2019年10月20日日曜日

遺伝子のスイッチがONになったら、可能性が花開く

遺伝子のスイッチがONになったら、可能性が花開く
村上 和雄
Column 2019 No.77

東井義雄「心のスイッチ」

人間の目は 不思議な目
見ようという気もちがなかったら 見ていても見えない

人間の耳は 不思議な耳
聞こうという心がなかったら 聞いていても聞こえない

頭もそうだ
はじめからよい頭 悪い頭の区別があるのではないようだ
「よし!やるぞ!」と 心のスイッチが入ると
頭も すばらしい働きを しはじめる

心のスイッチが 人間を
つまらなくもし すばらしくもしていく
電灯のスイッチが 家に中を
明るくもし 暗くもするように
出典:東井義雄著「自分を育てるのは自分」(致知出版)  

 心に“スイッチ”が入ったとき、人は本気で変わる…と東井氏は言います。村上氏は“遺伝子のスイッチ”がオンになったとき、可能性は見事に花開く…と述べています。おそらく同じことを伝えているのだと思います。私たちの心や、遺伝子に、スイッチが入る動機には、色々あると思います。ある人は、高校の先生のあのひとことで…。名作を読んでいて…。映画を観て…。美しい大自然の中で…。そこには間違いなく、その人の心を打つ深い深い感動があったはずです。

感動は、心の爆発であり、大地震であり、それは人の心の扉を開く
椋 鳩十

 椋(むく)氏が言うように、深い感動があったからこそ、その人の心に爆発が起こり、スイッチが入り、そこで心機一転! 生きる力に満ち満ちて、自分の進むべき道が、明確に見えてくるのでしょう。

 コラムNo52でとりあげた工藤房美氏は癌の末期で余命1ヶ月と宣告され、絶望の淵にあったとき、村上氏の本に出逢いました。「そうか!DNAのうち、まだ眠っているDNAが95%もあるんだ!その眠っているDNAが目を覚ましてオンになったら私だって回復できるはず!」それは、絶望状態にあった彼女の心に爆発が起こりスイッチが入った瞬間でした。そして奇跡が起こり10ヶ月後、癌はすっかり消え、彼女は生還したのです。

 コラムNo26でとりあげた野上文代氏は、長年の不妊治療の甲斐あって一度に3人の子どもを授かります。ところがMRI検査の結果、3人の子どものうち2人の子どもが、脳に異常のある脳性マヒと診断。野上氏は育児のストレスと、続く不眠で深刻な鬱状態に陥ります。子供を道連れに、死ぬことばかり毎日考えていたと言います。

 ある日、障がいのある我が子が、酸素ボンベを付けたまま、自分の腕の中で、懸命に母乳を吸っている! 必死で生きようとしている! その姿に野上氏は大きな衝撃を受けたのです。音を立てて何かが弾けた!この時、野上氏の心にスイッチが入った瞬間でした。この子たちのためなら何でもするぞ!その日を機に、絶望の淵から雄々しく立ち上がったのです。やがて自分の体験を生かして、障がい児の為の施設を立ち上げ、現在も社会に大きく貢献しています。

 私自身も体験しました。青年時代、重篤な鬱から立ち上がったときの経験を、今もはっきり覚えています。それは知人からの一通の葉書でした。「…人って、そんなに上等でしょうか。笑ったり、怒ったり、嫉妬したり、そんな、みっともない自分のまんまで、ああ今日も一日生きさせてもらったぞ、と有難く確認しながら、一日一日を、ただそうやって、自分は生きています…」 全く押しつけがましさのないその一枚の葉書は、私の心を揺さぶるように爆発を起こしたのです。“そうだ!もう自分を苛める(いじめる)ことは辞めよう。私のまんまで生きていいのだ!”…私の心がスイッチ・オンした瞬間でした。その日を機に、私は、数か月の挫折からみごとに立ち上がったのです。

 確かに感動は“心に爆発”を起こします! またそれが東井氏や村上氏のいう“スイッチ・オン”の瞬間でもあるのですね。まさに眠っていた全細胞が目を覚まし、身体中にエナルギーが張り巡らされる…という感じです。特に挫折感が大きければ大きいほど、それは大きくやって来るような気がします。工藤房美氏にやってきたスイッチ・オンも、野上文代氏にやってきたスイッチ・オンも、深い深い挫折感の中でした。

 私は、そのような辛い挫折感は、再び味わいたいとは思いません。しかし、心を爆発させるような「感動」は、今も忘れていないし、これからも求め続けたいと思っています。椋(むく)氏が言うように、感動こそが、一人ひとりの中に眠っている無限への扉を開いてくれるエネルギーなんだ…と気付いたからです。これからも、魂が思い切りわくわくすることを、心を込めて体験し、しっかり遊んで、そして感動して生きていこう…と思っています。

