2026年3月20日金曜日

完璧な親でなくていい。完璧でない方がいい

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 下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2026 No.151

 子どもがこの世に誕生した日、私は歓びの感情のあまり、ベッドの上で飛び上がりたいような衝動でいっぱいでした。ところがしばらく落ち着いて心に浮かんできたことは、「この子を何とか立派に育てなくては!」と…、何が立派な姿なのか解からないままに、子どもを育てる責任と緊張感でこういった思いが湧いてきたことを思い出します。私自身大学での学業で、児童心理学をはじめ多方面の心理学を修めたこともあってか、今ここにいる子どもの心の在りかを見るよりも、心理学的成長に合っているか、育っているか…といった方向に心が向いていたような気がします。無意識に完璧な親になろうとしていたのです。

 上の子が生まれた時、その頃は仕事をしていなかったので、子どもと十分に関わるひとときが持てたことは有難かったと思います。子どもと無邪気に遊んだ経験は懐かしく思い出されますが、やはり私の頭の中にはいつも“心理学的バイブル”があるために、子どもを神経質に叱ったり、価値観を押し付けたりして、子どもの自然な発達を多くの場面で見逃し、妨げてきたような気が致します。子どもはしんどかったのではないかと、深い後悔で胸が一杯になることがあります。今回は私の子育ての体験からくる反省と気づきがテーマです。

 古い資料ですが、ある婦人雑誌が小学生対象に取ったアンケート「私のお母さんは日本一」“日本一と思うあなたのお母さんはどんなお母さんですか” 記憶が定かではありませんが、その辺りの質問だったと思います。
 そのアンケートの答えを分析して、次の五つに分けられていました。

1 よく働くお母さん
2 「大好きよ!」と言って抱きしめてくれるお母さん
3 手作りのお菓子や洋服を作ってくれるお母さん
4 一緒によく遊んでくれるお母さん
5 すっとんきょうな(まぬけな)お母さん

 これを見ても、子どもが望んでいる親の姿は、決して立派な親ではなく、血の通った人間的な親であることがよく理解できます。上から下に教育をしていく親ではなく、無邪気で、ありのままの親像が伺われます。すっとんきょうのお母さんを持ったある子どもの事例が一緒に掲載されていましたので、それをご紹介してみましょう。小学2年生の子の作文です。

「…私が逆立ちの練習をしていたら、お母ちゃんが“母ちゃんもやってみる!”と言って逆立ちしたら、母ちゃんのスカートがずり落ちておなかが出てしまいました…」

 お母さんのこんなすっとんきょうな行動をみた子どもは、「母ちゃんていいな!こんな母ちゃん大好きだ!」と、お母さんを眺めながら、気もちがほっと緩んだのではないでしょうか。

 さて、子どもが大きくなるに従って、私は、自分自身の子育てに疑問を持ち始め、「親業」という講習を受講して、メソッドを学ぶ機会を持ちました。それはいわゆる親子のコミュニケーションのとり方が中心でした。そこで私は自分がとってきたコミュニケーションが、如何に親(自分)中心なものであったかを、痛いほどに知らされました。ショックも大きかったこのメソッドに心打たれた私は、多くの親御さんに伝えていかなくては、といった使命感から親業の指導者にもなりました。

 子育てに大切なことは決して完璧な親である必要はない。先ほどのすっとんきょうなお母さんのようにありのままの親の姿から、子どもは沢山のことを学んでいきます。反面、完璧を演じる親の前では、子どもはプレッシャーを感じて緊張し、自分も完璧であらねばならないといった姿勢を学んでしまって、自分の人生を辛いものにしていく可能性も出てきます。

親が子どもにできる最高のひとつは 親が幸せでいることです
フランク・クラーク

 “お母さんが幸せでいる”こと、つまり周りの環境はどうであれ、その中で楽しみを見つけ、自分自身を幸せにできる人。これは、私が「親業講座」の指導者として、お母さん方に一生懸命に伝えてきたことでもあります。お母さんが幸せでなかったら、結果的には、子どもに“教える・叱る・しつこくなる”…のメッセージが増えてしまいます。

 ところがお母さんが幸せになると、子どもと共に遊び、笑い、子どもの失敗を許し「お母さんをはじめ、誰でも失敗しながら学ぶのよ」というように、自分の失敗の姿もありのままに見せながら一緒に学び育っていけるのです。そして親が語ることを少なくして、子どもが話すことをゆったりと聴くことができます。そして子どもは親の姿を見て、幸せということは、こういう生き方なんだな…と、日常的に見る親の姿をモデルとして、幸せな大人になっていける基盤が自然にできるのです。

子どもを育てるということは、親もまた育てられていくということです
河合 隼雄

 子どもを育てるということは親が自分自身を育てていくことに直結しています。子どもが語る言葉の中に、子どもが悩んでいるときの子どもの表情の中に、親に向けてくる怒りの中に、親自身の生き方や考え方の修正点に気づいていくチャンスが与えられます。子どもはある面、親の教師でもあります。

 我が子をどこで叱り、どこで認め、どこで指導していくのか…は心理学書にも育児書にも答えはありません。 “こんな時には叱るべきです” “こんな時には褒めましょう”…等々、子どもが今居る精神的な位置や置かれている状況を無視しては、すべて見当違いになります。その上、親の心境・体調によっても関わり方は違ってきます。瞬間瞬間の関わり方は、実は親自身の感性に頼るしかないのです。

