2015年8月20日木曜日

頑張れば将来が楽になる。さぼれば今が楽になる

Column 2015 No.27

頑張れば将来が楽になる。さぼれば今が楽になる
                                         アーニー・J・ゼリンスキー

 結構不謹慎に響くフレーズですが、これには実は注釈があります。「…これは人生を真面目に狂おしいまでに社会のペースに圧倒されまくっている人への言葉であり、グータラの人のために送る言葉ではありません」(笑)…と。 私はこのユーモラスなフレーズに出逢ったとき、ふっと体の力がいい意味で抜けました。恐らく私も人生、真面目に頑張って生きている人の一人なんだなあ…と気づいて、苦笑したことでした。

 あなたがもし、滅私奉公的に会社や仕事のためにあくせく働き、心も体も消耗させているとしたら、少しスローダウンして仕事と休息のバランスを取った方がいいですよ…というひとつの提案だと思います。そして彼の言う“アクセク症候群”の行く末は 自律神経失調症をはじめとする精神疾患、最終的には心臓発作や各種の癌に繋がることも多いと警告しています。

 “アクセク症候群”の部類に入ると思うのですが「仕事依存症」と呼ばれる症状は日本の男性に多くみられますが、近年では女性にも見られる時代になりました。仕事以外に喜びがなく、絶えず仕事をしていることで自分の存在価値を認めたい。周りに評価されたい…という無意識の心の動き…そう精神分析家は述べています。

 レオ・バスカリア著「自分らしさを愛せますか」の中に、余命幾ばくもないと知った85歳のある老人の手記がありました。

「…もし、もう一度生涯をやり直せるなら、この次はもっとたくさんの過ちを犯したい。完全な人間になろうなどとはすまい。この次、生きるときは私はもっとリラックスしよう。もっとしなやかに生きよう。それほど深刻に受け止めなければならないことはそうそうないということが今の私にはよくわかっている。今度はもっとクレイジーになろう……もっといろんなことに挑戦しよう。もっと旅をし、山に登り川で泳ぎ、もっとたくさんの夕陽を眺めよう。行ったことのない所をもっともっと訪ね、もっとたっぷりアイスクリームを食べよう。豆ばかり食べるのはもうよそう……。もしもう一度生きれるとしたら、思い通りに生きた時間の方をもっと沢山持ちたいと思う。というよりそんな素晴らしい時間以外のほかはもう何もほしくないというのが正直な気持ちである……」と。

 私たちはみんな、無意識かもしれませんが、自分が生きたい人生を選んで生きているんですね。ところがあるきっかけでふっと気づく…。こんな生き方で自分は本当にいいのか、よかったのか…。後悔はないのか…と。 この老人は若い時からどこに行くときも体温計、薬を持ち歩き体の管理も怠らなかった。仕事も人並み以上に励み、自分を高めるために切磋琢磨してきた人のようでした。 しかし「‥‥あんまり面白い人生ではなかったなあ。もしもう一度人生があるとしたら今度はもっと自由でクレイジーな生き方がしたいなあ……」と、自分の人生を閉じる前にふっと、彼に来た気づきだったわけですね。こんな一文に触れると、人間はなんと興味深い存在なんだろう。色々な人生を生きて、体験して、そして模索しながら、無限の進化にひたむきに向かっていこうとしている存在なんだなあ…と感無量になります。

 一方、ゼリンスキーのいう“グータラな人生”を送ってきた人だって勿論、“自分の人生、これで終わっていいのか…”という気づきが、やはり人生のどこかで必ずやって来ると思うのです。それが死の間際に…という人があるかもしれません。いづれにしてもパスカルの言うように“人間は考える葦”であり、生きて、感じて気づいて、仕切り直しをしては、また新しく生き直そうとするたくましい存在なんだと私は感じています。何故なら人間は、必ずや一人残らず「自己実現」に向かって、たゆみなく心の進化を遂げていこうとしている存在だからです。

 さて先達の言葉には色々な表現があります。

自分が好きなことをする以外に本当にあなたを幸せにするものはありません
バーバラ・シェール

 のように人生「欲求充足説」もあれば、片や

忍耐と勤勉…こそが境遇に打ち勝つものなり
国木田独歩

 のように人生「努力・勤勉説」もあります。

 どちらの説も真実であり「いい」「わるい」は全く無いのだと思います。それは一人ひとりが自分が選択した人生を生きて、そこから学びとった姿勢であり哲学であり、学びとったそれぞれの哲学をもってお互いが真摯に生きている素晴らしい存在だと思うからです。

