2026年9月20日日曜日

先達が伝える“望みを実現する”ポイント

2026年 講座開講スケジュール 2026年スケジュール公開中です☆彡

下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2026 No.157

 No153のブログでは望みを実現する、以下6ヶ条のポイントを述べました。

1 底辺にある本当の欲求を明確にする
2 疑い・不安を支配する
3 “生きたい人生を生きるに値している自分”であることに気づく
4 夢実現を邪魔している数々の“制約”に気づく
5 諦めないこと
6 望みがすでに叶えられたものとして受け取る

 続くNo154のブログでは、あなたの“本当の感情”が望みを具現化するのだということ。その為には自分の感度を信頼し掴む訓練をする。すでに夢実現に向かっている今の感情を意識化して、今のこの瞬間から小さな一歩を踏み出していくことの重要性に触れました。

 これら“望みの実現”に向けた内面のあり方について、今回は、スピリチュアリティの観点から考察してみたいと思います。
 スピリチュアルというと大なり小なり抵抗ある方も多いですが、一方で、これまでの物質主義的な生き方に疑問を持たれている方が多くなっているとも感じています。そこで今回は、本当の望みを現実世界にどのように創造してゆくか、賢者や先達の言葉を中心に考察し示唆を受けていきたいと思います。

 まず、ずっと以前に、読売新聞に連載されていた、ひろさちや 氏のエッセイ「まんだら人生論」からの引用です。彼は宗教評論家で、インド哲学(仏教)の専門家です。以下は“望みの実現”について書かれていた一文です。

「…仏さまは必要なものは必ず与えて下さる。与えてもらっていないのは、我々人間の方の準備が出来ていないからです。準備が整ったよき時に、仏さま神様は、私たちに必要なものを与えて下さるのです。そう信じてゆったりと待つていたほうがよい。焦りは禁物です」

 ひろさちや氏は「願ったことを受けとるには、私たち側にそれを受け取る準備が必要である。仏さまはそこを見ておられる!」と言うわけですね。

 さて、次にご紹介するのは「ヒマラヤ聖者の生活探求」( 第2巻)より抜粋した内容です。この本は、著者が19世紀末にヒマラヤの聖地を調査した時のレポートを元に編集され、1930年代(翻訳本は1960年代)の初版より世界的に読み継がれるベストセラーです。

「…まず第一に、自分の望むものを心の中で描き、その姿がはっきりと描き上がるまでずっと思い続けてから、それを心から放ち、普遍的原質に全託すればいいのです。この原質は神の一部なのです。だからそれはまたあなたの一部でもあり、この原質の中にあなたの必要なものは何でもあるということ。いくらあなた方が使ったところで使い尽くせるものではないことを知ることです」

「…望みというものは正しい形をとって表現すれば叶えられるものです。……従って科学的でなければならない。科学的である以上、一定の法則にしたがうものでなければなりません。その法則というのは“汝の悟れる程度に汝の祈りは叶えられたり”であり、また“汝、何を望むともそれを祈るに、すでに受けたりと知れ。しからばそれを得ん”である。もし私たちが何なりと求めたものは、すでに私たちのものとなっていると積極的に知るならば、私たちは法則に従っていると知るがよい。」

 ヒマラヤ聖者がここで語る“神”とは、心理学者マズローの言うところの、私たち内面にある高次の存在“内なる神”を指しています。そしてまず、自分の中での願いの真の欲求を明確にすることの重要性。それが明確になったら、自分の中の神聖に全託すればOK!“望んだものは既に叶えられていると理解して、喜びと感謝の心をもって受け入れなさい”と伝えています。“汝の悟れる程度に汝の祈りは叶えられたり”辺りは、先に紹介したひろさちや氏の“準備が整えば仏さまは私たちの必要なものを与えて下さる”に近いものがありますね。

 最後に、雲 黒斎 氏の著書「あの世に聞いた、この世の仕組み」(下巻)からの引用です。彼は宗教や哲学、スピリチュアルを土台としたユーモアあふれる人生哲学を、執筆や音声配信などで展開している人気の高い作家です。以下抜粋文は彼の言う異次元からの語りかけで、その存在からこの世の仕組みの説明を受けたというその一文です。

「…新時代の到来は、我々が“神であること”を思い出していく時代だ。これまでの時代で経験した数々の呪縛から解き放たれ、奇跡を経験していく時代だ。怖れることなく自分の気持ちに正直に“嬉しい”“楽しい”“大好き”をアンテナとして、ゆったりと人生を楽しみなさい。そうすれば、おまえの創造を超えた形で夢は叶う」

「…神様をなめちゃいかんよ。毎日毎日“お願いします。お願いします…叶いますように”…ってそこまでしないと、人間が何を望んでいるのかを理解できない神様なんてショボい。アファメーションだのなんちゃらメソッドなどそんなにあれこれ試行錯誤しなくたって、神様は、お前が何を欲しているかなんて全部知ってるよ。人間のあらゆる願いは、お前がアマゾンで買い物をするときと同じくらい簡単に、願いは神様のもとに届いていると思いなさい。神が願いを叶えてくれないのではない。おまえが受け取ってくれないだけだ…」

