2023年2月20日月曜日

時間は人間のために創られているのであって、人間が時間のために創られているわけではない

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時間は人間のために創られているのであって、
人間が時間のために創られているわけではない
イタリアのことわざ
Column 2023 No.117

 今回は「時間」について考えてみたいと思います。20数年前、ある受講者の方から贈って頂いた「モモ」(ミヒャエル・エンデ作)という児童文学書のことを思い出しました。それは確か時間をテーマにした内容だったことを思い出して、もう一度読み返してみました。スリルとファンタジックに溢れていて、初めて読んだ時よりも更に深い感動があったのは不思議でした。

 簡単にそのあらすじを書いてみます。

「今は廃墟となった円形劇場の一画に住みついた、粗末な身なりをした身寄りのないモモというひとりの少女の物語。モモは不思議な能力をもった子どもで、相手が大人であろうと子どもであろうと、その人の話すことを、心の耳を傾けて、ただ黙って聴くだけで、その人の心の中にすっと入っていきます。本当の気持ちが聴きとれるので、モモに話を打ち明けると、誰もが心が柔らかくなり、その人の中から自然に自分に必要な答えがやって来る。その結果、モモは街の人たちにとってかけがえのない存在になります。

そんな折、街中に“時間貯蓄銀行家”と名乗る灰色の男の集団が見え隠れする。その銀行家が言うには“君たちは時間を非常に無駄に使っている。時間を節約して我々の貯蓄銀行にその時間を預けると、近代的で進歩的な人間の仲間入りし、収入も倍になって返ってくる”とうそぶき、その灰色集団が時間の無駄遣いだと決めつけている“人々の睡眠時間”“余暇の時間”“人間関係の暖かい交流”“趣味に費やす時間”“読書を楽しむ時間”“ぼんやりと自分と共にいるひととき”…等々の、豊かで人間的な生活空間をじわじわと奪っていく。人々はあまり深く意識しないままに、どんどんその灰色の集団の思うつぼに嵌っていき、その結果は歓びも生きる実感もなく、日々のノルマをこなすことに営々とする、虚しい人生の落とし穴へと落ち込んでいく。

人々に愛され人々への影響力の大きいモモは、灰色集団に目をつけられます。本当の気持ちを聴きとる能力を持つモモは、灰色集団の正体の真実を知ることになり、追われる身となります。しかし自分自身の気持ちに正直に生き、人々の幸せを心から願って生きているモモには思うように手が出せない。人々が灰色集団に奪われてしまった時間を取り戻すために、モモはその集団と闘っていく決意をします。

純粋なハーㇳと、感度のよさ、運の強さで、モモは強い味方を得ることになり、その者の協力を得て、灰色集団の貯蓄銀行に貯蓄されていた人々の時間を、命がけで解放します。その結果、再び人々にゆったりとした時間が戻っていき、人間的な生活が甦り、人々は心の余裕、喜びの人生を再び取り戻していく…」と言う物語です。

 この物語は他人事とは思えない切迫感を感じさせます。「時は金なり」(ベンジャミン・フランクリン)「時間の浪費ほど大きな害はない」(ミケラン・ジェロ)…などの名言が何だかちょっぴり冷めた気持ちで感じられてきます。

無駄を楽しんでいるならば、その時間は決して無駄ではない
ジョン・レノン

 無駄がないことが社会の優先順位となり、仕事も、標準化・定型業務型が主流となっていきました。人々の生活も日ごとに画一的になり、人々の表情にも活気がなくなってきました。「モモ」の物語は、モモとその他の登場人物を通して、大きく現代社会への警鐘を鳴らしている作品です。

 確かに世界に例を見ない日本の高度成長を支えてきた背景を見ても、技術革新の導入、設備投資、良質の労働力…等々による恩恵があり、もっと効率的に、もっと多くを求めて、一人ひとりが自らの時間を削り、時間外労働や滅私奉公的犠牲心で手にしてきた進化と繁栄があります。しかしその繁栄とは裏腹に、人々の心には寂寥感と虚無感で圧倒されている現実も垣間見えてきます。そんな状況の中で、子ども達も画一的な環境に嵌められて、自分たちの考えた遊びや何かに夢中になって楽しむ場面もどんどん奪われていきました。

珠玉の時間を無駄に過ごさないようにと注意を受けたことがあるだろう。
しかし無為に過ごすからこそ珠玉の時間となる時もある
ジェームス・マシュー・バリー

 「モモ」の物語の中に「灰色の男を生み出したのは人間自身だ。本当はいない筈のものだが、人間がそういうものを発生させる条件を創っているのだ」…という一節があります。厳粛に受け止めたい言葉ですね。自分たちが創りだしたものだとしたら、心豊かに人間らしく生きていくために、本当は何が大切で、何ができるのかをあらためて考えなおせる希望・可能性も感じさせます。

 モモの親友で、登場人物のひとりである道路掃除夫の、べッポのつぶやきで今回のコラムを閉じたいと思います。

「…とっても長い道路を受け持つことがよくあるんだ。おっそろしく長くてこれじゃあとてもやり切れない。こう思ってしまう。そこでせかせかと働きだす。どんどんスピードを上げていく。ときどき目を上げてみるんだが、いつ見ても残りの道路はちっともへっていない。だからもっとすごい勢いで働きまくる。心配でたまらないんだ。そしてしまいには息が切れて動けなくなってしまう。こういうやり方は、いかんのだ…

…いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん。わかるかな?次の一歩のことだけ、次のひと呼吸のことだけ、次のひと掃きのことだけを考えるんだ。いつも次のことだけをな。…すると楽しくなってくる。これがだいじなんだ。楽しければ仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらなきゃあだめなんだ。…ひょっと気がついたときには、一歩一歩進んできた道路が全部終わっとる。どうやってやりとげたかは自分にも分らん。…これがだいじなんだ」

笑いのない日 それは人生の無駄な日である
チャールズ・チャップリン

*次回のコラムは2023年3月20日前後の予定です。

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