 親も自分自身の人生を生きて楽しみながら、そして子どもの心は今どこにあるのか、どんな状況にいるのかを、大切にしながら子育てに関わっていくことで、バランスある感性は豊かに育っていきます。親は完璧である筈はないし、完璧である必要もありません。完璧でないからこそ、子どもは親の前で安心でき、失敗しても諦めないで、もう一度やり直そうと出来るのです。ありのままの親の姿を見て、柔軟性のある生き方を身に付けるからです。

 親も一人の人間です。お互いに、自分の人生を楽しみ正直に生きながら、自分の未熟性を許しつつ学び、迷いながらでも、立ち止まりながらでも、子どもと共にゆるりと歩んでいけたらいいですね。

*次回のコラムは2026年4月20日前後の予定です。

2026年2月20日金曜日

言霊(ことだま)のちから

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 下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2026 No.150

 古代の日本人は、言葉には不思議な霊力が宿っており、口にした言葉は現実の出来事に影響を及ぼし、いい言葉はいい結果を、悪い言葉は悪い結果を招く…と信じられてきた歴史があります。言葉に内在するその不思議な力のことを、一般には「言霊(ことだま)」と理解されています。

 ある日のこと、何となくテンションが上がらないまま、いつもの仲間の集まりに参加したことがありました。仲間の一人が最近あったショックな出来事の経緯を話しはじめました。私にとってはしんどい内容でしたが、話の最後辺りで「しかし人生は何とかなるものよ!」と力強く放たれた彼女のその言葉のエネルギーに、私の低迷していた気持ちが吹っ飛んで“本当に何とかなるもんだ”…といった気持ちになりました。今思えば、彼女のその言葉は私にとって愛と霊力の籠った「言霊」だったのだ…と思います。

言葉は音のエネルギーであり、
その振動は私たちに影響を与える
エスター・ヒックス

 ヒックスは「引き寄せの法則」の著者です。言葉は音でもあり、その音が持つ波長が私たちの感情や私たちの現実に影響を与えるのだ、と彼は伝えているのです。同じ言葉でも、その人が使う言葉の音の波長によって、第三者にプラスのエネルギーとして強力に伝わる場合と、微弱な音としてかき消される場合もあるのではないかと思います。音の不思議さですね。 

 最近のことですが、東京に住む息子から、あるYoutube動画を紹介してもらいました。
 出口王仁三郎氏の「唱えるだけで奇跡を起こす最強の四つの言霊」というテーマの動画です。なるほど!といった内容で、深い共感がありましたのでご紹介させて頂きます。唱えることで、確かに魂に響いてくるような手ごたえがあります。この情報を周りの人に拡散しましたところ、予想以上に大きな反響がありました。それは始めに述べたように、我々日本人の魂の中に、言葉を大事にしてきた歴史があるからでしょう。出口氏の「四つの言霊」を紹介してみます。

 一つめの言霊 「有難うございます」
(感謝の言葉)
 二つめの言霊 「我が人生はこれから益々良くなる」
(未来への希望の宣言)
 三つめの言霊 「私の本体は偉大なる天からの尊き存在である」
(普段の移ろいやすい意識や感情に関わらず、私たち誰もが、奥深くに天の光の一筋である神聖な本体がある)
 四つめの言霊 「弥栄!(いやさか)」
(自身の幸せとともに他者の幸せも我がことのように祈る)


人生は誰かから一方的に与えられるものでもなく、
また変えることのできない“運命”などというものもない。
人生とは汝自身の言葉によって、今この瞬間から
完全に自由に創造していくことが出来るのである
出口王仁三郎


 聖書の言葉も引用してみたいと思います

初めに言葉ありき
新訳聖書 ヨハネの福音書第1章1節

神は言われた。「光あれ!」こうして光があった
旧約聖書 創世記第1章3節

 「…創世は神の言葉から始まった。言葉はすなわち神であり、すべてのものはこれによって出来た…」と聖書では述べています。真の意味はなかなか難解ではありますが、出口氏が伝える言霊についても、聖書のこの辺りの聖句に一致しており、私たちが語る言葉には、やはり不思議な“創造の力”が宿っているということを示唆しています。

自分の言った言葉が自分の運命を創る
ルドルフ・シュタイナー

 私たちは日々無意識に言葉を口にしていますが、その言葉は、知らず知らずの内に私たちの人生に影響を与えると言うのです。「私はなんて頭が悪いんだろう!」「私はどうしてこんなに怒りっぽいんだろう」と、どんな言葉にしても、自分が発するこれらの言葉を一番近くで聴いているのは自分です。シュタイナーが言うように、その言葉が自分に影響がないわけがないのです。

 しかしそれらの言葉は自分の中で感じている今の本音(真実)ですから、見過ごすことは自分に嘘をつくことになります。しかし、大切なことは、それが自分の口癖になったり行動になったりしてはいないか…ということに気づく必要があります。気づいたら“いい・悪い”の判断は辞めて、責めることなくそれを感じながら、そのままを俯瞰していく。つまり、自分の真実から目を逸らさず、“気づく”そして“受容する”といったプロセスを大切にしていくことで、人は自然に変容していけるのです。

