2022年6月20日月曜日

一日のうちに何かひとついいことがあれば、私はその日はとてもハッピーなんだ

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一日のうちに何かひとついいことがあれば、
私はその日はとてもハッピーなんだ
ヘルベルト・フォン・カラヤン
Column 2022 No.109

 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の終身指揮者・芸術監督であった、故カラヤン氏のフレーズです。その日の演奏はカラヤン氏にとってはとても不満足なものでした。ところがそのあと食事を始めたカラヤン氏が「私は今日はとても幸せだ」と言うので、隣にいた人が意外に思って訊くと「このキャビアがとってもおいしいから。私は一日のうち何かひとついいことがあったらその日はとてもハッピーなんだ」と答えたそうです(月刊誌「サインズ・オブ・ザ・タイムズ」より参照)

 私たちはものごとがうまくいかないとき、いつまでもそれに捉われてくよくよしたり、周りの人に不機嫌に接したりする傾向があります。うまく機能している出来事や自分自身の素敵な側面はあまり見ようとしないで、うまくいかなかった側面や自分自身の中の足りない側面に注目して、いわゆる“あら探し”に夢中になっている自分がいます…。私はカラヤン氏のこの一文を目にしたとき、幸せの真髄を見た気がしました。

幸せになれるかどうかではなく
幸せを感じるのはその人の心である
エドマント・スペンサー

 まさにその通りで、どんなにネガテイブな感情に翻弄されていても、カラヤン氏がキャビアの美味しさに気づいたように、今ある幸せに気づいて今日はいい日だった…と幸せを感じる“感性”を育てることはとても大切に思いました。

「今日は仕事が思うように運ばなかったけれど、ふと空を見上げたら、広々として透き通るような空の美しさに魅了された。…だから今日は幸せなわたし!」
「もやもやと気分が落ち込んでいたけれど、曲に乗って好きなダンスを一人で思い切り踊ってみた。ダンスを楽しめた今日はハピーな一日!」

 生活しながら「わあ!素敵!」と、今ある幸せに気づく。また一日ひとつでも自分の心が喜ぶことをやって、「今日はこんなに楽しいことができてハピーだった。最高!」…と、周りの環境や自分の行動にしっかりとOKを出していく。“幸せを感じる感性”を大事にして、一日一日を丁寧に生きていく。それをとても大切に思ったのです。

 私は講演などでよくお伝えしてきました。「一日ひとつでもいい。あなたの心が喜ぶことをやりましょう」…と。その時、よく質問にあったのは“何をやっても楽しいと思えないんです”とか“心が喜ぶことが見つからないんです”…等々でした。それは恐らく幼い頃から、周りの大人の要求に合わせて生きてきた結果、自分の欲求を感じる練習が少なかったことが原因のひとつだと思います。だからこそ人一倍自分自身に優しく優しくしてあげて下さい。一度しかないあなたの人生です。もはや他者や環境のせいにしている時間はありません

あんまり深く突きつめて考えない。“今日を楽しむ”
と考えていけば何とかなるんじゃないかな
やなせ たかし

 私たちはすべてを深刻に考え過ぎているのではないかと思います。後悔の念に捉われたり、まだ来ぬ未来に思いをはせて不安に取り込まれたり、なかなか“今”に立てない自分があります。

人生とは自分探しをすることではない。
人生とは自分を創ることである
ジョージ・バーナード・ショー

 自分探しも大切ですが、人生はあまりに短いのです。せっかく与えられたこの人生で自分が何をやりたいのか、どういう人生を歩みたいのか…を自分に尋ねて、なりたい自分を創っていく。生きたい人生を創っていく…ことの重要性を、バーナード・ショーは教えてくれています。

 実は私自身が自分の欲求がわからなくて、生きたい人生も見えていない人でした。でも“まず一歩から”と思って始めたことは、自分自身にたえず「今何がしたい?」と、尋ね始めたことでした。その質問の陰に、生きたい人生の答が潜んでいると直感したからです。

