2017年2月19日日曜日

子どもは母親の愛情を求める本性をもって生まれてきます

子どもは母親の愛情を求める本性をもって生まれてきます
岡田 尊司
Column 2017 No.45

 内閣府が取り纏めた「平成27年版子ども・若者白書」が発表されました(昨年6月)。その資料の中で私が特に目に留まったのは、小・中学生とその保護者を対象に行った「子どもの中の幸せ感・不安悩みに関する意識調査」でした(回収率:子ども70.2% 保護者93.1%)。それによると

 “家庭や学校での生活が楽しいですか”の設問に対して、“まあ楽しい”を含めて“楽しい”と回答した子どもが、
・家庭:99.0%(平成26年)/97.4%(平成18年)
・学校:80.6%(平成26年)/71.8%(平成18年)

 続く意識調査(一部抜粋)では、“どちらかと言うとそう思う”を含めて、
・人の役に立つ人間のなりたい:そう思う97.5%(平成26年)/55.9%(平成18年)
・自分の気持ちに正直に生きている:そう思う87.0%(平成26年)/74.5%(平成18年)
・将来のために今頑張りたい:そう思う94.7%(平成26年)/87.8%(平成18年)

 次に続く意識調査(一部抜粋)では、“どちらかと言うとそう思わない”を含めて、
・人は信用できないと思う:そう思わない81.8%(平成26年)/77.4%(平成18年)
・人と居ると疲れる:そう思わない87.4%(平成26年)/87.1%(平成18年)

 この集計結果を見る限りでは日本の子どもは決して不幸にはなっていない。保護者の意識調査でも子どもの自主性を尊重しつつ子どもに関心をもって臨んでいる保護者が増えていることが今回の意識調査からもはっきりと伺えます。報道機関から流れてくるものはネガティブなニュースにポイントが置かれているので“世の中どうなっていくんだろう…”と多くの人々は不安を抱える結果になっています。明るい報道にも力を入れてもらえると、これらの不安は払拭され、人々の希望が更に世界を明るくしていくと思うのですが…。

 もっとも、一部の子どもたちの上で起こっている相対的貧困、児童虐待、ネグレクト…等々の問題は上昇が続いています。私たちはこれらに目をつむるわけにはいきません。子どもをここまで追い込んでしまっている背景に一体何が起こっているのでしょうか…。この辺りを探っていく上でとても参考になった書籍があります。親が子どもを愛せない背景に何が起こっているのか…。この辺りを臨床的に研究し調査し、実際に治療にもあたって書かれた、精神科医で作家でもある岡田尊司(たかし)氏の「愛着障害」(光文社)は、私にとって想像以上に深い共感がありました。

 知人のS.Iさんが紹介下さった時、すぐに手が出なかったのは、“愛着障害”というネーミングに少し抵抗を感じたことと、そのテーマからは、彼が言わんとするところが掴めなかったのです。しかし縁あって求め、読み終わったとき、私が一番大切に思っていることを、興味深い沢山の事例を挙げながら克明に、しかも大変理解しやすく述べられていることに驚嘆し溜飲が下がるような感覚がありました。学生時代、私が心理学を学んだ頃は“愛着”は“アタッチメント”とか“マザリング”とかに訳されていました。それで少し抵抗を感じたのだと思います。母親が子どもにこのアタッチメントを軽視した結果、岡田氏のいう「愛着障害」が深刻な形で出てくる訳です。

 つまり子どもは生誕時から無意識に母親からのアタッチメント(肌によるふれあい・愛情に基づいた様々な関わり合い…等々)を求めており、それを通して、その子の人生の基本的な構え、つまりこれから生きていく周りの世界を、その子がどういう視点で捉えていく傾向になるか…の基本的姿勢が出来上がるのです。これを岡田氏は「第二の天性」と呼んでいます。更に彼はこのように述べています。「母親を主たる愛着対象、安全基地として確保しながら同時に活動拠点を広げ始めるのである。これは大人に於いても…安定した愛着によって安心感・安全感が守られている人は、仕事でも対人関係でも積極的に取り組むことができる‥‥」