 さて、今回のテーマは「言霊」です。言葉に宿る創造の力とエネルギーを理解しましたので、もう一つ積極的に自分を元気にする言霊を付け加えてみることを始めてみましょう。

 例えば、私の思考をよく観察すると “年齢だからこれは出来ないで当たり前よね” とか “私はこんなとき勇気が出ない人よね” のように、ネガティブな思い癖を言いっ放しにしたままで終わっていることが多いことに気付きます。そこにプラスの言霊を加えて「大丈夫。本当は年齢なんて関係ないことをあなたは知っているよね。諦めないでやろう!きっとできる!」のように、ネガティブなフレーズをポジティブな言霊で締めくくる訓練です。

 不安恐怖が出てきたら「大丈夫!何とかなる!」で締めくくる。他者(ひと)と比べて自信を失ったら「わたしは私!人それぞれ!」…。物事がうまく進まない時には「必ずいい方向に繋がっていく!私は諦めない!」…。自分が“ついてないなあ”と思うときは「そのうちそのうち!」…といったように、自分の心が元気になるような言霊で締めくくるのです。 「必ず良くなる!」「私は成長している!」「必ずいい結果になる!」「自然治癒力で完璧な健康に向かっている」…等々。訓練していると自然にポジティブな言葉が出てくるようになります。
 しかし、大切なことですが、自分の真実のネガティブな気持ちにはきちんと気づき、対峙した上で使います。それを見過ごすと、自己理解が不安定となり、単なるポジティブ思考で終わってしまう危険性があります。

 確かに言葉は不思議なもので、言葉を変えるだけで自分の気持ちが変わり、先達が言うように、現実が少しずつ変わりはじめます。自分自身の「能力」「健康」「性格」「可能性」「生き方」…等々の場面においても自分の思い癖や口癖を観察してみてください。言霊は色々な場面で人生を好転させる強力なツールです。

言葉は、世界を創り、世界を壊す
ヘンリー・フォード

 自動車王と称えられたヘンリー・フォードは、言葉には創造的な力があり、逆に破壊的な力もあるということを、彼は自分の人生を俯瞰して感じ取ったのです。その通りで、言葉は私たちの人生に、肯定的にも否定的にも働き、その用い方によって私たちの人生は大きく変わってきます。ネガティブな言霊は私たちの人生を狭めてしまいますが、ポジティブな言霊は私たちの魂を高揚し、人生を大きく拡げてくれるものです。出来ることなら魂が高揚するような言霊を自分にかけてあげたいものですね。

*次回のコラムは2026年3月20日前後の予定です。

2026年1月20日火曜日

刷り込まれた価値観を見つめ卒業する

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Column 2026 No.149

「我がままを言っていたら幸せになれないよ」
「自分よりもまず人のことを考えなさい」
「お前が考えているほど人生は甘くないんだよ」
「好きなことばかりして生きれると思いますか。人生で大切なことは努力と忍耐です」等々。

 これらは私たちが育ってきた時代に、親や先生からよく伝えられていた価値観の一部です。これら価値観の多くはその時代の背景や社会規範などから来ています。実は親も先生も私たちを不自由にするためではなく、当時の環境の中で、私たちが無事に生き延びていけるよう伝えられた愛情が底辺にある価値観だったのだと思います。しかしこれら価値観は今の自分に本当に必要なのか、ひょっとすると自分の人生を不自由にしているのではないかについて検証してみる必要があります。

その考えはあなたを守ってくれたかもしれない。
だが、自由にはしてくれなかった
作者不詳

 現代の世情では「自分ファースト」のフレーズが通じる世の中になってきました。一般社会にもそれら価値観が徐々に受け入れられ、先ほど挙げた価値観が次のように変容してきているのです。

「わがままは“我がまんま”へのプロセスです」(コラムNo121) 
「他者よりもまず自分自身が幸せになることです」(コラムNo13No20 他)
「人生は考え方・生き方によって面白くなるものです」(コラムNo5No6 他)
「やりたいこと、心が喜ぶことをやることは人生のすべての答えです」(コラムNo21No38 他)

 しかし私たちは、新しい価値観に納得はしても、子ども時代から伝えられた価値観はしぶとく自身の中で起動していて、その刷り込まれた価値観から抜け出すのは容易ではありません。私の時代ですらそうですから、私たちの親達が生きていた時代はもっと強い縛りがあったのではと思います。私の父の例をお話します。

 子ども時代の私の家族は大家族で、公務員であった父が、その大家族を一人の働きで賄ってきたわけです。やがて私は結婚して、父を時々我が家に呼んで(母は早く亡くなりました)もてなしていました。ある時、父がポツリと私にこんなことを言ったのです。

 「あの大きな所帯の家族を明日は食べさせていくことが出来るだろうか…と思って、夜眠れない日がたびたびあった…」と。その言葉は私にとってはまさに青天の霹靂でした。父はその頃、生活のことで愚痴をこぼしたことは一度もなく、子どもから見るといつも太っ腹の父に見えていたのです。その父から初めて聞く弱音の言葉でしたので、とても驚いたのです。

