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Column 2023 No.121
唐突で突飛なテーマです。“わがまま”の語源は“まわりの反応は意に介せず自分の思うがままに振舞う”という意味合いですが、よく似たフレーズに、おそらく方言ですが“我がまんま”という言葉があり、「ありのままの自分」という意味を表します。“わがまま”を生きることは、やがて“ありのまま(我がまんま)の自分になる”のに大切なプロセス…ということを今回のテーマに致しました。
わが国では“わがまま”はあまり歓迎されない態度のひとつです。確かに普通“わがまま”と言えば、すべて自分中心で他者のことは考えないエゴ的なふるまいを指しています。ここで表現したい“わがまま”は福沢諭吉のフレーズである「わがままと自由との境は他人の妨げを為すと為さざるとの間にあり」その“自由”に近いニュアンスと受け取って頂きたいと思っています。
私には心から愛している徳がひとつだけある。それは“わがまま”だ
ヘルマン・ヘッセ
人の生き方は二つのタイプに分けられます。自分の人生と自分の生き方を大事にして自分のやりたいことをやり、ありのまま(我がまんま)の自分で生きている人、つまり「自分軸」で生きている人と、自分の生き方や態度が他人や世間にどう映っているか、周りの人の反応に合わせて自分に不正直に「他人軸」で生きている人…の二つです。
私は長年カウンセリングの仕事を通して沢山の人々の問題に接してきました。そして“親業”を通して沢山の親子関係を見てきました。その辺りの経験を通して見えてきたことは“わがまま”に生きることは、その人がその人らしく“ありのままの自分”になっていく為の大切なプロセスなのではないかということです。
それは幼い頃から周りの人たちにどう接してこられたか…から始まります。
先ずはアメリカインデイアンに伝わるという「子育て四訓」を紹介します。
乳児はしっかり肌を離すな
幼児は肌を離せ。手を離すな
少年は手を離せ。目を離すな
青年は目を離せ。心を離すな
子育ての重要なポイントを掴んだ名言です。乳児期・幼児期は、肌を離さず、手を離さず…が大変重要な時期です。その結果、特に母子関係を通して基本的なアイデンティティが確立されます。その頃から子どもは結構“わがまま”を発揮してきます。E・H・エリクソンが提唱した「親(母親)は決して私を見捨てない」という母子確立感情(基本的信頼感)が確立しているからわがままができるのですね。その“わがまま”をある程度受け入れられて育った子どもは、今回のテーマである“自分は自分でいいのだ”“ありのままの自分でいいのだ”というプロセスに向かいはじめます。
私はわがままで利己的で自分が楽しいと思うことをやって生きてきたの
戸田 奈津子(映画字幕翻訳家)
自分を信じて“我がまんま”に生きることができる人は幸せです。それは人生のどこかで“わがまま”つまり甘えを受け入れられた人たちだと思います。親が“子どもの甘え”を、ある程度受け入れることは子どもの人格形成上、大切なポイントです。深刻な社会問題を引き起こす子どもは“親から甘えを受け入れられた”という実感が極端に欠けていると言われます。ここで気を付けなければならないのは“甘やかし”と“甘えを受け入れる”ことは違うということです。この辺りを明確に理解しておくことは大変重要です。
“甘やかし”の親は、基本的に子どもを見ていない。その多くの親は自分中心にものを与え、子どもが本当に求めているものにはあまり関心を示さない。逆に子どもが親に対して反発し横暴になってきた時などには、子どもからの要求に何の判断もなく物を与えてしまう。子どもを見ていないので第三者に迷惑をかけている行動をしていても指導しない。
一方、“子どもの甘えを受け入れる” 態度を持つ親は 基本的に子どもをちゃんと見ている。子どもが親を必要としたときには適切に受け入れる。「お母さん見て!」「これ買って」「これやって」をまず無視しない。子どもが親を求めてくるときは子どものサインである場合が多いことを理解しているので、真っすぐに対処し、できると判断した時には無条件にスッと応じていく。出来ない時には「ごめんね。今~しているから自分でやってね」「ごめんね。今は~で買うことができないんだよ」と、親の気持ちを正直に伝える。こうして人間関係の節度も学ばせます。
甘やかしの結果としての子どものわがままは、自己中心的で周りの人々を辟易とさせます。一方、しっかりと関わられ、ある程度甘えを受け入れられて育った子どもは、自分自身に価値をもち「自分大切そして相手大切」のバランスの中で、心地よくわがまま(我がまんま)を生きていきます。自分自身を大切に生きることが、やがて他者を大切にすることに繋がることを理解しているからです。
大人になってしまった私たちの中でも、まだ充分自分に自信が持てなかったり、まだ自分自身の欲求が見えなかったりする人は、自分に思い切り“わがまま”を許して生きてみましょう。人の評価はひとまず置いて、自分の欲求に気づき、本当にやりたいことをやるのです。どんなに些細なことでもいい、正直に自分の心が喜ぶことを日々重ねていきましょう。そうするとどんどん自分自身を取り戻していきます。“わがまま”こそ、ありのままの自分に辿り着ける近道なのです。
奇人・変人には好奇心の塊のように、
我が道を狂信的なまでに追及している人が多い。
つまり誰が何と言おうと、強い気持ちで自分の楽しみを
わがままに追い求めているのです。だから幸わせなのです。
さあ あなたも奇人・変人になりましょう
水木 しげる(漫画家)
誰が笑おうが 笑うまいが 自分の歌を唄えばいいんだよ
岡本 太郎