歳をとったから遊ばなくなるのではない。
遊ばなくなったから歳をとるのだ
バーナード・ショー

*次回のコラムは11月20日前後の予定です。

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2019年9月20日金曜日

あなたが望む人生をデザインする

Column 2019 No.76

 親業が主宰する「人間関係講座」では、自分が生きたい人生をデザイン(創造)していく為に、大切なポイントを学んでいきます。指導させてもらいながら感じることは、自分の人生が、自分の思い通りに起動している…と感じている人の方が、極端に少ないと感じています。しかしここで学んだことを生かし、“自分の人生を創造するのは自分”…という意識の変容が、新しい人生を創造し始めるのです。今回は講座で大切に考えていることを、先哲のフレーズを借りながら、述べてみたいと思います。

あらゆる偉業の出発点は目的を明確にすることから
W・クレメント・ストーン

 自分の人生が望むように起動しない大きな原因のひとつは、自分が、本当はどう生きたいのか、何をやりたいのか…が自分の中で不明確なのです。船が出帆するとき、行きたい目的に向かって舵を取るから、やがて目的地に到着できます。目的地がはっきりしてなかったら、海上で逡巡するしかありません

 それと同じことをやっているのだ…ということに、案外私たちは気づいていないのです。目的(欲求)が明確になると、その的を見失うことさえ無ければ、不思議ですがあとから徐々に手段は整ってくるものです。どう生きたいのか、何を手に入れたいのかを、自分の中でまず明確にすることが大切です。

自分が怖いと思っているところに焦点を当ててはいけない。
自分が行きたいところに焦点を当てるんだ
アンソニー・ロビンズ

 コラムNo71でも取り上げましたが、不安・恐怖は、あなたの欲求充足を邪魔する大きな要素です。得たい人生を楽に手にしていく人は、不安・恐怖はあっても、それに巻き込まれず、“大丈夫!何とかなる!”…と、自分を信じ、不安・恐怖に打ち勝って、自分の欲求を諦めない人達です。

 しかし、生きている以上、不安・恐怖がない人はひとりもありません。だから当たり前と思って、決して見ないふりをしない。真正面からしっかりと見つめましょう。感情は生きものです。“恐れ”を感じてあげてください。しかしそれに浸りきると、足を取られます。「有難う!私を心配してくれているんだね。でも大丈夫!何とかなる!だからもう行っていいよ!」…と、あなたなりのツールを使って、愛を持ってイメージで手放していきましょう。何度かやっているうちに、やがてポジテイブな感情に、気持ちよく位置を譲ってくれます(コラムNo4

 不安・恐怖心が邪魔しなくなると、あなたは望む人生を手に入れやすくなります。欲求に集中できるようになるからです。エネルギーは、あなたの意識が向かう方向に流れる性質があり、欲求実現が加速されるのです。

君の中には君に必要なすべてがある。「太陽」もある。「星」もある。
「月」もある。君が求める“光”は君自身のうちにすべてある
ヘルマン・ヘッセ

 あなたが望むことを実現していく上で、とても大切なのは自己価値感・肯定感です。“自分は、生きたい人生を手にして生きるのに値する人間だ…”と、本気で信じているでしょうか。うまくいかないのは、自分が駄目だから…と現実を嘆いたり、責めたり、諦めたりしてはいないでしょうか。

 勿論、私自身も無価値感に襲われることはあります。そんな時にいつも意識的に思い出すことは、マズローが唱えている「…いま何があろうと、どんな位置に居ようと、ひとりひとりみんな、必ず“自己実現”に向かっている!」という考え方です。今の混乱も迷いも、そこに行き着く為の一里塚! 自信を取り戻して、自分がどこに向かいたいのか、その目的さえ見失わなければ、必ず立ち直れるのです。完璧な人間など一人もいないわけですから。

 受講者のK.Kさんから頂いたお手紙の中に「…雨の日には手仕事をして、晴れたら、野良仕事をして…と、一日一日を、ときめいて過ごしています…」と、書かれていました。自分の心が喜ぶことをして、日々をときめいて過ごす!…自分の価値を信じて生きている人の生き方は、輝いていますね。

出来ると思えばできる。出来ないと思えばできない。
これはゆるぎない絶対的な法則である
パブロ・ピカソ

 あなたが望む人生をどれだけ本気で生きたいと思っているのか。本気であれば、やはり手に入りやすいのです。自分の人生の夢を諦めない限り、人生はいつも私たちの味方です。自分の人生を邪魔するものは、周りの環境でもないし、周りの人々でもありません、自分の人生を邪魔しているのは、自分しかいないのです。

