2022年9月20日火曜日

四角い枠にこだわるな。キャンバスからはみ出せ

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四角い枠にこだわるな。キャンバスからはみ出せ
岡本 太郎
Column 2022 No.112

 岡本太郎氏のこのフレーズから、すべてに慎重であれ…という教育思想で育った上に、年齢を重ねるごとに、「慎重に!慎重に!」と、自分自身に確認しながら日々を生きていた自分だったとまず気づきました。このフレーズに出逢った時、私は思わず両手を天に向かって広げていました。広い世界を垣間見たような、すっと背筋が伸びたような快感を覚えたのです。ああ、私はもうひとつ枠を外したいんだな…と気付いた瞬間でした。

あなたの能力に限界を加えるものは、他ならぬあなた自身の思い込みである
ナポレオン・ヒル

 私たちは無意識ですが“かくあらねばならぬ”という思い込みをもって生きています。しかしその思い込みは自分を縛り、確実に私たちの人生を支配しています。“かくあらねばならぬ”という枠を外して、フラットな目であらためて世の中を見渡せば、面白いことや、自分にもできそうなことが、まだまだ沢山あることに気づきます。

 私は踊ることが大好きです。少し若いとき、フラダンス・クラシックバレー・社交ダンス…等々を通算15~20年間楽しんできました。しかし仕事が忙しくなったことも重なって、いつの頃かやめてしまいました。

 しかし“四角い枠にこだわるな。キャンバスからはみ出せ”のフレーズに出逢って、天に向かって両手を伸ばしたとき、“また踊りたいなあ”という想いが突然やってきたのです。“そうだ!かっこよく踊れなくてもOK。自分の動ける範囲の動きで踊ればいいのではないか!”…という思いに至って、20年近く離れていたダンスを再開したのです。

物理的であれ、何であれ、自分のやることを制限してしまうと、
あなたの人生や行動にも及んでしまう。限界などはないのだ。
停滞期があるだけだ。そこに留まってはいけない
ブルース・リー

 確かに若い頃のようには動けません。しかし大丈夫!見栄えは悪くても“昔取った杵柄(きねづか)”で何とか踊れています。思い切って枠をもうひとつ外してみると、こんなにわくわく出来るものなんだ…と一人でエキサイトしています。

地球は、俺の遊園地だ
三浦 雄一郎

 三浦氏の地球を見つめる壮大な視点に感動します。プロスキーヤーであり、登山家である三浦氏は70歳を過ぎて3回(70歳・75歳・80歳)エベレスト登頂を果たしています。今年90歳を迎える彼は難病を抱えながらもなお夢をあきらめず、来年はヨーロッパ最高峰エルブルース(ロシア)でスキー滑降(デユアルスキー)を目指すと宣言しています。「出来たら自分の足で滑りたい」「僕はいつも何とかなるという楽観主義で来ました」四角い枠にとらわれず、はみ出しっぱなしの雄一郎氏の生き方には、何だかほれぼれと致します。

私はクルミの殻の中に閉じ込められた小さな存在に過ぎないかもしれない。
しかし、自分自身を無限に広がった宇宙の王者、と思い込むこともできるのだ
ウイリアム・シェイクスピア(劇作家)

 自分自身を殻をかぶった窮屈な存在と見ることもできるし、殻にこだわらず、自分自身を宇宙レベルで見つめることもできるんだよと、彼は伝えているのです。自分の限界を設けない彼だからこそ、「ハムレット」「リア王」「ロミオとジュリエット」…等々。奇跡的な不朽の名作の数々を残せたのだと思います。

自分が何者かに固執しなければ、自分がなり得る最高の自分になれる
老子

 「枠にこだわるな」といった賢者や先達のフレーズは、齢を重ねた私たちの心をも大きく揺さぶり、まだまだ大丈夫!出来ることはある!と、勇気づけてくれます。私自身もちょっとその気になって改めてダンスに挑戦をしました。しかしまだ充分に勘が戻らないので、微妙に曲に乗り遅れたり、ターンのときに眩暈がしたり、時には相手の足を踏んづけたり(笑)散々の日もあるわけです。でも、私はやはり“心が喜ぶこと”をスタンスに、自分の心に正直に、怖(お)めず臆せず生きていきたいと思っています。

 私たちの多くは悲観的なものの見方に片寄ってしまっています。そこに楽観的な見方・考え方を加味していくことで、ニュートラルなバランスをとっていくことの深さを感じさせてくれるフレーズに出逢いました。

楽観主義者は青信号しか見えていません。
同じように悲観主義者は赤信号しか見えていません。
でも賢者には両方の信号が見えているのです
アルベルト・シュバイツアー

 楽観主義、悲観主義については前回(コラムNo111)触れました。楽観主義者は、自分が住む世界はいつも安全で興味津々。愉快な冒険に満ちている場所…と捉え、一方悲観主義者は、世界は危険に満ち溢れていて、気を許せる場所ではなく、冒険など、とてもできる場所ではない…と自分の住む世界をとらえている。