 私は咄嗟に言いました。「お父さん、あの頃おばちゃん達はみんな働いていたし、おじいちゃんも医院を開いていて豊かだったよね。どうして助けてもらわなかったの?」と。それに答えた父の言葉に、私は再び驚き、ショックを受けたのです。「おまえのお祖母ちゃん(父の母親)が、いつも言ってたんだよ。“茂!(仮名)お前は長男だ!家庭内にどんなことがあっても、世間にしっぽを(本当の姿を)見せるでないぞ!”とな。お父さんはお祖母ちゃんをとても尊敬していたから、その言葉を宝のように大切にしていたんだ…」と。

 あんなに雄々しく見えていた父が、親の価値観に縛られて、世間ばかりでなく自分の家族に対しても、しっぽ(本音)を見せられなかったのです。どんなに苦しくても決して弱音を吐かず、つまり誰にも助けを求めず、一人で頑張り、生活と闘ってきたのです。私は父が愛おしくて泣いてしまいました。

ひよこは卵から出ようと闘う。卵はその鳥の世界である。
生まれようと欲するものはひとつの世界を破壊しなければならない
ヘルマン・ヘッセ

 壊すのは自分を守ってきた不要な殻ですが、父は自分の母親を尊敬しているという理由で、母親から伝えられた価値観を、何ら疑問を持たずに踏襲し、それを壊していいのだということにも気付かなかったのです。父は随分前に亡くなりましたが、生前、時に不機嫌だったり短気になったりしていた理由がその時、真に理解できたのでした。

 この父の価値観が間違っていたとか、合っていたとかの視点で判断はできませんが、この価値観を守ることが、“父自身にとって不自由ではなかったのか” “本当に自分や家族の役に立っていたのか”…を、自分軸の視点で検証して、そうではないと思うなら潔(いさぎ)よく手放してよかったのです。

 今回のタイトルは「価値観を卒業する」としていますが、“卒業”は否定ではなく感謝して役目を終わらせることだと思います。よってそれに後ろめたさは要らないし、人として当然の考え方です。

 余談ですが、この父の事例を年配の方が多い講演会で時々話していました。結果、特に年配の方からは大きな反響があり、「お父さんをそんな風に見たら気の毒ですよ。私にはお父さんの気持ちが凄く解かります」といった反応が多かったのです。価値観は時代背景が大きく影響しているんだな…ということが、ここでも明確になったものでした。父の時代は、生きるのにまだ大変な時世で、家族を守るために、自分よりも親や周りの人々のことを先行することが、何より大事だったのですね。

 しかし、どんなに偉い人が伝える価値観であろうと、これからの時代背景がどう変わろうと、大切なことはやはり自分自身が “自分の心と魂が納得する価値観” を生きていくことだと思うのです。親業が大切にしている “自分大切そして相手大切” の精神を踏まえつつ、価値観の置き所をどこにするのか、実はその答えは、自分だけにしか解からないのです。

 その為には更に自分自身の感度を信頼して生きていきたいものです。何故ならあなたの人生に関する答えは、必ずあなたの中にあるのですから。

*次回のコラムは2026年2月20日前後の予定です。

2025年12月20日土曜日

アンチ・エイジングを考える

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Column 2025 No.148

 この所、アンチ・エイジングというフレーズをよく耳にするようになりました。アンチ…とは“抵抗する”と言ったような意味合いがあり、エイジング…とは“加齢”とか“老化現象”といった意味があります。つまり加齢現象をそのままに受け入れるのではなく、何か手段・対策を講じることで、加齢に甘んじないとか加齢を遅らせる…ことへの試みを現しています。

 とくに加齢を感じる年齢に差し掛かった私たちにとっては、興味をそそるテーマではあります。先日、長年付き合いのある友人と久々に会った時、いつもの元気がないので「どうしたの?」と尋ねたら「歳を感じるのよ…。ふっと鏡を見たら背中は曲がり顔には皺が増えて年寄り顔なのね。何だか嫌になって元気が出なくなったの…」と言うのです。実は私よりも随分若い人なのです。しかし気持ちが解って何だか心からの共感を覚えました。

 私自身、年齢を重ねてからの人生は“自分自身を試されるとき”と、理解していますので、生き方の本質を真摯に自分の心に問いかけたり、先達の知恵を借りたりしながら日々研鑽しています。加齢を感じる年齢となった時の生き方・心情をこれまでのコラムにも数回取り上げてきました(コラムNo.24No.87No.133)が、今回は加齢に甘んじない生き方をする為に今出来ること・・・と言った角度から纏めてみたいと思います。

 まず、アンチ・エイジング医学の権威者の一人と言われている、横浜クリニックの青木晃氏の医学的見地からの情報をお伝えします。以下三つのポイントを上げています。

1 バランスの良い食事
昔ながらの海藻類・発酵食品・豆・魚…等々。そしてワンプレートに白黒赤緑黄の5色を意識して取ること。食べる量は腹七分。
2 適度な運動
早歩きのウオーキングがお勧め。
3 生きがいをもつ
趣味や仕事をもつことは、いつまでも若さを保ち、アンチ・エイジングに大きく繋がる。

 青木氏が指摘している三つのポイントの中でも「生きがいをもつ」生き方は、私自身も強力なアンチ・エイジングの力があると実感していますので、このことについて私の感じていることを纏めてみたいと思います。

生きがいのある生き方をするために大切なこと

1 自分流で生きる
とかく私たちはつい他者と較べて、歳を意識したり羨ましがったり逆に優位に立ったりと、とても面倒な生き方をしていますが、“人は人、自分は自分”と言う自他分離感を持って、自身の変化・成長だけに注目することが大切に思います。つまり昨日と違う自分、成長した自分を見つめ続け、自信をもって自分流で生きていけたらいいですね。
 
