2018年3月20日火曜日

その子なりの歩みを許された子どもは、輝いて自分の道を生きていきます

Column 2018 No.58

 ある精神科にお勤めの看護士さんがそっと呟いていらっしゃいました。「…病院に入っている殆んどの人が、子どもの頃からとっても真面目で、きちんと生きてきた人なんですよね…。悪ガキや若い頃に不良をやったというような人は、ひとりも入院をしていませんよ…」と。

 子どもは本来、天真爛漫でなかなか親の思うようにはなりません。そのように自由でのびのび生きていた子ども達が、なぜ委縮していってしまったのでしょうか…。ずっと以前になりますが、不登校をしていたS子さん(小5)にお母さんが訊きました。「どうして行けないの?」と。するとS子さんは答えたそうです。「私、もういい子でいたくないから!いい子をしておくのがとってもしんどいから…」と。S子さんは自分の苦しさに気づいて自分から不登校を選んだのです。

 いわゆる、いい子と言われる多くの子どもは、自分の人生を生きることから脱線してしまった子どもたちです。つまり、周りの人たち(親・家族・先生・友達…)の欲求を満たすことばかりを考えて生きてきたので、自分の人生の喜びや、わくわく感、つまり人生の体験・実感が極端に少なく、周りからは「いい子いい子…」と評価されながらも、S子さんのように、心の中に“何か違う!私じゃない!”と言ったような、もやもや感をもったまま思春期を迎えます。

 そして傷ついた子ども達は、自分軸を取り戻すために、思春期に、多くは問題行動を起こして周りと闘い、心のバランスを取り戻そうとします。いわゆる「反抗期」と言われる、とても大切な癒しの時代を迎えるわけです。反抗の噴出の出方には、外向型と内向型があります。外向型はいわゆる暴言暴力・怠学・夜間徘徊・家出・異性交遊…等々のいわゆる逸脱した不良傾向として表現してきます。内向型は不登校・過食拒食・心身症・鬱…等々、自分に籠る(内に向かう)という傾向で現わしてきます。表現は真反対ですが、いずれも育ちの上での心の痛みを癒さんとする、その子なりの心のバランスのとり方です。

 教師も私たち親も、実は“いい子”が大好きです。「人生は、おまえが考えてるような甘いもんじゃないぞ!」「遊んでばっかり、本でも読んだらどうなんだ!」「それはわがままと云うもんだよ!」「少しは人のことを考えたらどうだ!」…のような正論で、“いい子”の枠組みに嵌めていこうとします。それが強ければ強いほど子どもは、まんまとはまっていきます。教師や親が望む“いい子”像をあげてみましょう。

1. 素直で優しい子
2. 明るくて活発な子
3. 誰とも仲良くつきあえる子
4. 学校の成績がいい子(すべての科目が)
5. 何事にも積極的でしっかりした子
6. スポーツも得意な子‥‥‥‥‥‥‥等々

 こんな神様のような子供が果たしているでしょうか。でもいい子の罠にはまってしまった子は、必死でそのいい子の枠組みに入らなければ…とますます強迫的に思ってしまうのです。子どもの頃から決してこのような完成品は無いのです。子どもは色々な過ちを犯しながら、感じたり気付いたりしながら、ゆっくりと自分軸を育てていきます。自分が本当にやりたいことをやって、自分の欲求を適切に満たしながら、自己実現コラムNo15)に向かって徐々に成熟していくプロセスを、ひとり残らず取っていくのです。

道草は自己実現の王道である  河合 隼雄

何度も取りあげるフレーズですがまさに真実です。母親が「クラスの先生からお宅のお子さんは申し分ありません。忘れ物は一切しないし、勉強も友達関係も問題ありませんし、教師に反抗的な態度を取ることもまずありません。そして素直で優しくクラスのみんなに好かれています…と言われました!」と大満足をしているのですが、私はよく言います。「お母さん、子どもは完成品ではないのです。お子さんはかなり緊張した日々を送っていると思いますよ。出来るだけやりたいことをやらせ、言いたいことを言わせてください」…と。

 いわゆる“いい子”の枠にはまってしまっている子どもは、何でも完全にできなくては自分は駄目なんだ…と受け取っています。しかも失敗を恐れて、臆病・冒険をしない・試行錯誤をしない…といった特徴があります。いつも安全領域で生きています。よって、いつも周りを伺い評価を気にして、相手に合わせて生きることしかできません。つまり自分軸がとても脆弱です。大変ストレスフルな状態で生きています。…それが見かけのいい子の実像です。大人にとって“都合のいい子”を、私たちは無意識に“いい子”と定義づけてしまっているのです。

☆ 20世紀最大の物理学者、アルベルト・アインシュタインは5歳までしゃべれなかった。文字が読めるようになったのは7歳の時。学校はアインシュタインにとってはとても窮屈で、義務教育時代はずっと劣等生だった。

☆ 発明王と称えられたトーマス・エジソンは教師から「こんなに頭の悪い子は初めてだ!学校ではお引き受けできません」と言われ、中途退学を余儀なくされた。

出典:偉人物語(主婦と生活社)

 偉人といわれた人の中には幼少期は結構問題があった…という人は少なくないようです。それは学校や社会という枠組みの中で、本来の彼らの伸びやかな生命力や創造力が、押し付けられる常識や正論にはまり切れず、閉塞状態になり、いわゆる“いい子”の枠組みからはみ出した人々です。そしてその枠組みからすっかり抜け出た後に、彼らの本来の能力が輝き始めたのです。彼らは周りから急がされることなく、ゆっくりゆっくりと自分本来の使命を見つけていったのです。次はアインシュタインのフレーズです。

私の学習を妨げた唯一のものは私が受けた教育である

何かを学ぶ為には自分で体験する以上にいい方法はない

子どもはゆっくりと子どもをやる権利があります。本当にやりたいことをやって魂の喜びを感じる権利があります。試行錯誤し、失敗を侵す権利も、失敗をして落ち込む権利もあります。落ち込みを続ける権利も、這い上がる権利もあります。怒る権利も泣き叫ぶ権利もあります。それがその子どもの人生の体感であり、生きる実感です。