 一方、こんな捉え方ができる存在もいます。どんな世界にいようと自分軸をしっかり持っていて、自分の感じ方を大切にしている。今わくわく生きたいと思うなら、キャンバスからはみ出すこともできるし、ここは慎重に!と感じたら、ちゃんと足元を見て行動もできる。自分の枠(制限)に気づいており、外すべき枠はこだわらず外していける。視野を広げてみれば、ここは、限りない創造性と自由性に満ち満ちている世界なんだということを知っている存在。それを賢者と言う・・・と。

*次回のコラムは2022年10月20日前後の予定です。

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2022年8月20日土曜日

私はいつも“それはたいした問題ではない”という哲学をもって生きてきた

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私はいつも“それはたいした問題ではない”
という哲学をもって生きてきた
アンディ・ウォーホル
Column 2022 No.111

 アンディ・ウォーホル(故)は米国の画家・版画家・芸術家でポップアートの旗手。マリリン・モンローを描いたポップアートはあまりにも有名です。またロックバンドのプロデユースや映画製作などにもかかわっていたマルチ・アーテイストでもありました。

 彼のこの冒頭のフレーズはどこで見つけたのか記憶にはありませんが、ノートに走り書きをしていて、何かに直面したとき、ふとこのフレーズを見返して、私は何度勇気づけられてきたことでしょうか。私の完全癖傾向の為に、何か問題が起ると、それが結構高い壁に思えて“解決できるのだろうか。無理ではないか。でも何としてでも解決しなくては…”と意気込んで大仰に考えてしまう“思い癖”(おもいぐせ)が曾て(かつて)はあったのです。

 いつのころからか、そんな場面に遭遇したときに、ウォーホルの「それはたいした問題ではない」というフレーズが私の思考の中に思い浮かんで来るようになりました。すると私の中のその完全癖思考が少しずつ変容していったのです。その結果、ネガティブな高い壁は崩れ、不思議に何とか解決に向かう…という体験もしてきました。ものごとをあまり深刻に捉えないで、“私に起った問題が私に解決できない筈はない”と少しずつ思えるようになったのです。つまり問題に対して少し楽観視できるようになったというわけです。

楽観的であるということは、顔を常に太陽に向け、
足を常に前に踏み出すことである
ネルソン・マンデラ

 悲観的な性格の人が楽観的に物ごとを見るようになっていくことは、もしかすると、とても難しいことかもしれません。でもこれも練習・訓練によっては可能性に満ち満ちていると、私は思っています。これまで何度か取り上げてきた例えでお話してみます。「泥水でいっぱいのコップがあります。しかしそこに清水を注ぎ続ければ、そのコップの水はやがて必ずきれいな清水に変わります」

 私たちが人生を悲観的に考えてしまう“思い癖”があったとしても、コップに入ったままにして、変えようとしなくていい。ただ、問題に遭遇するたびにウォーホルが言っているように、“大丈夫!たいしたことではない!” “大丈夫!何とかなる!”と、その都度、新しい楽観的な思考をそのコップに注ぎ続けていけば、いつの間にか楽観的に考えられる新しい清水(思考)になっていくのです。実は思考も訓練のたまものなのです。

 私は講演などで、ワイングラスの絵を描いて、人それぞれの人生の見方を説明することがあります。“グラスに半分のワインが入っています” そのグラスを見てAさんは「ワインがグラスに半分入っている」と、事実を見ています。Bさんは「ワインがグラスに半分しか入っていない」と足りない側面を見ています。Cさんは「ワインがグラスに半分も入っている」と満たされている側面を見ています。

 悲観的な人は往々にして足りない側面に注目して、益々不安感情を引き寄せていきます。楽観的な人は満たされている側面に注目して、“なんて私は幸せ”と益々歓びや幸福な人生を引き寄せていきます。私たちは自分が“願っているもの”を引き寄せているのではなく、実は、自分が無意識に放っているバイブレーションレベルのものを、引き寄せてしまうのです。

どんな苦難に直面しても常に人生を楽しみ、おのれの運を信じ、
楽観的にものごとを見る。そこから拓ける道がある。
高橋 是清

 このように多くの先達は、人生を楽観視することの重要性を説いています。望む世界を手に入れたいと思うなら、自らが発するバイブレーションを変えるか、上げるしかないのです。実は思考を変えることでバイブレーションは変化していきます(コラムNo110)。その結果、冒頭のウォーホルのフレーズのように、何か問題にぶつかった時「それはたいした問題ではない」と即座に感じ取れる楽観的な感性が育っていくのだと思います。

悲観的になって自分は成功できないなどと思っていたら進歩は望めません。
他人にはかなわないという考えこそが失敗への第一歩です
ダライ・ラマ

 自分に足りない部分に気をもみ、他人と比べて劣等感を抱き、このままの私では駄目だ!もっと頑張らなくては!と自分にバッシングをする。…なんとしんどい生き方でしょうか。逆に、どんなときにも決して他人と比べず、ウォーホルのフレーズのように“それはたいした問題ではない” “自分は大丈夫!何とかできる!”と人生に楽観視ができたら、どんなに生きやすく楽しい人生になることでしょう。二つのフレーズをご紹介して今回のコラムを閉じたいと思います。