2 “今ここ”に生きる習慣(コラムNo141
自分と対峙する時間をもつことはとても重要です。普段の生活の中でも瞬間瞬間“今ここ”の自分の心の位置に気づき、過去や未来を憂うといった無駄な想念を解放して“今を生きる”ことで、メンタルが改善され自律神経のバランスが整ってきます。自律神経が整うとホルモンや肌状態が改善されて、アンチ・エイジング効果が高くなると言われています。呼吸は休むことなく常に今です。そのため深呼吸は自分自身に返る方法でもあり、免疫力を向上させる方法でもあります。気づいた時にはどうぞ深呼吸を。

3 自分をいたわる言葉を(コラムNo.64)
自分に優しく大切に生きる。つまり自分自身への優しさやいたわりの言葉は最もアンチ・エイジング効果を高めてくれると理解しています。例えば“よく頑張っているね”。失敗しても“ドンマイ!ドンマイ!”。窮地に陥っても“大丈夫なんとかなる!(一休禅師)”。他者からの批判を受けたとしても“ま、いいか。それがどうした。人それぞれ(広兼憲史)”…のように。いつも自分軸に立って自分自身へ、心のこもった優しい言葉を送る。そして心と身体の休憩も心掛けてあげたいものです。自分を愛することは最も効果のあるアンチ・エイジング法です。

4 心が喜ぶことを果敢に(コラムNo.21No.38
いつもお伝えしている愉しい時間をもつことは、脳が活性化して幸福ホルモンであるセロトニン、ドーパミン等が増えることで自律神経が整い、アンチ・エイジング効果が発揮されると言われています。興味ある趣味に没頭したり、美味しいものを食べたり、心が休まる場所に赴いたり…すべて自分自身の心の癒しや心の元気につながります。心と身体が元気になれる“自分のパワースポット”などを、日頃から見つけておくといいですね。

究極のアンチ・エイジング法

 「欲求の五段階説」を唱えたアメリカの心理学者のアブラハム・マズローは、五段階の下位の階層が満たされるに従って最終的に一番上位の欲求、つまり「自己実現の欲求」に至り、“高次の自分に統合したい”と言う欲求が見えてくる…と述べています。つまり私たちはもともと“高次の神性とでも呼べるような本質を備えた存在”であることを、そのフレーズは示しています。

人間にとって老化することはアクシデントである
仏陀(釈迦)

 私たちの存在は私たちが考えているようなちっぽけな存在ではなく、釈迦が唱えているように、人間は本来、高次の存在で“老い”も“病”も“苦”もない世界にいるのが当たり前で、老化現象はアクシデントである…と述べているわけです。つまり“高次の自分に統合したい”と言う最終欲求が満たされたとき、私たちは願わずとも完璧なアンチ・エイジングを手にすることが出来るはずなのです。何故なら、その姿こそが本来の私たちだからです。コラムNo.24で書きましたが、私たちは無意識に“歳は確実に取って老いに向かうものだ”といった集合意識(社会意識)に色濃く影響されて生きているのです。集合意識に惑わされず今を生きていくことは重要なポイントです。

脳に「歳を重ねると老いる」という概念をインプットするから老いていく。
アンチ・エイジングの秘訣は年齢をカウントしないこと
並木良和

 内在している高次の自分を思い出して、そこに統合していくことこそが、究極のアンチ・エイジングに繋がれるのだということを、人類一人ひとりが理解した時、集合意識(社会意識)は丸ごと変容して、人類すべての人々が“生老病死”の概念を卒業し年齢を超えて、マズローのいう覚醒へのプロセスへと大きく進化していけるのではないでしょうか。

*次回のコラムは2026年1月20日前後の予定です。

2025年11月20日木曜日

如何なる苦しみも来ては去っていくもの

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Column 2025 No.147

 確かに、如何なる苦悩に圧倒されたとしても、逆に歓びに有頂天になったとしても、気付くとその感情はどこに行ったのか、いつのまにか私たちの心から去っていることに気づきます。ところが鬱体験をしているときの自分は、えてしてその苦しみをしっかりと掴んでしまっています。その感情を俯瞰していれば、自然に去っていくのかもしれないのに、感情に執着した状態なので、最終的にはその感情に圧倒されて身動きできなくなってしまいます。“感情は来ては去っていくもの” ということを理解しておくことは “上手な感情とのつきあい方” の重要なポイントです。

  … 不快感が表に出てくるのを目撃することは
  殆どそれが去っていくのを目撃していることに等しいのです
  アンディ・プデイコム(臨床瞑想コンサルタント・元仏僧)

 私たちは多く、辛い感情は感じたくないので、抑え込んだり逃げ出したりしやすいものですよね。しかし、感情は生き物ですから、押さえ込んでもやがて何かの形で表面化してきて、結果的に心身に影響を与えてしまうことになります。

  こと感情については、沈めたものは必ず浮かんでくるのです。
  感情そのものとしておもてに出てくることもあれば、
  何らかの形で行動に影響を与えだすこともあります。
  時には肉体的な健康に影響を及ぼすことさえあります。
         アンディ・プデイコム