 しかし親は、なかなかそれが信頼できません。“いい子”をやってくれていると安心なのです。私も親ですからそれがよく解ります。親の描いた青写真からどんなに子どもが外れていようと、どれだけ子どもを信頼して待っておれるか…は子どもを育てる上での、親の一番の修行なのかもしれません。

ひきつった顔で最後に母は言う。あなたのためよ。
あなたのためなのよ。俺のためなら黙ってくれ
中2男生徒の川柳

*次回のコラムは4月20日前後の予定です。

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2018年2月20日火曜日

感謝の心が人を育て、感謝の心が自分を磨く

感謝の心が人を育て、感謝の心が自分を磨く
ステイーブ・ジョブズ
Column 2018 No.57

 「ありがとうございます」という感謝の言葉の深遠さは、聖人をはじめ賢者、知識人の多くが語っています。

全てのことに感謝しなさい。これがキリスト・イエスにあって、
神があなた方に求めておられることです。  
テサロニケ第1 5章18節

私たちを取り巻くすべての美、気付かれないような美に
感謝の心を持ちなさい。太陽の光、夕焼け、星々、雲、樹木、
そして人々に感謝の心を持ちなさい。
オショウ(インドの宗教者)

感謝の心が高まれば高まるほどに、
それに正比例して幸福感が高まっていく。
松下幸之助

 日本の「ありがとうございます」という“感謝の言葉”の意味合いは、英語の“サンキュウ”を含め、他のどの国の言葉にもきちんと当てはまるものが無い、と言われています。つまりいずれの外国語にも訳されないニュアンスを含んだ“感謝の言葉”なのです。

 「ありがとう」は漢字で書くと「有り難う」となり、意味は“有り難し”、つまり「今、あなた様に親切にして頂きましたが、あなた様のこのご親切は、決して当たり前に有るものではなく、有り難き(有ることはとても難しい)ことなのです。“有り難きことなのに、有り難きご親切、誠にありがとうございます”」…というのが“ありがとうございます”の本来の意味合いなのです。

 こう考えると、私たちの「ありがとうございます」という“感謝の言葉”には深い精神性とエネルギーが宿っているように思います。コラム52で感謝の奇跡を取り上げましたが、“有り難きこと”に感謝している人々にとって、その人に起き湧くことは、決して奇跡では無く、当然のことなのかもしれません。

 世界一過酷なモータースポーツ競技と言われるダカール・ラリーで、世界最多連続出場33回。世界最多連続完走20回…という二つのギネス記録を持つ、現在もなお現役の菅原義正氏(76歳)のメッセージです。

 「…僕は“感謝”という言葉を大切にしていましてね。スポンサーさんは勿論ですが、車や大地にも感謝しています。一生懸命走ってくれてありがとう!場所を使わせてもらってありがとう!…って。そうすると教えてくれるんです。この先もう少し行くと深い川があるとか、溝があるとか…。勿論自分がしっかり目を開けて周りを見ていないとダメですよ。感謝の気持ちをもって、よく観察していると、大地がそうやって教えてくれるんですよ。逆を言えば、感謝の気持ちがないと完走できない。必ずしっぺ返しが来ます…」(出典:月刊誌“致知”)

 菅原氏のこのメッセージが、まっすぐに私に伝わってくるのは、私自身これまで生きてきて、人・動物…は勿論、宇宙そしてすべての自然、すべての物体…等々にも実は“意識”があるのではないか…という確信に近いものを持っているからです。その存在に、私の心(意識)を向けて、愛の言葉を掛けたり、感謝の言葉をかけると、菅原氏と同様、確かに何かしら答えてくれた…という体験を幾度もしているからです。

 天才的なプロ野球選手であり、現在米大リーグ選手として目覚ましい業績を伸ばし続けているイチロー選手。彼がバッターとして立つとき、背筋をまっすぐに伸ばし、右手でバットを垂直に立てる…。彼のその動作を見ると、彼の次の言葉をいつも思い出します。

 「このバットの木は、自然が何十年もかけて育てています。僕のバットはこの自然の木から手作りで作られています。グローブも手作りの製品です。一度僕がバットを投げたとき、非常に嫌な気持ちになりました。それからは、自然を大切にし、作ってくれた人の気持ちを考えて、僕はバットを投げることも、地面に叩きつけることもしません。プロとして道具を大事に扱うのは、当然のことです…」

 バットを垂直に立て、そのバットを真摯に真っすぐに見つめる…彼のその特殊なポーズは、彼の“バットへの感謝の儀式”なのだ…と、私は受けとめています。感謝の思いや感謝の言葉には言霊(言葉に内在する神秘的な力)が宿っていると言われます。彼の、野球への無限とも思えるエネルギーも、そして業績も、レーサー菅原氏と同様、万物への敬虔な感謝の姿勢が底辺にあるからではないか…と、私にはそう思えるのです。

 最後に私の親業講座の受講者Yさんの事例を、ご本人の了解のもとにご紹介致します。

 「…講座から帰宅して、その夜、思い切って夫に、これまでの感謝の気持ちを伝えたのです(20年ぶりにビールのお酌もしたりして)すると、夫は大変驚いていましたが、翌日メールで“20年間の仕事や職場での苦労がすべて癒されたような気がしました…”と言って、とても喜んでくれました。夫への感謝のメッセージは…気恥ずかしくて、思ったことの半分も言えなかったのですが、こんなに喜んでもらえ、気持ちがストレートに伝わるとは…今さらながら驚くとともに、親業に出逢えてよかった!としみじみ思いました…」