 あなたの欲求(目的)を明確にして、自分の中の無価値感に気づき、不安・恐怖を味方に付けながら手放していく。そして決して夢を諦めない!その結果、あなたの望む人生は必ず実現します。あなたの人生の主役はあなたですから(コラムNo70

大勢(たいせい)の意見という雑音に、自分の内なる声を溺れさせてはいけない。
もっとも大事なことは、自分の直観についていく勇気をもつことだ。
あなたの直観は、あなたが本当になりたいものを知っている
ステイーブ・ジョブズ

*次回のコラムは10月20日前後の予定です。

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2019年8月20日火曜日

私が後悔することは、出来なかったことではなくやらなかったことである

私が後悔することは、出来なかったことではなくやらなかったことである
イングリッド・バーグマン
Column 2019 No.75

 ヨーロッパと米国で、銀幕を華やかに飾った、往年の名女優のフレーズです。バーグマンが言っている通り、私たちも、やりたいと思いながらも、出来ないという理由をいっぱいくっつけて、挑戦しなかったことはなかったでしょうか。それは、いつまでも気持ちの中に無念さが残るものですよね。多くの賢者・識者も同じことを語っています。

何かをしてしまったという後悔は、時が和らげてくれる。
しかし、何かをしなかった…という後悔は癒されることはない
シドニー・ハリス

やってしまったことは、例え失敗しても20年後には笑い話に出来る。  
しかしやらなかったことは20年後でも悔やむだけである
マーク・トウェイン

 後悔の中には、仕事上の後悔、人間関係上の後悔、夢実現が果たせなかった後悔…等々、色々な側面の後悔があるでしょう。今回は人間関係上における後悔や自分自身の人生を生きて来て、感じることに触れてみたいと思います。

 気づかなくて、解からなくて、やらなかったことは仕方がありません。でも、無念さが残るのは、あの時ちゃんと気付いていたのに、お詫びのひとことが言えなかった…。本当は伝えたかったのに感謝のひとことが言えなかった…。それはとても後悔が残ります。後悔の念がいつまでも自分を傷つけてしまいます。

 ある知人は、あの人に逢いたい…と、ずっと思っていたのに、多忙の毎日で、先送りにしていて、いざ逢おうと思った時には、その人は、もうこの世に居なかった…と言って泣いていました。“思ったが吉日”と言う至言がありますが、思った時に、思い切って!…が後悔のない生き方の極意なのかもしれません。

 しかし私たちの多くは、自分からくる、そのひらめきや本当の感情よりも、社会に認められることこそが重要なのだ…と、人さまの為に、会社の為に、社会の為に…と滅私奉公の日々を送っている人も多いと感じます。マザーテレサが「世界平和の為に私たちは何をしたらいいですか…」と、インタビューを受けたとき、彼女が答えたことは、「…家に帰って、家族を愛してあげてください…」でした。後悔のない生き方はそんな身近なところにあるのかもしれませんね。

 私自身もこれまでの人生を振り返ってみた時、自分や、他者の問題解決には、真摯に取り組んできたけれど、自分や家族との大切な時間を、結構見逃してきたことに気付いたのです。人生とは、問題解決の為だけにあるのではない。生きるためであり、楽しむためにあるのだと…。身近な人を愛するために、自分の人生を味わうために、感じるために、そして、気付くために、この人生を選んできたのだ…と。

 今の瞬間に、こんなに美しい夜空を、また、道すがら見るこんなに美しい日没を、心に留めなかったら何と勿体ないことか…と。そして、我が子や友人との、再び来ない“今のこの瞬間”のふれあいや、心豊かなひとときを、心から楽しみ、心に留めていかなかったら、何とさみしい人生だろう…と。

人生において 最も大切なとき それはいつでも今です
相田みつを

 後悔を残さない為に、私は今を大切にして生きていこうと思い始めたのです。今のこのひとときに、「今何がやりたい?」と自分によく尋ねます。この人生で自分が幸せになるような何かをしたい…。今の瞬間を、忘れがたいひとときにするために今、私の心が喜ぶような何ができるか…。そして家族と触れ合える幸せなひとときの為に何ができるだろう…と。できない理由を捜すことはとりあえずやめて、いま自分が心惹かれるものを、気まぐれにやることもあります。思いつかない時には、今、自分ができそうなことを、リストから選んでやることもあります。「心が喜ぶ私のやりたいリスト一覧」を作っていて、抹消したり、付け加えたり…結構面白く利用しています。人生の終わりに、あまり“やり残し感”が残らないように

 家族で行きたいところに行ってみる。または一人で行ってみる
 家族で食べたいものを食べてみる。または一人で食べてみる
 逢いたい人に会ってみる
 誰かに言いそびれていることがあれば、思い切って表現してみる
 若い頃にやり損なったことや、途中で投げ出した未練のあるものをやってみる
 思い切り無邪気に遊んでみる       …等々、何と豊かでしょう!