 私たちは、自分の人生経験や生活習慣の中で身に付けた、信念・固定観念が予想以上に私たちの足かせとなって、“願いは既に与えられている”と言われても素直に受け取れないのです。願いが叶わないのは、与えられないのではない。賢者や先達が述べているように、素直に受け取れる心の準備が整っていないだけ。

 自分に対しての不信感・無価値感・罪悪感・変化することへの恐怖心…等々が夢実現のブロックとなっているのです。しかし受け取るために立派な人間になる必要はない…とも伝えています。今のあるがままの自分そのままに、ただ自分の中のブロックに気づいて、ただ外せばいい…と。

 それが外せないのは無意識ですが、自分には、望み(希望)を受けとる価値が無い…といった根強い“固定観念”があるからではないでしょうか。その辺りにしっかりと気づいて、開放していきたいものですね。

あなたがあなたとして存在しているそのことが、あなたの使命です。
それ以外にあなたに課せられた役目などありません。
ですからどうぞ、あなた以外のものになろうとしないでください
雲 黒斎

*次回のコラムは2026年10月20日前後の予定です。

2026年8月20日木曜日

兄弟には対等に接しましょう

2026年 講座開講スケジュール 2026年スケジュール公開中です☆彡

下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2026 No.156

 我が子を一人ひとり区別なく公平に、対等にみて、対処していく…私たち親はその大切さには気づいていますし、そのように接しているつもりでもいます。
 これまでに幾つか考えさせられる場面がありました。

 私がまだ子育て真っ最中の若いママさん時代に、ある老婦人Fさんという年齢は違えども分かり合えるお友達がいました。Fさんには中学生の二人の同居のお孫さんがありました。ある日、Fさんが唐突にこんなエピソードを話しはじめたのです。

『 嫁の、二人の孫への扱いを見ていると、明らかに不平等なんですよねえ。それでつい言ったんですよ。“差別しちゃあいけんよ。同じように接してやらんと!
 ”そういったら嫁は即座に“私は同じように接していますから!”と、むっとした表情で返してきたんですよね。でも違うんです!先日も長男の方の孫が出掛けるときには、嫁の方から千円手渡しながら“これで足りる?”と聞いているんですよね。ところが次男が出掛けに「母さん金(かね)!」と言ったら不機嫌な顔で渋々手渡しながら、しかもこう言うんですよ!“お釣り返しなさいよ!”…と。
 どう思われます?これで同じように扱ってると言えますか?一事が万事、私から見ると明らかに扱い方に差別があるんですよね!』
 少々興奮した状態で話して下さったのでした。第三者的な立場から見ると、明らかに差別…と解ります。ところが当の親は、その事実に気づかない。同じ親としての立場の私は、何だか身につまされる気がしたのでした。

 また別の事例では、あるお母さんがこう言っていました。「ある日、次女の娘が怒って私に言ったのです。“お母さんの目はいつでもお姉ちゃんばっかり見ている!”と。 言われてびっくりしたのですが、親の私が全く気づかなかったのです。しかしよく考えてみると、確かにそうだったかもしれないと思ったのです。この子はとてもしっかりして安心な子なので、ほっておいても大丈夫だったのですね。ところが姉の方は幼い頃から体が弱くて、妹に比べて自立も遅くて、いつも心にかかっていました。心配でしょうがなかったのです。だからこの子が言うように、いつも姉の方ばかり見ていたかもしれません。」と。

 子どもによっては幾らか相性はあるにしても、本当のところは、親は一人ひとりの子どもを同じように大切に思い、心から愛しているのです。しかし、子どもの身体や心にトラブルがあったり、まだ幼くて自立に時間がかかっていたりすると、親は気にかかるだけに、問題なく育っている子どもは放っておいて、心配な子どもの方に、無意識に心も目もかけてしまうのです。しかし、子ども側からしたら、みんな親の愛がほしいわけですから、明らかに不公平を感じて、とても寂しい思いをするのです。それは親が想像する以上に、深刻に子どもの心を傷つけ、その傷を大人にまで持ち込むことは多いのです。

 親の本当の愛が「愛」として、すべての子どもに伝わるように係わっていくにはどうしたらいいのかを考えてみたいと思います。実は、親の愛情は、視・聴・触覚を通して伝わるように表現することで、子どもに効果的に伝わります。

1 一人ひとりの子どもと目線を合わせる(視覚)

一日1回でいい。ほんの僅かな時間でいいから、
一人ひとりの子どもを心を込めて見つめてあげよう
ロバート・ジョンソン(アメリカの心理学者)
 
 愛情のこもった目線を子どもに合わせていくことは、子どもが親の愛情をまっすぐに受け取ってくれる、効果的な愛情伝達のひとつの方法です。とくに心理的に不安定な子どもは親の目線が今どこに向いているのかをいつも気にしています。大好きな親が自分を見つめてくれないことは、親が想像する以上に子どもにとっては悲しいことなのです。ジョンソンが言うように、一日1回でいい、一人ひとりの子どもと目線をしっかり合わせてあげましょう。「注目されたい」と言う欲求は人間の一生を通しての基本的欲求ですが、それは特に子ども時代に充分に満たされる必要があるのです。