 朝起きて夫と子どもを送りだした後、いつも自分に訊いていきました。答えは必ず来ました。「何がしたい?」…“眠りたい” 「何がしたい?」…“コーヒーが飲みたい” 「何がしたい?」…“海が見たい”…それを正直にやっていくことは、最初は罪悪感と“共歩き”でしたが、その都度“いいのよ いいのよ!”…と自分にエールを送りながら果敢にやっていきました。それは、自分自身の人生の欲求が見え始めるための、基本的な訓練だったのです。

 そして今、カラヤン氏のフレーズで学んだことは、“一日の中の僅かひとこまの喜びでもその都度気づいて、私の人生を彩っていこう”ということでした。そのことを忘れてしまっていたら、就寝前に「今日“ひとりカフェ”で飲んだコーヒーは飛び切り美味しかったなあ。だから今日は素敵な一日だった!」と、何でもない幸せでも確認して、眠りにつくことにしています。私の幸せは誰も創ってはくれないのです。私の心だけが創っていくのですから。

しあわせを数えたら あなたはすぐに幸せになれる
アルトウル・ショーペンハウアー


*次回のコラムは2022年7月20日前後の予定です。

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2022年5月20日金曜日

あなたはどこに行ってもあなた自身といるより仕方ありません(その2)

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あなたはどこに行ってもあなた自身といるより仕方ありません
タデウス・ゴラス
Column 2022 No.108

 前回に続いてタデウス・ゴラスの「なまけ者のさとり方 」(地湧社)から、ゴラスの述べる真理を私自身の解釈を入れながら、更に紐解いていきたいと思います。以下で、紫色ハッチのフレーズ文章は「なまけ者のさとり方 」からの引用です。

 「生きものの基本的な営みは拡張する(広がる)ことと、縮小する(縮まる)ことである」…とゴラスは宇宙のしくみを説明しています。そして私たちの意識を出来るだけ広げて深めていくことこそが「悟りへの道」であると述べています。

この広がりを私たちは、意識の広がり、理解の深化、魂の広がりなどとして体験しますが、それをどう表現するかは各人の自由です。完全に広がりきったとき私たちは完全な意識の拡大、つまりすべてのものと一体になった感覚を体験します。そのレベルに達すると、時間を超えた至福感、意識や知覚、感覚の無限の広がりを味わうのです。(中略)すべてと一体化した魂はあらゆることを体験することができます。意識が広がっていけば、この宇宙に存在するすべてのものを体験できるのです。

どんな精神状態にいようと、この宇宙のどこにいようとあなたに与えられている選択は一つだけです。あなたの意識を広げるか、縮めるか。このどちらかしかないのです。それも今、あなたがいるところから始めるしかありません。

 前回に続いて、“悟りへと至る道”つまり“意識を広げていく・深めていく”ことについて考えてみたいと思います。

☆ 物理的に視野を広げてみる

 物理的に視野を広げると、意識も広がっていくのではないか…という想定のもとに、私の体験を通して前回のコラムNo107に書きました。

☆ まわりの世界をあるがままに見る(抵抗することをやめる)

 世界がどんなふうに見えるかは、私たちの使っているバイブレーションのレベルで100%決まってくると言います。バイブレーションとは、その人が持っている“思考の傾向や特性”と言ってもいいかもしれません。周りに起き湧いていることは、実はすべて中立で、正しい・間違っている…はありません。同じ事象が、自分のバイブレーション(考え方の傾向・習い性)によって、ポジテイブに見えたり、ネガテイブに見えたりするというわけです。

 自分が使っているバイブレーションに気づき、“抵抗”つまり自身の想念の癖から来る“価値判断”をやめて、何にも捉われず、心をオープンにして、あるがままに世界を見つめていく。その結果、意識は無限に広がり、広がるほどに宇宙のからくり(真理)が理解でき、自ずと人生は、至福感に満ちた味わい深く素晴らしいものになっていくのだ…と、伝えています。

☆ 人類への愛は“自分を愛する”ことから広がっていく

あなたが自分自身を愛するとき、実は、あなたは愛と共に無数の存在へと広がっていくのです。あなたが愛を広げれば広げるほど、あなたの内の存在も周りの存在も大きな愛になっていきます。どんなレベルにおいても私たち(人類)はお互いに繋がり合い、影響を与え合っているバイブレーションそのものだからです(中略)あなたの愛を広げ、深めれば深めるほどに、あなたは高く昇っていくのです。