 私の愛読書で、レオ・バスカリア「自分らしさを愛せますか」の中に掲載されている詩をご紹介します。この詩はベトナム戦争に出征していった恋人へのメッセージです。

あなたがしなかったこと

覚えてる?
私があなたの新しい車を借りて、へこませてしまった時のことを…
殺されちゃうかと思ったのに、あなたはそんなことはしなかった

おぼえてる?
私があなたを浜辺にひっぱって行った時のことを…
あなたは雨になるっていった
そしてやっぱり雨が降った
“そうれみろ!”って言われちゃうかと思ったのに、あなたはそんなことはしなかった

おぼえてる?
やきもち焼いてもらいたくて、私が男の子たちと遊びまわった時のことを…
あなたはやっぱりやいてくれたわ
捨てられるかと思ったのにあなたはそんなことはしなかった
(中略)
おぼえてる?
私がフォーマルなダンスパーテイだってことを言い忘れて、あなたがジーンズで来てしまった時のことを…
もう絶交されちゃうかと思ったのにあなたはそんなことはしなかった

あなたがしなかったことは、たくさんたくさんあった
あなたは私のことを我慢し、愛し、私を守ってくれた
お返しに、今度は私があなたに沢山のことをしてあげたい
あなたがベトナムから帰ってきたら…
でも、あなたは、帰っては来なかった…

 彼(恋人)は、その時々に自分が出来る、精いっぱいのことを、彼女に表現してきました。一方 彼女は“彼の愛に甘えてばかりで、私が彼のために何をやってきただろうか…”と、気付いたときには、彼はすでに帰らぬ人だった…。

 詩のテーマは「あなたがしなかったこと」…になっていますが、実は、今回のコラムで伝えたかった“やらなかったこと…への無念さ”が、この詩からしみじみと伝わってきたのでした。

*次回のコラムは9月20日前後の予定です。

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2019年7月20日土曜日

生き残れるものは 変化できる種である

生き残れるものは 変化できる種である
チャールズ・ダーウィン
Column 2019 No.74

 進化論を説いた「種の起源」で知られる、イギリスのダーウィンのフレーズです。「最も強いものが生き残るのではなく、また最も賢いものが生き延びるのでもない。唯一、生き残るものは、変化できるものである」…と。なぜ、絶滅する種と生き残る種があるのか…つまり厳しい環境の変化に、適応できた種だけが、進化を続けながら生き残ってきたのだ…と。このフレーズに出逢った時、私たち人間はどうなんだろう…とふと思いました。

 科学者であり、JT生命誌研究館館長の中村桂子氏の「知の発見」(朝日出版社)の中で、「最初に地球上に生まれた人類は600万年ほど前です。現在の人間はホモ・サピエンスと呼ばれる、ひとつの種の仲間であることがはっきりしています。その後さまざまな人類が生まれたのですが、なぜか滅びてしまい、今残っている種はひとつなのです…」の一文がありました。ダーウインの考えから言えば、人間も、やはり厳しい変化に適応できた種だけが進化を遂げ、今の私たちが存在しているのだと思うと、とても感慨深いものがありました。

世界は変化し続けている。変化しないものは何ひとつないんだ
レオ・バスカリア

 確かに、私たち周辺においても、自然環境の変化、個人の中での生活環境の変化、地域・国家・国際社会の変化…等々、私たちは日々、目まぐるしい変化の中に置かれています。特に天災を始め、身近な家族の病気・死・失業・転居・破産…等々そのストレスは並大抵ではありません。逃れることのできない、それら環境の変化に圧倒されながらも、その痛みから学び、新しい、より進化した対処方法を見つけて、人類は雄々しく柔軟に乗り切ってきました。その聡明さと変化への柔軟さがある限り人類は絶えることなく、確実に進化に向かっていくのだと思います。

 以前、何かの記事で明石家さんまさんが語っていたことが、とても心に残っています。

オレ、およそ30年、芸風ぜんぜん変わってないからね。
すごくないのよ。これはあかんことなの。
人は進化する生きものとして、神様は生んでくれたわけだから…

 凄いことを語る人だなあ…と思いました。息の長い役者さんは、やはりそれだけの哲学を持って生きている存在なんだ…と、しきりに感心したものです。さんまさんが言っているように、確かに自然も、宇宙も、人間を含めて生きものすべては、休むことなく進化・拡大し続けていると言われます。つまり、より高度なものに、より高次ものに…と、とどまることなく拡大・進化を続けているのだ…と。