2 愛情の言葉を子どもに伝える(聴覚)

 「あなたがお母さんの子どもとして生まれてきてくれてお母さん幸せよ!」
 「あなたはお母さんの宝物よ!大好きよ!」
 「あなたが生きている!お母さんはそれだけでうれしいの」

 親の喜ぶことをしてくれたから“いい子ね”ではなく、その子の存在そのものを愛(いとお)しむ「無条件の愛」を伝えていくことが大切です。それは自分軸を持った自立した子どもを育てていく力があります。一人ひとりの子どもの心に“愛されている”という愛情確認ができると、子どもは大きく自立へと向かいます。

3 子どもの身体に触れることで親密な愛情が伝わります(触覚)

 あるお母さんがこんなことをおっしゃっていました。「今でもいい。母に“大好きよ!と言って抱きしめてもらったら、とっても気持ちに整理が出来そうな気がします」と。私たちは皆んな“親の愛情”を求めて生きてきたのですね…。

 いわゆるスキンシップと言われるものですが、子どもが思春期に入った頃に、いきなり始めると「やめてよ!」と、多くは抵抗を生むでしょう。自然な握手とか背中をトントン位の接触なら抵抗はないかもしれません。しかし照れている間に子どもはどんどん大きくなって、家を離れる時期が来てしまうかもしれません。小学生くらいならまだ受け入れてくれますから諦めないで伝えて下さい。実は思春期以降でもとても大切なのです。工夫しながら実践してみましょう。

 一日中、愛を伝えるチャンスが無かったとか、叱るばかりの一日だったとか…そんな日、子どもが眠る前に、一人ひとりの子どもを抱きしめて(触れる)、目を見つめ(目線を合わせる)、そうしながら「健ちゃん今日もいっぱいいたずらしてお母さん困ったけど、でもね、お母さん健ちゃんのこと大好き。愛しているよ!」(愛の言葉をかける)…のように、一人ひとりの子どもに、視・聴・触覚を同時に使って愛情を伝えることはとても効果的で、子どもとしっかり繋がれますし、真に自立を促し、人と触れることを恐れない大人になります。

 最後にもう一つ、大切な愛情伝達方法をお伝えいたします。

4 一人ひとりの子どものサインを見逃さないで声掛けをする

 子どもが大きくなっても、お母さんの愛が必要なときは、お母さんの目線を追ったり、様子を伺ったりの態度が見えます。そんなサインに敏感になって「何かある?お母さんお話聴くよ」と声掛けしてみて下さい。子どもは驚いて「ううん。別に…」と反応するかもしれませんが、声をかけてくれた、注目してくれた…それだけでも子どもは納得し安心するのです。子どもにとって無視されることが一番悲しく傷つくことなのですから。

 もし子どもが話し始めるようなら、共感しながら聴き切ることに務めてみて下さい。忙しいときには時間指定をしてその時間が来たら必ず聴くことを守ってみて下さい。約束を破ると、子どもからの信頼を大きく失う結果になります。子どもが話すことを、一切茶々を入れず共感をもって聴いて上げることは、想像以上に子どもの心に、安心感と愛情確認を大きく促します。

*次回のコラムは2026年9月20日前後の予定です。

2026年7月20日月曜日

態度を変えれば人生が変わる

2026年 講座開講スケジュール 2026年スケジュール公開中です☆彡

下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2026 No.155

 このテーマのフレーズは古(いにしえ)からよく知られている言葉です。このことについてうまく表現している有名な至言があります。

考え(思考)が変われば言葉が変わる。
言葉が変われば行動が変わる。
行動が変われば習慣が変わる。
習慣が変われば人格が変わる。
人格が変われば運命が変わる
作者不詳

 この至言によると、態度を変える前に“思考があり、思考が言葉になり、言葉が行動を変える”というプロセスがあるようですが、今回のテーマに沿って“行動、つまり態度を変えれば人生は変わっていく”…辺りをポイントとして考えを進めてみたいと思います。

 こんな経験があります。仕事上、苦手な人に合わないといけない事情がありました。それまでの私ですと、会う前から緊張して心の壁を作っていたと思います。しかしある時、苦手だからこそ根性を据えて、思い切り上等な笑顔で合ってみようと、心に決めてお会いしたことがありました。すると相手の方がいつもの不愛想な面持ちではなく、驚くほど心地いい態度だったのです。その結果、仕事の打ち合わせもうまく進み、その上、その人に対する苦手意識も軽減していった…といったような体験がありました。

 自分の態度を変えればこういった明確な変化が現れてくることがあるんだ…といった強烈な驚きでした。それ以後私は相手に望むことを相手よりも先に、自分の方から行動を起こしていこうと思うようになったのです。人間関係の中で私が他者と接する時、大切にしている三つの観点があります。

1 立場によって態度を変えず、誰に対しても尊厳をもって接する
2 相手の話を共感をもって本気で聴く
3 その人の肯定面を言葉にする

 私は講座のひとつ「人間関係講座」を指導していますが、いかに多くの人が人間関係に苦しんでいるかをしみじみと感じています。職場での人間関係、友人との関係、夫・舅・姑との関係、思春期に入った子どもとの関係…等々。その背景にはコミュニケーションの問題が指摘されますので、講座では人間関係に有効なコミュニケーションの方法を詳しく指導します。実は有効なコミュニケーションの背景には、先ほど挙げた「三つの観点」が必ず含まれています。