50過ぎたら「ま、いいか」「それがどうした」「人それぞれ」で行こう
広兼 憲史

楽観的であれ。過去を悔やむのではなく、未来を不安視するのでもなく、
今現在の「ここ」だけを見るのだ
アルフレッド・アドラー

*次回のコラムは2022年9月20日前後の予定です。

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2022年7月20日水曜日

「なまけ者のさとり方」研修会から

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Column 2022 No.110

 タデウス・ゴラスのこの著についてのコラムをNo107No108でとりあげました。私のコラムをいつも愛読下さっている福山にお住いのSさんが、ご自分もすぐにこの本をお読みになり、とてもよかったので「今回は“なまけ者のさとり方”の内容を中心にお話しください」ということで仲間を集めて研修会の輪を作って下さいました。

 悟りには勿論いろいろな解釈がありますが、今回はまずタデウス・ゴラスのいう「悟りとは」を引用し、続いて当日の研修会で話題になったことを、補足したり纏めてみたいと思います。

タデウス・ゴラスの言う「悟り」とは
悟りとは現在の私たちの意識を少しずつ広げる体験(地球、宇宙全体への理解の深化・魂の深化)のこと。完全な悟りとは、私たちは無限の存在であること。宇宙全体が生命を持っているということを知ることである。意識が広がっていく…そのプロセスそのものが悟りであり、何処か特定に定義された状態に達するということではない(後略)

 タデウス・ゴラスの言う“意識が広がっていく…そのプロセスそのものが悟りである”という辺りを当日はクローズアップして話題にしました。


~ 意識を広げるため(悟るため)に出来ること ~

1.バイブレーションを上げる

 私たちを含めすべての生きものは自ら持つ“波”で振動しており、それをバイブレーションと言いますが、解かり易く言えば、その人が持っている“思考の傾向や特性”と言っていいかもしれません。実は周りに起き湧いていることはすべてニュートラル(中立)で、正しい・間違っている…はないのですが、私たちは自分の持っているバイブレーション、つまり価値判断や思い込みで、周りの世界をみて、自分の世界を創っているのです。バイブレーションの高い人は幸せな世界を創り、バイブレーションの低い人は狭く苦しい世界を創っていくことになります。

 それではバイブレーションを上げるために何ができるでしょう。その話題では皆さんから色々と案が出てきました。…高い場所に上がってみる。自然の中に入る。気(バイブレーション)のいい場所に行く。バイブレーションのいい人に逢う…等々。「今日皆さんと分かち合いたい内容は、実は全てバイブレーションを上げていく方法でもあります」…と伝えて話題を進めていきました。

2.まわりの世界をあるがままに見る(事実を見る)

 自分が無意識に使っているバイブレーションに気づくことから出発です。つまりあるがままの世界を見るということは、自分の想念の癖から来る“思い込み”や価値判断を取り去り、ものごとすべて事実だけを見るということです。

 例えば“あの人はだらしない”はやめて“Aさんは使ったものを置いたままにしている”。“あの人は意地悪だ”はやめて“Bさんは私にお前はダサい奴だと言った”…のように目の前の出来事にジャッジ(価値判断)を加えず、あるがまま起っていることだけを見ていくということです。

 “すべての事象は深いレベルで必然的に起きている”…と賢者は説いていますが、私たちはまだまだその理解には遠く及びません。大切なことは、起きたことにいちいち反応するのではなく、ただ事実を見ていく…ことで、私たちのバイブレーションはいい状態に保たれると言うわけです。

3.自分を愛することが悟りへと向かう王道

 私たちはすべての人々と繋がっています。自分が自分自身への愛に目覚めたとき自分自身への愛のバイブレーションは、もともとつながっている他者(人類)へと、自ずと大きく広がっていきます。だから自分自身への愛は人類への愛の原点であり出発点なのです。

 ① 頭ではなくハート感覚で生きる
 ヘッドレベル・ハートレベルと言う表現があります。ヘッドレベルでいると、これまで話してきた価値判断や思い込みの視点から、狭く重苦しい世界を創っていく傾向になります。ハートレベル、つまり感じることを大切に生きている人は、自分の感性で世界を見つめ、その人にとっての真実の世界を創っていくでしょう。

 ② 感情とうまくつきあう
 自分自身を愛するということは、自分の感情といかに折り合いをつけ心地よくつきあっていけるかと言うことでもあります。それほど感情は私たちの人生を支配しているのです。罪悪感・無価値感・拒絶感・嫌悪感・虚無感・喪失感…等々、すべて感情です。それらの感情に支配されたとき、私たちは混乱してしまうのです。

それから学ぶべきものを学んで、もういい加減うんざりしているのなら、
捨ててしまいなさい。どうやって? それらを愛し抱き入れ、
自分の存在の中にそれらがあることを赦すことによってだ。
するとそれらはあなたを圧倒することは無くなるであろう。
賢者の言葉