 この大原則が飲み込めるまで、私は“変化する”ということには、かなり抵抗があったような気がします。変化するということは、“私はこうあるべきだ”と頑なに信じて生きてきた自分の枠組みを、外していく作業でもあるわけで、自分の枠組みを外していくということは、とても不安で、怖いことでもあったのです。

 カウンセリングの場などで感じることですが、表面上は、変化したい!…と思って多くの人は来所して来るですが、自分の枠組みを外していくことには結構、根強いこだわりがあって、決して外そうとしない。無意識ですが、本当は“変わりたくない。変わることは怖い”…と、固く思っているのです。自分自身がそうだったので、その辺りのからくりが、とてもよく解かるのです。しかし

イノベーションの戦略の一歩は、古いもの、死につつあるもの、
陳腐化したものを、計画的に体系的に捨てていくことである  
ピーター・ドラッカー

 ルカによる福音書の中で、イエス・キリスト「新しい葡萄酒は新しい革袋に…」と言っています。新しい時代を迎えるには、それまでの古いやり方ではなく、新しい時代に合った発想や方法が、絶対に必要だ…というのです。

 私たちも真に変わろう、進化しよう…と思ったら、一度自分の性癖とか、思考の傾向に本気で気づく必要があります。(コラムNo73) “気づくこと”は乗り越えることであり、捨て去ることでもあります。そこで初めて、変化・進化の“途”に就くことができるのです。その辺りの道理が理解できた時から、私は果敢に自分を見つめ、捨てるべきは捨て、失敗を許しながら新しいことに挑戦し、変容していく自分に興味を持ち、初めて人生が面白く感じられるようになりました。

 その頃から、自分の日常を見つめ直し、ワンパターン化している日常の事柄を、ちょっと変化させてみることにも挑戦し始めました。

  • 朝起きて、すべきことよりも一番やりたいことを優先順位の上位に置く
  • 掃除をしない日、料理を作らない日、携帯を使わない日、TVを観ない日、何もしない日を作る
  • 違うジャンルの音楽・書籍・絵画に触れてみる
  • お風呂に絵を貼ったり、香りを入れる
  • 「大好きな海を見たいな!」と思ったら、思い切って行動する
  • 珈琲を片手に花を眺めたり、空を眺めたり、夕日を眺める
  • 外出先から帰って、やることの順序を変えてみる
  • 仕事の出先からまっすぐに帰らず、30分から1時間、好きなカフェに寄って、珈琲を飲みながら好きな本を読んだりぼんやりする………等々

 日常をちょっと変化させてみるだけで、不思議なほど生き生きした感覚が生まれます。自分の枠組みをどんどん外してみる試みです。こんな小さな変化の第一歩が、人類の進化に無関係ではないと思い始めたのです。そして進化の“種子”は、人類ひとりひとりの想像と創造に満ちた“夢と歓び”の中にこそあるのだと気付いたのです。

ディズニーランドが完成することはない。
世の中の想像力がある限り進化し続けるであろう
ウオルト・ディズニー

*次回のコラムは8月20日前後の予定です。

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2019年6月20日木曜日

「気づき」こそが人生の宝ものです

Column 2019 No.73

 私がお伝えしている講座では、受講者の方々お一人おひとりの気づきを、とても大切にしています。講座では、内容をお伝えした後には「何か気づきはありましたか」…と必ず投げかけます。“気づき”こそが、私たちの人生の思索を深め、人生の幅を広げていくからです。受講者の方々の、受講を終わった後の感想文は、感動的な気づきに溢れています。

 父親であり、医師でもあるK・Fさんの感想文です。その一部をご紹介します。

「…講座の中で最も衝撃でありましたのは、権威・権力によって自分が育てられ、それに影響、また依存していたことです。勉強ができればいい…と言うスパルタ式で教育された私は、創造性の欠如、新しいものを試すことを恐れる、事前に成功するという確信が必要…といった権威主義で育った弊害をそのまま受け、視野の狭い人生を送るようになっておりました。また反面では、自分自身も権威を振りかざし、少しでも反論されると権威を傷つけられたと言っては、腹を立てる度量のない人間であったことにも気付きました…(後略)」

 こうして受講者の中に起った気づきは、終わった後もそれぞれの中で熟成され、周りの人たちとの関係、自分自身の生き方の変容に繋がり、それからの人生を深く豊かにしていくのです。それは学んだ内容は勿論ですが、その人の中で起きてきた“気づき”が変容をもたらしていくのです。最後にK・Fさんは「…この講座に誘ってくれた次女。この子に追いつくことはできないかもしれませんが、せめて背中が見える位置で、人生マラソンをのんびり走ります…」とありました。