 発達心理学者で知られるE・H・エリクソンは、人の一生を、乳児期・幼児期・児童期・青年期・成人期・壮年期・老年期‥‥に分類してそれぞれの発達課題を設けており、それぞれの時代の課題(特に初期の段階)をクリアしていくことで、人間は健康なアイデンティティを構築できるのだ…と。よってその中でとりわけ重要なのが、乳児への母親の密なアタッチメント(スキンシップ・無条件の受容・子どもからの働きかけにまめに答える・話しかけ…等々)で、これこそがその子の一生を左右する基本的安心感・安全感が培われるのだ…と彼も述べています。   

 一方、アタッチメントがうまく起動しないと、人間不信頼・母子分離不安・情緒障害・人格障害…等々に至ることもある…と述べています。岡田氏のいう「愛着」の度合いによって人生の構え(視点)が違ってくるのですね。心理的外傷(愛着障害)を抱えた人々の多くは、思春期・青年期になっても自己像が低く、心の中に強い劣等感を抱き、自信もありません。特に理由のない空虚感や孤独感に悩まされたりしています。
 「愛着障害の人は原点のおいて他者に受け入れられるということがうまくいかなかったのであり、同時に自分を受け入れるということにも躓いたのである」岡田氏の言葉です。

 非行を研究している研究者が次のように述べています。

母親の温かいイメージが子どもの心の中のベースになって
いれば、思春期以降によく起る問題行動(非行・暴力・いじめ・
不登校・鬱・心身症…等々)はまず起らないであろう…

以前、TVの放映だったか…ある動物園の園長のお話はとても印象的でした。「…不幸にも母親猿に構ってもらえなかった子猿が母親になったら、やはり自分の子どもに愛情を示さないのです。母乳を与えることを拒んだり、子猿が母猿に触れようとすると腹を立てて危害を加えることさえもあります。一方、母親に愛されて育った子猿が母親になったら、自分の子どもが餌を獲得できるようになるまで、殆ど手放さないで、抱いたりおぶったりし続けます…」と報告していました。

 岡田氏は愛着障害を抱えた人々がその障害をどう乗り越えていったのかを、世界に大きく貢献した人々を含めて、丹念に調べ、納得できる理論でみごとに解説しています。彼らは愛着障害に苦しみながら、そしてそれと闘いつつ自分を癒しながら、徐々に社会に適応していきました。そしてその苦しみから「哲学」が生まれ、共感を呼ぶ「文学」が生まれ、素晴らしい「芸術」となって人々を魅了していったのです。ある人は得意な「ビジネス」の世界で社会に貢献していきました。

 “世に大きく貢献していく人々の半生は、苛酷な修行があるもんなんだよ…”と、祖父がよく言っていましたが、岡田氏の著書で、“なるほど…”と大いに合点し、感慨深い気持ちになったことでした。私たちも多かれ少なかれ、岡田氏のいう「愛着障害」を抱えて、時には苦しく辛い課題と格闘しながら生きています。翻訳家の山川紘矢氏は「人生は魂を磨く場所」と表現していますが、私たちは、魂を磨かん為に辛い修行にもひたむきに励んでいけるのでしょうか…。

 我が子に“アタッチメント”を充分に与えないできた為に子どもが今も苦しんでいる…。その上母親自身が、親からそれを充分貰えなかった為に、今も理由の解らない空虚感や不安感で、重苦しい気持ちで過ごしている…そんな辛い中にいる親御さんに沢山会ってきました。しかし「愛着障害」は必ず乗り越えられると私は信じています。それに無関心でいるとその人の中で「障害」は起動してしまいますが、自分の中の障害に気付いた人は、それにきちんと対峙できるのでそこから癒しに向かいます! 現に克服し自分を取り戻していった方々は沢山います。気付いた人にとっては、解決しない問題は無いのです。