 人間はお互いに上等ではありません。まず自分の中の汚れていると思っている部分、感じたくないと思っている部分から目を逸らさず、愛し赦していくしかありません。事象を許すのではなく、それにまつわる感情にフォーカスすることがポイントです。どんなにみっともない自分であってもその都度本当の感情に気づいて丸ごと抱き入れるのです。自分を愛することは悟りへと向かう王道なのです。

自分の感情がどうしようもなく嫌で、それを愛するなんてとても
できないと感じるかもしれません。でも愛すると決心しなさい。
嘘だと思っても“私はそれを嫌っている自分を愛している”と言いなさい。
タデウス・ゴラス

 ③ 自分軸で生きる
 あなたの人生の答えはあなたの中にあります。外には無いのです。他者に合わせた生き方は自分軸からどんどんずれていきます。自分の中に価値基準(ものさし)をもちましょう。自分に嘘をつかない。自分の真実を生きる…これは自分軸を強くするポイントです。人生に迷ったら自分に返る。他者に答えを求めないで自分のハートに尋ねましょう。やがてはっきりと答えが返って来るようになります。

 ④ 心が喜ぶことを果敢に
 自分のハートはあなたの答えを知っています。心が喜ぶこと。あなたのハートにしっくりすること…は思い切ってやってみる価値があります。ハートが歓喜し、あなたのバイブレーションは大きく上がっていくでしょう。悟りとは徐々にバイブレーションを上げていくプロセスとも言えるのです。

 覚醒(悟り)にゴールはありません。私たちは常に広がり続け、目醒め続けていきます。自分軸からずれないで、感じては気づき、そして赦し、自分の感情と上手につきあいながら日々、私たちは心のユートピアを目指していくのです。

 あなたの気付きは周りの人々の気づきを促します。あなたが自分を愛すれば、周りの人々も自分を愛するようになります。私たちはみんな繋がっているからです


*次回のコラムは2022年8月20日前後の予定です。

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2022年6月20日月曜日

一日のうちに何かひとついいことがあれば、私はその日はとてもハッピーなんだ

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一日のうちに何かひとついいことがあれば、
私はその日はとてもハッピーなんだ
ヘルベルト・フォン・カラヤン
Column 2022 No.109

 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の終身指揮者・芸術監督であった、故カラヤン氏のフレーズです。その日の演奏はカラヤン氏にとってはとても不満足なものでした。ところがそのあと食事を始めたカラヤン氏が「私は今日はとても幸せだ」と言うので、隣にいた人が意外に思って訊くと「このキャビアがとってもおいしいから。私は一日のうち何かひとついいことがあったらその日はとてもハッピーなんだ」と答えたそうです(月刊誌「サインズ・オブ・ザ・タイムズ」より参照)

 私たちはものごとがうまくいかないとき、いつまでもそれに捉われてくよくよしたり、周りの人に不機嫌に接したりする傾向があります。うまく機能している出来事や自分自身の素敵な側面はあまり見ようとしないで、うまくいかなかった側面や自分自身の中の足りない側面に注目して、いわゆる“あら探し”に夢中になっている自分がいます…。私はカラヤン氏のこの一文を目にしたとき、幸せの真髄を見た気がしました。

幸せになれるかどうかではなく
幸せを感じるのはその人の心である
エドマント・スペンサー

 まさにその通りで、どんなにネガテイブな感情に翻弄されていても、カラヤン氏がキャビアの美味しさに気づいたように、今ある幸せに気づいて今日はいい日だった…と幸せを感じる“感性”を育てることはとても大切に思いました。

「今日は仕事が思うように運ばなかったけれど、ふと空を見上げたら、広々として透き通るような空の美しさに魅了された。…だから今日は幸せなわたし!」
「もやもやと気分が落ち込んでいたけれど、曲に乗って好きなダンスを一人で思い切り踊ってみた。ダンスを楽しめた今日はハピーな一日!」

 生活しながら「わあ!素敵!」と、今ある幸せに気づく。また一日ひとつでも自分の心が喜ぶことをやって、「今日はこんなに楽しいことができてハピーだった。最高!」…と、周りの環境や自分の行動にしっかりとOKを出していく。“幸せを感じる感性”を大事にして、一日一日を丁寧に生きていく。それをとても大切に思ったのです。

 私は講演などでよくお伝えしてきました。「一日ひとつでもいい。あなたの心が喜ぶことをやりましょう」…と。その時、よく質問にあったのは“何をやっても楽しいと思えないんです”とか“心が喜ぶことが見つからないんです”…等々でした。それは恐らく幼い頃から、周りの大人の要求に合わせて生きてきた結果、自分の欲求を感じる練習が少なかったことが原因のひとつだと思います。だからこそ人一倍自分自身に優しく優しくしてあげて下さい。一度しかないあなたの人生です。もはや他者や環境のせいにしている時間はありません

