2024年1月20日土曜日

今日、誰のために生きる?

 2024年 講座開講スケジュール ★2024年の講座予定を公開しました★

 下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』 Youtube音声番組を始めました。聞いてみて頂けると嬉しいです。

Column 2024 No.128

 「今日、誰のために生きる?」(SHOGEN・ひすいこたろう共著)は、SHOGENさんがアフリカの「テインガテインガ」というペンキ画に魅せられ、それを学ぶためにアフリカに赴き、1年半にわたるアフリカのブンジュ村での生活を通して学んだことを本にしたものです。

 SHOGENさんは、ある雑貨屋で白い壁に貼られていた、夕焼けを背景にして動物たちが楽しそうに遊んでいるペンキ画の、その美しさに感動して釘付けになります。彼はもともと絵が得意で「これだ!この絵を学んでこれで生きていこう」と、決意し、その日の夕方にはアフリカ行きの航空券を買い、翌日には会社に退職届を出し、何の伝手(つて)もないまま、学びのために単身でアフリカに向かったのでした。

 ご縁あって、ブンジュ村のカンビリ家にお世話になることになったSHOGENさんは、朝6時半くらいに朝食を取り、7時から絵を描き始め、休憩は昼食の時くらい。日が落ちるまで毎日12時間絵を描き「1日最低4枚は描く」と自分にノルマを課しました。そこの村でSHOGENさんは、村の村長をはじめ、村人みんなから、幸せとは何か。どうしたら幸せに生きられるのかを、教えられることになります。全く価値観の異なる異次元の体験をすることになり、SHOGENさんは戸惑いの連続です。彼が村人から伝えられたメッセージは魂を揺さぶられるような感動があります。

 ショーゲンおはよう。ショーゲンは誰のために生きるの?
 また晩ごはんの時に逢おうね

 今回のテーマにしたのはこのフレーズです。実はこれがブンジュ村の朝晩のあいさつのひとつなのです。わが国では「おはよう!」で済むところを型通りのあいさつで終わらないので、SHOGENさん、初めはちょっと重い…と感じたそうです。「今日は誰のために生きるの?」あなたならどう答えますか。

 いちばん大切にしないといけないのは自分だよ。
 ショーゲンはいつも自分を置き去りにしているように見える。
 それでショーゲンの魂は喜んでる? 自分の魂に失礼なことをしてはいけないよ

 自分を大切に出来ない人は、周りの人を大切にできる筈がないのだ、ということをこの村の人たちは解っているのです。だから「私は自分のために生きるよ」「俺は俺の人生を生きるからな」子どもも「私は私を生きるの」と挨拶するのです。挨拶はとりあえず言うものではなく、この村の人たちは相手の顔を見て、その人の状態を感じて声をかけてくる。SHOGENさんは周りの人から気持ちに余裕がないように見え、それを心配されて「心に余裕をもってね」「ショーゲン空を見上げてる?」「ショーゲン自分の人生を生きてる?」と、よく挨拶されたようです。

 SHOGENさんがお客様から頼まれたキリンの絵を描いている所に、村長が来て言いました。「それは自分のために描こうとしているのか?それとも人の為に描こうとしているのか?人のために描くのはいいけれど、そこに自分の喜びもないといけない。人の為にやって人が喜んだとしても、自分に喜びが感じられないんだったら、それはやめとけ」…と。この村の人たちは自分の心が喜ぶことを一番に大切にしているのです。

 ショーゲン、歓喜して自分らしく生きていくと決めて欲しい。
 自分らしく生きていく覚悟を決めて欲しい。

 このように村長や村人から親身に愛をもらったSHOGENさんは、少しずつ心を開き、気持ちの余裕と自分を愛する心を取り戻していきました。そしてある日、村長から驚くようなメッセージが伝えられたのです。

 実はこの村の先輩は日本人なんだよ。
 日本人こそが俺たちの先輩で真のアニミズム*なんだ。
 (日本人には)虫の音がメロディーとして聞こえる。
 その素晴らしさは当たり前じゃないからね…
 幸せとは何か。本当に大切なことは何か。それがすでに日本人は解っているんだ。
 …日本人の血の中に流れる素晴らしい記憶を呼び起こしてね
 *「アニミズム」とは、自然界のあらゆる存在に霊魂・生命が宿っているという考え

 村長の祖父に当たる人(120~130年前の人)は、村で祈祷とか神事を行うシャーマンで、夢の中で時空を超えて日本人と交信し、その日本人から色々教わっていたという。村長がSHOGENさんに心を込めて伝えてきたことは、村長が先祖から伝えられてきた“その日本人の心を伝えてきただけなのだよ”…と言うわけです。

 その村長の言う、“日本人の血の中に流れる素晴らしい記憶…” その記憶とはいったい何なのでしょう。ひすいこたろう氏の一文を以下に拾ってみました。

 「…江戸時代の末期、海外から日本にやってきた外国人たちは、日本人を見て口々に、“日本人は幸せで満足している” “町中に上機嫌な様子がゆきわたっている” “顔がいきいきしている”と記しています。黒船でやってきたぺリー提督、イギリスのオズボーン艦長も “(日本では)不機嫌そうな顔にはひとつとて出会わなかった” と言っています。…当時の日本はもっともっと貧しかったにもかかわらずです……」

 現代の日本は、経済力、科学技術力ともに先進国として世界に立派に認められる国となりました。しかし、その古き時代にこんなにも心豊かで、幸福感・満足感に満ちていたという日本人の心を、私たちは本当に忘れてしまったのでしょうか。

 飛鳥の時代、聖徳太子(西暦574~622)が制定した、17条憲法の第一条「和をもって貴しと為す」に基づいて、太子は、他者も自分をも大切にという“和の精神”を心として、国家を導きました。その“和の心”は今もまだ日本人の心の深層にしっかりと根付いていると思います。それは例えば、大震災のような災害時に発揮される、他者と助け合ったり、分かち合ったり、ゆずり合ったり…の“和の精神”に、はっきりと見ることが出来ます。

 私は他者のために生きることと、自分のために生きることは、実は一つのものではないかと思っています。人類はみな底辺では繋がっていると思うからです。スピリチュアルや精神性の分野ではそれを「ワンネス」とも表現しています。もしかしたら日本人は、古い時代からその“ワンネスの心”を深く直観し、(時代により世が乱れることはあっても)総じては、自他の区別うすく、自分を愛し人さまを愛する精神文化の基調があったのではないかと思います。安定の時代といわれる江戸の人たちのハートの中には、それが色濃く残っていて、それが輝くような機嫌のよさに現れていたのではないでしょうか。

 今も、世界の日本に対する評価は非常に高く、しかし国内で低いというのが相場…ということがよく言われています。他者をも大切に考える控えめな日本人の奥ゆかしさはとても素敵ですが、それが度を越して、自信のなさや自国を過小評価してしまう結果に繋がり、本領が発揮できないでいる側面もあるのではないかと感じています。

 日本人が自分を愛することと、他者を愛することとのバランスを、今ひとつ取り戻していけば、日本人の持ち味や本来性が目覚め、ブンジュ村のダマス村長がSHOGENさんに委ねた「地球のために頼むぞ日本人。日本人こそが世界を真の幸せに導ける人たちなんだから」の願いに、しっかりと応えていけるのではないでしょうか。

 「今日、誰のために生きる?」というこの書籍は、日本人が今、自分をも本気で愛し、真の自信を取り戻していくことの大切な示唆、日本という地に生を受けたことへの感謝と使命に改めて気づかせてくれた貴重な一冊でした。

*次回のコラムは2024年2月20日前後の予定です。