2016年1月20日水曜日

夢なき者に成功なし

Column 2016 No.32

夢なき者に理想なし。理想なき者に計画なし。計画なき者に実行なし。
実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし
                                                                               - 吉田松陰 -

 今年の新年、家族と共に一泊で萩の町を訪れました。萩の城下町散策も魅力的でしたが、何はともあれ、激動の明治維新の、陰の立役者として知られる吉田松陰の生誕地を、一度訪れてみたいというのが私の念願でした。

 吉田松陰は、天保元年(1830)に 萩城下松本村に生まれました。幼いころから豊かな学問的環境の中で育ちました。11歳にて藩主の前で「武教全書」の一部を講義したと、記録にあります。松陰は、学問への造詣の深さは勿論のことですが、やりたいと思うことはどんな危険を冒してでもやり通そうとしたひらめきで行動する熱血青年でもありました。

 止むに止まれない向学心から九州に、江戸に…と。その上、海外の事情を知りたいが為に、何度か米艦に乗り込もうとしたり、かなり無謀なことをやっています。その結果は失敗に終わり、獄舎に入れられたり、幽閉を命じられたり‥‥かなり綱渡り人生を送っています。

 情熱と深い使命感に溢れていた若干27歳の松陰は、近隣のやがて未来を担うであろう若者を育てるために、小さな私塾を開きました。それが今や世界遺産ともなって姿をとどめている「松下村塾」です。彼は蘊蓄してきた深い知識や学問の教育ばかりではなく、“人間学”つまり人としての生き方、リーダーとしての素養など‥‥彼自身の熱い想いを弟子と共に意見を交わしながら、生きた学問として教え導いたと言われます。彼は次のように言っています。松陰の教育精神が忍ばれます。

学問とは人間はいかに生きていくべきかを学ぶものだ

 さて、吉田松陰が「松下村塾」で教育した期間は、何と!わずか一年余り。この短い期間に、のちには日本を動かしていくような驚くべき多くの逸材を育て上げたのでした!

 高杉晋作、木戸孝允(桂小五郎)、久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋、品川弥二郎‥‥等々、錚々たる人物です。ところが松陰は「安政の大獄」で29歳の若さで処刑の憂き目に遭うのですが、育った若き門下生たちのその多くは、師の意志を継いで、倒幕運動に挺身し、明治維新の大きな原動力となった志士たちでした。そのいきさつはNHK大河ドラマ“花燃ゆ”で扱われましたがご覧になりましたか。

 日本の歴史を垣間見て思うことですが、明治維新を始めとするそれまでの歴史、そしてそれ以後の歴史の中で、松陰を始め数々の立役者たちが雄々しく起ちあがって、その都度日本の歴史を大きく変えていきました。果たしてそのことが日本にとっていいことになったのか、逆のことになったのかは“神のみぞ知る”で私にはわかりません。ただ、私がとても心打たれるのは、彼らが、私欲や私心なく、ひたすら国のため民の幸せのために!と信じて、わが身を投じて起こしていった行動だと思うと、その純粋な心意気に感嘆するのです。

 以下は松陰が残している言葉です。おそらく彼が塾生を指導した根幹をなす精神だったのではないかと想像します。少なくとも松陰は、純粋に国のためを思う心情をもって、塾生を導いたことが、身に沁みて伝わってきます。

「私心さへ除き去るなら、進むもよし。退くもよし。出るもよし。出ざるもよし」
「君子は何事に臨んでも、それが道理に合っているか否かを考えて、その上で行動する。小人は何事に臨んでもそれが利益につながるか否かを考えて、その上で行動する」

 さて、やはり幕末維新という激動の時代を生き、近代日本という幕開けを築いた人のひとりに板垣退助がいます。自由民権運動の先駆けを築いた人です。彼は演説している最中に暴漢に襲われたことがありました。幸い命は助かったのですが、血まみれになりながら彼が吐いたという言葉はあまりに有名です。「板垣死すとも、自由は死なず!」…と。

 その後、幾ヶ月が経ったある日、彼を襲ったその加害者が、謝罪のために彼のもとを訪れたといいます。そのとき板垣は「私にやったことは、君の私怨(怨念)から出たものではなく、国家を想ってのことだろう…。私は君をとがめるつもりはない。私の行動が、国家の害と思うなら、もう一度刺してもかまわぬ…」と告げたといいます。わたしは彼のこの言葉に触れたとき感動して涙が出たほどでした。日本歴史上に、真に国を想い、これほどまでにいさぎよく懐(ふところ)の深い人物が存在していたのか…と。

 彼の存在、そして彼が成し遂げたことが、いいことになったのか逆のことになったのか、私なりの視点・観点はありますが、本当のところはやはり私にはわかりません。しかし純粋に、日本国をそして民を、幸せに導きたい…という無私無欲の、壮絶なまでの使命感…。その心意気に感嘆し心服しほれぼれとするのです。そしてやはり私は確信します。松陰を始め、私心なく練れた智慧と純粋な使命感で、身を挺して国のために働いた人々がやってきたことは、純粋であるが故に、まさにそれは人類に貢献し、私たちの今の幸せと安寧にと、必ずや繋がっているのではないかと…。

夢に向かって挑み続ける若者を一人でも多く
創らなければこの国に未来はない
中條高徳

 数年前にご逝去された、アサヒビール名誉顧問だった中條氏の遺訓です。いささか極論的にも聞こえますが、中條氏のこの言葉はとても私の心に残っています。それは松陰の「夢なくして成功なし」という冒頭のフレーズにも繋がります。