あらゆる経験は、ひとつの目的のために起きています。
その目的とは、あなたの気づきを拡大する…ということです
ポール・フェリーニ

 わたし自身、身体的にも精神的にも弱かった母親からの影響を、乗り越えようと決めた頃、やっと自立を目指して立ち上がったものの(コラムNo19)、自分の軸はまだまだ不安定で、生きることに対して、とても不器用でした。しかも常識に欠けるところが多々あり、困ったことに、お調子者の上に、少々大胆なところもあって、それ故に、今思い出しても、赤面するほどの赤恥をかいた経験や、悪意はないのに、気づいたら人を深く傷つけてしまっていたり…。逆に深刻になり過ぎて、一歩も前に進めなくなり、鬱的になったり…と、散々の人生だったなあ…と思います。しかし…

間違いを侵してばかりの人生は、
何もしなかった人生よりあっぱれである
バーナード・ショー

 このフレーズに出逢ったとき、何だかとてもほっとしたものです。ひとつひとつ思い出すのは辛いものもありますが、でも、そのひとつひとつ仕出かした行動から、私は、何と沢山のことを学んできたことでしょう。痛みが大きければ大きいほど、気付きも大きく深いもので、それは魂に刻印されるほどのものです。それまでの、いい子で、こじんまりと生きていた人生より、まさにあっぱれであった…と、今は心からそう思えるのです。

 人生の体験に失敗はない!心地いい体験も、身を切られるような辛い体験も、私にとってはみんな、“気づきに繋がる宝もの”だった…これは痛い体験から出た、私の信念です。今の私が自分の軸を信じて生きていけるのも、他者の痛みが幾らか解かるのも、傷ついたり人を傷つけたり…そういった痛みを伴った体験を通して得た気づきが、その都度あったからこそです。

 もっとも、周りに居た大人たちから、為すべき“すべ”を、前もって教えられていたら…と、無念に思ったことは多々ありました。しかし、今では、間違いを侵す自由を認めてくれたことに、また無知のままでいる自由を与えてくれたことに、むしろ心から感謝しています。

気づくことの大切さは 気づいたことは 次にそれが起った時に
それをコントロール(支配)出来るのです。気づいていないと
あなたはそこでまた躓(つまづ)いてしまうのです
タデウス・ゴラス

 私は受講者の方に伝えてきました。「…私たちが引き起こした出来ごと・出逢う現実は、すべて自分にとって意味のあること。だから絶対に自分を責めてはいけません。責めてしまったら、責めてしまった自分をも許しましょう。大切なことはその経験から学ぶこと。つまり気づくこと。私たちは学び・気づくために、その体験を無意識に引き寄せたのですから…。本気で気付けたら、もうその出来ごとは、まっすぐに反故(ほご)行き、つまりくずかごにあっさりと捨てることです」…と。

 もっとも、学ぼう!気付こう!…と勢い込まないでも、私たちの魂は、常に「自己実現」を目指していますから、その出来事から逃げ続けない限り、魂は学んでくれます。しかし万一、私たちが逃げてしまったとしても、私たちが学び切るまで、不思議ですが、手を変え品を変えてそれを引き寄せては、何度でも体験をさせてくれます。人間は成長に向かうようにできているのです。

人生は、失敗すること、負けること、苦悩すること…の方が
圧倒的に多いのではないかと思います。
でも、それがあるからこそ、我々は成長できて、強く生きていけるんです
井上 康生 

*次回のコラムは7月20日前後の予定です。

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2019年5月20日月曜日

過去と他人は変えられない。しかし自分と未来は変えることができる

過去と他人は変えられない。しかし自分と未来は変えることができる
エリック・バーン
Column 2019 No.72

 平成の時代を見送り、新しい「令和」の時代を迎えました。昭和・平成と生きてきて、ここに「令和元年」というこの歴史的瞬間に出逢えたことに、わくわく感を嚙み締めたことでした。この「令和」の元号が日本の古典「万葉集」から引用されたとのこと。「梅の花の歌32首」の序文からの引用と聞き、若い頃に勢いで求めていたらしいその万葉集(全5巻)を取り出して探しましたが、幾らか注釈はついているものの、すべて漢字のみのいわゆる“万葉仮名”と呼ばれる用字法で書かれており、私には全くのお手上げ状態でした(笑)

 その序文の現代訳は、はせくらみゆき氏の一文から明確になりました。「初春の月(れいげつ)にして、気俶(よ)く風らぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き…」新元号はこの序文の2文字から引用されたようです。新元号に関しては賛否両論あるようですが、品格があってなかなかいいな…と個人的には思っています。そして“きっといい時代になる!”…という予感です。