 私たちは、ゴラスも言うように、他者を愛する前に、まず自分自身への愛を深く掘りさげていくことが先決です。ありのままでいる自分を愛し赦し、心が喜ぶことをいっぱい与えてあげながら、私たち一人ひとりが自分自身への愛をひたすら深め広げていく。自分自身への愛を深め広げるほどに、もともとつながっている他者(人類)へと、自ずと愛は大きく広がっていくからです。

真実の愛とは、あなた自身が自分のために行う行為なのです(中略)多少汚れていようと、腐っていようと、愛ほど清いものはないのです

 自分に正直に対峙していくと、罪悪感・無価値感・拒絶感・嫌悪感・虚無感・喪失感…等々が、折り重なっていて、私たちはそこを見つけては落ち込み、元気を失っているのが現実です。人間はお互いに決して上等ではありません。まず自分の中のその汚れていると思っている部分を受け入れ、そこから目をそらさず、愛し赦していくことしかありません。

自分の感情がどうしようもなく嫌で、それを愛するなんてとてもできないと感じるかもしれません。でも愛すると決心しなさい。嘘だと思っても“私はそれを嫌っている自分を愛している”と言ってみなさい

 たとえ自分の中の許し難い想念・感情・行動…があったとしても、決して見過ごさないで、まず自分が嫌ったり憎んだりしている感情をしっかりと見据えて「今日は理由のない虚しさでいっぱいです。虚しさに圧倒されている私をそのまま愛します。赦します」「今、私はあの失敗にこだわってくよくよしています。くよくよしている私をそのまま愛します。赦します」…あまりに苦しいとき、感じたくなくて見ないふりをしている自分もあるものです。それにすらも気づいて「見ないふりをして逃げようとしている私をそのまま愛します。許します」こうした自分自身への赦しをただ根気よく続けていくのです。

 事象を愛し赦すのではなく、それにまつわる自分自身の感情にフォーカスすることがポイントです。どんなにみっともない自分であってもその都度、本当の感情に気づいては丸ごと抱き容れるのです。魂が納得してくれるまで辛抱強く言い聞かせるのです。すると徐々にその感情が私たちを圧倒することは無くなっていきます。それだけで充分ですが、さらに手放したいと思うときも、決して追っ払うのではなく、感情は生きているのですから、大切な人を見送るような気持ちで、イメージで優しく手放していきましょう。自分自身への愛こそが「悟り」へと繋がる王道なのですから。

愛こそ悟りへの完全な道です。愛は常にすべての人に開かれています。何ものも愛の道を妨害する力は持っていないのです。この道を行くのだと決心さえすれば、もうそれだけでいいのです

理由などいらない。ただ、愛しなさい


*次回のコラムは2022年6月20日前後の予定です。

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2022年4月20日水曜日

あなたはどこに行ってもあなた自身といるより仕方ありません(その1)

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あなたはどこに行ってもあなた自身といるより仕方ありません
タデウス・ゴラス
Column 2022 No.107

 数十年前に、題名に惹かれて読み始めたタデウス・ゴラス著の「なまけ者のさとり方」(地湧社)は、その頃の私にとっては、一言一言が魂に沁み込んでくるような衝撃があり、今も私の“座右の書”の一冊になっています。この書籍はゴラスが生涯に唯一、この一冊のみを著した渾身の書と言われています。

 近年、精神世界の「悟り」とか「覚醒」という言葉が日常的になり、精神世界の幕開けを感じる今日この頃です。“悟り”は仏教用語では「悟り」、スピリチュアル(精神世界)用語では「覚醒」、心理学用語では「自己実現」という言葉で現されており、ほぼ同じ意味合いです。心理学者のマズローは人間の最終目的(欲求)は、“高次の自分に統合すること”と述べており、その意味合いは、やはり「悟り」と言うことでもあります。