あんまり深く突きつめて考えない。“今日を楽しむ”
と考えていけば何とかなるんじゃないかな
やなせ たかし

 私たちはすべてを深刻に考え過ぎているのではないかと思います。後悔の念に捉われたり、まだ来ぬ未来に思いをはせて不安に取り込まれたり、なかなか“今”に立てない自分があります。

人生とは自分探しをすることではない。
人生とは自分を創ることである
ジョージ・バーナード・ショー

 自分探しも大切ですが、人生はあまりに短いのです。せっかく与えられたこの人生で自分が何をやりたいのか、どういう人生を歩みたいのか…を自分に尋ねて、なりたい自分を創っていく。生きたい人生を創っていく…ことの重要性を、バーナード・ショーは教えてくれています。

 実は私自身が自分の欲求がわからなくて、生きたい人生も見えていない人でした。でも“まず一歩から”と思って始めたことは、自分自身にたえず「今何がしたい?」と、尋ね始めたことでした。その質問の陰に、生きたい人生の答が潜んでいると直感したからです。

 朝起きて夫と子どもを送りだした後、いつも自分に訊いていきました。答えは必ず来ました。「何がしたい?」…“眠りたい” 「何がしたい?」…“コーヒーが飲みたい” 「何がしたい?」…“海が見たい”…それを正直にやっていくことは、最初は罪悪感と“共歩き”でしたが、その都度“いいのよ いいのよ!”…と自分にエールを送りながら果敢にやっていきました。それは、自分自身の人生の欲求が見え始めるための、基本的な訓練だったのです。

 そして今、カラヤン氏のフレーズで学んだことは、“一日の中の僅かひとこまの喜びでもその都度気づいて、私の人生を彩っていこう”ということでした。そのことを忘れてしまっていたら、就寝前に「今日“ひとりカフェ”で飲んだコーヒーは飛び切り美味しかったなあ。だから今日は素敵な一日だった!」と、何でもない幸せでも確認して、眠りにつくことにしています。私の幸せは誰も創ってはくれないのです。私の心だけが創っていくのですから。

しあわせを数えたら あなたはすぐに幸せになれる
アルトウル・ショーペンハウアー


*次回のコラムは2022年7月20日前後の予定です。

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2022年5月20日金曜日

あなたはどこに行ってもあなた自身といるより仕方ありません(その2)

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あなたはどこに行ってもあなた自身といるより仕方ありません
タデウス・ゴラス
Column 2022 No.108

 前回に続いてタデウス・ゴラスの「なまけ者のさとり方 」(地湧社)から、ゴラスの述べる真理を私自身の解釈を入れながら、更に紐解いていきたいと思います。以下で、紫色ハッチのフレーズ文章は「なまけ者のさとり方 」からの引用です。

 「生きものの基本的な営みは拡張する(広がる)ことと、縮小する(縮まる)ことである」…とゴラスは宇宙のしくみを説明しています。そして私たちの意識を出来るだけ広げて深めていくことこそが「悟りへの道」であると述べています。

この広がりを私たちは、意識の広がり、理解の深化、魂の広がりなどとして体験しますが、それをどう表現するかは各人の自由です。完全に広がりきったとき私たちは完全な意識の拡大、つまりすべてのものと一体になった感覚を体験します。そのレベルに達すると、時間を超えた至福感、意識や知覚、感覚の無限の広がりを味わうのです。(中略)すべてと一体化した魂はあらゆることを体験することができます。意識が広がっていけば、この宇宙に存在するすべてのものを体験できるのです。

どんな精神状態にいようと、この宇宙のどこにいようとあなたに与えられている選択は一つだけです。あなたの意識を広げるか、縮めるか。このどちらかしかないのです。それも今、あなたがいるところから始めるしかありません。

 前回に続いて、“悟りへと至る道”つまり“意識を広げていく・深めていく”ことについて考えてみたいと思います。

☆ 物理的に視野を広げてみる

 物理的に視野を広げると、意識も広がっていくのではないか…という想定のもとに、私の体験を通して前回のコラムNo107に書きました。

☆ まわりの世界をあるがままに見る(抵抗することをやめる)

 世界がどんなふうに見えるかは、私たちの使っているバイブレーションのレベルで100%決まってくると言います。バイブレーションとは、その人が持っている“思考の傾向や特性”と言ってもいいかもしれません。周りに起き湧いていることは、実はすべて中立で、正しい・間違っている…はありません。同じ事象が、自分のバイブレーション(考え方の傾向・習い性)によって、ポジテイブに見えたり、ネガテイブに見えたりするというわけです。

 自分が使っているバイブレーションに気づき、“抵抗”つまり自身の想念の癖から来る“価値判断”をやめて、何にも捉われず、心をオープンにして、あるがままに世界を見つめていく。その結果、意識は無限に広がり、広がるほどに宇宙のからくり(真理)が理解でき、自ずと人生は、至福感に満ちた味わい深く素晴らしいものになっていくのだ…と、伝えています。