 新時代を迎えて、何故か冒頭のエリック・バーンのフレーズに心惹かれました。“過去と他人は変えられない”…うん、確かに! しかし、“自分と未来は変えられる!”…うん!なるほど! 新時代を迎えたこともあってか「なんと希望に満ちたフレーズだろう!」と思ったことでした。変えることのできない過去を悔やんで、自分を責めることは本気でやめよう!…と。そして他人(ひと)を変えることではなく、自分を変えることで未来を創っていこう!…と。

 私たちを不自由にしている頑(かたく)なに捉われている価値観に気づき、洗い直し、しかし大切に思っている価値観は、さらに大切にしていく…など、価値観の柔軟な捉え方・考え方は、自分自身の変容に、とても重要だと思います。

“今からでも!”と、“今からでは…”が、人生の大きな分かれ道になる
梁瀬 次郎

 私も年齢を重ねてくるに従って、うっかりすると“今からではねえ。とても…”と、夢に挑戦することに消極的になっている自分に、ふと気付きます。

なりたかった自分になるのに遅すぎるということはない
ジョージ・エリオット

 先達(せんだつ)の言葉には本当に励まされます! そう!人生に遅すぎるということはないんですね。ましてや、まだ50代・60代にいる人が自分の老いを語ってはいけませんよ! 前コラムNo71で触れましたが、個人的無意識・集合的無意識…からくる不安・恐怖は、「…今さら出来るはずがない…」とあなたを脅かします。でも、潜在意識がどうであれ、どんなに不安・恐怖でたじろぐことがあったとしても、そこに今ひとつ勇気をもって、一滴一滴と、希望と情熱の新しい一滴を注ぎ、行動していかなくては、私たちの人生のストーリーは未完で終わってしまいます。

歳をかさねるだけでは人は老いない
理想を失うときに はじめて老いがくる
人は信念と共に若く 疑惑と共に老いる
人は自信と共に若く 恐怖と共に老いる
希望がある限り若く 失望と共に老いる
サミュエル・ウルマン

 近年、90歳を超えてもなお青年のようなエネルギーを、感じさせる人たちも多くなりました。彼らは、人は歳(とし)と共に老いる…という集合意識を乗り越えて、“そうであるとは限らない”…と、自分の感度の方を信頼し、人生を思い切り楽しみ、自分の位置で出来得ることをしている人たちです。片や、50歳代で、すでに老年を感じさせる人も確かにあります(コラムNo24)その違いは何でしょうか。

 それは、ウルマンが謳っているように“理想・信念・自信・希望”を抱き続け「私の人生の創造者はわたし」のスタンスで生きている人なのか、或は“周りが私の人生を左右する…”と、人任せのスタンスで生きている人なのか…の違いではないでしょうか(コラムNo70) “絶対に揺るがない安全基地”は自分自身の中にしかない…ということを知っている人達は、他者に依存しないのです。周りに起き湧く事象は、すべて自分の心の反映だということを理解しており、自分の責任において自分を磨き、研鑽を深めていくことで、人生を創造していける人たちです。

 しかし歳(とし)を重ねると、ものごとに関心が薄くなったり、情熱を失いかけることも確かにあります。しかし人生を諦めない人は、自分のその“心の危機”に気づくことができるのです。健康を取り戻すために体を動かしたり、改めて自分の心が喜ぶことを自分にやってあげることで、エネルギーを取り戻すのです。身体の健康・心の健康こそが、生きる情熱(元気)に密接に繋がっているということを知っているからです。

生涯現役、臨終定年   松原 泰道(禅の高僧)

勢いのあるフレーズですね! 本気でそう願っている人達にとっては、きっとそれは現実になるでしょう。歳(とし)だから…という幻想を振り払って、自分の価値に気づき直し “焦らず、私自身のペースで、ゆっくり成長していいんだよ…”と、絶えず私も自分に言ってあげるようにしています。他者のペースに巻き込まれないことはとても大切に思います。“他者(ひと)は他者(ひと)、自分は自分”です。人の数ほど生き方のスタイルはあるのですから…。

あきらめない! 一歩ずつ   三浦 雄一郎

*次回のコラムは6月20日前後の予定です。

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2019年4月20日土曜日

不安・恐怖の感情を受け入れ、圧倒するほどのものは手放していきましょう

Column 2019 No.71

  “生・老・病・死”がある限り、人間は、不安・恐怖の感情からは、簡単には逃れられない存在だと思います。先般、親業の合同フォローアップ講座(講座を受講済みの人達のフォローの会)で「感情」がテーマになっていました。そのときある受講生の方が、唐突に「先生にはこだわっている感情はありますか?」…その辺りの質問だったと思います。私は即座に「恐怖心ですね…。DNAレベルの…」と、答えた自分がありました。