 ゴラスのフレーズを紹介しながら、彼の述べる真理を少しでも理解しやすくお伝えしたいと思いますが、何しろ彼が著している深遠で膨大な叡智溢れる真理をどれだけお伝えできるのか自信はありませんが、彼のフレーズを忠実にお伝えしながら、私が今いる位置で理解できたことを表現していけたらと思っています。今回取り上げているフレーズはすべてタデウス・ゴラスのものです。

私はなまけ者です。世間でよく言われているように、悟りを開くためには何年も修行が必要だとか、人一倍の努力や厳しい自己抑制、自己鍛錬をなければならないというのなら、悟りは私には関係がなかったことでしょう。その上食べ物には気を付けなくてはいけないとか、たばこは体に悪いからやめろとか、道徳にかなった生活をしなくてはいけないということになればなおさらのことです。悟りとは、これらのこととはまったく関係がないと、私はこの本で言いたいと思っています。

 この書を初めて紐解いたとき、この書き出しの言葉で、“これなら私もできそう!”と元気が出たのを覚えています。私自身が実は怠け者で、たやすく悟る道が無いのなら、悟ることは難しいな…と常日頃思っていたのです。続いて次のフレーズが目に飛び込んできました。

宇宙はものすごく単純に設計されていますから、私たちが迷い子にったり、不幸になったりしてしまうような仕掛けは、何もないのです。

 宇宙のしくみを、彼は簡潔に次のように纏めています。生きものの基本的な営みは“拡張する(広がる)ことと、収縮する(縮まる)ことである…と。私たちを含めすべての生きものは、自ら持つ「波」で振動しており、バイブレーション・波長・波動・振動数…等、色々な表現がありますが、その人がどんなバイブレーション(波)を使っているかで「拡張」に傾いたり「収縮」に傾いたりする…。そして個人のバイブレーションのレベルに応じて、まわりの物の見え方や体験は全く違ってくる…というわけです。

悟りとは、現在の私たちの意識の限界を少しでも広げる体験のことです。完全な悟りとは私たちは無限の存在であること。宇宙全体が生命を持っているということを知るということなのです

どんな精神状態でいようと、この宇宙のどこにいようと、あなたに与えられている選択は一つだけです。つまりあなたの意識を広げるか、縮めるか、このどちらかしかないのです。(中略)完全に意識が広がってスペース状態になっているということは、すべてのことを充分に意識しようと、すっかりオープンになって準備のできている状態のことです。つまり完全に抵抗をやめ、如何なる思考も物も出来事も、拒否しない状態ということです。
ですから悟るためには何か特別な考え方を身に付けたり、特殊な体験をしたり、苦しんだり、身を慎んだりする必要はないのです。

意識が広がっていくそのプロセスそのものが悟りであり、何処か特定の定義された状態に達するということではありません。悟りが深まって次第に他の存在へと理解が進んでくると、遂には存在するすべてがひとつに繋がっており、互いに影響し合っているということが体験できるようになり、やがて私たちは、無限の存在であること。宇宙全体が生命を持っているということを知る…のです。

 私たちの多くは、今住んでいる次元で“~してはならない”“こうあるべきだ”“これは正しいそれは間違っている”…等々、途轍もない価値判断や制限・制約の中で不自由に生きています。つまりゴラスの指摘するところの「収縮」つまり縮こまった状態の中で窮屈に生きていると言えます。そこから脱して、私たちの意識が広がるに従って、宇宙のしくみが理解でき、やがて至高の真実が垣間見えてくるというわけですね。

 つまり、我々の意識を広げていくことこそが悟りへの道だとしたら、どうしたら、その途轍もない制限を乗り越え、意識を広げていくことができるのでしょうか。ゴラスのメッセージをひも解き、私自身の解釈も入れながらその辺りを見つめてみたいと思います。

☆ 物理的に視野を広げてみる

 一日中、パソコンに向かって仕事をしていると、私の頭の中も身体も実際、縮こまってきたのが解かります。肩こりで頭痛が起こったり、気分がいらいらしたりし始めます。心の視野、気持ちの視野が狭くなったことが解ります。こんな状態の時には何も考えたくなくなって、夢や希望も萎んできたり、その上生きる元気まで無くなります。そんな折、物理的に視野を広げてみたらどうなるのかを、意識的にやってみたことがあります。