素敵な夫婦関係の決め手は「ありがとう」のたったひとこと
斉藤 茂太


*次回のコラムは3月20日前後の予定です。

2018年1月20日土曜日

あきらめる一歩先に必ず宝がある

あきらめる一歩先に必ず宝がある
ナポレオン・ヒル
Column 2018 No.56

 私たちは、諦めたことで、如何に沢山の宝を見過ごしてきたことでしょう。“あきらめる一歩先”ですから、諦めてしまったら、そのわずか“一歩先の宝”には出逢えないまま…ということになります。トーマス・エジソンもその昔、同じ意味のことを言っています。

人生に失敗した人の多くは、あきらめた時に、
自分がどれほど成功に近づいていたか気付かなかった人たちだ

 私たちが諦めてしまうのは、一歩先に宝がある…ということを確信できないことに問題があるようですが、確信できない理由の一つは、実感のある“成功体験”が稀薄だったということがあげられると思います。その結果“自分は成功できるはずがない…”という強い“思い込み”が生まれて、うまくいかないと判断すると、すぐに諦めてしまう。その思い込み…とはいったい何でしょうか。こんな逸話(どうやらこのお話は事実らしいです)が記憶に残っています。

 「…本気で闘ったらどんな動物をも震え上がらせるほどの力を持った大きな象が、簡単な杭につながれたまま、サーカス場からまた新しいサーカス場へと移動していく姿。何の抵抗もしない。飼いならされたとはいえ、大きな木を根こそぎ引き抜ける力がある筈の象が、どうして逃げようとしないのか…。それは実は子象のときに、子象にとっては太く頑丈な杭に繋がれた。子象は逃げようと、来る日も来る日も、もがいてそしてもがいてみたが、ついに杭を引き抜くことは出来なかった。ある日子象は、逃げることは絶対不可能なんだとすっかり諦めてしまった。その日以来、簡単な杭に繋がれても“杭は絶対引き抜けない…”という観念(思い込み)が刷り込まれてしまって、大人象になっても再び挑戦をしようとはしない…」という物悲しいお話です…。

 私たちもこの子象と同じように、幼い頃から、失敗したこと(貴重な失敗体験)に対して、親や周りの人々から“あなたは未熟”“あなたは頭が悪い”“あなたは何をやってもダメ”…こんなニュアンスを含んだ言葉を投げかけられて育ったとしたら、実は事実ではないのに“自分は無力なんだ”…と思い込み、この子象と同じように、自分で自分の足を、頑丈な鎖で縛ってしまうのです。

人生において我々が囚われている鎖は、我々が生み出したものに他ならない
チャールズ・ディケンズ

 もう十分に心も身体も大きくなったのだから、もう一度踏ん張ってみたら、その鎖を簡単にもぎ取ってしまうことができるはずなのに“私は無力なんだ…”の思い込みが、無意識にブレーキを掛けてしまい、それこそ“宝の一歩手前”で諦めてしまうのです。思い込みは幻想だということに気付かないままに…。

 私たちが容易に諦めてしまうもうひとつの理由は“視野の狭さ”があげられます。今年のお正月は子ども達と共に、九州のハウステンボスで過ごしました。夜、皆んなで、久々に観覧車に乗ってみました。観覧車からは、美しいネオンに輝いたハウステンボス全体の光景を一望のもとに眺めることができました。“私たちが宿泊しているホテルはあそこだ!”“今見てきた所はあそこだね!”…高い所から視野を広げてみると気付かなかったことに気付きます。“あの道の方が早くいけそうだ”“あの道は行き止まりだね”…というふうに。視野が広がるとあの道この道と全体像がつかめるので、例え迷っても、簡単にあきらめる気持ちにならないものです。

 1980年代のアメリカ映画「いまを生きる」(邦題)の中で、赴任してきた教師役のロビン・ウイリアムズが、厳格な規則に縛られて、不自由に生きている生徒たちに伝えたメッセージが、とても印象に残っています。「さあみんな、机の上に飛び乗ってみろ!どうだ!机の上に乗るだけで世界は違って見えないか!」…
生徒たちは恐る恐る机の上にあがります。こうして次第に教師の感化を受けていった生徒たちは、窮屈な縛りの生き方から、徐々に自由な見方・生き方…に大きく目覚めていきます。

 “君たちは生きたい人生を生きる権利がある。広い視野で、意識をぐっと広げて物ごとを見れば、解決策はひとつではない。諦めるな!本当に生きたい人生を選んで生きていくんだ!”…ということを教えたのです。そして“少し離れた位置から自分を見たら、今いる自分の位置が明確になり、冷静に周りが判断できる。取るべき行動も見えてくる…” つまり自分を客観的に見る…ことの大切さをも、この教師は伝えたかったのだと思います。

 “自分を客観的に見る”ということは、自分はこんな事態に陥ると、どんな感情が起こり、どういった行動をとる傾向にあるんだろう…と、価値判断をすることなく、自分の中に起き湧く感情や行動の、事実だけを真っ直ぐに見る姿勢です(コラムNo7)。つまりそれが「自己理解」あるいは「自分を知る」ことに繋がっていきます。 自己理解が深まれば深まるほどに、自然や人間の在り方の摂理が理解でき、世界(選択肢)は無限に広がっていくでしょう。だから客観的に自分を見れる人は物事を簡単には諦めないのです。

 しかし、人生には“分かれ道”もあれ“行き止まり”もあります。人間の力ではどうしようもないこともあり得ます。その時、その状況を “人生とはそのようなものである”…と、そのままに受け入れてみる。それが“諦念”であり、単なるあきらめとは違います。諦念…を辞書で引くと「道理を悟る心、また諦めの気持ち」とあります。いかなる時も自分自身の勘を信じて、慌てず決して諦めず…突き進んでいくのか、一端立ち止まるのか、撤退するのか…を選択していく。その撤退は決して“あきらめ”ではなく、諦念であり、それは“道理を悟った”人の、深い智慧から生まれて来るもの…と理解しています。