 私は、思うのです。「夢」こそが人類の進化の“種子”である…と。人間は「万物の霊長」とも言われますが、“夢を現実にできる霊妙な創造性”を与えられた唯一の存在です。ところが、私たちはその役割をどれだけ果たしてきたでしょうか…。万物の霊長としての創造性の力を、地球と万物の“幸せと向上”のためにどれだけ使ってきたでしょうか。万物のあるべき姿の「夢」を本気で描いてきたでしょうか。私たち人間がブレてしまっているが故に、いま地球も万物も悲鳴を上げています。

 今こそ創造性の力を持つ者としての役割を、本気で発揮していかなければならない時代に入っていると思っています。どんな世界を望んでいるのか。人はどうあるべきか。私たちに今できることは何か。誰かがやってくれる…という時代ではありません。一人ひとりが、創造性を与えられている尊い存在である…ことを本気で思い出し、一人ひとりが行動を起こし、出来ることをやっていく責任がある…と。
  • 人類一人ひとりが自分は創造性を与えられている尊い存在であることを思い出してきたら、きっと万物(すべての存在)に対して優しくなるだろうな…
  • 万物に優しくなったら、自然も動物も正常な生態系(循環)を取り戻して、命を吹き返すだろうな…
  • 自然や動物たちが正常な生態系を取り戻し命を吹き返したら、地球が豊富な酸素と緑で溢れ、奪い合う争いも、環境汚染も姿を消していくだろうな…
  • 人類はひとり残らず「地球」という乗り物の“同乗者”であることを思い出したら、これらはきっと可能になるのではないかな…
  • そのためにはやはり、人類一人ひとりが本気で自分の幸せに責任をもって、自分を大切にして、創造する者としての夢を育んでいけるといいな…

 新年、松陰の生誕地を訪れて、先人達の純粋で壮烈な気概に触れて感動したり驚嘆したこと…。そして自分の「夢」や、いま私たちにできることは何だろうと真剣に感じる機会がもてたこと…とても素敵な新年となりました。


*次回のコラムは2月20日前後の予定です。

2015年12月20日日曜日

今日という日は、あなたの残りの人生の最初の日です

Column 2015 No.31

今日という日は、あなたの残りの人生の最初の日です
                                    - チャールズ・デイードリッヒ -

 このフレーズに出逢ったとき、本当は当たり前のことなのに、私は少なからず衝撃を受けたのでした。 そうかあ! 今日のこの“今の瞬間の私”は、これから訪れる人生の中で、“いちばん若いわたし”でいるわけなんだなあ……と。
 「今」という位置の視点を変えてみたら、こんなに興味深く、面白い“見かた”ができるんだ!…ということに、今さらながら気づいて、驚いたのでした。

 先日、久々にある友人に会いました。彼女は会うなり「あ~あ、歳をとったらいいことってあんまりないわよね…。あんなに好きだった本も読みにくくなってきたし、もの覚えも怪しくなってきて…」と、かなりテンションが下がっている様子でした。とっても共感できるので、私は「そうねえ、うんうん…」といつもの調子で聴いていましたが、ふっと冒頭の“今日という日はあなたの残りの人生の最初の日”という言葉が頭をよぎったのです。

 そうだ…と思って、その友人にこのフレーズを紹介してみたのです。すると彼女は瞬間、目を輝かせてこう言ったのです。「…ほんとねえ!目はかすむ、もの覚えは悪い…と嘆いているけど、これからの人生を考えたら、今日が一番若いわけよねえ…。なるほどお~。よっしゃ!ちょっと感覚が違ってきた!」…と。 それから数日後に彼女からメールが入りました。「…私の人生で今日が一番歳を取った日、という感覚でこれまで生きてきたけれど、あれから私ねえ。ほやほやの“今の若さ”を楽しむことにしたの!」という彼女らしい名言に、あらためて感心して “そうだわ! 私も、ほやほやの今日の若さを、楽しまなきゃあ!”とさらに決意(笑)を固めたのでした。

 人間って面白いですねえ。見かたが変われば人生が変わる…過去を見つめて加齢を嘆くのか、未来を見つめて“今の若さを楽しむ”…のかでは、おそらくこれからの人生は大きく変わってくるでしょう。皺やシミ(加齢)と闘うアンチ・エイジングはやめられないけれど(笑)今は“アンチ”と言うよりは、今あるもの(皺やシミ)への、愛おしさや優しさで、少しばかり接することができるようになったなあ…という気がしています。

 ところが、今のひとときを楽しむ…。今の若さを楽しむ…と言いながら、私自身、何と、忙しく慌ただしい毎日を過ごしていることでしょう。 時に、足を止めて思うのです。“慌ただしいだけの人生では終わりたくないなあ…”と。しかしなかなか“やまらない止まらない”…の繰り返しです。(笑)

 事実、仕事が好きなので、結果的に忙しくなることは確かなのですが、しかし、よく感じてみると、実際は頭の中の方が、実は忙しいんですね。あれをやっておかないと、これをやっておかないと…。あの人は大丈夫かなあ、この人は…と。未来への備えに奔走したり、周りへの余計な気遣いをしたりで、何故か“いま”のこのひとときにおれないときがあるのです。 すると無意識に自分の軸がどんどんずれていきます。ずれてくると体調にきたり、生きる実感が掴めなくなって、やがてテンションがさがってきます。