☆ 人類への愛は“自分を愛する”ことから広がっていく

あなたが自分自身を愛するとき、実は、あなたは愛と共に無数の存在へと広がっていくのです。あなたが愛を広げれば広げるほど、あなたの内の存在も周りの存在も大きな愛になっていきます。どんなレベルにおいても私たち(人類)はお互いに繋がり合い、影響を与え合っているバイブレーションそのものだからです(中略)あなたの愛を広げ、深めれば深めるほどに、あなたは高く昇っていくのです。

 私たちは、ゴラスも言うように、他者を愛する前に、まず自分自身への愛を深く掘りさげていくことが先決です。ありのままでいる自分を愛し赦し、心が喜ぶことをいっぱい与えてあげながら、私たち一人ひとりが自分自身への愛をひたすら深め広げていく。自分自身への愛を深め広げるほどに、もともとつながっている他者(人類)へと、自ずと愛は大きく広がっていくからです。

真実の愛とは、あなた自身が自分のために行う行為なのです(中略)多少汚れていようと、腐っていようと、愛ほど清いものはないのです

 自分に正直に対峙していくと、罪悪感・無価値感・拒絶感・嫌悪感・虚無感・喪失感…等々が、折り重なっていて、私たちはそこを見つけては落ち込み、元気を失っているのが現実です。人間はお互いに決して上等ではありません。まず自分の中のその汚れていると思っている部分を受け入れ、そこから目をそらさず、愛し赦していくことしかありません。

自分の感情がどうしようもなく嫌で、それを愛するなんてとてもできないと感じるかもしれません。でも愛すると決心しなさい。嘘だと思っても“私はそれを嫌っている自分を愛している”と言ってみなさい

 たとえ自分の中の許し難い想念・感情・行動…があったとしても、決して見過ごさないで、まず自分が嫌ったり憎んだりしている感情をしっかりと見据えて「今日は理由のない虚しさでいっぱいです。虚しさに圧倒されている私をそのまま愛します。赦します」「今、私はあの失敗にこだわってくよくよしています。くよくよしている私をそのまま愛します。赦します」…あまりに苦しいとき、感じたくなくて見ないふりをしている自分もあるものです。それにすらも気づいて「見ないふりをして逃げようとしている私をそのまま愛します。許します」こうした自分自身への赦しをただ根気よく続けていくのです。

 事象を愛し赦すのではなく、それにまつわる自分自身の感情にフォーカスすることがポイントです。どんなにみっともない自分であってもその都度、本当の感情に気づいては丸ごと抱き容れるのです。魂が納得してくれるまで辛抱強く言い聞かせるのです。すると徐々にその感情が私たちを圧倒することは無くなっていきます。それだけで充分ですが、さらに手放したいと思うときも、決して追っ払うのではなく、感情は生きているのですから、大切な人を見送るような気持ちで、イメージで優しく手放していきましょう。自分自身への愛こそが「悟り」へと繋がる王道なのですから。

愛こそ悟りへの完全な道です。愛は常にすべての人に開かれています。何ものも愛の道を妨害する力は持っていないのです。この道を行くのだと決心さえすれば、もうそれだけでいいのです

理由などいらない。ただ、愛しなさい


*次回のコラムは2022年6月20日前後の予定です。

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2022年4月20日水曜日

あなたはどこに行ってもあなた自身といるより仕方ありません(その1)

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あなたはどこに行ってもあなた自身といるより仕方ありません
タデウス・ゴラス
Column 2022 No.107

 数十年前に、題名に惹かれて読み始めたタデウス・ゴラス著の「なまけ者のさとり方」(地湧社)は、その頃の私にとっては、一言一言が魂に沁み込んでくるような衝撃があり、今も私の“座右の書”の一冊になっています。この書籍はゴラスが生涯に唯一、この一冊のみを著した渾身の書と言われています。

 近年、精神世界の「悟り」とか「覚醒」という言葉が日常的になり、精神世界の幕開けを感じる今日この頃です。“悟り”は仏教用語では「悟り」、スピリチュアル(精神世界)用語では「覚醒」、心理学用語では「自己実現」という言葉で現されており、ほぼ同じ意味合いです。心理学者のマズローは人間の最終目的(欲求)は、“高次の自分に統合すること”と述べており、その意味合いは、やはり「悟り」と言うことでもあります。

 ゴラスのフレーズを紹介しながら、彼の述べる真理を少しでも理解しやすくお伝えしたいと思いますが、何しろ彼が著している深遠で膨大な叡智溢れる真理をどれだけお伝えできるのか自信はありませんが、彼のフレーズを忠実にお伝えしながら、私が今いる位置で理解できたことを表現していけたらと思っています。今回取り上げているフレーズはすべてタデウス・ゴラスのものです。

私はなまけ者です。世間でよく言われているように、悟りを開くためには何年も修行が必要だとか、人一倍の努力や厳しい自己抑制、自己鍛錬をなければならないというのなら、悟りは私には関係がなかったことでしょう。その上食べ物には気を付けなくてはいけないとか、たばこは体に悪いからやめろとか、道徳にかなった生活をしなくてはいけないということになればなおさらのことです。悟りとは、これらのこととはまったく関係がないと、私はこの本で言いたいと思っています。