 例えば苦手な人に逢っても、ひとりの人間としての尊厳の気持ちを思い出します。話していらっしゃることを、生聞き半聞きではなく、共感をしながら本気で傾聴していきます。その結果、その人の素敵な側面、魅力的な側面が垣間見えてきます。それをキャッチしたら、心からの肯定表現をしていくのです。こういった観点に立つということは、相手の視座に立つことでもあり、相手の視座に立てるということはやはり“自分自身を理解する”ことから出発するしかありません。

 心理学用語に「自己認知」と言う言葉があります。自己認知とは自分の価値観、性格,長所、短所、感情…などを客観的に把握して自分自身を理解していく力のことです。自己認知には二つの視点があり、「内面的自己認知」つまり自分の内面にある感情、思考、行動パターン等を深く理解する力を言い、一方で「外面的自己認知」とは他者からどう見られているか、自分の言動が周囲にどのような影響を与えているかなどを把握する力を言います。双方の側面から自分自身を理解していくと、自分自身のことが多角的に深く理解できます。

 このように自分に対する気付きを深めていくことで、人間関係に於ける自分の傾向が掴めるようになってきます。自分の傾向が掴めるようになってくると、他者の傾向が掴めたり、その人の表現の背景にある感情や思考も読み取れるようになってきます。その結果、相手とどう接したらいいかが見えてくるので、人間関係が楽にスムーズになっていきます。すべて自己理解からの出発です。

 テーマに話題を戻したいと思います。ちょっとした態度を変えるだけで気分が180度変わったといった経験はありませんか。実は、私の起床時すぐの気分は「ああ何だかつらいな、面白くないな…」と、結構テンションが低い…と感じることが多かったのです。しかしある朝、今の気分はどうであれ、起きるときの態度を変えてみたらどうなるかなと思ってみました。初めは嘘っぽいなと自分に照れながらも、思い切りの笑顔で「今日はきっといい一日になる!有難うございます!」と、幸運を先取りしたアファメーションで、自分を鼓舞してみることを毎朝ちょっぴり頑張って行ってみたのです。

「ああ~しあわせ!」って何度も口にするのです。
状況に関係なく幸せな気持ちで暮らすのです。
先に気持ちを幸せにしてしまうんです。(中略)段々幸せ上手になりますよ
武田 双雲

 武田氏の言う通り、私は「しあわせ~」とまではいかないまでも、少しずつ心が元気で機嫌よく起きることが出来る自分になってきたのです。言葉や態度を変えてみることの影響は、思いのほか大きいと、実感しているところです。

 多くの人々が、“そう簡単に人生って変わりっこないものだ”…と決めつけていないでしょうか。確かに私もその一人でした。しかし、変わらないのではなく変えていくような行動・態度を取っていなかっただけだ、ということが理解出来始めたのです。人生を変えるのは決して難しいことではなく、まず、「人生は変わるもの」といった意識を持ち直し、変わったがごとくに行動して、小さな一歩を踏み出していく(コラムNo.154)。つまり照れを超えて、なりたい自分になったつもりで言葉・態度をちょっと変えてみるのです。

 態度を変えれば習慣が変わり、習慣が変われば人格が変わり、人格が変われば人生が変わるのです。すべて小さな一歩からです。

幸せになるには、幸せな言葉を発し、幸せな態度をとることです
武田 双雲

*次回のコラムは2026年8月20日前後の予定です。

2026年6月20日土曜日

本当の感情があなたの望みを現実化する

2026年 講座開講スケジュール 2026年スケジュール公開中です☆彡

下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2026 No.154

 前回は「望み(夢)を実現するポイント」をテーマに書きました。

1 底辺にある本当に望んでいる欲求を明確にする
2 疑い・不安を支配する
3 “生きたい人生を生きるに値している自分”であることに気づく
4 夢実現を邪魔している数々の“制約”に気づく
5 諦めないこと
6 望みがすでに叶えられたものとして受け取る

 以上6ヶ条のポイントをあげました。

 あなたの考えていることや願っていることで、夢が実現するように思えますが、願いの底辺には、さまざまな感情が横たわっており、実はその感情があなたの現実を引きよせるのです。例えば不安・恐怖を支配してクリアしていかないと不安・恐怖の感情が具現化してしまうし、“価値のない自分”と言う気持ちをもって、いくら夢実現を願っても、本当の感情では不可能と思っているので、夢実現は叶わないことになります。自分の中の本当の感情を見つめて、願いと感情が内外一致した時、その夢は確実に実現に向かっていくのです。

 感情が、なぜ願望と繋がっているのかというと、願いの底辺にあるそれらの感情は、あなたの現在の“波動”や“エネルギーの状態”を顕わしており「今、あなたが何を信じ、何に意識を向けているのか」について真実を示しているからです。