 さてコラムNo16に取り上げた偶然に出会った、ある女子会グループの興味深い会話を思い出したので、再び取り上げてみます。

A婦人
「・・・(これまでの)10年を100万円で取り戻せるんだったら、買い戻したい気持ちよ!…」

B婦人
「でもねえAさん、10年後には68歳じゃろ…また同んなじことを言うんじゃない? 悔しい!10年を100万円で買い戻したい・・と」

 BさんのメッセージでAさんは気づきます。「ほんと…また同じことを言うんじゃろうねえ。何とか今を充実して生きていかんといけんねえ…」と。 

 考えてみると、私たちもA夫人のように、過去に目を向けて、ああすればよかった、こうすればよかった…と後悔と懺悔の念で、今の大切なひとときを色ぬってしまいやすいですね。あるいは未来への不安に圧倒され“備え”に奔走することで、多くの時間を費やしてしまっているような気もしますね。大切な残りの人生の最初の日の“今日”を無駄にしていることに気付かないままに・・・。

 生きることに迷ったら自分に返る・・・このスタンスを思い出しては、軌道修正し、そう!「いま!今!」と、気持ちに“仕切り直し”をしては、これからも生きていきたいと思います。そして、一日一日を、産声を上げる気持ちで迎え、冒頭のフレーズの“今日の若さ”を楽しむことにします。だって残りの人生の中の一番の“今日の若さ”を楽しまないという“手”はありませんものね・・・。

 次の天風氏のフレーズに思わず笑ってしまいましたが、まさしく!と、共感したことでした。

一度だけの人生だ。だから、今この時だけを考えろ。
過去は及ばず。未来は知れず。
死んでからのことは宗教にまかせろ。
中村天風


*次回のコラムは1月20日前後の予定です。

2015年11月20日金曜日

置かれた場所で咲きなさい

Column 2015 No.30

置かれた場所で咲きなさい
                   - 渡辺和子 -

 渡辺シスターのもとで薫陶を受けた私の従妹から“今晩のテレビにシスターが出演されるから観て下さい”とメールが入り、久々にお話を聴く機会を得ました。すでに88歳というご高齢で、お身体もひと回り小さくなられていましたが、一言一言に年輪の深さと味わいが感じられ、しっとりと私の心に届いたのでした。

 シスターが大切にされているこの冒頭のメッセージは、修道院という環境の中でご自身が、自信を失い先が見えない渦中におられたとき、一人の宣教師から手渡されたという短い英文の詩の一節で、その詩が“置かれたところで咲きなさい…”で始まっていたといいます。

 確かに花々は、おかれた場所で静かに無心に、ただ自分の花を咲かせています。ある花は堂々と、ある花は楚々として…。寒さに震える日もあるでしょう。日照りに耐えねばならない日もあるでしょう。そして季節が終わったら、いさぎよく花びらを落とし、種子を残して命を繋いでいく。

 道ばたに咲いている私はダメとか、薔薇のような華やかさがない私はダメと言って意気消沈している花は見たことがありません。誰も水をくれないと癇癪を起している花々(笑)…を見たことはありません。厳しい自然の中にも、自分の花を精一杯輝かせて、ただ咲いています。その凛とした花たちの生きざまに、いつも私はほれぼれとします。

 勿論人間は、また花とは違うそれは尊い存在です。自分の意思をもち、生きたい人生を選択し、それがうまく起動しなければそれを変えていく意志さえあれば、変えることも可能です。しかも一人ひとりが違った花の輝きをもっています。人間に生まれた幸せを心から感謝したい気持ちです。

 親業のある講座の中に「あなたを花にたとえると…」というワークがあります。グループで順番に一人ひとりに花の名前を付けていくのです。その人をじっと感じていると、ある花のイメージがはっきり浮かんでくると多くの人は言います。興味深いことですが、一人の人にグループから同じ花の名前が挙げられるということはよくあることです。その人が持っている花(華)を人は感じとっているんですね。

 薔薇のような華やかさをもっている人、すみれのような可憐さを奏でている人、ひまわりの花に感じる太陽のような輝きを感じさせる人、百合のような凛とした雰囲気の漂っている人。私たちはみんなみんな花(華)の輝きをもって生まれてきているんだなあと心打たれます。

 しかし世の中には自分の花の輝きに気づかず、あの花ならいいのにこの花ならいいのに…と他の花を羨み、今ある環境を不満に思い、この環境のせいで咲けない…と自分の居場所を求めて、彷徨ったまま一生を終わる人もいます。そんな時、置かれた場所で凛として咲く花々を見習いたいと思う瞬間です。


 渡辺シスターの言葉です 

「…生きていく上には、こんな筈じゃあなかったと思うことが次々に出てきます。そんな時にも、その状況の中で“咲く”努力をしてほしいのです。…どうしても咲けない時もあります。雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、そんな時には無理に咲かなくていい。その代わりに根を下へ下へと降ろして根を張るのです。次に咲く花がより大きく、美しいものとなるために…」


 ある青年と出逢った頃、彼はうつ状態にありました「…僕は小さい時から一人でいるのが好きで、本を読んだり模型を作って遊ぶのが楽しくて夢中でした。でも親の理想は違いました。友達がいっぱいいて、勉強ができて、スポーツも得意で…と。親の理想に合わないぼくを見て、親はいつも溜息をついていました…」

 もし、その青年の育ちのプロセスに、心が喜ぶことをやり続けられる環境があり、自分自身の持ち味を生かしていける環境がそこにあったら、必ずやいつか、その青年なりの花を堂々と咲かせていけたでしょう。しかし早咲きの花もあれば、遅咲きの花もあります。実はそれが個性なのです。“自分の持ち味・自分のペースを大切にしてゆっくりゆっくり成長していいのだよ…”と子どもにも、そして自分にも伝えてあげたいものですね。