 少々寒くても窓を開けて、仕事場からビルの谷間の、僅かな空を眺めてみました。それだけでもエネルギーが返ってくるのが解かりました。また、仕事を中断して庭に出て寄せ植えの花々を見たり、太陽の光を浴びながら深呼吸をしていると、さらにエネルギーが甦ってくるのがわかります。大自然は私たちの精神状態を健康に保ち、いわゆるゴラスの言う意識の広がりを強力に助けてくれるのですね。覚者・聖者と言われる釈迦やイエス・キリストが、大自然の中で悟りを得た…と伝えられている所以(ゆえん)が少し理解できた気がしました。

 これまでも私は、広い海を眺めたり、夜空の星々を眺めて無限の宇宙に思いを馳せたり、雲が浮かぶ空を飽くこともなく眺めたりする時間が、とても幸せで大好きでした。それは無意識に行なってきたことですが、ゴラスの言う、生きている存在が持つ基本的な営みである「収縮」(縮まる)から「拡張」(広がる)への体験のひとつであり、実はそれが悟りへの道へと繋がっていく歓びでもあったことに、今さらながら気づいたことでした。

 このシリーズは次回も続きます。“意識を広げていく”…ことについて続けて考えてみたいと思います。

*次回のコラムは2022年5月20日前後の予定です。

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2022年3月20日日曜日

夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現できる

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夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現できる。
ウオルト・ディズニー
Column 2022 No.106

 コラムNo104で「・・・新しい夢を見るのに歳をとり過ぎたということはない」というテーマを掲げました。そうだ! 命がある限り夢を持ち続けたい。自分の中の未だある夢を実現したい…と、改めて感じた私は、今回は“夢実現”について考えてみたいと思います

 ウオルト・ディズニーは度重なる挫折を体験しながら、決して夢を諦めず、自らの創造力を信じて突き進み、巨大企業「ウオルト・ディズニー・カンパニー」を立ち上げて、世界中の人々に夢と歓びと感動を与え続けてきました。

夢を求め続ける勇気さえあればすべての夢は必ず実現できる。
いつだって忘れないでほしい。すべて一匹のねずみから始まったということを
ウオルト・ディズニー

 「ミッキーマウス」の生みの親、ディズニーは、一匹のねずみをアニメーション映画にデビューさせ、そのミッキーは奇跡的な人気者となって、今やアメリカ文化のシンボル的キャラクターになっています。またディズニーは、親も子どもも一緒に楽しめる施設を提供したいという夢を抱き続けて、やがて「ディズニーランド」という壮大な夢を実現させたのです。“夢見ることができればそれは実現できる”というのが生涯にわたっての彼の持論でした。

 さて!自分に返った時、私は何をしたいと思っているのか。何をしたらわくわくするのか。何を夢見ているのか。既に実現した夢もあるが、まだまだ実現させたい夢もある。それをどのようなプロセスを経て手中に出来るのだろうか。エマーソンは次のように言っています。

あなたが今夢中になっているものを大切にしなさい。
それはあなたが真に求めているものだから
ラルフ・ワルド・エマーソン

 親業でも夢を実現するためには、まず、本当にやりたいこと(欲求)は何か、それを明確にすることの大切さを述べています。それはエマーソンの言うように、今あなたが夢中になっていることの中に大きなヒントがあります。それを形にして夢実現していけるのです。ディズニーは“世界中の人々に夢と感動をプレゼントしたい”という夢を、終始一貫持ち続けてきました。彼のその夢を形にしたものが数々のアニメーションであり、あの夢溢れるディズニーランド建設でもあったわけです。彼は夢実現のためのヒントを次のように述べています。

夢をかなえるのは4つの「C」に集約される。
それは、Curiosity(好奇心) Confidence(自信)
Courage(勇気) Constancy(継続)である
ウオルト・ディズニー