 岡田氏の著書「母という病」(ポプラ社)も紹介しておきましょう。この本の中にも“愛着障害”を克服すべく具体的な解決策が沢山提供されています。私も親業やカウンセリングを通して今感じていること、大切に思っていることを次回のコラムで続いて書いてみたいと思っています。

*次回のコラムは3月20日前後の予定です

6 件のコメント:

  1. 先生がご紹介してくださっている「愛着障害」の本を私も持っています。
    一昨年に巡り合いその内容にとても感動しました。

    先生の親業に出会い勉強し・・・苦しみ、笑い、自分を慈しみ、自分で自分を育てる。そうしてこれた私には全て納得できる内容でした。そして先生の親業に出会えた幸運に感謝しました。

    我が子の思春期、思春期以降を見ると自立していることがよくわかります。私は我が子にも育てられたのだなぁ・・・と思うのと、こういうことには興味を持たない夫もしっかりと我が子に育ててもらっていて幸せなことだなぁと感じるのです。


    私は次の目標が出来て必ず達成しよう!と決心したところです。



    次回のコラムを楽しみに待っています。

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    1. MOONさま

      既に「愛着障害」の本、読んで下さっていたのですねえ!

      MOONさんは親業を、まさに本気で、そう!泣いたり 笑ったりしながら真剣に学んでくださいましたよね。だからお子たちはお母さんを「心の基地」として安心して飛び立ちました! そして自立して自分の人生を堂々と生きている! やりましたね!

      そう!これからはお母さんの人生ですね。目標に向かって生きていかれるのですね! それによってまた お子達の心の基地は 更に深く豊かになっていくことでしょうね!

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  2. 先生のブログを読むときは、心がざわついていない時でないと内容が掴めません。
    通り一遍で読んで、ぐっと読みが深まるときもあるのですが、そうでないときは、時間や心にゆとりある時を選んで読んでいます。
    ということで、先日読んではいたのですが、コメントできる状態ではなかったので、今日、コメントします。

    岡田著「愛着障害」「愛着障害の克服」を注文しました。やっと読んでみようという気になりました。
    幼児期に母のスカートにすがりついている子が、少し離れてはまわりの様子を見たり、つついたりして、再び母親のスカートにすがりに来るという様子を見ることがありました。まさにこれなんだなあと思いました。
    基盤がしっかりしていれば(家庭が)、子供は、あるいは大人でもそうですが、安心して家を離れ、学習したり仕事をしたりすることができるんですよね。

    私は、親業に出会う前がまさに苦しい時でした。仕事場のほうが楽しくて、家に帰りたくなかったのです。夫がいると思うと、気が重くて帰りたくない。でも早く帰らないと、また不機嫌な夫と向き合わなければいけないので、自分を押し殺して帰りたくない家に帰っていました。(わが子はとっても大事に思ってはいたのですが、心不安定な母親(私)は、愛情を分かるように伝えることはできませんでした。私は自分にうそをついていたからです)
    自分に正直になろうとするのに、時間がかかりました。今日も『あれ?私はなんか夫に媚びている感じだな』と気づき、その変な感じを夫に伝えようと試みました。すっきりとはいきませんでしたが、何とか伝えることができたので、自分を認めてやりました。「よく言えたね」と。
    こうやって、自分の基盤を作ろうとしている私なんです。まだまだ進行中!

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    1. Kiyokoさま

      雑務に追われていて コメントに気付かずごめんなさい!