 松下幸之助氏の言葉です

「…自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、他の人には歩めない自分だけしか歩めない道。広い時もあり狭い時もある。登りもあれば下りもある。坦々としたときもあれば、かきわけかきわけ汗することもあろう。…いま立っているこの道。とにかくこの道を休まずに歩くことである。…他人の道に心を奪われ、思案にくれて立ちすくんでいても 道は開けない。道を開くためには歩くのだ。自分の道を。心を定めて。それがたとえ遠い道に思えても、必ず新たな道が開けてくる。深い喜びも生まれてくる‥‥」


 私たちの時間は限られています。他人の人生(花)に心を奪われて無駄に過ごす時間はありません。自分の置かれた場所で、自分の花をどのように咲かせていくのか。蕾のままで諦めるのか、せいいっぱい咲かせていくのかは、すべて私たち次第です。

小さきは小さきままに 折れたるは折れたるままに 
コスモスの花咲く
曻地三郎

ありのままの姿で、決して諦めず、置かれた場所で無心に咲き切らんとするコスモスの健気な生きざまに学ばせてもらいます。

最高の人というは この世の生を精いっぱい
力いっぱい生きた人
坂村真民


*次回のコラムは12月20日前後の予定です。

2015年10月20日火曜日

今の本当の感情を心を込めて体験する

Column 2015 No.29

以前、私の講座を受講下さった、S.Mさんの受講後の感想文が心に残っています。了解のもとに一部抜萃致しました。

 「…2回目の講座で、インストラクターがこう言われました。“明るいことがいいことって誰が決めたのですか…”と。そしてこう続けられました。“人間は落ち込みたいとき、落ち込んでおきたいのです。落ち込みを続ける権利も、這い上がる権利もその人にあるわけで、それを第三者が明るくあれ!という権利はありません”…と。インストラクターのこの言葉は、私の心をとらえて放しませんでした。その時は何故なのかはよく分かりませんでしたが…。

 …3回目の講座が終わって数日後、主人が私に投げ掛けた言葉に対して、私は明かるく元気よく“うん!”と応えました。応えたあと、自分が疲れていることにふと気がつきました。その瞬間インストラクターの言葉が、なぜ自分の心に焼き付いたのか分かりました。私は明るいことは良いことだ。暗いのは駄目なのだ…という価値観にずっと縛られていたのです…。

 …それで自分にも周りの人々にもこの価値観を強要してきました。だから主人の投げ掛けた言葉に“うん”と返事をするだけで充分なのに、“うん!”と明るく元気よく返事をしていたのです。しかしその元気は本物の元気ではなく、カラ元気。無理をしていたから疲れたのです。返事をしただけで…。

 …自分を縛っている価値観に気づき、“暗いことがあってもいい。落ち込むことがあってもいい。怒ることがあってもいい…”と心の底から思えたとき、気持ちがとても楽になりました。その日から少しずつ自分が変わっていくのを感じました。自分が負の感情を抱くことを自分に許した時から、周りの人が落ち込んだり愚痴を言ったりすることも、許せるようになっていきました…。自分が暗いムードに巻き込まれるのが嫌で、一言だって聴きたくない主人の愚痴も、聴くのが苦手ではなくなりました…。そう思うようになってから主人も色々なことを話してくれるようになり、夫婦の絆が深く太くなったと思います…」 (以下略)

 S.Mさんの感想文はまだ続きますが、ここまでにしておきましょう。S.Mさんの深い気づきと変化に驚きました…。さて私たちは、明るく元気でいつも笑顔でいることがいいことで、暗かったり元気がなかったりすることはよくないこと…と、何故決めてきたのでしょうか…。

 それはおそらく、私たちは他者の笑顔を見ると心地いいし、逆に沈んでいる人を見ると心が重くなるからかもしれませんね…。 だから親たちは、わが子が泣くと「やめなさい!」 怒っていると「いつまで怒っているの!みっともないわよ!」…と、他者の目に“受けがいい”ようにと、子どものネガティブな感情表現にはとても神経質に接してきたようです。その子の、今の本当の心の状態は、全く見ていなくて、“いつもスマイル!スマイル!ね”…と。 それによって、子どもたちは大人になるまでに、ネガティブな感情はいけないことで、みっともないことなんだ…と学んで大きくなったのではないでしょうか。

 本当にネガティブな感情表現はよくないのでしょうか…。これまでもコラムで何度か取り上げてきましたが、ネガティブな感情を抑えることは “人間をやめなさい!” ということと同じです。悲しい時は大声で泣き、苦しい時は喘ぎ、腹が立ったら怒りの感情を発するから、その感情は抑圧されることなく、そこで昇華されるわけです。不安恐怖の感情も実は私たちを守ってくれているのです。時間があるときにコラムNo18あたり、ぜひ読んでみて下さいね。

 親業では、自分のその時その時の感情を感じていくことを、とても大切にしています。 感情に“いい・悪い”はないのです。自分の感情をきちんと感じ取っていくから、喜びを表現できるし、悲しい時や困った時にも、正直に自己表現できるのです。ただひとつ、とても大事なことがあります。自分の感情を支配できるようになることです。それが自立した大人の条件でもあります。

 幼いころから、正直な感情を大切に扱ってもらって大きくなった人は、自然に自分の感情を支配できるようになっていきます。受講者Hさんの事例です。
Hさんには二人の男のお子さんがいます。また今朝も、ちょっとのことで二人の喧嘩が始まりました。

兄「ケンが僕のほっぺをつねったあ!ゆるさん!」
母「そう!痛かったねえ!」
弟「兄ちゃんが先にブロックで頭たたいたんだよ!あ~ん!…」(泣き始める)
母「そうかあ!先にたたかれて腹が立ってほっぺつねっちゃったんだねえ…」