 親業が主宰する「人間関係講座」のプログラムの中に「あなたの欲求実現の為のポイント」があります。ディズニーのヒントと重なりますので、簡単にご紹介します。

1 やりたいこと(欲求)を明確にする
 ディズニーはそれを「好奇心」と表現しています。これは一番大切なポイントです。何に心惹かれるのか、どうしたいのか、どうなりたいのか明確にしましょう(コラムNo16)。何事にも指針とか目標が必要です。目的地を定めないまま船出した船は、同じところを逡巡するはめになってしまうでしょう。

2 不安恐怖を支配する
 私たちがやりたいことから後ずさりする大きな原因です。不安に支配させてしまわないで逆に不安を支配しましょう(コラムNo71)。起ってくる不安を一つひとつ感じて、その不安をどのように捉えるか。シュミレーションしながら大丈夫と感じるところまで見つめていくのです。その結果、不安が自分の手中に入り、支配出来るようになります。そうなったら前に進みやすいのです。

3 自分はそれを手にする価値があるのだと確信すること
 ディズニーはそれを「自信」と表現しています。欲しいものが手に入りにくい人は、自分に対する価値感が欠落している人が多いのです。自分が欲しいものを受けとる重要なポイントは、自分が欲しいものを知ること。そして自分はそれを手にする価値があるのだと知ることなのです。これは非常に大切な条件です。

4 本気で対峙する
 ディズニーはそれを「勇気」と表現しています。勇気をもってとにかく本気でとりかかるということです。

あなたが夢見ていることがあれば、今すぐ始めなさい。
向こう見ずは天才であり、力であり、魔法です。
ゲーテ

 またディズニーをはじめ、多くの先達、賢者は「夢実現」に関して次のように述べています。

 自分の中で想像できるということは、それを自分で実現できるということ。
 そうでなければ想像できないのです。
 自分で想像できることは、自分がそうなれることとイコールなのです

 何の脈絡もなくあなたの頭を巡る想い、こうなれたらいいな…とふっとよぎる想い…等々。それはすべてあなたにとって実現可能な範囲にあるもので、そうでないものは頭にも浮かぶことはない…というわけです。私たちが想像できるものが形になるのだとしたら、既にそれが実現している!と、更にイメージしていくことで、間違いなく夢はかなっていくに違いない。それだけ我々人間には創造性があるということです。一度しかない人生です。そのよぎる想いを単なる想像に終わらせないで、ゲーテの言う“少し向こう見ずになって”夢実現をしていきませんか。あなたの夢はあなたの手中にあるのです。

*次回のコラムは2022年4月20日前後の予定です。

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2022年2月20日日曜日

ありのままの自分で生きる

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Column 2022 No.105

 「あなたらしくいなさい」「ありのままのあなたで」…というフレーズはよく見聞きしてきました。しかし解かったようで解からないのが“あなたらしく…”とか“ありのままで…”ではないでしょうか。

 これまで周りの人から「こんな考えをするところってあなたらしいわね」と言われたことが何度かありますが、正直とても戸惑いを覚えたものです。その感じ方が自分自身にも真実か否かがよく解からないのに、第三者に何が解かるの?という戸惑いです。

 若い頃、深刻なうつを患った時、自分のつらい気持ちを心ある幾らかの友人に相談をしたら、その友人の多くが「あなたのままでいいのよ」と返してきたことを思い出します。その瞬間は「ああそうか!私のままでいいんだ…」とほっとしたものですが、少し時間が経つと、“わたしのままって何だろう?”という疑問が湧いていたことも思い出されます。人生に迷っているとき、人は多く“自分軸”(ありのままの自分)からそれることで、自分自身を見失っているわけですから、“あなたのままでいいのよ”…という助言(正論)を頂いても具体的には理解できないわけです。

 これは今思うことですが、私が混乱をして自分を見失っていたとき、もしも相手の人が「苦しいねえ…。どう生きていっていいか分からなくなるほど混乱してるんだねえ。やりきれんねえ・・・」と、反応して下さっていたら、私はどんなに救われたことでしょう。ただただ私の苦しい気持ちを解かって共感を示して下さっただけで、「ああ。今すごく苦しいけれど、苦しんでいる私のそのまんまでいいんだな」と、心がくつろぎ、ありのままでいれる心地よさを実感できたと思うのです。