人は常に前だけには進めない。引き潮あり、差し潮がある
ニーチェ

あきらめない! 一歩ずつ…
三浦 雄一郎

*次回のコラムは2月20日前後の予定です。

2017年12月20日水曜日

父親になるのは簡単だが、父親たることはなかなか難しい(その3)

父親になるのは簡単だが、父親たることはなかなか難しい
ヴィルヘルム・ブッシュ
Column 2017 No.55

 前々号より、父親という観点から同じテーマで書いていますが、このシリーズは今回で一応終わりです。前回までに書いたことを少し纏めて今回に入ります。

Ⅰ.どんな形であれ、父親もしっかりと子どもに係わっていくコラムNo53

 思春期に入ると、親が子どもにどうかかわったかの結果が出てきます。しかし思春期に入っていても、成人期に入っていても、そこから子どもに正直に関わっていくことで親子関係は違ってきます。

Ⅱ.“父親の役割”“母親の役割”にこだわらず、ひとりの人間として正直に子どもに接していくコラムNo54

 “ひとり一人の親の中に父性と母性を”…親業が大切にしている視点です。父親だから、母親だから…ではなく、それぞれが一人の人間として、自分の感性を信じて、正直に子どもに接していきます。

Ⅲ.正論は子どもを追い込みますコラムNo54

 正論は子どもの心に届かないばかりか、子どもの心を追い込みます。人間的な正直なお父さんで、本当の気持ちを伝えましょう。それでこそ子どもの心と繋がれるのです。次からが前回の続きです。

Ⅳ.仕事だけが人生ではありません。生きて実感することこそが人生です

仕事だけが人生ではありません。生きて実感することこそが人生です

 ある父親の言葉です。「…自分は会社の仕事でいっぱいいっぱい、エネルギー切れの状態で帰宅します。だから子どもに邪魔されたくない…。だからと言って子どもに寂しい思いをさせている負い目もあって、気になる子供の行動を正面から叱ることもできないです…」と。

 多くの父親は家族のためにという大義名分のもとに過酷なほどに働いています。ほんとうに家族のためなのでしょうか…。仕事の実績で、或はいい地位に就くことで、自分の価値を無意識に認めようとしていることはないでしょうか。また、沢山の仕事を持ち込んでいないと、自分に価値が無いような仕事依存傾向に陥っていることはないでしょうか。

 また子育てや家事に孤軍奮闘している妻の大変さや、夫の不在が多い妻の寂しさ・虚しさ…等々に気づいている夫はどれだけいるでしょうか。たまに在宅していても、夫の仕事延長上にある不機嫌な雰囲気に辟易している妻や子ども…。父親不在であるがゆえに起こる子どもの問題…等々。

 そこまで仕事にのめり込むことが、本当に家族のためと言えるのでしょうか。しかし父親にも言い分があります。“…せっかくの休みでも家族の話題の中に入れない…家の中に自分の位置がないんです…。そのやりきれない孤独感がなおさら仕事に向かわせるのだ…”と。

僕は「家族力」を日々高めていくことを強く認識しています。
家族や一番親しい人との関係を大切にしていくことが、結局
自分の人生に最大の効果をもたらすと信じているからです。
武田 双雲

Ⅴ.父親も人生を楽しむ権利と義務があります

 両親の離婚を経験した21歳(学生)の一文です。「…両親が、父と母である前に、一人の人間として生き方を確立し、人生を楽しむことこそが何よりも子どものためになると思います…」(ある投稿欄より)

 楽しむことの大切さを子ども達は分かっています。楽しむことこそが機嫌のいい父親、機嫌のいい母親になれるためのポイントだということを知っているからだと思います。確かに機嫌のいい両親のもとで育った子供は、精神的にもとても安定し、健康です。ある受講者Nさんのご主人様からずっと以前こんな一文を頂きました。

私のやりたい10項目の実践です(こんな日にしたいトップ10)
 ①だらだらする日 ②よく眠る日 ③映画を観る日
 ④ハワイ気分でのんびりする日 ⑤日曜大工をする日
 ⑥何かたくらむ日 ⑦ドラムをたたく日 ⑧本を読む日
 ⑨皆でわいわい酒を飲む日 ⑩バイクでドスドス走る日

 心が喜ぶことを果敢に実践していらっしゃるからでしょう。本当に機嫌のいいお父様だったのを記憶しています。男性も一人の人間として楽しむ権利があります。それは何よりも、自分の幸せの為であり、その結果まわりの人々、とりわけ子どもを幸せにしていくのだ…という側面からいえば、楽しむことは“義務”である…とも言えないでしょうか。

 仕事の合間のひとときに、心をふっと緩めてみる…。若い頃からやりたかったことを、今からでも思い切ってやってみる…。“そんな時間ないですよ!”という反論が聞こえてきそうです。でも、人生ほんとうにそれで終わってもいいのでしょうか。

Ⅵ.子どもは父親の後姿を見ています

 ある主婦が、投稿欄にこんな一文を寄せていました。
 「大酒のみで頑固者だった父を、小学生の頃の私はとても疎ましく思っていた。五年生の夏休み、母に頼まれて、父の働く鉄工所へ弁当を届けたことがあった。歩いて20分もかかるので、渋々出かけた私は汗だくになってしまった…。簡単な作りの工場に入ると、火のような熱風の中で父は裸で働いていた。日に焼けつくトタン屋根の下、溶鉱炉の前でスコップを持った父は、火と熱風にさらされ、埃と汗にまみれて真っ赤だったのをはっきりと覚えている…。父の働く姿を初めて目にした帰り道、私は少しも暑いとは思わなかった。あんなところで一日中働く父を、とても偉いと思った。酒飲みだろうが、頑固だろうが構わないと思った…」