 最終的には二人の兄弟はまた近寄って遊び始めます。お母さんはどちら側にも就かず、ただそれぞれの言い分(感情)を大切に、そのままフィードバックしているだけです。親業ではこのような共感的な対応をとても大切にしています。感情をそのままに受け取ってもらえるだけで、誰でも前向きに生きれるのです。

 Hさんは泣いたり怒っている子どもを、たしなめてやめさせるのではなく、今、その子が味わっている感情を大切にして、そのままを受け取ってあげているのです。泣きやめる権利も、泣き続ける権利も尊重してみているのです。その結果、子どもは自分の激しい感情がそこで昇華されるだけでなく、親が子どもの感情をそのままフィードバックすることによって、子どもは自分の感情を意識化するので、徐々に自分自身の感情の動きに気づき、自分で自分の感情がコントロール出来るようになっていくのです。勿論、親業ではここぞと思うところではお母さんの思いを伝える側面もあります(コラムNo11

 一方、世の中にはとても「感情的な人」も多いですね。街中で、罪のない住民を相手に怒りをぶちまけている人、ちょっとお酒が過ぎると、周りの人々に嫌がらせを言って迷惑がられている人、子どもや妻のひとことが気に食わないと言って、暴言暴力を振るう人…等々。

 「感じる人」は自分の感情を支配できている人です。ところが「感情的な人」は感情の方に支配されている状態です。感情的な人の多くは、幼いころから感情を大切に扱われなかったために、潜在意識に怒りや恐怖や、不安の感情が抑圧されており、ちょっとのことで沸騰してしまう…。それだけではなく、共感もなかったために、自分の感情に気付けないままに成長したので、自分の感情が支配できず、逆に感情の方にコントロールされてしまっている状態です。彼らにとっては、それが今を生きていくための無意識のバランスですが、本来は、大人になるまでに、自分の感情は自分で支配(コントロール)出来るようになっておくべきなのです。

 S.Mさんは気づかれました。明るいことはいいことで、暗いのは駄目だ…という自分を縛っていた価値観に気づき、負の感情…つまり怒りを感じたり、自信を失って落ち込んだり…の感情をも、正直にキャッチして、感じることを自分に赦すようになられました。このように、自分の今の感情(心)の位置が意識化できたら(これが受容であり赦しの形です)あとは、自分のために笑顔で明るくふるまうことも、心が喜ぶことをして気分転換することも、実はとても大切なことなのです。自分が自分の人生を創るのですから、明るい思考が明るい人生を引き寄せ、暗い思考は暗い人生を引き寄せるという原則も実は真実なのです。

 いわゆる今注目の、その「引き寄せの法則」は確かに真実で、力がありますが、こわい落とし穴があります。ポジティブ思考が強調されるあまりに、自分の中の真実を見落としていく怖さです。一時期ポジティブシンキングセミナーも随分流行を見せていましたが、多くはうまく起動しない筈です。何故なら、自分の本当の感情(心)の位置をごまかして、見ないふりをして “ポジティブ思考!”   と叫んでも、自分の内面の真実は、決してごまかせないのです。実は本当の自分からブレることが一番怖いのです。ブレたまま明るさを演じても、内面の本当の真実の方が起動してしまうわけです。

今のほんとうの感情を、心を込めて経験する

 自分の本当の感情からブレないで、感じ切ることこそが、生きている実感であり、自己理解のベースでもあります。その感情を感じている自分そのままを赦し、情けない自分そのまんまで(コラムNo22)堂々と自分の望む人生を、選択していきましょう。そしてより実感ある人生を構築していきたいものですね!


*次回のコラムは11月20日前後の予定です。

2015年9月20日日曜日

とらわれの気持ちを解放したら本当の自由が見えてくる

Column 2015 No.28

昨夜は、ある勉強会の仲間での飲み会に参加しました。帰りは車で来ていた人に便乗させて頂いて、かなり機嫌よく帰途につきました。ところが玄関で自分が手に持っているものを見たら、何と!自分のバックは勿論、後席にあったらしいその方のバックも一緒に、二つのバックを手にしているのです!まさかの現実に、酔いが一度に醒め、顔面蒼白! 比較的新しいお知り合い、ということもあって、まだ名前以外に情報のやりとりもしていない…。パニクッた私は、彼女のバックを開けて手がかりを見つけることしかできない! 遂には彼女の財布もあける羽目になり、やっと電話番号を見つけ、連絡が取れて一件落着! また車で取りに来て頂くという大変な迷惑をおかけしたわけです。

 まだ酔いもあってか、またいつものいい加減さも手伝って、“…まずいことしちゃったけど、まあ連絡できてよかったよかった!まあ人生こんなこともあるよね…”といった調子で、すぐに深い眠りに…。ところが三時半あたりにハッと目が醒めた私は “…お酒を飲みすぎたにせよ、年甲斐もなく何とそそっかしく、恥ずかしい失態を侵してしまったのだろう…人のお財布まで開ける羽目になったことは詫びたにせよ、相手の方はさぞ気分が悪かっただろうなあ…。ああ…わたし…なんとおっちょこちょいで、駄目な人…。” 闇の時間は出来事の真相を途方もなく増幅するようで、押し寄せる妄想と闘いながらふと気づくと、白々と夜が明けてきたのでした。

 自己批判と他者への思惑(おもわく)にとらわれて、“あのときどうして気を付けなかったの!?” “あの人は私を疑われたのでは?…” “きっと軽蔑されたに違いない…” ぐるぐると妄想がらみに圧倒されているその間は“呪縛の牢獄”からは決して抜けられないいんだなあ…ということを、昨夜の一連の出来事から身をもって体験したのでした。

 …仕出かしたことは仕方ない! ここで学ぶしかない…と心に決め、いま学ぶべきは何か…にしっかり気づいて、自分のその失態を自分で認め赦した途端に、とらわれからすっと解放され、ずっしりとした荷物が急に軽くなって、不思議なことに、これまでよりも世界がぐ~んと広がって、澄んで見えてくるのでした!