皺もシミも老いもひっくるめて、この世にあなたはたったひとり
ダフネ・セルフ

 そのたった一人の自分そのままを、いかに愛し赦していけるか。“ありのまま”の本質というものが、私の中で少しずつ明確になってきましたので、その自分でいられる為にできることを、私なりの気づきで纏めてみたいと思います。

☆ 自分の行動に対する価値判断に気づく

 自分の思考の動きを観察すると、他者と比べて自分はだめだと落ち込んだり、人を傷つけた・傷つけられたとかに捉われたり、私くらいの年齢になると“老い”を意識してふさぎ込んでみたり…と、ありのままどころか、私ではいけない、私では駄目だ・・・と、とても厳しいベクトルを自分に向けていることに気づきます。

 自分へのその価値判断に、まず気付くことが大切です。気づかないと生き直すことは難しいのです。人間をやっている以上、これらマイナス思考は当然なのです。だから、あるがままの今の自分をそのまま赦すのです。“他人と比べて自信を失っているんだねえ” “傷つけられたと思って凄く腹を立てているんだねえ” “老いを感じて愕然としているんだねえ”…等々。つまり価値判断をしている自分に気づき、いまの自分の実態に共感しながら、そのままの自分を見ていられる状態…これがあるがままでいる姿です。

☆ 自分の今の気持ちに正直にやりたいことをやる

人が笑おうが笑うまいが自分の歌を唄えばいいんだ
岡本 太郎

 自分の歌を唄えばいいんだ…と言われても、その頃の私には自分の歌が解からなかったのです。それに気づいた私は、“自分の歌を見つけよう”と決意したのです。「欲求の5段階説」を提唱した心理学者アブラハム・マズローは、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する存在」と述べ、間違っている・いない…はない。自分の心が赴くことを正直に生きていくうちに、無意識に自己実現へと向かい、次のステージへと自然に上がっていくのだ…と述べています。

 まず、他者のために見栄えのいい生き方をすることを本気でやめてみようと思いました。“自己実現”という目標にしっかり意識をおきながら、本当の自分を取り戻すために、自分の正直な気持ちを大切に、いま本当に食べたいものを食べ、着たいもの着て、行きたいと思うところに行き、逢いたいと思う人に逢い、やり損ねてきた“子ども染みた遊び”も思い切ってやってみました。時間はかかりましたが、そのうち、自分の歌が徐々に見えてきたのです。岡本氏が言う、誰に笑われてもいい“自分の歌”を下手ながら唄い始めたのです。

 するとあるがままの自分の実態がさらに明確になっていきました。その結果、「自分軸」が徐々に立ち上がり、やがてマズローの提唱する自己実現へと向かう高次の欲求が、少しずつ垣間見えてきました。私の人生に於ける真の目標(欲求)が見えてきたのです。私は、はっきりと気づいたのです。自分の本当の歌を見つける為には、今のあるがままをそっと赦しながら、何の罪悪感も持たないで自分がやりたいことや心が喜ぶことを、本気でやっていくこと。ここからが出発…私の体験からそれを確信したのでした。

 価値判断をやめ、あなたに来た“ひらめき”を大切にしてやりたいことをやり始めて下さい。自分から来た答え(欲求)はあなたにとってはまさに真実です。価値判断している間に大切なチャンスは逃げてしまいます。もちろん恥をかいたり失敗したり…はあるでしょう。しかし私たちは失敗から沢山のことを学びます。失敗は、魂の目覚めを促してくれます(コラムNo44)。どんな自分も赦し赦して自分をどんどん満たしてあげましょう。本当の自分を見つけるために、です。これまでも取り上げましたが、私が日課にしているアファメーションです。

どんな自分も無条件に愛します
どんな自分も無条件に赦します


*次回のコラムは2022年3月20日前後の予定です。

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2022年1月20日木曜日

新しい目標をもったり新しい夢を見るのに、歳を取り過ぎたということはない

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新しい目標をもったり新しい夢を見るのに
歳を取り過ぎたということはない
C・S・ルイス
Column 2022 No.104