 上記6の“望みがすでに叶えられたものとして受け取る”は効果的なポイントです。何故なら、望みがすでに与えられたものとして受け取るということは…あたかもあなたの望む夢が叶ったかの如く感情は動き働いていくからです。そして感情の波が同じ波長を強力に呼び寄せるのです。今回は、夢実現に重要な「感情」に焦点を当てて見たいと思います。


1 “今ここ”の感情を掴むトレーニング

 感情は瞬間瞬間ころころと変わります。その感情を一瞬一瞬感じ取っていくことは訓練が要りますが、その価値があります。何故ならば、その時の感情と共に居て、感じ取っていくことは生きている実感でもあるからです。私たちが感情と共に現実に存在するのはたった今、この瞬間だけです。過去を憂いたり、まだ来ぬ未来を思案したりして大切な今のひとときを無駄に見送ってしまいがちですが、この瞬間だけが、私たちが真に生きている人生です。

 「私は能力が無いから駄目だ」「私はあの人のように美人じゃないからもてない」「あの人はいつも私を傷つける。許せない!」このような思いを、感情だと考えてしまいやすいのですが実は違います。これらの思いの発端になるものが感情です。「今、私は自信を失っているな」「今、私はあの人を羨ましいと思っているな」「私は今、すごく怒っている!」…等々が本当の感情です。

 如何なる感情も受け入れて感じ切っていくことは、心の癒しであり、自分を知ることであり、自分の軸から逸れない生き方でもあります。しっかりと今に着地して今の自分を感じ、本当の感情を掴むトレーニングをしていくと、夢実現のもとになる感情が掴みやすくなり、望むものが手に入りやすくなります。感情には間違いと言うものはないのです。自分に起こる感情は、自分にとってはいつも真実なのです。

2 自分自身の感度を信頼する

 私たちは自分自身をどれだけ信頼できているでしょうか。“自分の感度は自分にとって最高の教師だ”と思える人は、生きる上でまさに最高の感度を持った人です。今の時代、メディアやネットやAIからの情報にどっぷりと浸かって自分軸がどんどんぶれてしまい、生きる上での感度が極端に鈍ってしまう憂慮すべき状況に思えます。

 自分の感性や感度をより信頼していく為には、自分の感じ方を尊重していくことから出発です。外からの情報に頼り過ぎないで、自分から来るアイディアを信頼して生きてみるのです。自信が無くても、その感度を信じ日々生きてみるのです。自分の感性や感覚が段々と明敏になっていきます。その体験を積み重ねることによって、自分自身の感情がより明確につかめるようになります。そして感情を選択できるようになり、それが夢実現に強力に働いていくのです。

3 夢実現に向かう小さな一歩を踏み出しましょう

 感情は行動することによって動きます。例えばあなたが「幸せな人生を歩みたい」と、ちょっと抽象的ですが願っているとします。私たちは幸せな人生を何となく“将来”に見据えていますが、“今この瞬間”から幸せを選択することが出来るのです。それにはあなたの心が喜び、幸せな感情になることをやっていくことが必要です。

*好みのお茶をゆったりと頂く
*好みの音楽を聴く
*美味しいものを食べに行く
*会いたい人に逢いに行く
*思い切って着たい洋服を買う
*好きな海を見に行く…等々。あなたの心が喜ぶことを今、始めるのです。

 瞬間瞬間幸せを感じる行動をとることが大事です。健康になりたいなら一日5分から散歩を始めてみる。就寝前に長い時間スマホを観るのを辞めてみる。体を柔軟にするストレッチを1~2分でもいい始めてみる…等々。ひとつでも出来そうなことを今、始めてみるのです。

 こうしてわたしたちは意識して行動してみることで、願いのもとにある感情が徐々に形になり、夢実現にもう一歩近づけるのです。夢実現は遠くにあるのではありません。すでに今、感情をベースに着実に現実化に向かっているのです。

*次回のコラムは2026年7月20日前後の予定です。

2026年5月20日水曜日

望み(夢)を実現するポイント

2026年 講座開講スケジュール 2026年スケジュール公開中です☆彡

下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2026 No.153

 多くの人が希望に胸を膨らせながらも、その実現は難しいと思って諦めることも多いと感じています。今の私なりの段階で「望み(夢)を実現していく上でのポイント」を纏めてみたいと思います。

Ⅰ 底辺にある本当に望んでいる欲求を明確にする

 私たちは結構“願い”を漠然と描いていることが多く、真の欲求とはずれた形で追い求めているということもあります。よって、たとえそれが満たされたとしても、ずれているが故に心が満足するということが無いのです。例えば「お金が欲しい」という望みがある程度果たされたとしても、そこに満足感が無く次々とお金への執着が起こって限りが無く、やがては人生までお金に支配されていくということも起こり得ます。

 実は、お金が欲しいと思うその底辺には、もうひとつ “真の欲求”が横たわっている可能性があり、本当はその真の欲求を満たしたいのに、それに気づかないと、ただ「お金が欲しい」「洋服が一杯欲しい」「家が欲しい」…と、これらが満たされたら幸せになる…という思い込みの中で自分を振り回す結果になります。実はそれら願いの底辺には“安心して生活したい”とか“認めてもらいたい”といった真の欲求が潜んでいる可能性が高いのです。