父は、私に生きるすべを教えはしませんでした。
生きざまを見せてくれたのです
クレランス・バデイトン・ケランド

しかし、今の時代、親の働いている姿を子どもに見せることは、かなり難しい時代になりました。だからこそ綺麗ごとではなく自分の生きざまを、正直に本音で子どもや妻に語っていくことが大切な時代とも言えます。語らずして相手に理解して貰うことは難しいのです。いっぱいいっぱいで帰宅して、不機嫌に家族に接したり、酒やテレビで紛らわせていたら、孤独地獄に陥るしかありません。他者と繋がる為には、やはり本音のコミュニケーションが必要なのです。本音とは、相手のことを語るのではなく、自分の思いを伝えることです。

 コラムNo54で触れましたが、その為にも時には仕事から離れて子どもと遊んだり、やりたいことをやって人生を楽しみ、日々を実感して生きてみることが大切です。すると自分の心の位置が分かり、本当の気持ちが見えてきます。すると自分の本音が自然に語れるようになり、人と繋がれるのです。仕事だけが人生ではありません。生きて実感することこそが人生です。

*次回のコラムは1月20日前後の予定です。

2017年11月20日月曜日

父親になるのは簡単だが、父親たることはなかなか難しい(その2)

父親になるのは簡単だが、父親たることはなかなか難しい
ヴィルヘルム・ブッシュ
Column 2017 No.54

 前回は、私自身が仕事を通して長年感じてきたことを、“父親”という観点から書いてみました。次のⅡからその続きです。

Ⅰ.どんな形であれ、父親もしっかりと子どもに係わっていくコラムNo53

 子どもと係わることで、子どもの心としっかり繋がります。子どもはあっという間に大きくなります。だからこそ、お父さんも、今日の子どもとの係わりを“一期一会”と受け止めて大切に…。

Ⅱ.“父親の役割”“母親の役割”にこだわらず、ひとりの人間として正直に子どもに接していく

 「親業」の理念のひとつですが、一人ひとりの親の中に“父性と母性”の双方を!という捉え方コラムNo34をしています。父親としての役割、母親としての役割(例えば叱る役は父親・守る役は母親)に捉われず、一人ひとりの親の感性を信頼したコミュニケーションを大切にしています。子どもの行動を見て、ここでは“黙って見守ろう(母性)ここでは“きちんと伝えておこう”(父性)というふうに、父親も母親も自分の気持ちに正直にそれぞれが対応していきます。だから片親であっても子どもはちゃんと自立へと導けるのです。

 中1のH君は、学校に行けなくて一日中家にいるのですが、昼夜逆転もあって、このところ父親と殆んど会うことがありません。ある日のこと、廊下を歩いていたら、ばったりお父さんに逢いました。H君に緊張が走りました。近づいてきたお父さんは、H君の両肩に手を置いて、「おっ!Hかあ!久しぶりだな!元気か!」と言ったのです。他には何にも言いませんでした。その日のカウンセリングでH君が言いました。「僕は父に怒られると思っていた。でも父はぼくの肩を強くつかんでそう言っただけでした。僕は嬉しくて、不思議ですが凄い元気が出てきました…」と。お父さんは、学校に行けないでいるH君をせかせることなく、自分の感性を大切にして、包み込む“母性”で自然な行動をされたのです。

Ⅲ.正論は子どもを追い込みます

 ある高校生の男子が言いました。「こっちの言い分は一切聞かないで、父なりの正論を押し付けて教育したつもりでいる。いつもやりきれなさが残る…。いつかし返しをしてやりたい気持ちがあるが、正直言ってもういい!係わりたくない!」…と。父性の「叱る」背景にも、母性の「受容」という裏打ちが無ければ、子どもには伝わらないし、恐れで動くことはあっても、自分から自主的に動くことは難しいのです。つまり自立には向かいにくいのです。

 ずっと以前、世間を震撼とさせるような事件を起こした子どもが言いました。「うちの親は仮面をかぶっていた…」と。おそらく彼の親御さんも“正論”で子どもを教育されたのでしょう。「~すべきだろう!」「それは世間には通らないだろう!」「世の中はこういうもんだ!」正論は一般論を語るだけで、親の本当の気持ちは全く見えません。それを“仮面をかぶっている”と、彼は表現したのです。

 しかも正論は理路整然としているので、子どもからしたら、反論の余地がありません。言われていることはもっともだ…でも…でも…と、子どもは自分のやりきれない感情を吐き出せない…。親の言う通りになるので、親にとってはとても“いい子”ですが、子どもは絶望的な感情を心の中に鬱積していくことになります。その上、頭レベルで生き易く、失敗を恐れ、危険を侵さず、自分の人生を実感して生きることが難しくなります。それは子どもの心の中に、壮絶なストレス・葛藤を起こしやすく、その結果、世間を驚せるような事件に繋がることも多いのです。

 次の一文は、正論の父親と子どもの、典型的なやり取りの一部です(伊藤友宣著「家庭という歪んだ宇宙」より抜粋)

私(父親)が“夕食を食べろ!”と声をかけたのがきっかけで、息子はごたごた難しいことを言い始め、バトミントンのラケットで壁を叩き、テーブルを叩き始めた。

子「三年間をどうしてくれる!」
父「返せるものなら返してやりたいよ!過ぎた年月がどうしたら返せるのや!お前も、もういい加減に同じことを繰り返すのはやめないか!」
子「三年を返してくれたら言うことをやめる!」
父「ばかなことを言うな!時間は戻らんわい!」
子「返せないで済むと思うのか!」
父「いったいどうしろっていうのや!気のすむようにしてやれることがあるならそうするさ。それを言えよ!」
子「へっ!今さらどうしろって?えっ?ははは!今頃それを尋ねるくらいなら三年前に何で~塾に強制的に行かせたんや!ヤマダ(塾の講師・仮名)の言うことを信じて、我が子の言うことを認めなかったのはお前やないか!親か、それでも!」

 …延々と言い言い争いは続き、さらに最悪のコミュニケーションにまで発展します。もしこの父親に適切な発信能力(父性)と、子どものやりきれない気持ちを理解する受容能力(母性)があったら、おそらくここまで破壊的コミュニケーションには至らなかったでしょう。

