一番おいしい料理はお母さんの作る料理だ
田中 健一郎
Column 2017 No.48
「食べる」ことは、人間の最も基本的な欲求である…と心理学者のマズローも言っています。生命を維持したい…という“生存欲求”に繋がっているからです。確かに「食」は人間の生存に係わる最も基本的な分野です。しかし飽食と言われているこの時代ですが、人々の「食」に対する心の置き方考え方は今なお発展途上にある気が致します。
厚生労働省が提示している “食を通じて子どもの健全育成のあり方に関する検討会”に関する報告書の中に次のような一文がありました。
「…近年子どもの食をめぐっては、発育・発達の重要な時期にありながら、栄養素摂取の偏り、朝食の欠食、小児期における肥満の増加、思春期における痩せの増加…など問題は多様化・深刻化し、生涯に亘る健康への影響が懸念されている。また親の世代に於いても、食事づくりに関する必要な知識や技術を十分有していない…との報告が見られ、親子のコミュニケーションの場となる食卓において家族そろって食事をする機会も減少している状態にある…(以下略)」
確かに私個人の仕事を通してもその実態を知ることになります。
母親が精神的な不安定で朝起きることができず、よって朝食の用意ができない。お弁当も作れない。また現在多く問題になっているのが、共働きや自営で両親が忙しくまた子ども側にもお稽古や塾などの事情もあって、食事の時間がまちまちで家族そろっての食事ができにくく、子どもが一人で食事をする日が多い。また親が日常的に忙しく、店で作られた食品・加工食品・ファーストフード・レトルト食品…等々で賄っていることが多い。当然、栄養が問題になっているケースも目立ちます。
さらに厚生労働省が指摘しているように、親自身が“食事が如何に子供の身体・精神に影響を与えているか”という知識を学んでいない。また料理を作る為の技術を習得していない…例えば包丁が使えない。材料の処理の仕方が解らない。レシピが理解できない…等々。その結果、子どもは栄養不良に陥り、筋力の低下・疲れやすい・精神不安定な子どもが目立つ…しかも大人の中高年に発症するような肥満・高血圧・糖尿…等の生活習慣病が児童に増加しつつある…という恐るべき事実が報告されています。
また子ども達は、メデイアの目覚ましい進化の波に飲み込まれて、たまたま家族そろっての食卓を囲むことがあったとしても、それぞれの子ども達が、テレビを観ながら…スマホを触りながら…と、せっかくのお料理に注目することもなく会話もない…食卓。この寂しい現実をどうしたものやらと、親御さんから相談を受けることも多くなりました。
私の子ども時代にはまだテレビもありませんでした。もっぱらニュースは新聞とラジオからでした。しかし食事中にはラジオを付けることも禁止されていました。家族みんなが食卓に揃うまで、小さな子どもでも待たされました。(勿論事情があれば別ですが)そしてみんなで声を合わせて「いただきま~す!」と合掌して食事が始まりました。これは我が家が特別ではなく、おそらくどこの家であっても同じだったような気がします。
今から考えれば食事はとても質素なものでした。でも野菜は豊富に用意されていました。母が料理が得意だったので、質素でも美味しかった…という印象があります。そして現代とは少し違う親の指導がありました。「おしゃべりはしないで静かに食べなさい!」(食事は楽しい会話をしながら食べよう!という今の価値観は素敵ですよね)「残さずに食べなさい!」「よく噛んで食べなさい!」…そのほか“背筋はまっすぐに”“肘をつかない”…等々、結構厳しい食卓だった印象があります。
中でも驚きは「自分でこぼしたものは拾って食べなさい!と言われていたことです! 現代と比べれば驚きのマナーですね!殆ど風邪もひかない私の並み外れた免疫力はこんな所からもきているのかもしれません(笑) 今も食べ物への敬虔な想いは私の中に根付いていて、レストランでもご飯の米粒ひとつでも残さないように…と心掛けている自分があるのです(笑)幼い頃から育てられた価値観は、人の一生に影響を与えるんですねえ…。
ちなみに私の祖父が家族みんなによく言っていた食に関する価値観があります。食事に関する祖父の「食事を頂く4原則」です。
“腹八分”“感謝して”“よく噛んで”“美味しい!美味しい!”
