Column 2018 No.63
久々に会った友人のEさんが、「この頃、私ねぇわがままになっちゃったんだと思うの…。相手が自分のことばかりしゃべったり、私の興味がない分野のことを長々と話されると、すごく疲れるのね。以前はそれでも話を合わせられていたんだけど、この頃、何だかうんざりするのね…そう!苦手に感じる人が増えてきた気がするの…。これってわがままよね…歳のせいもあるのかしら」…と呟いていました。
確かに、一方的に自分の話ばかりする人や、自慢話ばかりする人、不機嫌な人、そして他人の情報ばかりを話す人…の多くは、一般的には、相手に苦手意識を持たせてしまうようです。だから彼女の不安は当たり前と言えるかもしれません。
私たちは、一人ひとり感情を持っている人間です。だから、誰とでも気が合って、誰とも争わないで生きていくことは不可能です。逆に「私は誰とでもうまくやっていますよ…」という人があるとしたら、自分の気持ちに気づいていないか、自分の本当の気持ちを無意識に誤魔化しているのかもしれません。
だから誰とでも笑顔で付き合える人が社交上手で、苦手な人とは付き合えませんという人を社交下手と決めつけることは誰も出来ません。こんな経験はありませんか。ちょっと無理して苦手な人と付き合って帰った日など、ぐったり疲れたり、何となく不機嫌になったりしたこと…。 私たちは、相手が苦手な人であればあるほど、本当の自分からずれてしまって、無理に笑顔を作ったり、心にもないお世辞を言ったりして、その場を取り繕ろおうとして頑張ってしまうんですね。
苦手意識に捉われて罪悪感を持ったり、自分を不自由にすることは辞めたいものです。“苦手な人だわ…”という今の自分の感じ方を大切にしていいのではないでしょうか。しかし“固定観念”はもたないことが大切です。何故なら、好きな人!…と、今、あなたが感じている人を、明日は苦手になるかもしれないし、逆に今、とても苦手な人が、先ではとても付き合いやすい人になるかもしれないのです。人の気持や感情は、自分を含め常に動いていて、変化・成長していくものだからです。
社会に生きている私たちは、いつも気が合う人ばかりと居るわけにはいきません。苦手な人と仕事をしたり、致しかたなく場を同じくせねばならないこともあるでしょう。その時でも“苦手な人…”と感じている自分に決して“後ろめたさ”を持たないで、ありのままの姿で接すればいいのです。無理な笑顔も要りません。用件が済んだら「それでは…よろしく」と言って、優雅に立ち去ればいいのです。
イチロー選手の言葉です。頑なまでの正直さを感じますが、その心持ちが野球一筋に集中できた人生になったのでしょう。私たちも自分の気持ちを大切に正直に生きていったら、その相手の人には好かれないかもしれませんが、私たちの人生は充実していくことでしょう。その上、正直な自分が大好きになるはずです。自分を好きになることは、よりよい人間関係の大切な第一歩なのです。
“投影”という心理学用語があります。「泥棒は誰よりも自分の家の戸締りに気を付ける」…これは“投影”を解かりやすく現している例え文です。つまり私たちは自分の中にあるものを他者に投影して見てしまいやすいということです。
自分の中にある認めがたい感情や性質を、相手の中に見ると、その人が苦手に思えたり、嫌いになったりする傾向があるというわけです。「あの人は、ずるいからいや!」というけれど、もしかしたら、相手のその許し難い性質が自分の中にもあって、そのことに気付いておらず、感じないふりをしているのかもしれません。相手に腹を立てているようですが、実は自分に怒っているのです。
という故事もあります。私も親からよく言われていた言葉に「人の振り見て、わが振り直せ…」というのがありました。角度はちょっと違いますが、他者の中に学ぶべきことがあるということ…。相手の中に見るその許しがたい性質が、もしかして自分の中にもあるのかもしれないなあ…と感じてみるとき、大きな気付きが生まれます。苦手な人からも、私たちは自分自身を理解していくことが可能であり、学ばせてもらっているのですね。