 実はコラムNo21で取り上げたと思うのですが、一見は過酷に見える登山も、研究者が夜を徹して打ち込む研究も、彼らにとっては努力でも忍耐でもなく、ただわくわくと目指す目標に向かっている姿だとしたら、多くの先達たちが提唱する“人生、やりたいことを!”というスタンスと実は同じです。また“果報は寝て待て”という有名な諺があります。「努力・勤勉説」とはまさに対照的に聞こえます。ところが辞書を引いてみると“やるべきことが済んだのなら、あとは慌てず焦らず成り行きに任せるといい結果がやって来る”のような意味合いがあって、やはり勤勉であることと、ゆったりと気を抜くことの大切なバランスを表しています。

 磁場に陰陽があるように、呼吸にも吸気と呼気があります。いわゆるそれで自然界も人間の体も生命が維持でき、バランスを保っているのです。それと同様に、頑張ることも、気を抜いて遊ぶことも自然な姿であり、バランスです。仕事と休息のバランス。人の話をしっかり聞くことと、自分の気持ちを明確に表す自己表現とのバランス。また前進ばかりではなく、時には立ち止まったり撤退してみることも、生きる上ではとても大切なバランスではないでしょうか。

 いいバランスは~です…それは誰も教えてはくれません。過去に捉われたり頭で考えることを少しやめて、自分の今の感性に頼るしかありません。自分が知らず知らずに取り込んだ固定観念に気づき、それを解放しながら、自分の心のリズム、身体のリズムを大切に生きていたら、無意識に呼吸をしていると同じように、自分にとって快適なバランスの接点が掴めるのではないでしょうか。

ものごとは なんでも
バランスであると ぼくは思っています
あの人はいいなあ…と思う人は みんな
バランスがいいです

でも ものすごくいい人というのは
バランス わるいです
ものすごく悪い人も
バランス わるいです

みうら じゅん

*次回のコラムは9月20日前後の予定です。

5 件のコメント:

  1. 自分の今の感性に頼る・・・・・バランスの取り方も百人いれば百通りあるってことですよね・・・?
    自分自身に聞いて自分にぴったりのバランスの取り方をあみだす・・・。


    時にテレビで見る忍耐と勤勉の方々も自信に溢れ楽しそうであります。
    いろいろなやり方の先に楽しいがあるのが素敵です。

    「しなやかにクレイジーに自己実現!」しばらくはこれで自分の固定観念を開放してバランスを取ろうかな・・・と思います。

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    1. MOONさま

      バランスの取り方ってその人にしか分からないから 仰るように100人いれば100通りの取り方があるでしょうね。

      ほんと! TVのドキュメンタリーなどでよく紹介される その道の達人達が、真剣にワクワクと偉業を成し遂げていかれるその真剣さと根性には ほれぼれとしますよね!

      MOONさんは 固定観念を開放しながら 「しなやかにクレイジーに自己表現を!」が目標みたいですね。とっても魅力的なテーマですね!

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  3. 中学を卒業する時、数学の先生に「苦は楽の種、楽は苦の種」という言葉を送ってもらいました。
    苦労しておけば後々楽をするよ。ということでしょうか。
    楽していたら後に苦労するよ。ともとれます。
    登山の例えにあるように他人には苦労に見えても本人には楽なこともあるでしょうが・・・。

    私達は無意識の中の価値観によってアクセク生きている事があります。
    その時はそれで生きたい人生を意識的に選んで 自分の価値観を満たしているから充実していて満足度も高いものです。
    しかし、それが 知らず知らずのうちに取り込んだ固定観念だと気づき始めると、、、ー本当にこれで良いのか?と迷ってしまうのでしょう。

    その間違って取り込んでしまった固定観念からみるとクレイジーだと思う事はたくさんあると思います。

    バランスがいい状態とはニュートラルな状態かなと思います。自然体でありのまま。やはりここへ辿り着くのでしょうか(笑)

    ただしこの自然体とは、表面の感覚器官を満たしていることではなく、内側の感覚が満たされている状態(どんな感情も受け入れている状態)であることだと思います。

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    1. あきこさま

      「苦は楽の種 楽は苦の種」仰る通りだと思います。"今のうちに苦労して頑張っておけば あとが楽だよ…」…と。

      今回の私のテーマに近いものがあるかもしれません。「今頑張っておけば 将来がらくになるよ…。」"でも 今さぼれば いまが楽だよ…" 実は頑張りすぎている人へのエールなんですね。ここ辺りが少し意味合いがちがうかも…。

      そして「アクセク症候群」の人々に ゼリンスキーが提案しているのは 固定観念を外して少しクレイジーに生きてみるのも面白いのでは…と。

      そうですね。バランスがいい状態というのは必ずしも中立的というよりも、その人にとって 快適な状態で、 その時その時の感度によって 右寄り 左寄りになることもあり得るということではないでしょうか。

      要は 快適なバランスとは 、その人その人の "今の感性" が掴んでいくものではないかと思っています。

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