 2022年!新しい年がやってきました。お正月は家族で「湯布院」で過ごしました。そこに向かう車窓から、輝かしい新年の朝日を浴びながら、冒頭のフレーズをしきりに思い出していました。

 新しい夢を見るのに歳を取り過ぎたということはない…というけれど、自分の身体の動きや想いの中に年齢を感じることが多くなって、それに気を取られて生きているな…階段の上り下り、文字の見えにくさ、大切な人の名前のど忘れ、物の置き忘れ…等々、ちょっと増えてきたかな…と。大切な私の人生に対する「夢」「目標」など…ちゃんと見つめているだろうか…と。

 フランスの医師であったアルベルト・シュバイツアーは言っています。「物事に関心が無くなったり、憧れ・熱意などを失いかけていることなどに…少しでも気づいたら病気の前触れだと考えなければならない。表面的に流されている生活に魂が苦しんでいるのだと、気付かなければならない」…と。そうかあ…知らず知らずに表面的な生活に流されたり、老いの想念の方に心が行ってしまっていたんだなあ。真の自分から逸れてしまっていることに魂が苦しんで、私にサインを送ってくれている状態だったのか…そうだったのか…と。

“ああそうだ!”と気づいたその時が、あなたのバースデー
中村 天風

 天風氏の “気づいたその時があなたの誕生日!” のフレーズは今の私の気持ちにぴったりと重なって、改めて新しい自分に生まれ変わろうと思いました。私たちは習い性のように、何事も昨日の続き…と思って生活をしていますが、実は人は誰でも瞬間瞬間、何かに気づきながら、新しい自分に生まれ変わっていくのだ…ということを忘れかけていた気がします。親業でも“気づき”は特に大切にしています。深い気づきを得た人は、確かにその瞬間から、新しいその人で生き始められるのを何度も見て感じてきました。

 さて、私たちは、一年の終わりに「忘年会」と名付けた飲み会をしますね。広辞苑によると、「その年にあった色々な苦労を忘れるために催す宴」とあります。その年にあったことをすべて水に流して、新しい気持ちで新年を迎えよう・・・というわけです。ちなみに「忘年会」は日本独自の文化のようです。素晴らしい日本文化だと思います。今年の私の年賀状にとりあげたフレーズは、たまたま次のフレーズです。

許すはよし 忘れるはなおよし
ロバート・ブラウニング

 ブラウニングが伝えたいこととは少し角度は違いますが、「忘れる」という能力は私たちに与えられた天からの恩寵に思います。生きてきたこれまでの苦しみ、後悔、他者への怨念…等々を、もし全部覚えていたとしたら、今を生き切ることはとても難しいでしょう。忘れることで、脳のスペースは広がって新しい新鮮な情報がどんどん受けとれる。“忘れる能力”…なかなかいいではないかと思えるのです。何だか言い訳っぽい感じがしないでもないですね(笑)

50過ぎたら「ま、いいか」「それがどうした」
「人それぞれ」でいこう
広兼 憲史

 50歳どころではない年齢を迎えましたが、やはり大共感のフレーズです。些細なことはどんどん忘れて、自分を大きく包んで赦し、他者と比べず、たえず自分に優しく優しくです。出来ないことに気を取られず、出来ること・心が喜ぶことを大切にして、わくわくと生きていこう。新しい夢を見たり、これまで温めてきた夢を実現したり、年齢を重ねることへの捉われを超えて、牛のように堂々とマイペースでやっていこう…と改めて決意した新年でした。

人が対決する相手は老化ではありません。真の相手は恐れです。
老化は恐れを蓄えるひとつの場所なのです
賢者の言葉

 このコラムの終わりに、松下幸之助氏が、ことあるごとにこの詩を愛唱し、ご自分を鼓舞していらしたという、サミュエル・ウルマンの「青春」の詩をご紹介します。

 齢を重ねるだけでは人は老いない
 理想を失う時に初めて老いが来る
    (中略)
 人は信念と共に若く 疑惑と共に老いる
 人は自信と共に若く 恐怖と共に老いる
 希望ある限り若く 失望と共に老いる


*次回のコラムは2022年2月20日前後の予定です。

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