 「そんなことで落ち込んでは駄目!」と、つい自分を責めてしまいやすいのですが、現れてくる感情を抑え込むのではなく、逃げるのでもなく、静かに寄り添ってあげながら “そう感じているあなたよね。苦しいね” と共感を示してあげることは、「親業」が大切にしている自分自身への共感的対応で、とても効果的な感情の昇華方法です。自分自身への共感はセルフカウンセリングの効果があり、ストレスを和らげる強力な方法でもあります。

 まず自分に起こってきた感情に気づいて、それを明確にします。気づく力とはマインドフルネスになる力(コラムNo141)のことであり、「今、ここ」の自分に、リアルタイムに気づいていることでもあります。

  私が今感じているのは罪悪感だな…。
  こうして明らかにされた感情はパワーを失い、
  罪悪感は陽光に照らされた雪のようにやがては溶けていくのです
         藤井 英雄(精神科医)

 自分の感情を恐れることなく、ただ気づき続けることで自身の中で明らかになったら、その感情は自然に静かに去っていくものだ…と藤井氏も述べています。“感じ切る”ことから逃げないこと…それが上手な感情の手放し方です。私たちは常に心地よい感情の中にいたいという強い欲求があります。しかし人間をやっている以上は、様々な感情に出逢うのがあたりまえなのです。

  本当の幸福とはどんな感情がわいてきても
  心地よくいられる能力のことだ
         賢者の言葉

 如何なる感情に出逢っても平静心で居られたら、どんなに人生は豊かになることでしょう。私たちは感情をあまりにも重いものとして捉え、無意識に格闘して、何とかクリアしていこうと日々奮闘しています。しかし賢者は伝えています。

  幸福はただの幸福だ。大騒ぎするものではない。
  来ては去っていくものだ。悲しみもただの悲しみだ。
  大騒ぎするものではない。来ては去っていくものだ。
  いつも心地よい体験をしたいという欲望を捨て、
  同時に不快な経験をすることへの恐れを捨てることが出来れば、
  やがて静かな心が手に入る
         賢者の言葉

 感情にいい悪いはありません。賢者が伝えるように、起き湧くいかなる感情もただ大切に感じていると、やがて過ぎ去っていくのです。感情に捉われないで俯瞰して眺める。つまり、感情と少し距離をとる視点があるといい、ということですね(コラムNo.140

  感情が浮かんでは消えていくのに任せることを学び、
  心の奥にこの意識と視野を保っていれば、
  どれほど厄介な感情が襲ってきても、
  それがどんなに強烈でも常に平気だと感じられてきます
       アンディ・プデイコム

 如何なる苦しみも来ては去っていくもの…という視点は、私の感情に対する感じ方を大きく変容させてくれました。特に次のフレーズは私の生き方、取るべき態度、考え方に大きな変容をもたらせました。

  如何なる苦悩も、現れれば必ず消えるものであるから、
  消え去るのであるという強い信念と、
  今からよくなるのであるという善念を起こし、
  どんな困難の中にあっても自分を赦し人を赦し、自分を愛し人を愛す…。
      五井 昌久(哲学者・宗教家)

 多くの哲学者や賢者は “如何なる感情も来ては去っていくもの” つまり “現れたときは消えていくとき” と伝えています。感情は厄介な存在と思われやすいのですが、実は感情は私たちの心のバランスをとってくれている存在であり、私たちの成長を助けてくれる存在なのです。私自身、苦しみに圧倒されて、落ち込んだり動けなくなることもありますが、その苦しみの間(あいだ)、無意識ですが、必死で自分の本質と対峙し内省し、哲学をしている自分に気づきます。それ故、その感情が去っていった時、自分自身の中に深い気づきが生まれていることに気づきます。私たちは愛の中に生かされ、実は無駄なことは何ひとつ起こっていないのだと、その辛い体験に感謝することがあります。

 私はこれからも、如何なる感情が起ろうとニュートラルに捉えて、怖れず構えず真正面から感じ取っていこうと思っています。そして去っていこうとしているそれらの感情を決して掴まないで、感謝して手放していこう…と。そして五井氏が伝えているように、“これからよくなる!” と言ったポジテイブな捉え方を忘れず、如何なる自分も赦し丸ごと自分を愛していこう…と思います。こうした自分自身への愛や赦しは、やがて自然に、周りの環境や人々を赦し愛することに繋がっていくのではないでしょうか。

*次回のコラムは2025年12月20日前後の予定です。

2025年10月20日月曜日

子どもの人生は子どもに返そう

 2025年 講座開講スケジュール

 下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2025 No.146

 「うちの子はもう大人の年頃なのに、毎日ネットやゲームばかりで、将来どうなるのだろう…と心配です。接し方を教えて下さい。」といった質問を受けることが度々あります。

 確かにメディアが多様化した時代、その悪影響からいかに子どもを守っていくのか、放っては置けない時代だと思います。それに対する詳しい対処方法はまたの機会に譲って、今回はテーマに添って(ご質問を含めて)考えていきたいと思います。