 こんな寓話を思い出しました。

「…その昔、浅瀬に架かっていた小さな橋が壊れてしまっていて、この川をどうやって渡ったらいいものやら…と岸辺で思案していたひとりの女がありました。ちょうどそこに、ある師匠とお弟子たちが通りかかりました。するとそのお師匠さまは、さっと川の中に入るなり“どうぞ!”と言ったかと思うと、その女を背負って川を渡り、対岸の岸に下ろしました。それを見ていたお弟子さんたちは口々に「お師匠!女を背負うとは!」と非難したそうです。するとお師匠さん曰く“わしは対岸に着いたら女を下ろしたぞ。お前たちはまだ女を背負っているのか?”…」       ~出典不詳~

 さすがに師匠ですねえ…。 困っている人が、たとえ女であろうと誰であろうと、彼はとらわれることなく助けたことでしょう。彼はドグマ(宗教・宗派が信奉する独特の教義・教理)を超越し、いつも“今ここ”にいて、自分が、“今為すべきこと”だけをただ淡々とやっただけ…。

 とらわれと格闘しているときに、私はよく思い出す寓話です。ドグマにとらわれている弟子たちのように、済んでしまっていることなのに、固定観念や見栄にとらわれ ああでもないこうでもない…と。 とらわれはまさに双肩に掛った重い荷物です。しかもその重い荷物は誰が掛けたものでもなく、すべて自分が背負った荷物です。

 悩み癖(捉われ癖)の傾向がある人のご相談にのっていると気付くことがあります。重い荷物を背負うことがご自分の使命だと、どこかで思い込んでいるかのように、ひとつの問題が解消すると、必ずまた次の問題をしょってくるのです。過去のしがらみから立ち直りにくい人もその傾向があります。このとらわれから放たれたら、世界の本当の広さが見えるのに…。本当の自由がつかめるのに…と思うのですが、そんな方々はなかなか手放さないのです。その意味では手ごわいほど頑固です。そして結果的に周りをも、とても不自由にしてしまう。

 人類が一人ひとり、その“とらわれ”から自由になったら‥‥
国内での小競り合いも、テロも、国々の戦争も必要ではなくなるでしょう。やられた…という怨念にとらわれた結果、必ずやり返す…。また我が宗派のドグマにとらわれて、それを守り通すための戦いこそ“平和への道”だという、強い信念(とらわれ)のもとに繰り返される残酷な殺戮…。真の神々は涙を流されているであろうに…。それら片寄った信念(とらわれ)こそがまさに人類の重大な病根です。

 簡単なことではありませんが、人類の一人ひとりが、真に自立し、幸せになることしか平和への道はないのではないでしょうか。まず自分から幸せになるのです。自立するのです。自分の傷みの原因を他者のせいにしないで、喜びも悲しみも自分の責任において感じ切れる人に…。自分の幸せは自分で創れる人に…。

 さて、フランスの思想家ヴォルテールの、心に響く言葉があります。

僕は君の意見には反対だ。
しかし君がその意見を主張する自由は
僕は命を懸けて守る

 自立を果たした人は、相手を認め「対話」ができる人です。対話を通して、相手は今、何を考えているのか。今、相手が必要としているものは何か。その人を闘いにそして病へと駆り立てている本当の原因は何か…。戦いをやめさせることは出来なくても、個人レベルからなら、私たちにできることは何かある筈です。

 自立を果たし、“自分の本当の価値”に目覚め、気づいた人々は現に、自分の周りに発信をはじめています。そしていまだ多くの人の中に根強く眠っている“自分には価値がないのだ”という固定観念(とらわれ)から解放されていない人々を、対話を大切にしながら、相手が自分の真の価値に気づいていけるように勇気づけ、支えていく人たちが、徐々に増えてきています。つまり一隅を照らす人々です!

 そんな人々が存在する限り、人類はおそらく近い将来、一人ひとりの中に内在している無条件の愛と、真の自由性と、本来の創造性をどんどん取り戻していくことでしょう。ひとりからの変容(自立・幸せ)こそが、世界を変えていけるワンステップだと私は確信しています。真の平和実現は、想像以上にシンプルなものだと思っています。

一人の目覚めは百人に及び、百人の目覚めは千人に及び
千人の目覚めは社会全体に及ぶ
松下幸之助


*次回のコラムは10月20日前後の予定です。

2015年8月20日木曜日

頑張れば将来が楽になる。さぼれば今が楽になる

Column 2015 No.27

頑張れば将来が楽になる。さぼれば今が楽になる
                                         アーニー・J・ゼリンスキー

 結構不謹慎に響くフレーズですが、これには実は注釈があります。「…これは人生を真面目に狂おしいまでに社会のペースに圧倒されまくっている人への言葉であり、グータラの人のために送る言葉ではありません」(笑)…と。 私はこのユーモラスなフレーズに出逢ったとき、ふっと体の力がいい意味で抜けました。恐らく私も人生、真面目に頑張って生きている人の一人なんだなあ…と気づいて、苦笑したことでした。

 あなたがもし、滅私奉公的に会社や仕事のためにあくせく働き、心も体も消耗させているとしたら、少しスローダウンして仕事と休息のバランスを取った方がいいですよ…というひとつの提案だと思います。そして彼の言う“アクセク症候群”の行く末は 自律神経失調症をはじめとする精神疾患、最終的には心臓発作や各種の癌に繋がることも多いと警告しています。