 この書を初めて紐解いたとき、この書き出しの言葉で、“これなら私もできそう!”と元気が出たのを覚えています。私自身が実は怠け者で、たやすく悟る道が無いのなら、悟ることは難しいな…と常日頃思っていたのです。続いて次のフレーズが目に飛び込んできました。

宇宙はものすごく単純に設計されていますから、私たちが迷い子にったり、不幸になったりしてしまうような仕掛けは、何もないのです。

 宇宙のしくみを、彼は簡潔に次のように纏めています。生きものの基本的な営みは“拡張する(広がる)ことと、収縮する(縮まる)ことである…と。私たちを含めすべての生きものは、自ら持つ「波」で振動しており、バイブレーション・波長・波動・振動数…等、色々な表現がありますが、その人がどんなバイブレーション(波)を使っているかで「拡張」に傾いたり「収縮」に傾いたりする…。そして個人のバイブレーションのレベルに応じて、まわりの物の見え方や体験は全く違ってくる…というわけです。

悟りとは、現在の私たちの意識の限界を少しでも広げる体験のことです。完全な悟りとは私たちは無限の存在であること。宇宙全体が生命を持っているということを知るということなのです

どんな精神状態でいようと、この宇宙のどこにいようと、あなたに与えられている選択は一つだけです。つまりあなたの意識を広げるか、縮めるか、このどちらかしかないのです。(中略)完全に意識が広がってスペース状態になっているということは、すべてのことを充分に意識しようと、すっかりオープンになって準備のできている状態のことです。つまり完全に抵抗をやめ、如何なる思考も物も出来事も、拒否しない状態ということです。
ですから悟るためには何か特別な考え方を身に付けたり、特殊な体験をしたり、苦しんだり、身を慎んだりする必要はないのです。

意識が広がっていくそのプロセスそのものが悟りであり、何処か特定の定義された状態に達するということではありません。悟りが深まって次第に他の存在へと理解が進んでくると、遂には存在するすべてがひとつに繋がっており、互いに影響し合っているということが体験できるようになり、やがて私たちは、無限の存在であること。宇宙全体が生命を持っているということを知る…のです。

 私たちの多くは、今住んでいる次元で“~してはならない”“こうあるべきだ”“これは正しいそれは間違っている”…等々、途轍もない価値判断や制限・制約の中で不自由に生きています。つまりゴラスの指摘するところの「収縮」つまり縮こまった状態の中で窮屈に生きていると言えます。そこから脱して、私たちの意識が広がるに従って、宇宙のしくみが理解でき、やがて至高の真実が垣間見えてくるというわけですね。

 つまり、我々の意識を広げていくことこそが悟りへの道だとしたら、どうしたら、その途轍もない制限を乗り越え、意識を広げていくことができるのでしょうか。ゴラスのメッセージをひも解き、私自身の解釈も入れながらその辺りを見つめてみたいと思います。

☆ 物理的に視野を広げてみる

 一日中、パソコンに向かって仕事をしていると、私の頭の中も身体も実際、縮こまってきたのが解かります。肩こりで頭痛が起こったり、気分がいらいらしたりし始めます。心の視野、気持ちの視野が狭くなったことが解ります。こんな状態の時には何も考えたくなくなって、夢や希望も萎んできたり、その上生きる元気まで無くなります。そんな折、物理的に視野を広げてみたらどうなるのかを、意識的にやってみたことがあります。

 少々寒くても窓を開けて、仕事場からビルの谷間の、僅かな空を眺めてみました。それだけでもエネルギーが返ってくるのが解かりました。また、仕事を中断して庭に出て寄せ植えの花々を見たり、太陽の光を浴びながら深呼吸をしていると、さらにエネルギーが甦ってくるのがわかります。大自然は私たちの精神状態を健康に保ち、いわゆるゴラスの言う意識の広がりを強力に助けてくれるのですね。覚者・聖者と言われる釈迦やイエス・キリストが、大自然の中で悟りを得た…と伝えられている所以(ゆえん)が少し理解できた気がしました。

 これまでも私は、広い海を眺めたり、夜空の星々を眺めて無限の宇宙に思いを馳せたり、雲が浮かぶ空を飽くこともなく眺めたりする時間が、とても幸せで大好きでした。それは無意識に行なってきたことですが、ゴラスの言う、生きている存在が持つ基本的な営みである「収縮」(縮まる)から「拡張」(広がる)への体験のひとつであり、実はそれが悟りへの道へと繋がっていく歓びでもあったことに、今さらながら気づいたことでした。

 このシリーズは次回も続きます。“意識を広げていく”…ことについて続けて考えてみたいと思います。

*次回のコラムは2022年5月20日前後の予定です。

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2022年3月20日日曜日

夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現できる

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夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現できる。
ウオルト・ディズニー
Column 2022 No.106