 「子育て」で一番大切なポイントとは何でしょうか。それは子どもの人生は子どもに返していく姿勢です。親業の創始者のトマス・ゴードンは次のように述べています。

子どもをある特定のものになるように望んではいけません。
ただ彼自身になることだけを望みなさい

 ところが私たち親はともすると、“あなたの生き方は辞めてお母さんなりの人生を歩みなさい”と知らず知らずに接してはいないでしょうか。子どもが黙って自分と対峙しているときに「黙っていては解らないでしょう!何か言いなさいよ!」と茶々を入れたり、子どもが自分の好きなことをして遊んでいるときに「そんなことしている暇があったら勉強しなさい。テスト近いんでしょ!」と急かしたり、“しんどいよ…”とサインを送っているのに平気で無視して親のやらせたいことを押し付けたりする。

 親の力が強いほど、親の思う通りの一見 “素直な子ども” “見かけのいい子”が育っていくのですが、子どもの方はどんどん生きる方角が見えなくなっていきます。自分の人生を自分自身で積み上げてきたという実感には乏しいので、土台が弱く人生のどこかで挫折がきやすいのです。

 以上「過干渉」の害について考えてきましたが、現代は「放任」が問題となっているケースが多いと感じています。親が仕事を含め、自分の人生に忙しくて子どもを見ていない。つまり子どもと共に生きて体験をしていないのです。子どもを見ていないから子どもの感情を多く見逃してしまう。結果、受容の言葉や愛情表現の言葉がけが極端に希薄で、子どもは愛情飢餓感の中で、心が育たないままに青年期を迎えます。逆に、絵本の読み聞かせや親子での楽しい遊び体験、自然とのふれあい…など、親との愛情に溢れた豊かな体験があれば、色々回り道があっても、やがて自分の人生に回帰できる可能性は十分あります。今の時代、メディアに全く触れさせないというわけにはいかない時代ですが、我が家でネット以外の楽しみをしっかり体験させてあげることはとても大切なのです。

教育は、子どもをより良い人間に育てることではなく、
彼が本来持っている素晴らしい資質を引き出すことである
ジョン・ロック

 ジョン・ロックの言う通り、子どもが潜在的に持って生まれている能力を信じて、その可能性を最大限に引き出していくことこそが真の教育です。あなたの子どもはあなたの欲求を満たすために生まれてきたのではありません。あなたを幸せにするために生まれてきたのでもありません。一度しかない自分の人生を楽しみ、実感して、なりたい自分になる為に生まれてきたのです。私たち親は、子どもがなりたい自分になれるように、その可能性を引き出してやらなければならないのです。それが真の教育です。

 偉人について書かれた書籍を見ますと、世界に立派な貢献をした偉人たちが、必ずしも幼い頃から親が望むような理想的な子どもではなかったようです。例えば、

 発明家トーマス・エジソンは学校でも変わった発言をする子どもで “エジソンの脳は腐っている”と言われて中等科を3ヶ月で退学させられました。万有引力の法則の発見で有名なアイザック・ニュートンは小学校では劣等生といわれていた。アルベルト・アインシュタインは4歳までしゃべれなかったし文字が読めるようになるのもずっと遅かったと言われます。アニメの王様ウォルト・ディズニーは「アイデイアが乏しい」と言う理由で新聞社を首になった…等々。

 やがて大きく世界に貢献したこれらの人たちが、幼い頃から際立ったその素質が見えていたわけではなく、実はその子らしくやりたいことをやって育っていた普通の子どもだったのですね。学校や世間には受け入れられなくても、そんな彼らを、急(せ)かさずにやりたいことをやらせ、そのままに見つめていた大人たちがいたのだと思います。

 一方、大人の思考に合うようにと急かされたり、逆に子どもの存在を無視して放任したり、その結果、近年ストレスフルな子どもたちが大人の気づかないところでどんどん育っています。ストレスフルな子どもたちの心の中は、寂しさや自分の人生を奪われた悲しみ、親への怒りや敵意などで充満していますが、それが必ずしも親に向けられるとは限らず、やがて社会へと向けられて反社会的な行動を起こすこともありますし、逆にその怒りが自分自身に向けられることも多く、鬱や心身症で苦しんでいる子どもは多いのです。

子どもは自分の意見が尊重され認められることで初めて
自信をもち、自分を表現する力を身に付ける
カール・ロジャーズ

 子どもは自分の考えや意志を大切にされることで、自分らしくいることが出来、自分らしく生きることが出来るようになります。子どもの成長には親の援助が不可欠なのです。そして子どもを一人の人間として尊重し認めていくにはまず“親の自立”が一番に問われます。

 親自身が自立して、自分の人生に責任を持ち、実感して生きるようになったら、自然に子どもの感情を掴むことが出来、子どもが語りたいことをしっかり受け止めることが出来るようになります。その結果、子どもは自分に自信をもって生きることが出来るようになり、やがて自分の生きたい人生が見えてきます。その結果、初めて子どもは自分の人生に専念できるようになるのです。

 一度しかない子どもの人生は子どもに返していきましょう。返していける親になる為には、親も自立して自分自身の人生を充実していくことしかありません。

*次回のコラムは2025年11月20日前後の予定です。

2025年9月20日土曜日

分離意識からバランス意識へ

 2025年 講座開講スケジュール

 下村亮子チャンネル『 TRUST YOUR FEELING - あなたの中の答えを信じて 』

Column 2025 No.145

 月と太陽の規則正しい運行。太陽系では太陽を中心に8つの惑星がバランスを保って太陽を公転しています。潮の満ち引きや春夏秋冬の自然界のバランス…。また生態系においても、生物同士や生物と環境が互いに関連し合って、絶妙なバランスをもって維持されています。食物連鎖や大気・水・土壌などの物質が生物や環境の間を絶えず循環し、利用されることで生態系は維持されています。生態系はしかし決して固定されているものではなく、常に変化しながらも全体としてのバランスを保っているのです。