  “安心して生活したい”という欲求を実現するのに必要なことは、お金ばかりではありません。そこに気づくとその欲求を満たす為の沢山の解決策があることに気づきます。例えば、

1 落ち着いて生活できる生活環境(健康・食事・安全な住環境…)
2 安定した人間関係(楽しめる関係の隣人や友人・助けを求められる人…)
3 自分を信じる(自分軸の構築)
4 生きる上での自分なりの価値観を持つ
5 収入源がある(急な出費の備え・幾らか楽しめる余裕…)…等々。

 底辺に横たわる本当の欲求“安心して生活したい”は、このように色々な角度から満たすことが出来るのだということに気づきます。その結果、真の充足に繋がっていくのです。

Ⅱ 疑い・不安を支配する

 欲しいものが手に入りにくいもう一つの原因として、望みを叶えるためには相当の代価を支払わなければといったような“疑い・不安・恐怖心…”が根底にあることがあります。このような場合、前に進むことを躊躇している心理状態にまず気づく必要があります。そしてその感情をコントロールする“支配権”を自分自身に戻していくことが大切です。(コラムNo71

Ⅲ “生きたい人生を生きるに値している自分”であることに気づく

 これは生きたい人生を生きる一番のポイントかもしれません。自分自身の価値を認められずにいることは、望むものを手に入れることが難しい大きな原因となっています。つまり欲しいものを手に入れることを邪魔しているのは、実は自分自身であることに気づくことです。“自身への疑い・自己不信・他者との比較・自己無価値感…”等々です。“生きたい人生を生きるに値している自分”であることに目覚め気づき直すと、手に入る可能性がぐっと拡がります。例えば私の場合は直感で、やってみたいことはすぐに実行に移し、それが結果的に成功しようがしまいが、自分自身が納得するまでやってみる。この積み重ねの経験が私の自信に繋がっているように感じています。

Ⅳ 夢実現を邪魔している数々の“制約”に気づく

 社会的制約も勿論ありますが、「~があるからできない」と自分の人生の制約を生み出しているのは、多くは自分自身です。問題なのは、無意識ですが、数々の問題を取り込み、その問題を解決していくことに生きがいを見出して安定している私たちもあるのです。そこに人生の意義を見出しているので、それを手放したくないと無意識に固執するわけです。

Ⅴ 諦めないこと

あきらめる一歩先に必ず宝がある
ナポレオン・ヒル

 私たちは諦めることでどれだけの宝を見過ごしてきたことでしょう。ナポレオン・ヒルがいう一歩先の宝が確信できない為に諦めるわけですが、それも今回取り上げた“疑い・不安”“自己無価値感”“無意識の自分への制約”…等々があきらめへの大きな誘因になっています。そのため“自分は無力なんだ”という思い込みから抜け出すことは、何よりも「夢実現」を可能にしていくポイントです。

Ⅵ 望みがすでに叶えられたものとして受け取る

何かを実現したいのなら、それがすでに叶ったかの如く振舞いなさい
賢者の言葉

 コラムNo120で触れたことがありますが、宇宙は同じ波長のものを引き寄せ合うという法則があると言われています。欲しいものは何かを知り、それが手に入ったらどんな気持ちになるか…あたかもそれが手に入ったごとく感じ切り、心を整えていれば欲しいものが引き寄せられるというわけです。その波長に合わせているからです。

 私たちが罪悪感でいっぱいになったり恐怖心に満ちていたり人を羨ましがってばかりのときには、私たちの波動は自分の望んでいない波長とひとつになっているので、やはり同様の欲しくない状況を引き寄せてしまう結果になります。このループから抜け出すためには、自分が今感じている不快な感情に気づき、あなたが望む波長にベクトルを向け直す。それが人生を大きく変化させるきっかけとなるのです。

*次回のコラムは2026年6月20日前後の予定です。

2026年4月20日月曜日

自己実現の欲求 ~高次の自分に統合したい~

  2026年 講座開講スケジュール 2026年スケジュール公開中です☆彡

 下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2026 No.152

 これまでも何度か触れていますが、今回改めて取り上げてみたいと思います。アメリカの心理学者アブラハム・マズローは「欲求の五段階説」を唱え、下位の階層の欲求が満たされていくに従って、最終的に一番上位の欲求、つまり「自己実現の欲求」に至るのであると述べています。自己実現に至る作業は簡単ではありませんが、この欲求の最終段階に至った人は“高次の自分に統合したい”つまり“自己実現したい”という熱烈な願望をもち始めるのだとマズローは述べています。

 物質的な進化も無限ですが、人類の精神的な進化も決してゴールはなく、進化し続けるものなのだということが解かります。ところで“高次の自分”とはどんな存在なのでしょうか。

 私たち人類は多く“生老病死”に翻弄され、不安恐怖の感情の中であくせくと生きている存在です。しかしその内面には一人残らず、“高次の神聖”とも呼べるような本質を備えていて、その本質は“生老病死”の概念を超えて、無限なる愛と平和・調和・健康・繁栄へと向かっている魂の進化の過程にあるとも言われます。

