過ぎない」…ということも言っていましたので、自分の中でいささか混乱はありましたが、しかし祖父が“私に真実を伝えようとしている”ということは不思議と解っていたのでした。
常に自分の中に答えを求めなさい。
周りの人や周りの言葉に惑わされてはいけません
アイリーン・キャデイ
今回はその祖父の息子である私の父について書いてみたいと思います。
父は祖父と違って、とても短気で自我の強い人でしたので、私たち兄弟姉妹はみんな彼が苦手でした。しかしとても男らしく勇敢な気性で、絶対に弱音を吐かない人でした。その反面、とても人情的な人で、テレビドラマにでも感動すると一番に涙を流すような人でもありました。何事も本気で関わるので、世間の人々からは愛され頼りにされている人でした。
私の子ども時代は大家族で、叔父夫婦もいたり、多い時には13~14人いました。公務員だった父はひとりの働きでその大家族を賄っていたわけです。大変だったと思いますが、父の愚痴を聞いたことは一度もなく、私たち子どもから見るといつも太っ腹で豪快な人でした。やがて私は結婚し、時々父に声をかけて家に招いていました(母は私の結婚前にすでに亡くなっていました)。来訪した父がある日ふっとこんなことを言ったのです。
「あの大家族を明日は食べさせていくことができるだろうかと思って夜眠れない日があった…」と。父のその言葉は私にとっては、まさに青天の霹靂でした。「お父さん、あの頃叔母ちゃんたちはみんな働いていたし、お祖父ちゃんも医院を開いていて豊かだったよね。どうして助けてもらわなかったの」と訊きました。父のその答えに、私はさらに驚きました。
「そう。特にお祖父さんは“大丈夫か。大丈夫か”と事あるごとに言ってくれていたよ。でもいつも断っていたんだ。お前のお祖母ちゃん、つまり父さんの母親が父さんにいつも言っていた言葉があるんだよ。“お前は長男だ!どんなに生活が苦しくても世間にしっぽを見せるでないぞ!”とな。父さんは母を尊敬してたから、その言葉を宝のように大切に思っていたんだよ」…と。
あんなに豪快で強い父が、母親の価値観をそのままに受け取って自分の人生を生きていたのか…と思うと本当に驚きました。しかも父は家計がどんなに苦しくても、家庭内ですら気を許さず、しっぽを見せないようにと一人で頑張ってきたのか…と思うと、本当に父がいとおしくて涙が出てしまいました。(世間にしっぽを見せるな…とは世間に弱みを見せたり恥をさらしてはならない…という意味)
すべて美しいものの陰には 何らかの痛みがある
ボブ・ディラン
父のその弱さに初めて接してから、私たちが子ども時代の頃から垣間見えていた父の不機嫌さや短気だった理由が、あらためて理解できました。あんなに堂々と男らしかった父の背後には、不安や焦りや哀しみなどの痛みがいっぱいあったのですね。
私たちが子どもの頃から、父が私たちに事あるごとに言っていた言葉があります。「自分に正直に生きろ!」「嘘を生きるな。ほんものであれ!」と…。おそらく父は自分の不正直な生き方に、はっきりと気づいていて、その背景から出てきた言葉なのだろうと思います。“ほんもので生きよ!”という彼の魂から吐き出すような強い響きのある言葉は、今も私の魂に深く刻み込まれています。
またもうひとつ父から学んだことがあります。コラムNo53「火の玉事件」で書きましたが、父は何事も疑問があれば、必ず検証し事実を明確にする人でした。父が火の玉の正体を明らかにした時、私にしみじみと伝えました。「亮子!いいか。よく覚えておけ!人は事実を確かめないままに、幽霊が出た…とか火の玉が飛んでいたとか、とんでもない噂を流してしまうんだ。だから自分の目で確かめるということは本当に大切なんだ!」と。
祖父は“外に答えはない。自分の答えは自分の中にある”ということを教えてくれました。父は自分自身の、矛盾した生き方の痛みの中から“自分に正直に、ほんもので生きること”の大切さと“いい加減な見方や発言はしてはならない。自分の目で検証すること”…の大切さを教えてくれました。祖父と父は、いつも私の人生のそばにいて、私の人生にとって重要なことを、本気で伝えてくれた先達者だったことに、今さらながら気づき心打たれています。そして祖父も父もウイットに富んだユーモリストでもあり、人生を達観した人たちでもあったことを懐かしく思い出します。
あなたが目的地なのになぜ旅を続けるのですか
このテーマに込められている精神を、祖父と父は渾身の意気込みをもって私に伝えてくれましたが、まだこれからも私は旅を続けるだろうと思います。しかし彼らが教えてくれた「自分を信じて生きる」というその精神は決して忘れないと思います。そして「私自身が私の人生の目的地」ということを、さらに深いレベルで理解して生きていきたいと思っています。