 コラムNo104で「・・・新しい夢を見るのに歳をとり過ぎたということはない」というテーマを掲げました。そうだ! 命がある限り夢を持ち続けたい。自分の中の未だある夢を実現したい…と、改めて感じた私は、今回は“夢実現”について考えてみたいと思います

 ウオルト・ディズニーは度重なる挫折を体験しながら、決して夢を諦めず、自らの創造力を信じて突き進み、巨大企業「ウオルト・ディズニー・カンパニー」を立ち上げて、世界中の人々に夢と歓びと感動を与え続けてきました。

夢を求め続ける勇気さえあればすべての夢は必ず実現できる。
いつだって忘れないでほしい。すべて一匹のねずみから始まったということを
ウオルト・ディズニー

 「ミッキーマウス」の生みの親、ディズニーは、一匹のねずみをアニメーション映画にデビューさせ、そのミッキーは奇跡的な人気者となって、今やアメリカ文化のシンボル的キャラクターになっています。またディズニーは、親も子どもも一緒に楽しめる施設を提供したいという夢を抱き続けて、やがて「ディズニーランド」という壮大な夢を実現させたのです。“夢見ることができればそれは実現できる”というのが生涯にわたっての彼の持論でした。

 さて!自分に返った時、私は何をしたいと思っているのか。何をしたらわくわくするのか。何を夢見ているのか。既に実現した夢もあるが、まだまだ実現させたい夢もある。それをどのようなプロセスを経て手中に出来るのだろうか。エマーソンは次のように言っています。

あなたが今夢中になっているものを大切にしなさい。
それはあなたが真に求めているものだから
ラルフ・ワルド・エマーソン

 親業でも夢を実現するためには、まず、本当にやりたいこと(欲求)は何か、それを明確にすることの大切さを述べています。それはエマーソンの言うように、今あなたが夢中になっていることの中に大きなヒントがあります。それを形にして夢実現していけるのです。ディズニーは“世界中の人々に夢と感動をプレゼントしたい”という夢を、終始一貫持ち続けてきました。彼のその夢を形にしたものが数々のアニメーションであり、あの夢溢れるディズニーランド建設でもあったわけです。彼は夢実現のためのヒントを次のように述べています。

夢をかなえるのは4つの「C」に集約される。
それは、Curiosity(好奇心) Confidence(自信)
Courage(勇気) Constancy(継続)である
ウオルト・ディズニー

 親業が主宰する「人間関係講座」のプログラムの中に「あなたの欲求実現の為のポイント」があります。ディズニーのヒントと重なりますので、簡単にご紹介します。

1 やりたいこと(欲求)を明確にする
 ディズニーはそれを「好奇心」と表現しています。これは一番大切なポイントです。何に心惹かれるのか、どうしたいのか、どうなりたいのか明確にしましょう(コラムNo16)。何事にも指針とか目標が必要です。目的地を定めないまま船出した船は、同じところを逡巡するはめになってしまうでしょう。

2 不安恐怖を支配する
 私たちがやりたいことから後ずさりする大きな原因です。不安に支配させてしまわないで逆に不安を支配しましょう(コラムNo71)。起ってくる不安を一つひとつ感じて、その不安をどのように捉えるか。シュミレーションしながら大丈夫と感じるところまで見つめていくのです。その結果、不安が自分の手中に入り、支配出来るようになります。そうなったら前に進みやすいのです。

3 自分はそれを手にする価値があるのだと確信すること
 ディズニーはそれを「自信」と表現しています。欲しいものが手に入りにくい人は、自分に対する価値感が欠落している人が多いのです。自分が欲しいものを受けとる重要なポイントは、自分が欲しいものを知ること。そして自分はそれを手にする価値があるのだと知ることなのです。これは非常に大切な条件です。

4 本気で対峙する
 ディズニーはそれを「勇気」と表現しています。勇気をもってとにかく本気でとりかかるということです。

あなたが夢見ていることがあれば、今すぐ始めなさい。
向こう見ずは天才であり、力であり、魔法です。
ゲーテ

 またディズニーをはじめ、多くの先達、賢者は「夢実現」に関して次のように述べています。

 自分の中で想像できるということは、それを自分で実現できるということ。
 そうでなければ想像できないのです。
 自分で想像できることは、自分がそうなれることとイコールなのです

 何の脈絡もなくあなたの頭を巡る想い、こうなれたらいいな…とふっとよぎる想い…等々。それはすべてあなたにとって実現可能な範囲にあるもので、そうでないものは頭にも浮かぶことはない…というわけです。私たちが想像できるものが形になるのだとしたら、既にそれが実現している!と、更にイメージしていくことで、間違いなく夢はかなっていくに違いない。それだけ我々人間には創造性があるということです。一度しかない人生です。そのよぎる想いを単なる想像に終わらせないで、ゲーテの言う“少し向こう見ずになって”夢実現をしていきませんか。あなたの夢はあなたの手中にあるのです。

*次回のコラムは2022年4月20日前後の予定です。

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