 子どもの「三年間を返せ!」の言葉の裏にある、子どもの複雑な気持ちを父親が受けとめられたら、「そうか!この三年間は、本当の自分の道を生きてこれなかったんだなあ…。だから三年間を返せ!と言いたいくらい悲しくて、悔しくて、つらい気持ちなんだなあ…」と言ってやれるでしょう。それでも長年ため込んできた子どもの悔しさ・苛立ちは、そう簡単には治まらず、次々と浮上してくることでしょう。しかしそれをしっかり受け止め続けていけば、やがて子どもの気持ちは必ず落ち着いてくるのです。過去は戻っては来ないことは、子どもは誰よりも分かっている。ただ辛かった気持ちを解かってもらいたいだけなのですから…。

 一方「それでも親か!」と言われて、親の心の中に、無力さや、哀しみが湧いてきたなら、それを正論で挑戦的に反応するのではなく、自分の弱さや惨めさを思い切って本音で語ってみるのです。子どもは親の正論に対しては何処までも挑戦してきますが、親の本当の気持ち・本音に触れると、“もう一枚脱げ”…とは決して言わないのです。仮面を脱いだ親には脱帽するのです。あなたを許す日が必ず来るのです。しかし“本音を語る”ということは父親にとっては、本当はとても難しいことです。だから訓練がいるのです。

 その為には、時には仕事から離れて、子どもと遊んだり、もっともっと自分の心が喜ぶことや、やりたいことをやって人生を楽しみ、日々を実感して生きてみることが大切です。すると自分の心の位置が解り、自分の本当の気持ちが感じられるようになってきます。すると自分の本音が、自然に語れるようになります。そうなった時初めて、子どもと繋がれ、妻と繋がれて、お互いに親密な人間関係が組めるのではないでしょうか。仕事だけが人生ではありません。生きて実感することこそが人生です。


*次回のコラムは12月20日前後の予定です。次回も続いて事例を交えながら父親の生き方を探っていきたいと思います。

2017年10月20日金曜日

父親になるのは簡単だが、父親たることはなかなか難しい(その1)

父親になるのは簡単だが、父親たることはなかなか難しい
ヴィルヘルム・ブッシュ
Column 2017 No.53

 「マックスとモーリッツ」の作品で有名なドイツの諷刺画家のフレーズです。確かに彼が言う、親になるのは簡単でも、子どもにとっての父親になるのは意外に大変なのかもしれませんね。大方の父親は、日中は会社務め、帰宅も子供が寝入ってから…ということもよくあることです。朝出掛けていく父親に対して幼い子どもが「お父さん、また来てね…」と言ったという笑えない実話もあります。

 家族や子どもを養うために身を粉にして働く父親にとって、家庭とは何か、子どもとは何か…が問われます。子どもが思春期ともなると、父親が帰宅するや否や蜘蛛の子を散らすようにそれぞれが自分の部屋に逃げていく…。そこで寂しい食事を終えたあと、父親はひとりで、ぼ~とTVを相手にあとは寝るだけ…。「家の中にも私の居場所はないのです…」と、寂しい心の内を吐露される場面によく遭遇します。

 母親には母親の言い分があって、家事・出産・子育ては勿論、学校関係、夫の両親、親類縁者、近所の人々との付き合い…等々で、いっぱいいっぱいになった時“私の心の危機に夫は気づいてくれなかった…”“私の苦しい心の叫びに適切に対処してくれなかった…”その夫への恨み言い分は、並大抵ではありません。特に近年は母親も仕事を持っている…という事情があります。その上、家事も子育ても手を抜くことは出来ません。それだけに妻の言い分は理解できます。

 しかし夫には夫の、言うに言われぬ事情が山ほどある。しかし、それを言葉にして返すと、必ずと言っていいくらいに、妻との修羅場になる。よって夫は、自分の思いの多くを飲み込んでしまって、それが又妻の苛々を益々増長させてしまう結果になる。精神的に追い込まれた夫は、帰りが徐々に遅くなったり、家では貝のように無口になったり、やがて酒にギャンブルにと自分の苦しみを紛らわせる羽目に陥ることもある。それを、妻からは「どうしようもない人!…」と片付けられ、それが離婚話に繋がっていくことも…。

 夫側の言い分や苦しみを聴くと、妻の苦しみに負けないくらい重いものを感じます。しかし母親は日々子供に係わり、ある面、子どもと共に悪戦苦闘していますので、子どもとの関係が密に保たれているという強みがあります。よって両親の言い争いになると、大抵子どもは母親側につく…。思春期に差し掛かった子供に苦言を呈すれば、「今さら父親ぶった顔をすんなよ!俺のことなんか、な~んにもわかってねえだろ!…」とくる。そうかと言って子どもに迎合した態度をとると「俺の言いなりになる父親なんて要らねえよ!」…父親の苦しみと哀しみ・孤独感・戸惑い…が、切なく伝わってきます。

 今回のコラムは、長年携わってきた“親業”そして“カウンセリング”を通して、“父親”という観点から、私が感じてきたこと、大切に思っていることを、少し書いてみたいと思います。

Ⅰ. どんな形であれ、父親もしっかりと子どもに係わっていく

 お茶の水女子大の牧野カツコ名誉教授は、“母親の育児不安”をテーマに研究した結果「…育児不安の少ない母親の特徴の一つとして、母親が“父親が子育てに参加している”と感じている…」ということを挙げています。確かにどんな形であれ、夫が妻の“子育て”という同じ方向に向いて協力してくれることは、孤軍奮闘してきた妻にとってどんなに心強いことでしょう。

 そして「…父親の育児参加は、母親の精神状態にいいというばかりではなく、父親自身のパーソナリティーを豊かに育てていく…という利点にも繋がる」ということを述べています。つまり子育てにかかわることで、父親の視野が広がったり、忍耐強くなったり、豊かな感性・柔軟性が育まれるというわけです。子どもに如何に係わったか…で子どもとの繋がりは違ってきますし、その上、父親がひとりの人間として、子どもに係わることで、豊かな人生に繋がるとしたら、父親の育児参加は、父親自身にとって深い意味が感じられます。