と言って食べたら、毒も毒にならないんだよ
“毒も毒にならない…” 比ゆ的に言っていたのかもしれませんがその文言が印象的に残っています。 「…よく噛むことによって唾液が分泌され、発がん物質に作用し、突然変異能力を弱くすることができる。…。発がんを抑制するにも、噛むことの大切さが再確認された…」と何かに書かれてありましたので、祖父が言っていたことは、まんざら誇大な表現でもなかったようです。
次は冒頭のフレーズ、帝国ホテル総料理長 田中健一郎氏の言葉です。
一番おいしい料理はお母さんの作る料理だ。美味しいものを
食べさせようという気もちがいっぱい詰まっているから
お母さんの料理が一番おいしい
今の時代家族そろっての食卓は難しいかもしれません。しかしお母さんが可愛いわが子のために、わくわくと楽しそうにお料理を作る。その愛情のいっぱい詰まったお料理は、例え子どもが一人で食べることがあったとしても、その愛はちゃんと伝わる! お母さんの料理は、いま謳われるこまごまとした栄養バランス・高価な食材・目先の美しいレストランのお料理…等々を、はるかに越えるものだと思います。そのお母さんの料理は、食卓にまで持ち込まれているメデイア依存さへも、解決させていく力を持っているのではないでしょうか。
カウンセリングの場で時に尋ねることがあります。「お母さん、お料理はお好きですか?」…と。「私は、何の取り柄も無いのですがお料理を作るときは凄く楽しいのです!」そんなお母さんの子どもさんは、今どんなに難しい状態にあっても不思議に立ち直っていけるのです。「食べる」ことは“生きていたい!”と云う人間として一番原点の“生存欲求”です。それが満たされるということは、“あなたを生かしたい!”…と言う親の最高の愛を伝えることができるからだと思います。
ずっと以前、ある新聞の投稿欄に寄せられた18歳の専門学校生の一文がとても心に残っています。「…10年前、両親は別居し、母が私を引き取った。私はお料理を覚えて、仕事から帰ってきたお母さんに“新作”を作って喜ばせた。…でも本当は“お母さんの作ったご飯が食べたい…”とずっと思っていました…」
*次回のコラムは6月20日前後の予定です
そうですね。母の手料理は、愛情がいっぱい詰まっていると。
返信削除確かに、わが母の手作りで一番おいしかったのは、・・・何か魚のすり身と卵を合わせて蒸して、それを鍋料理に入れる。美味しかったので、何度も要求をした気がします。
私は、わが子に作ってやったものは、お菓子が多かったですね。
勤めていたので、母が料理を作ってくれていました。後片付けは私の担当。
そういえば、息子が学生で家を出るとき、「お菓子が食べたくなったらどうしよう?」といったのを覚えています。「買って食べればいいじゃない」と思ったので、そう返事したかどうかは忘れましたが。
ひょっとして、母の味を忘れず覚えていたのかも。ケーキ、シュークリーム、パンなどよく作っていましたね。
私が小さい頃に食べ残すことは、いけないことだと教えられて、残さず食べるようになっていますね。今でも続いています。たまには残しますが・・・
小さい頃の習慣が今でも続いているってことですよね。
食に関して、愛情を込めて作っているかというと「?」です。
でも、体にいいものを害のないものを食べさせたいという思いはずっとありましたね。早くから、食洗剤の使用をやめたり、添加物に敏感になったり、いろいろこだわっていました。が、これしかダメということをするとしんどかったので、できるだけ、より自然のものをという感じでした。
今のわが子たちに生きているのかなあ?この考え。
娘とはよく話をするので、より体にいいものをと考え、実行しているみたいですね。
息子も、我が家に帰ったときは、「家は質のいいものを食べてられるから、たくさん食べる。」と言っていますが・・・食事量も、自分の体に合うように体重調節をしているようです。かなり意志が強いと感じています。わが息子ながらすごいなと思っています。
そういえば、わが子たちが家を出て一人で生活していても、ちゃんと食べてる?と聞いた覚えがないですね。きっとそれなりに食べているだろうと思っているからかも?
あれこれと思い出して書いてみましたが、私なりの愛情が伝わっているのかもしれないと思いました。
わが母の愛情もあったのかも。認めたくない私なのですが・・・(まだ許せない私が居ます。)
Kiyokoさま
削除そうでしたか。Kiyokoさんが子どもの頃、母上の "魚のすり身のお団子" が美味しかった想い出があるんですね!美味しかったから何度もおねだりしたんですねえ!
そしてお母さんになったkiyokoさんは、働いていて忙しい中、ケーキ、シュウクリーム、パン…等々、お子たちに作って差し上げていらしたのですねえ! 息子さんが大学で家を出られるとき「お菓子が食べたくなったらどうしよう…」と。本当に愛おしい言葉ですねえ…。お母さんのお菓子が、息子さんの "心と味覚" をどんなに満たしていらしたか…がしみじみと伝わってきます。
そして息子さんが帰省なさった時「家は質のいいものを食べれるから…」と!。質のいいもの…と分かる感度が、息子さんに育っていることが凄いこと! それはお母さんが「食」を大切にして子育てをなさった証しです! お母さんの愛情はしっかり伝わっていますよ!
Kiyokoさんも、お母さんの愛情を本当は受け取っていらっしゃいますね。何故ならkiyokoさんは素敵な大人に育っていらっしゃるからです。
私がしんどい子育てをしている時期はいつも流しが汚れ物でいっぱいでした。片付けるエネルギーが出てこなかったのです。大きなまな板の上にも汚れた食器があり、大きなまな板の小さな空きスペースで材料を切り・・・何とか食べるものを作っていました。本当に心も体もしんどかったと記憶しています。それから数年たち、しんどさが軽くなった時期は大きなまな板は大きなまな板で使えるようになりました。(あの頃は私が作ったものが一番美味しい料理だ とは思いませんでしたが、最近は粗食でも家で作った物が一番美味しいと感じます・・・年齢???)
返信削除そういえば長男が県外に行くことになった時に聞いたことがあります。それぞれのおふくろの味を・・・。
長女は 味噌汁、次女は 煮物、 長男は カルボナーラ(びっくり)でした。
そしてこの前、配膳時にお年頃の長女が「味噌汁の作り方、覚えたいんよね、ママの」と言いました。 その時、既にコラムを読んでいた私はびっくりしたのと同時に、その時に出来ること、できる物を作っていたらこちらが無意識でも伝わるのかな?それが底辺の欲求なのかな?と思いました。
MOONさま
削除ほんとほんと! しんどい時には片づける元気も出ないものですよね…。しかしMOONさんはそんな大変な時期でさえもまな板の小さな空きスペースで材料を切り、ご家族の食事をお作りになっていた…と! 心打たれます。
お母さんがお子たちにお袋の味は?…と訊かれたら、お子たちはそれぞれがすっと表現されたんですねえ! 凄いことですよ! そして嬉しいですよね!
仰るように、その時その時にお母さんができるお料理を、家族の為に子供の為にと作って差し上げることで、子どもの底辺の大切な「食」の欲求は自然に満たされていくんですよね!