 時に、巷(ちまた)で、仕事に成功した人たちから「私は自己実現しました…」という言葉を耳にすることがありますが、自己実現とは、実は仕事の成功でもなければ、お金や地位が手に入ったから自己実現しました…という外的な成果でもなく、あくまでも内的な充足感であり精神的に進化した状態を示しているのです。

 興味深いニュースですが、マズローは晩年になって「自己実現の欲求が満たされた後に、もう一段階があって、そこは“自己超越”つまり悟り(覚醒)に至る段階があるのだ…」と述べています。ここに至っては、まさに常識を超えた世界に入り、多くの人類の想念、つまり集合意識(社会意識)をはるかに超えている領域だと認識しています。

 よって多くの人々が理解できるようになっていくには、そこには更に科学的な実証がいるのでしょうが、私自身が今感じていることを、科学的な枠組み中で説明することはとても難しいと感じています。

 実際問題、個人の内面に起こっている直感とか経験を、第三者が計ることは到底不可能に思われます。ましてやその人の中に起った内面の充足感、精神的な進化のプロセスは、実際に体験しない限り、理解することはとても困難に思えるのです。やはり私の感性からくる答えが、私にとっては、一番の今の“真実”であると感じるのです。

Trust Your Feeling 
~あなたからくる答えを信じて~
下村亮子Youtubeチャンネル名から

 マズローの言う、自己実現を果たし“自己超越”した人たちは、エゴを超越し、統合された思考と多視覚的な視野を持っている。つまり完全に成熟した状態で“ただ在ること”の世界を理解し、無限の広がりの中で生きていると言われます。

 私は、昨年の一月末に“圧迫骨折”と言う怪我に見舞われ、2~3ヶ月寝たり起きたりの生活を送りました。その時の背中に来る痛みといったら尋常ではなく、あまりの痛みに耐えがたく、痛み止めの薬を服用していましたが、あまり効果を感じられないくらいの辛さでした。その頃の不思議な体験をお話します。ある夜間に起きた出来事です。

 夜間に、一度はトイレに起きるのですが、トイレに行くにも痛みが激しい為、大変ストレスフルで覚悟の要る行動でした。ある夜のことです。この世の感覚とは少し違う感覚の中で目が覚め、私は何と、健康な体と同じ動きでスタスタとトイレにいき、用を足して、またスタスタと身軽に歩いてベットに帰ったのです。「えつ!今のは何?」と、はじめて、その時に起こった出来事に気がつき、非常に驚き戸惑いました。…が“きっと奇跡が起こってこれで元気になったのだ!”と、とてもハイテンションな気持ちになって、そのまま横になり、そして朝を迎えました。

 ドキドキしながら朝を迎えましたが、痛みの程度は普段と何も変わらず、再び痛みとの闘いに戻っていたのです。そして昨夜の不思議な体験は一体何だったのだろう…と暫く感じていました。そして私なりの答えですが、私は瞬間ながら、内に在る完全な存在、“高次の自分”の無限のパワーを垣間見たのだな”と感じたのです…。内に在る“高次の神性”を分厚く覆っている顕在意識の壁が、瞬間的にとっぱらわれて、内在している“完全な神聖”の自分が表に出てきて働いた姿なのだ…ということが理解できたのです。しかし結果的には“出来ない”“知らない”の、有限の世界に引き戻され、再びそこを生きていくはめにはなったのですが。

 その出来事から私は、内在する完璧な健康・無限の愛・無限の平和・無限の歓び・無限の可能性…等々、私の中に、そして人類のすべての人々の中に内在する、その神聖で無限の力を有する存在、つまり“高次の自分”の存在を実際に確信したのでした。しかし垣間見ただけであって、実際には私自身が、まだまだその世界を充分に知覚できているわけではない、ということにも深く気づいています。

 しかし、人類一人ひとりの中に“高次の自分”という存在が確かにあって、私を含むすべての人類は、その世界を潜在的に知っており、だからこそ、最終的にその欲求に統合したい…と望むのだということも、その貴重な体験から深く理解できたことでした。

*次回のコラムは2026年5月20日前後の予定です。

2026年3月20日金曜日

完璧な親でなくていい。完璧でない方がいい

 2026年 講座開講スケジュール 2026年スケジュール公開中です☆彡

 下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2026 No.151

 子どもがこの世に誕生した日、私は歓びの感情のあまり、ベッドの上で飛び上がりたいような衝動でいっぱいでした。ところがしばらく落ち着いて心に浮かんできたことは、「この子を何とか立派に育てなくては!」と…、何が立派な姿なのか解からないままに、子どもを育てる責任と緊張感でこういった思いが湧いてきたことを思い出します。私自身大学での学業で、児童心理学をはじめ多方面の心理学を修めたこともあってか、今ここにいる子どもの心の在りかを見るよりも、心理学的成長に合っているか、育っているか…といった方向に心が向いていたような気がします。無意識に完璧な親になろうとしていたのです。

