今年も又ひとつ年齢を重ねました。若い頃は年齢を重ねることは大切な記念日であり、得意な気持ちが混じったような重ね方だったと思います。ところが今は齢を重ねるごとに“もう~歳になったんだ。だからこんな感じなんだな…”と、その年齢のイメージの中にしっかりはまって、無意識にその生き方を演じてしまっている自分にふと気づきます。
ずっと以前ですが、シャンソン歌手でエッセイストだった石井好子氏の講演会に参加した知人が、石井さんが話した内容が面白かったと言ってその情報を送ってくれました。その一文です。
「…今年60周年記念コンサートをするが、そのテーマを“さよならは言わない”とした。“さよなら”には私の歳では意味がこもり過ぎる。TV局やコンサートの開演前に若い助手が“お迎えに参りました”とやって来る。以前は何ともなかったその言葉がこの頃どうも気になるので、別の言い方にしてほしいと頼んだ。すると彼はしばらく考えていたが、おもむろにこう言った。“もうじきでございます”…」
何だか可笑しくて大笑いをしてしまいました。最後まで現役で若々しくいらした石井さんでしたが、このメッセージの5年後に88歳で逝去されました。人の命はいつ終わりが来るかわからないだけに、石井さんをはじめ高齢になってくると年齢はけっこう気にかかるものなんですね。
しかし、年齢って不思議ですよね。50歳代で、すでに老年を感じさせる人もあれば、90歳を過ぎてもなお若者のようなエネルギーを放っている人もあります。この違いは何がその人に働いた結果なのだろう。そんな年齢の不思疑さをしきりに感じていたからでしょうか。以前コラムにも書ましたが、朝に近い時間、うとうとした夢の中で何処からか、はっきりとある語りかけを感じたのです。“なぜ人は歳をとる(老いる)のか解かりますか。それは多くの人々が持っている共通概念、つまり社会(集合)意識からの影響を受けているからです”…と。目が醒めて「なるほど!」と私自身、膝を打つ感じがありました。年齢の不思議さが、ある程度明快に解けたのです。何度か触れていますが心理学者のユングは次のように伝えています。
人類すべては、人類発生以来脈々と受け継がれてきた信念・価値観・恐れ・不安…などを、人類共通の概念として潜在的に持っている。それをユングは“集合的無意識”(社会意識)と呼んでいます。我々はそれらの影響を確実に受けながら今の人生を創っているのだと…。夢で気付かされたことは、例えば私たちが“老化”を迎えるのは“人間は歳を重ねるに従って確実に老いに向かうものだ”…といった集合意識(社会意識)にまんまとはまってしまった結果なのだという訳です。
人生を挑戦するのに年齢なんて関係ない。そもそもこの世に時間などない。
それは人間が勝手に創ったものだ。私は時計師だからそのことがよくわかる
フランク・ミュラー
時計師さんだからと言って“時間は人間が勝手に創ったものだ”と真実解かるのだろうか…。でも私は彼のその言葉に、実は釘付けになったのです。何故なら、このところ、時間の経過が日毎にどんどん短く感じられ、この流れで行くと時間は、やがて無くなってしまうのではないか…と私の頭の中で、時間という概念が実に不確かなものになってきていたからです。
ミュラーの言うように、もしかしたら時間は本当には無くて、人間の思考で創られているものなのかもしれない…。そうなると時間は、イリュージョン(錯覚・幻想)であるはずなのに、人類はその時間の存在を信奉して、その時間の経過の中で、当然のように歳を重ね、老化を迎えているのかもしれない…と、私なりに思ってみたのです。次のように述べている人もあります。
…実は時間を忘れて無我夢中で瞬間瞬間を生きていると、
老化のスピードも著しく落ちてDNAレベルでも若返ってきます。
「もう70歳だから」などと言う年齢の概念も一切関係なくなり
どんどん進化アップデートしていくのです。
このような生き方こそが、これからの宇宙の流れに即した生き方です。
並木 良和
何だか元気が出るメッセージですね。実は人は年齢で老いるのではない。一人ひとりの思考つまり観念・信念が自分の身体をも創っているのだ…という訳です。もしこう言った考えを、多くの人類が理解し始めたとき、これまでの集合無意識層は徐々に塗り替えられて、“老化”というイリュージョンをやがて超えていけるのかもしれません。その真実はまだまだ摩訶不思議な世界ですが、先ずは社会意識(集合意識)に捉われず、決然と年齢を脱いで、一人ひとりが自信をもって自分なりの人生のストーリーを描き始めていきたいものです。
女(おんな)ふたり行く。若きはうるわし。
老いたるは、なおうるわし
ウオルト・ホイットマン
“老いたるは、なおうるわし…” 歳は重ねても自分を磨き成長を続けた人は、ホイットマンの言うように、息をのむほどの美しさと輝きを放っています。ある受講生Tさんの、その当時85歳だった母上の“毎日の七つの信条”をうかがったことがあります。素敵なのですぐにメモったものです。
1.定時に起きる 2.顔を洗う 3.お化粧をする 4.お掃除をする
5.横にならない 6.買い物に行く 7.食事を作る
ごく平凡な生き方ですが、日常生活ひとつひとつを、丁寧に生きていらっしゃる姿勢が伝わってきて心打たれたものです。私自身も、自分の生き方のスタンスを大事にして、とりあえず年齢は脱いで、新しい今日の命を輝かせて、丁寧に生きていきたいものだと、改めて思ったことでした。
生きる日の歓び・哀しみ。一日一日が新しい彩りをもって息づいている
岡本 太郎