 私は顕在的には、あまり“恐怖心”というものを持っている方ではない…と思っていたので、即座にそう答えた自分に、むしろ驚きました。しかしそこから私の中に、新たな気づきが始まりました。そこまでの恐怖の対象が、いま現象的にないだけであって、実は、私の中の深い部分に“恐怖心”が根強くあったのだということに…。そしてそれをあらためて、見つめてみる必要があるのだということを…。

 スイスの深層心理学者のカール・ユングの唱える人間の「無意識層」のからくりを、依然取り上げたコラムNo24から、もう一度引用してみます。

「…人間の心の中には誰の上にも、深層心理として“集合的無意識”と“個人的無意識”が存在している。 集合的無意識とは、人類発生以来脈々と受け継がれてきた人類共通の信念・価値観・恐れ・不安…などを、一人残らず潜在的にもっている。 我々人間は、個人的無意識の影響は勿論、それら集合無意識層の影響をも確実に受けながら今の人生を創っているのだ…」

 つまり、これが私の中からふっと出てきた“DNAレベルでの恐怖心”の意味でもあったのです。顕在意識では、あまり実感がないのに、何かの折にふっと自分の中にしぶとく横たわる不安・恐怖の存在を感知することがあるわけです。我々の深層心理はかくも複雑で、私たちの人生に、それはそれは大きく関わっているのです。

苦痛と恐怖を征服した人間は、神となるのです。
その時こそ新しい生が始まる。新しい人間が生まれる。
すべて新しくなるのです
ドストエフスキー

神になる…ということは心理学用語で言えば、人間の高次の欲求である「自己実現」と同じ意味合いだ…と、私は理解しています(コラムNo25)“自己実現をしていくこと”は人類一人ひとりの最終目的です。ドストエフスキーのこのフレーズから、私たちが最終目的(ドストエフスキーの言う神=自己実現)に達するために課せられた、“苦痛と恐怖を征服すること”は、人間の最後の至難な試練…とも受け取れます。それほどに不安・恐怖は私たちにとって、手放すには、なかなか手強い、最大の難題と言えるのかもしれません。

 自分にもいつ訪れるかもしれない重篤な「病」を想うとき、自分の中に「老い」を感じるとき、逃れることのできない「死」を想像するとき、誰でも少なからず不安・恐怖を覚えます。まだ想像の域であれば“私なら乗り越えます!…”という人はあるかもしれません。しかし実際にその状態が身に降りかかった時、平然とそれらを受け入れていける人は、そう多く存在するものではありません。…人間を生きるということは並大抵ではありませんね。

遠くにいると恐怖を感じるが、近くに迫ると、多くはそれほどでもない
ラ・フォンテイーヌ

私たちはとかく、まだ現実には起っていないことに、心配・不安を、ひとつまたひとつと、カウントしては、自分で不安や恐怖心をどんどん募らせ、増幅させている…ということはないでしょうか。予測できることに、対処しておくことはとても大切だと思いますが、未来のことに、過剰な心配や不安を募らせることは、「あなたの人生はあなたの考えた通りになる…」という原則から言えば、由々しき結果になるわけです(コラムNo70) 

 実は不安・恐怖の感情も、永年の無意識の訓練で習性になったのですから、新しい想いの定義も、練習次第で必ず身につく筈なのです。コラムNo4で取り上げましたが「泥水で一杯のコップでも、清水を注ぎ続ければ、やがて必ずきれいな清水にかわる…」と、同じように、私たちの心が、心配・不安・恐怖で一杯になっていても、そこに一滴一滴、新しい肯定的な想いや希望を注ぎ続ければ、やがて必ず私たちの心に、真の喜びと平安を取り戻せるはずなのです。

 心にとめておきたいことがあります。無意識ですが、私たちは、不安や恐怖の感情に、実は助けられながらこれまで生きてきた側面もあるということです。私たちに不安や恐怖の感情があるからこそ、車の運転には気を付けるし、熊が出没するという山には、入らないのです。不要な感情というものは何ひとつないのです。

 ただ、あなたを圧倒するほどの不安・恐怖は、あなたの欲求充足(あなたが望む人生を生きたい欲求)の前に、立ちはだかり、“おまえに出来るはずがない!”“必ず失敗するよ!”など…。沸き起こる不安・恐怖は、何の根拠もないのに、あなたが手にしたいと思う人生から、あなたを巧妙に引き離そうとします。

 あなたが本当に生きたい人生を、生きていくためには、あなたを圧倒するほどの不安・恐怖は、しっかり感じて、感謝して「もういいよね…」とあなたなりのツールを使って、意識的に果敢に解き放していきましょう。解放しただけは潜在意識が綺麗になり、顕在意識は楽になってくるはずです。

大切なのは、決して深刻になり過ぎないこと。
すべてのことは時が来れば必ずうまくいく
ヘンリー・ミラー

*次回のコラムは5月20日前後の予定です。

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