 私の父のことを思い出しました。“男、厨房に入らず”と言われる時代でした。父親の役割・母親の役割…と、はっきり分けられていた時代でした。男はどんなことがあれ、決して弱音を吐いてはいけない時代でした。しかしそんな環境の中でも私の父は、結構“子育て参加”をしていたなあ…と、ふと思い出したのです。男っぽい大胆な遊び方ですが、よく遊んでくれていました。でも短気で自我の強い父だったので、私をはじめ私の兄弟はみんな、父がけっこう苦手でした。でもどこか魅力的な父だったので、みんな父のことを嫌いではなかったのです。

 忘れられない父との思い出があります。小学校2~3年生頃だったと記憶しています。夏のある夜、近所の人達が「火の玉だあ~!」(火の玉とは“人魂”とも言い、死者の肉体から抜け出て、火の玉となって空中を飛ぶ…という伝説がある)その大騒ぎに、私と父は家から飛び出していきました。丁度、うち所有の山林辺りに、確かに火の玉らしきものが大きく浮遊しているのです! 父は傍にいた私に「亮子!長靴に履きかえてお父さんについてこい!」私は怖いので、ついて行きたくなかった…。でも父に言われるままに長靴に履きかえて、真っ暗な闇の中を、懐中電灯を照らしながら無言のまま、二人で“火の玉”へと向かうのでした…。

 7~8分も歩いたでしょうか…。かなり至近距離に来ましたが、やはり火の玉がしっかり浮遊している! 小さな山小屋の前で「亮子!ここで待っておけ!動くなよ!」父の緊迫した雰囲気が伝わってきます。父はその“火の玉”辺りに、一人でどんどん近づいていきます。私は“父さん大丈夫かなあ…”と不安と恐怖で震えていました。暫く経って「亮子!大丈夫だからここへ来い!」と父の声!父の声を頼りに暗闇を進んでいったら、父は何と!墓所の前に立っていました。

 「これが“火の玉”の正体だ!」父は私にわかるように説明を始めました。墓にお参りした人が、ろうそくの灯をつけたまま帰った。墓石にそのろうそくの灯が当たり、その墓石の灯りが、風に揺らめいている竹藪の木々に反射して、丁度火の玉が飛んでいるように見えたのだ…と。 そして、「…亮子!いいか、よく覚えておけ!人は本当のことを確かめないままに、幽霊が出た…とか火の玉が飛んでいた…とか、とんでもない噂話を流してしまうんだ。確かめるということはだから大切なんだ!…」と。

 ふっとこの体験を思い出しましたが、そう言えば父は、色々な場面で“確かめてみること・体験してみること”の大切さを教えてくれたなあ…と思いました。私は、父のことを恐くて何となく苦手意識で関わってきましたが、こんな素敵な体験をさせてくれて、こんなに大切な価値観を伝えてくれていたんだ…と今さらながら感謝の気持ちでいっぱいになったのでした。

 私の経験からも思うのです。どんな形でもいい お父さん自身が自分も楽しめそうなことで、子どもと一緒に体験をする。それは立派な“育児参加”です。子どもの心に豊かな感性や創造性・社会性が育まれます。お父さんと一緒に遊んだ子どもたちの気持ちを紹介しましょう。

キャンプでお父さんと一緒に夜空を見ながら“さそり座”を捜した。わくわくした。

お父さんと釣りに行って、僕が大きな魚を釣った。お父さんが“やったな!”と言ってくれた。

お父さんも一緒にクリスマスツリーを作った。凄く嬉しかった。

お正月に挙げる凧をお父さんと一緒に作った。お父さんの真剣な顔が面白かった。

 子ども達はお父さんが大好きです。だからお父さんとの体験は新鮮な思い出として深く心に残ります。またお父さんが大切にしている価値観が伝わるし、何しろ子どもの心としっかり繋がれます。お父さんとしっかり係わった子ども達は、思春期になっても、お父さんを避けるような態度は決してとらないでしょう。係わることは子どもの心と繋がることなのです。

ひとりの父親は100人の教師に勝る  イギリスの諺


*次回のコラムは11月20日前後の予定です。(その2)として、続いて同じテーマで書いてみたいと思っています。

2017年9月20日水曜日

自分の身体にもっと思いやりを

Column 2017 No.52

 私たちの身体は、物理的には目に見えない精神(心)と物理的に目に見える肉体で出来ています。精神(心)で人生を感じ味わい、肉体で生きている実感を味わい、生を楽しんでいます。私たちの身体は “大海原を航海してくれる船”です。

 そして船の中から、天与の視・聴・触覚でもって人生を味わい楽しんでいます。視覚で海・空・山・星々・森・花々…等の自然を楽しみ、書籍・絵画・映画・舞台等を楽しみ、子ども・伴侶・友人・ペット等の表情を見つめて幸福感に満たされます。聴覚で波の音・鳥の声・風の音・雨の音・音楽…等を聴いて楽しみ味わっています。味覚で食事・美酒・スイーツの美味しさを楽しみ、味覚を生かして美味しいお料理を作ります。嗅覚で海の香・花の香・森の香・食べ物の香…等を楽しんでいます。触覚で自然を体感し、人と繋がり愛を確かめ合います。

 身体に備わった、この五感と精神(心)は、絶妙に融合し協調して、私たちの大海原の航海を見守り、人生をかけて私達を救護し楽しませてくれています。ところが一生をかけてお世話になっているその心と身体を、私たちはどれだけ意識し、大切にし、感謝をしているでしょうか。知らず知らずのうちに無理をしていると“身体を酷使していますよ!”“身体に無関心すぎますよ!”と、身体は症状を示して警告してくれます。 私自身も寝不足が続いたり、ついつい休息することを怠って不養生が続くことがあります。すると頭痛が来たり、不整脈を起こしたりして絶妙にサインが送られてきます。私たちの身体は、私たちが楽しく無事に人生を航海していけるように…と、懸命に見守ってくれているのです。愛に溢れているのです。