私たちはみんな、鏡のようにお互いを映し合いながら気づき、学び合い、お互いに進化・成長しているのだと思います。苦手な人に出逢った時、自分に正直にすっと立ち去るか、自分理解のチャンスと捉えるかは私たちの選択です。正しい・正しくないはありません。好きな人がいて、嫌いな人がいて、付き合いやすい人がいて、苦手な人がいます…というあなたはとても人間的な人なのです。
確かに、一方的に自分の話ばかりする人や、自慢話ばかりする人、不機嫌な人、そして他人の情報ばかりを話す人…の多くは、一般的には、相手に苦手意識を持たせてしまうようです。だから彼女の不安は当たり前と言えるかもしれません。
私たちは、一人ひとり感情を持っている人間です。だから、誰とでも気が合って、誰とも争わないで生きていくことは不可能です。逆に「私は誰とでもうまくやっていますよ…」という人があるとしたら、自分の気持ちに気づいていないか、自分の本当の気持ちを無意識に誤魔化しているのかもしれません。
だから誰とでも笑顔で付き合える人が社交上手で、苦手な人とは付き合えませんという人を社交下手と決めつけることは誰も出来ません。こんな経験はありませんか。ちょっと無理して苦手な人と付き合って帰った日など、ぐったり疲れたり、何となく不機嫌になったりしたこと…。 私たちは、相手が苦手な人であればあるほど、本当の自分からずれてしまって、無理に笑顔を作ったり、心にもないお世辞を言ったりして、その場を取り繕ろおうとして頑張ってしまうんですね。
苦手意識に捉われて罪悪感を持ったり、自分を不自由にすることは辞めたいものです。“苦手な人だわ…”という今の自分の感じ方を大切にしていいのではないでしょうか。しかし“固定観念”はもたないことが大切です。何故なら、好きな人!…と、今、あなたが感じている人を、明日は苦手になるかもしれないし、逆に今、とても苦手な人が、先ではとても付き合いやすい人になるかもしれないのです。人の気持や感情は、自分を含め常に動いていて、変化・成長していくものだからです。
社会に生きている私たちは、いつも気が合う人ばかりと居るわけにはいきません。苦手な人と仕事をしたり、致しかたなく場を同じくせねばならないこともあるでしょう。その時でも“苦手な人…”と感じている自分に決して“後ろめたさ”を持たないで、ありのままの姿で接すればいいのです。無理な笑顔も要りません。用件が済んだら「それでは…よろしく」と言って、優雅に立ち去ればいいのです。
私は人が笑ってほしい時に笑いません。
自分が笑いたかったら笑います
イチロー選手の言葉です。頑なまでの正直さを感じますが、その心持ちが野球一筋に集中できた人生になったのでしょう。私たちも自分の気持ちを大切に正直に生きていったら、その相手の人には好かれないかもしれませんが、私たちの人生は充実していくことでしょう。その上、正直な自分が大好きになるはずです。自分を好きになることは、よりよい人間関係の大切な第一歩なのです。
“投影”という心理学用語があります。「泥棒は誰よりも自分の家の戸締りに気を付ける」…これは“投影”を解かりやすく現している例え文です。つまり私たちは自分の中にあるものを他者に投影して見てしまいやすいということです。
自分の中にある認めがたい感情や性質を、相手の中に見ると、その人が苦手に思えたり、嫌いになったりする傾向があるというわけです。「あの人は、ずるいからいや!」というけれど、もしかしたら、相手のその許し難い性質が自分の中にもあって、そのことに気付いておらず、感じないふりをしているのかもしれません。相手に腹を立てているようですが、実は自分に怒っているのです。
自分を見るように他者(ひと)をみる。
他者(ひと)をみるように自分を見る
という故事もあります。私も親からよく言われていた言葉に「人の振り見て、わが振り直せ…」というのがありました。角度はちょっと違いますが、他者の中に学ぶべきことがあるということ…。相手の中に見るその許しがたい性質が、もしかして自分の中にもあるのかもしれないなあ…と感じてみるとき、大きな気付きが生まれます。苦手な人からも、私たちは自分自身を理解していくことが可能であり、学ばせてもらっているのですね。