 上の子が生まれた時、その頃は仕事をしていなかったので、子どもと十分に関わるひとときが持てたことは有難かったと思います。子どもと無邪気に遊んだ経験は懐かしく思い出されますが、やはり私の頭の中にはいつも“心理学的バイブル”があるために、子どもを神経質に叱ったり、価値観を押し付けたりして、子どもの自然な発達を多くの場面で見逃し、妨げてきたような気が致します。子どもはしんどかったのではないかと、深い後悔で胸が一杯になることがあります。今回は私の子育ての体験からくる反省と気づきがテーマです。

 古い資料ですが、ある婦人雑誌が小学生対象に取ったアンケート「私のお母さんは日本一」“日本一と思うあなたのお母さんはどんなお母さんですか” 記憶が定かではありませんが、その辺りの質問だったと思います。
 そのアンケートの答えを分析して、次の五つに分けられていました。

1 よく働くお母さん
2 「大好きよ!」と言って抱きしめてくれるお母さん
3 手作りのお菓子や洋服を作ってくれるお母さん
4 一緒によく遊んでくれるお母さん
5 すっとんきょうな(まぬけな)お母さん

 これを見ても、子どもが望んでいる親の姿は、決して立派な親ではなく、血の通った人間的な親であることがよく理解できます。上から下に教育をしていく親ではなく、無邪気で、ありのままの親像が伺われます。すっとんきょうのお母さんを持ったある子どもの事例が一緒に掲載されていましたので、それをご紹介してみましょう。小学2年生の子の作文です。

「…私が逆立ちの練習をしていたら、お母ちゃんが“母ちゃんもやってみる!”と言って逆立ちしたら、母ちゃんのスカートがずり落ちておなかが出てしまいました…」

 お母さんのこんなすっとんきょうな行動をみた子どもは、「母ちゃんていいな!こんな母ちゃん大好きだ!」と、お母さんを眺めながら、気もちがほっと緩んだのではないでしょうか。

 さて、子どもが大きくなるに従って、私は、自分自身の子育てに疑問を持ち始め、「親業」という講習を受講して、メソッドを学ぶ機会を持ちました。それはいわゆる親子のコミュニケーションのとり方が中心でした。そこで私は自分がとってきたコミュニケーションが、如何に親(自分)中心なものであったかを、痛いほどに知らされました。ショックも大きかったこのメソッドに心打たれた私は、多くの親御さんに伝えていかなくては、といった使命感から親業の指導者にもなりました。

 子育てに大切なことは決して完璧な親である必要はない。先ほどのすっとんきょうなお母さんのようにありのままの親の姿から、子どもは沢山のことを学んでいきます。反面、完璧を演じる親の前では、子どもはプレッシャーを感じて緊張し、自分も完璧であらねばならないといった姿勢を学んでしまって、自分の人生を辛いものにしていく可能性も出てきます。

親が子どもにできる最高のひとつは 親が幸せでいることです
フランク・クラーク

 “お母さんが幸せでいる”こと、つまり周りの環境はどうであれ、その中で楽しみを見つけ、自分自身を幸せにできる人。これは、私が「親業講座」の指導者として、お母さん方に一生懸命に伝えてきたことでもあります。お母さんが幸せでなかったら、結果的には、子どもに“教える・叱る・しつこくなる”…のメッセージが増えてしまいます。

 ところがお母さんが幸せになると、子どもと共に遊び、笑い、子どもの失敗を許し「お母さんをはじめ、誰でも失敗しながら学ぶのよ」というように、自分の失敗の姿もありのままに見せながら一緒に学び育っていけるのです。そして親が語ることを少なくして、子どもが話すことをゆったりと聴くことができます。そして子どもは親の姿を見て、幸せということは、こういう生き方なんだな…と、日常的に見る親の姿をモデルとして、幸せな大人になっていける基盤が自然にできるのです。

子どもを育てるということは、親もまた育てられていくということです
河合 隼雄

 子どもを育てるということは親が自分自身を育てていくことに直結しています。子どもが語る言葉の中に、子どもが悩んでいるときの子どもの表情の中に、親に向けてくる怒りの中に、親自身の生き方や考え方の修正点に気づいていくチャンスが与えられます。子どもはある面、親の教師でもあります。

 我が子をどこで叱り、どこで認め、どこで指導していくのか…は心理学書にも育児書にも答えはありません。 “こんな時には叱るべきです” “こんな時には褒めましょう”…等々、子どもが今居る精神的な位置や置かれている状況を無視しては、すべて見当違いになります。その上、親の心境・体調によっても関わり方は違ってきます。瞬間瞬間の関わり方は、実は親自身の感性に頼るしかないのです。

 親も自分自身の人生を生きて楽しみながら、そして子どもの心は今どこにあるのか、どんな状況にいるのかを、大切にしながら子育てに関わっていくことで、バランスある感性は豊かに育っていきます。親は完璧である筈はないし、完璧である必要もありません。完璧でないからこそ、子どもは親の前で安心でき、失敗しても諦めないで、もう一度やり直そうと出来るのです。ありのままの親の姿を見て、柔軟性のある生き方を身に付けるからです。

 親も一人の人間です。お互いに、自分の人生を楽しみ正直に生きながら、自分の未熟性を許しつつ学び、迷いながらでも、立ち止まりながらでも、子どもと共にゆるりと歩んでいけたらいいですね。

*次回のコラムは2026年4月20日前後の予定です。