      岡田氏の本、注文されたのですね。更に気付きがあると思いますよ。そう、仰る通りです。自分にとって安全な基盤(基地)があれば 人は 自分の課題に没頭できるのですね。

      Kiyokoさんは親業に出逢われる前は ご主人との関係はとても苦しかったのですよね。だから子どもを愛しているにも拘らず子どもの心に届くような愛情があげられなかった…。本当はもっと子どもにとっての 心の基地となってあげたかった…のですよね。

      そして kiyokoさんは今、まずは自分が自分の心の居場所(基地)となるべく ご自分に正直になっていこう…と自分理解・自分づくり…からと意識化していらっしゃるのですね! 子どもにとっての心の基地は今からでも充分です。その為にはまず 自分づくりから…ということにkiyokoさんは気づいていらっしゃるのだと思いました。そして既にお子たちの心の基地となっていらっしゃるkiyokoさんを感じています。

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  3. E・H・エリクソンのアイデンティティと愛着障がいについて・・・

    乳幼児期のアタッチメントがうまく起動しないと心的外傷を抱え
    愛着障がいとなる恐れがある。
    情緒の不安定さ、対人関係の難しさを感じ、人間不信、自己否定・・・と
    理由のない空虚感や孤独感に悩まされる日々。

    自分が何者か分からず、アイデンティティが構築できないと言いますが。

    私もそんな日々を過ごしてきました。


    愛着障がいは過去の傷によるその後遺症であり、
    一種のトラウマPTSD(Post Traumatic Stress Disorder)ではないかと思います。
    最近ではPTG(心的外傷後成長:Post Traumatic Growth) という言葉があるように、
    大人になって愛着障がいであったと思える部分があったとしてもそれを成長の
    糧にできるのではないかと思うのです。

    もちろん、交通事故のような一時のトラウマと家庭の中で終わりなく傷ついてきた痛みとは違うのですが。

    家庭の中に自分の居場所を見いだせない、自分の存在を認めてくれる大人が周りにいない。などの子供時代を過ごすと、
    孤独感や虚無感、人間不信、自己否定などの想いは拭えないものとなっていくのも理解できます。

    しかし、自分のアイデンティティが無いという思い(孤独感や空虚感)から
    自分のアイデンティティとは何なのか。と探し求めていくうちに
    自己存在や自己価値観を見いだせるのではないかと思うのです。
    もしかするとそれは一生かかるかもしれません。
    一生かかっても見つけ出すのは難しいかもしれませんが。
    探求する価値のあるものだと思います。

    様々な理由で親や家庭の問題に苦しんでいる子供たちがいます
    また、大人になってもその為に一生苦しむかもしれません。
    しかし、一方で自己存在の意味(アイデンティティ)を見つけだす事を始めると
    自分の存在、自分の価値を理解し始められるのではないかと思うのです。

    岡田氏の「愛着障害の人は原点において他者に受け入れられるということが
    うまくいかなかったのであり、同時に自分を受け入れるということにも躓いたのである」
    と書かれているように、自分を受け入れるという事は今からでも可能です。

    自分の居場所を探し、自分の価値を見つけ自分を受け入れると
    それは自己実現につながると思うのです。

    私は自分が安心して居られる場所で、対等な人間関係をつくることができ、
    自分の存在価値が認められるような環境に身を置く事で随分と心が安定しました。

    親業で学んだスキルも自己肯定の大きな土台とになりました。

    アイデンティティはどこそこの だれそれ といったようなものではなく、
    私の内にあるものを探し求めたいと思っています。




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  4. あきこさま

    返信が遅くなりました。

    コメントの終わりあたりに「私は自分の安心していられる場所で対等な人間関係を作ることができ……随分と心が安定しました…」という一文があり、よかった!お幸せになられたなあ…と嬉しく思ったことでした。

    コラムにも書きましたように、愛着障害は乗り越えられるのです。乗り越えられるばかりではなく、其れが環境の中にあったからこそ 私たちは苦しみの中で深く人生を探索し哲学し、自分なりの独自のアイデンティティーを構築してきたのです。人生にはまさに一点の無駄もないのですね。

    例え辛く苦しい課題があろうとも 私たちはそこから「生きる」ということを学び続けているんですね。ひとりひとりみんな自己実現を目指して!

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