私たちはみんな、鏡のようにお互いを映し合いながら気づき、学び合い、お互いに進化・成長しているのだと思います。苦手な人に出逢った時、自分に正直にすっと立ち去るか、自分理解のチャンスと捉えるかは私たちの選択です。正しい・正しくないはありません。好きな人がいて、嫌いな人がいて、付き合いやすい人がいて、苦手な人がいます…というあなたはとても人間的な人なのです。
相手の好みに無理やり合わせていると、いつか心と身体が痩せ細っていきますよ。
私はわたし…と思えるようになる為にはまず嫌なことはしない…
と決めればいい。“Yes” “No” をはっきりする…これは大事です
瀬戸内 寂聴
「私は人が笑ってほしい時に笑いません。自分が笑いたかったら笑います。」
返信削除イチロー選手は人の期待に応えるのをやめたら自分の思うことが実現できるようになったのですかね・・・。そういう言葉に感じました。
誰とでも笑顔で仲良く というようなことを家でも学校でも教えられて来ました。
それで、相手が笑顔じゃないと嫌な気持ちになったり、不安になったりしていました。ここにも投影が働いていたんだなぁと思います。
自分が笑顔じゃない時は相手の責任にしたり、嫌いになったり・・自分以外の人への依存の中で生きていたと思います。
「相手の中に見るその許しがたい性質が、もしかして自分の中にもあるのかもしれないなあ…と感じてみるとき、大きな気付きが生まれます。苦手な人からも、私たちは自分自身を理解していくことが可能であり、学ばせてもらっているのですね。
苦手な人に出逢った時、自分に正直にすっと立ち去るか、自分理解のチャンスと捉えるかは私たちの選択です」
コラムのこれを最初に読んだ時、無理無理無理!大きな気づきがあっても認めたくないし自分理解のチャンス ってしんどい。最後はやっぱりそこか・・・。
と思っていました。
コラムを読んで数日たち、このコメントを打っていると何となく見えてきました。
相手を見るのではなくて自分の中の思考傾向を見ることなのかな。
これまでずっと私の考える投影には相手の顔と言動がセットだったのですが、相手の顔を無くして言動の発信と受信を交換してみたら自分もそう反応するか・・・って感じ始めました・・・。今のところこの辺りくらいです。これ以上はなんだかしんどくなりそうです。
なかなかの意味不明文になった気持ちですがそう思いました。
MOONさま
削除苦手な人に出逢ったとき、しんどかったらスッと立ち去ることは大切です。自分の人生は自分が主役です。後ろめたさは全く要りません。自己理解とはMOONさんのおっしゃる通りです。苦手な人に会ったときの自分の感情・思考の流れを観察することであって、上手くやらなければということではありません。
あくまでも自分の気持ちに正直に、そして自分に優しく優しくあってくださいね。 イチロー選手の言葉もそこら辺りを示してくれていると思います。MOONさんいつも有難うございます!
同じことを伝えるのに苦手な人とそうでない人では、随分自分の心の持ち方が違います。なんでなんだろうと思い悩みストレスをかかえた日もありました。それを克服するのが自分には必要だとおもってました。ある時から、じぶんらしく、私はこの方が苦手なんだなあ・・と感じて接するととても自然に接することができるようになりました。
返信削除先生のコラムを読んで あっそうなんだとあらためて気づきました。先日帰省した息子が上司はいろなこと言うけれど、自分の気持ちは大切にしていると話してくれました。とてもたのもしく思えました。
ありがとうございます。
ももこさま
削除ごめんなさい! ももこさんからのコメントに 気付かないでいました。遅い返信おゆるしくださいね。
ももこさんは これまでは 苦手な人とも なんとか上手くやっていけるようにという気持ちで 生きていらしたけれど 、ある日気づかれた! 「…私はこの人のこと 苦手なんだわ…」今のももこさんの真実…それをそのまま受け入れてあげよう…と。無理しないで自分らしく生きていいのだと! 気持ちが随分楽になられましたね。
息子さんの言葉 「…上司は色々言うけれど 自分の気持ちを大切にしている…」と! わあ!息子さんは既に自分を生きていらっしゃいますね! 子どもさんからこんな言葉を聴くのは お母さん本当にうれしいですよね!