 “アクセク症候群”の部類に入ると思うのですが「仕事依存症」と呼ばれる症状は日本の男性に多くみられますが、近年では女性にも見られる時代になりました。仕事以外に喜びがなく、絶えず仕事をしていることで自分の存在価値を認めたい。周りに評価されたい…という無意識の心の動き…そう精神分析家は述べています。

 レオ・バスカリア著「自分らしさを愛せますか」の中に、余命幾ばくもないと知った85歳のある老人の手記がありました。

「…もし、もう一度生涯をやり直せるなら、この次はもっとたくさんの過ちを犯したい。完全な人間になろうなどとはすまい。この次、生きるときは私はもっとリラックスしよう。もっとしなやかに生きよう。それほど深刻に受け止めなければならないことはそうそうないということが今の私にはよくわかっている。今度はもっとクレイジーになろう……もっといろんなことに挑戦しよう。もっと旅をし、山に登り川で泳ぎ、もっとたくさんの夕陽を眺めよう。行ったことのない所をもっともっと訪ね、もっとたっぷりアイスクリームを食べよう。豆ばかり食べるのはもうよそう……。もしもう一度生きれるとしたら、思い通りに生きた時間の方をもっと沢山持ちたいと思う。というよりそんな素晴らしい時間以外のほかはもう何もほしくないというのが正直な気持ちである……」と。

 私たちはみんな、無意識かもしれませんが、自分が生きたい人生を選んで生きているんですね。ところがあるきっかけでふっと気づく…。こんな生き方で自分は本当にいいのか、よかったのか…。後悔はないのか…と。 この老人は若い時からどこに行くときも体温計、薬を持ち歩き体の管理も怠らなかった。仕事も人並み以上に励み、自分を高めるために切磋琢磨してきた人のようでした。 しかし「‥‥あんまり面白い人生ではなかったなあ。もしもう一度人生があるとしたら今度はもっと自由でクレイジーな生き方がしたいなあ……」と、自分の人生を閉じる前にふっと、彼に来た気づきだったわけですね。こんな一文に触れると、人間はなんと興味深い存在なんだろう。色々な人生を生きて、体験して、そして模索しながら、無限の進化にひたむきに向かっていこうとしている存在なんだなあ…と感無量になります。

 一方、ゼリンスキーのいう“グータラな人生”を送ってきた人だって勿論、“自分の人生、これで終わっていいのか…”という気づきが、やはり人生のどこかで必ずやって来ると思うのです。それが死の間際に…という人があるかもしれません。いづれにしてもパスカルの言うように“人間は考える葦”であり、生きて、感じて気づいて、仕切り直しをしては、また新しく生き直そうとするたくましい存在なんだと私は感じています。何故なら人間は、必ずや一人残らず「自己実現」に向かって、たゆみなく心の進化を遂げていこうとしている存在だからです。

 さて先達の言葉には色々な表現があります。

自分が好きなことをする以外に本当にあなたを幸せにするものはありません
バーバラ・シェール

 のように人生「欲求充足説」もあれば、片や

忍耐と勤勉…こそが境遇に打ち勝つものなり
国木田独歩

 のように人生「努力・勤勉説」もあります。

 どちらの説も真実であり「いい」「わるい」は全く無いのだと思います。それは一人ひとりが自分が選択した人生を生きて、そこから学びとった姿勢であり哲学であり、学びとったそれぞれの哲学をもってお互いが真摯に生きている素晴らしい存在だと思うからです。

 実はコラムNo21で取り上げたと思うのですが、一見は過酷に見える登山も、研究者が夜を徹して打ち込む研究も、彼らにとっては努力でも忍耐でもなく、ただわくわくと目指す目標に向かっている姿だとしたら、多くの先達たちが提唱する“人生、やりたいことを!”というスタンスと実は同じです。また“果報は寝て待て”という有名な諺があります。「努力・勤勉説」とはまさに対照的に聞こえます。ところが辞書を引いてみると“やるべきことが済んだのなら、あとは慌てず焦らず成り行きに任せるといい結果がやって来る”のような意味合いがあって、やはり勤勉であることと、ゆったりと気を抜くことの大切なバランスを表しています。

 磁場に陰陽があるように、呼吸にも吸気と呼気があります。いわゆるそれで自然界も人間の体も生命が維持でき、バランスを保っているのです。それと同様に、頑張ることも、気を抜いて遊ぶことも自然な姿であり、バランスです。仕事と休息のバランス。人の話をしっかり聞くことと、自分の気持ちを明確に表す自己表現とのバランス。また前進ばかりではなく、時には立ち止まったり撤退してみることも、生きる上ではとても大切なバランスではないでしょうか。

 いいバランスは~です…それは誰も教えてはくれません。過去に捉われたり頭で考えることを少しやめて、自分の今の感性に頼るしかありません。自分が知らず知らずに取り込んだ固定観念に気づき、それを解放しながら、自分の心のリズム、身体のリズムを大切に生きていたら、無意識に呼吸をしていると同じように、自分にとって快適なバランスの接点が掴めるのではないでしょうか。

ものごとは なんでも
バランスであると ぼくは思っています
あの人はいいなあ…と思う人は みんな
バランスがいいです

でも ものすごくいい人というのは
バランス わるいです
ものすごく悪い人も
バランス わるいです

みうら じゅん

*次回のコラムは9月20日前後の予定です。

2015年7月20日月曜日

仕切り直しをしながら生きる

Column 2015 No.26

立ち上がりの前に力士が、土俵の上で立ち合いの身構えを何度も繰り返している姿を見ますが、それはお互いの力士が呼吸を整え、また両力士の息が合うまで“仕切り直し”をしている姿ですね。