バランスは静止ではない。それは継続的な調整だ
アンジェラ・ダックワース
 
 アンジェラ氏のこの指摘は非常に感慨深いものがあります。周りの環境の変化に絶えずさらされながらも、すべての存在は本来のバランスに戻ろうと調整を怠らないのです。

 私たちは正反対の事象に位置する多くの極性に囲まれて生きています。例えば、昼と夜 夏と冬 呼気と吸気 左脳と右脳 光と闇 主観と客観 外交的と内向的 長所と短所 リラックスと緊張 ポジテイブとネガテイブ 前進と後退 男性性と女性性 仕事と休息 インプットとアウトプット…等々まだまだ沢山の極性が日常的にありますよね。

 磁場にも正と負があるように、呼吸にも呼気と吸気があります。また頑張ることも、気を抜いて遊ぶこともその人のバランスです。仕事と休息のバランス、他者の話をしっかり聴くことと自分の気持ちを明確に伝える自己表現とのバランス。また時には、前進ばかりではなく立ち止まったり後退してみることも、とても大切なバランスです。人それぞれが自分自身の感性で心地よいバランスを取っていき、それが結果的に人間関係のよいバランスに繋がるならば、それは世界の平和にも繋がっていくのではないでしょうか。

 ところが問題となるのは、“良い・悪い” “正しい・間違っている” “ポジテイブ・ネガテイブ”といった、人々の中にある価値判断の基準です。
 この分離した極(きょく)が自分を含め、人類一人ひとりの中にあるために、対極に見えるものを非難・判断し、自分の中のバランスや周りのバランスを崩してしまいます。その結果、様々な人生模様を創りだして、泣いたり笑ったりしながら生きているのが私たちです。
 今、世界の脅威となっている戦争も、もとは宗教や価値観における相違が一つの大きなきっかけであることは間違いありません。実は相反するものもすべてバランスをとることでしか調和は生まれません。また相反するものがあるからこそ、調和を生み出そうとするエネルギーが働き、人類が気づいていくチャンスとも言えるのです。

闇を知らなければ光を理解できません。闇が無ければ光の存在は見えません。
光と闇の両方を経験することによって、より広い深い経験を創りだすのです。
賢者の言葉

 人それぞれの中にある観念・信念・判断・制限…等々の枠組みでもって、自身や他者の価値観を判断し、“私とあなたは違う” というふうに分断していく。これを「分離意識」と言います。この分離意識を超えていくために深い理解が必要ではないかと思われますのは、一人ひとりの価値観に間違いというものはないということ、また今その人がどんなプロセスを生きていても当人にとっては必要なプロセスを踏んでいるのだということです。

 分離意識がある限り、私たちは混迷・苦しみ・痛みの中で生きていくことになります。「あの人の考え方はおかしい」「私には~が無いから価値が無い」「あの人より私の方が正しい」「私は負け組だ」…等々。極(きょく)の世界観がある限り、本当の安らぎ・歓びは無くて、常に誰かと比較し闘い、その結果、不安恐怖の中で生きることになります。

 そろそろ私たちは、対極のどちらにも偏らない生き方、つまり分離意識からバランス意識へと統合していく時代なのではないかと感じます。どっちつかずという安易なものではなくどちらにも偏らない生き方、つまりニュートラル(中庸)な視座に立つ生き方です。

 例えば、対極にある“闇と光”について考えてみましょう。つまり先ほどの賢者の言葉が示す視座です。闇があって光がより深く感じられる。闇も敵にまわすことなくどちらの極にも偏らず真ん中に立ってみる。それが統合です。闇を見ないということではなく、向き合いつつも怖れたり戦ったりしない。光にもとらわれない・闇にもとらわれない。賢者の言葉だけあって相当深いレベルの話ではありますが、まずは、対極にあるものを静かな心で見つめてみることはバランスを取り戻すためにとても大切な心組みだと思います。

  どちらの状態をも受け入れることによって、葛藤から抜けられます。
  言い換えればポジテイブな考え、ネガテイブな考えの両方を
  どちらが上だとの順番をつけずに受け入れるのです。
  これは愛の行為です。愛はいつでも、如何なる二極性をも超越します。
  愛は決してどちらかに与(くみ)しません。両方の側面を受け入れます。
  ポール・フェリーニ

 “いいバランスとは~です”…それは誰も教えてはくれません。自分の中の価値判断に気づき、頭のレベルで考えることを少しゆるめて、自分の感性に頼るしかありません。知らず知らずに取り込んだ固定観念に気づき、それを解放しながら自分の心のリズム、身体のリズムを大切に生きる。するといつの間にか無意識に呼吸をしていると同じように、自分にとって快適ないいバランスを掴めるようになるのではないでしょうか。そのままでいい、存在しているままでいい…と言った双方を見つめる大らかな愛の視点が、分離意識を卒業し、すべてを解決に向けていける力(ちから)となるのではないでしょうか。

バランスは目には見えないが、感じられる
レオナルド・ダ・ヴィンチ

*次回のコラムは2025年10月20日前後の予定です。