身体が発信する“信号”“身体語”を日々正しく受け止めること。
それが養生の第一歩です  五木 寛之

 若い頃に比べると私自身も、ちょっとした段差や、何かの端に躓いて転ぶことも出てきました。こんな時、以前の私は、「ほんとうにつまらんねえ…。こんなことで!」…と、本当に痛くてとてもせつない時に、本当は一番優しさが欲しい時に、自分に対して嫌悪と誹謗で接してしまっていました。不安や恐れの感情で接することはあっても、共感と愛情のまなざしで接してあげられることはあまり無かったような気がします。

 今は少し違ってきました。傷んだ体をさすりながら、「痛かったねえ!痛かったねえ…。ごめんね!今度から気を付けるよ…」と、咄嗟に言えるようになりました。(これも訓練です…)そして不思議なのです。すると身体はちゃんと答えてくれるのです。“大丈夫よ…”と。不思議なほど痛みも和らぎ、重篤な症状にならない…そんな経験を何度もしています。

 医師の長堀 優氏は「…米国の細胞生物学者、ブルース・リプトン博士は“細胞一個一個に感性がある”と言っています。例えば単細胞のミドリムシは餌があれば寄っていくし、毒が来ると逃げていく。単細胞ですから脳みそも神経もないわけですが、そういったことが全部わかる。だから博士は“細胞はそれだけで完璧な生命体である。しかも生きる感性を持っている…ということを言っているんです。そうであれば癌も細胞ですから、生きる感性があるので、当然人間の思いとも関係してくる…」と述べています。

 最近読んだ次の書籍は、そのことを立証するような、驚くような実体験が書かれていました。今回のコラムはその著者である工藤 房美氏のメッセージを中心に、お届けしたいと思います。その頃彼女は、末期の癌で子宮から肺・肝臓・腸骨…と癌は全身に転移し、手の施しようがない状態で、医師からは「広がりすぎて手術は不可能です。抗がん剤治療だけをやります。残念ですが1ヶ月の命です…」とある日宣告されます。彼女には3人の子どもがいるので、“まだ死ねない!”と、その現実を受け入れることができず、打ちひしがれ、絶望状態に陥ります。

 しかし、彼女は、入院中知人から送られてきた 村上 和雄著の「生命の暗号」(サンマーク出版)という書籍に出逢っていました。そして神秘的な遺伝子の働きを知った彼女は、雷に打たれたような衝撃を受けます。“…こんなに自分のために働き続けてくれた細胞に全くの感謝もしないで無理を重ね、癌になってしまうほどに細胞を傷つけてしまった…。身体からの小さなサインの数々を無視し続けた結果、最終手段として細胞は癌という形で主張するしかなかったのだろう…。もっと関心をもって注意深く気持ちを聴いてあげればよかった…。申し訳なかった…”と。

 そして彼女は決意します。“残り少ない命だけれど、これまで支えてくれた60兆個の細胞と遺伝子に心を込めてお礼を言ってから死のう…”と。それからというもの、彼女は寝ても覚めても「細胞さん有難うございます!」と唱え続けます。
 癌細胞には最初は“有難う…”とは言えなかったけれど、健康な細胞に感謝の言葉を言い続けているうちに、とても自然に、癌細胞にもお詫びと感謝の言葉がでるようになった…と述べています。

「…私は癌が治るように“ありがとう!”と唱えたのではないのです。私を支えてくれていた細胞が、癌細胞になってまで自分に気付かせようとしてくれた、その健気さを心から愛おしいと思い、心からごめんなさい。これまでありがとう…という気もちになったのです。…抜け落ちていく一本一本の髪の毛にも“今まで私の髪の毛でいてくれてありがとう”と、感謝しました…」

 そしてこう言っています。「すべての細胞に、無心に“ありがとう!”と感謝していたら、有難いという気持ちが降ってくるようになった…。続いて“ありがとう”と言っていたら、さらに有難い気持ちが降ってきて、まるで雪のように心にふんわりと積もっていき、やがて“感謝”が心いっぱいに降り積もって、溢れだしてきた…そしてこれまでに経験したことのないような幸福感に満たされてきたのです…」と。

 そして自分が癌だということも、残り少ない命だということも、髪の毛が無いということも、そんなことが一切どうでもいい些細なことに思えた…。そしてただ感謝いっぱいで、嬉しくて幸福な気持ちに満たされていた…と言います。それから数か月後ですが、久々に訪れた病院での検査では、何と!肺を覆い尽くしていた水玉模様の癌も、肝臓にあったこぶし大の癌も、跡形もなく消えていた…。癌の告知から約10ヶ月後のことだった…。

 彼女は言います「…毎朝朝日を浴び、生かされていることに感謝し、自分の身体に、ひたすら”ありがとう”を言い続け、金髪のかつらをかぶってお友達に逢いに行き、そうやってわくわく楽しく過ごすなかで、(村上和雄先生の言われる)からだの95%の眠っていた遺伝子が目を覚ましたのでしょう。そして(癌細胞は健康細胞に変わり)本来の仕事である“健康に生きるための活動に”に加わりはじめたのでしょう」と…。そして「“ありがとう”の感謝の言葉は、正確には数えていませんが、優に10万回は超えたと思います…。」

今ある“苦しみ”は、本来の自分からのメッセージであり、
“愛に他ならない”のだと気付き、受け入れたとき、
その時こそ本当に心からの感謝ができるのだと思います
工藤 房美

工藤 房美氏 の書籍を紹介しておきます。
「遺伝子スイッチ・オンの奇跡」(風雲舎)


*次回のコラムは10月20日前後の予定です