 自分の人生が思うように回転しない時、また何をやってもうまくいかないなあと意気消沈しているとき…私はふっと力士のこの立ち合いの身構えをよく思い浮かべます。すると私の今の呼吸が浅いことや、呼吸の乱れに気づきます。そこで深呼吸をしてみたり、両手をあげたり開いてみたりしながら、呼吸に意識を向けていると不思議に少し落ち着いてきます。「呼吸は意識した瞬間から変化する…」とは、あるヨーガ行者が言っていましたが本当だと思います。

 呼吸を取り戻したら、“私流”ですが、お好みのお茶や珈琲を時間をかけてゆっくり入れ、お好みのお菓子を用意して「美味しい!」と独り言を言いながら頂きます。甘いものがいけないなんて思ったことはありません。甘いお菓子はとっても気持ちを安らかにしてくれます。気づいたら自分をしっかり取り戻し、私の中に新しい構えができます。私のひとつの“仕切り直し術”です。

 ところが仕切り直しを何度やっても悲しみが押し寄せ、不安が押し寄せてくることもあります。そんな時は心を決めて“悲しみよこんにちは”“不安よこんにちは”とその感情を丸ごと迎え入れます。感情は生きものですから、しっかり感じてあげたら不思議に落ち着いてきます。「どうしたの?」と聞くと、たいてい答えも返ってきます。その答えに対して、今はどうしてあげることもできないけれど私の気持ちは大きく安定してきます。

人生に迷ったら自分に返る

 これは私の信念であり、生きる道筋で迷い子になってしまったとき、私はいつも“自分に返る”ことを思い出します。人生に迷っているときは、自分の軸からたいてい大きく逸れています。例えばまわりが気になって無意識に他者と較べていたり、他者の呼吸の方に自分の呼吸を合わせている自分に気付きます。そのことに気付いたら自分に問いかけます。

 他者はともあれ、あなたは本当はどうしたいの?
 どうしたら、あなたの心が喜ぶの?

 自分の人生の答えは外にはありません。必ず自分の中にあります。だから必ず答えが来ます。するとブレていた軸が徐々に自分に返ってきます。戻るところは自分しかありません。そして頑張ることを少しやめて、再び自分に優しくしてあげることを思い出します。できるだけ心が喜ぶことをやってあげます。

 これまでの私の人生で、私の気持ちを本当に解ってくれた…と私が思えた人々、真に私を支えてくれた人々には共通した特徴があったような気がします。
 彼(彼女)らは自分の気持ちは率直に述べるけれども、決してそれを私に押し付けることはありませんでした。いつもさり気なくヒントを与え、たださり気なく支えてくれる、そんな人たちでした。私の人生における解決は、私の思考プロセスを通してこそ、真の解決に繋がるのだということを知っている人たちでした。丸ごと受け入れてはくれましたが、決して依存はさせませんでした。

 あなたにとってどんなに崇拝する人であっても、あなたの人生に関する感度は、あなた以上に冴えている人は誰ひとりいないのだということを信じ始めてください。あなたの人生に関して簡単に答えをくれる人は、実はあなたにとって真の援助者ではないかもしれないということも知っておく必要があります。

天は自ら助くるものを助く
~西洋の格言~

 まさに至言です。体験するのも自分。気づくのも自分。仕切り直すのも自分。すると答えはやってくるのです。他者は援助はしてくれますが、決して助けることはできないのです。


 絶望の淵からそして失意のどん底から再び生きることに“仕切り直し”されたNPO法人フューチャー理事長 野上文代さんのことを書いてみたいと思います。

 野上さんは子どもがなかなか授からなかったのですが、5年間の不妊治療の甲斐あって、一度に3人の子(三つ子)を授かり、最高に嬉しかったそうです。ところがMRI検査の結果、3人の子供のうち2人の子供に脳に異常のある脳性マヒと診断。彼女のショックは並大抵ではありませんでした。障がいを抱えたお子達ですから育児のストレスも尋常ではなく、子育ての疲れと、続く不眠とで野上さんはひどい鬱状態に陥られ、ついには子どもを連れて何処から飛び降りようかと、毎日死ぬことばかり考えていたそうです。

 ところがある日、自分の腕の中で、障がいのある我が子が、酸素ボンベを付けたまま懸命に母乳を吸っている!必死で生きようとしている!その姿に野上さんは大きな衝撃を受けたのです!その瞬間、野上さんの中で音を立てて何かがはじけた。そして心が決まったのです。「よ~し!お母さんはあんたたちをしっかり育てるよ!任せとき!」と。それが野上さんの“仕切り直し”の瞬間でした。

 写真で拝見するお子達の天使のような明るく澄んだ表情に心惹かれます。「特別なことは何もしていないんです。ただ毎日一人ひとりの子供を抱きしめてあげること。そして大好きよ!といってあげること。この二つは絶対に欠かしません…」心が決まったら、人はこんなにも愛に溢れてくるんですね。そしてその愛は確実に子どもに伝わるんですね…。

 この子たちのためなら何でもするぞ!と絶望の淵から雄々しく立ち上がられた野上さんは、やがてご自分の体験を生かして、障がい児のための施設を立ち上げられ現在も社会に大きく貢献していらっしゃいます。

 失意のどん底からでも決して諦めず、“希望に仕切り直し”をして生きる人々の生きざまは、まさに私たちに生きる勇気を与えてくれますね!

こけたら 立ちなはれ!
~松下 幸之助~


*次回のコラムは8月20日前後の予定です。