2021年5月20日木曜日

あなたのコアに響くキーワードは何ですか

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Column 2021 No.96

 あなたが惹かれる言葉や、心に響く言葉は、あなたが生きていく上でのヒントであり、あなたの人生を導いてくれるキーワードかもしれません。ずっと以前、月刊誌「致知」に掲載されたある記事が、私の心にとても残ったので、切り抜いて置いていました。こんな一文でした。

 「…侍ジャパンの監督を務めた小久保裕紀さんが、イチローについて忘れられない思い出があると⦅毎日新聞⦆に書いていた。小久保さんはプロ二年目に本塁打王を獲得。だが天狗になり、翌シーズンは散々。一方イチローは三年連続の首位打者へ驀進中。その年のオールスターゲーム、外野を二人でランニング中に彼に訊いた。“モチベーションが下がったことないの?”するとイチローは私の目を見つめながら“小久保さんは数字を残すために野球やっているんですか?”と言った。“僕は心の中に磨き上げたい石がある。それを野球を通じて輝かしたい” 自分は何と恥ずかしい質問をしたのかと、顔が赤くなった。彼のひとことで私は “野球を通じて人間力を磨く”というキーワードを得た…」

 その記事を読んだとき、私の心にも同時にスイッチが入った感じでした。生きる上での私のキーワードは何だろう…と、改めて考えるきっかけになったのです。私の中のコア(核)が欲しているものは何だろう…。一度しかない人生に何を求め、どう生きたいと思っているのだろう。それをキーワードにしたら何だろう…と。

 ある人は幼い頃から次のようなキーワードを持っていたようです。
「お金持ちになる」「自由を手に入れる」をキーワードにして
幼少期の頃から強く意識していた結果、私はデザイナーとして成功したのです
作者不詳

 キーワードを模索していたら、何の脈絡もなくふっと「わたしOK!」というフレーズが思い浮かびました。取り敢えずはこれをキーワードにして、生きてみよう…と決めました。自分の思い込みを検証しながら、捨てるべきものは捨て、新しい自分をキーワードに込めながら「自分のペースでゆっくりと成長をしていいのだよ…わたしOK!」と、私が自分自身に許可を与えたのです。このフレーズは私の魂が求めていたのでしょう。自信が持てないとき、迷いが起ってきた時に、私に力をくれるのでした。

 小久保氏のメッセージで突如、スイッチが入った私ですが、確かにキーワードは、その都度、生き方に気づきを与えてくれ、自分で自分を励ますことができる効果的なツールだと思いました。あなたはどんなキーワードを持っていますか。無意識を含めて自分なりのキーワードを暖めていらっしゃるかもしれませんね。私が日頃大切に考えているフレーズをランダムに並べてみました。キーワードを捜すヒントとして参考になるかもしれません。

 「自由」「夢」「歓び」「可能性」「諦めない」「愛」
 「無条件の愛と赦し」「本気」「元気」「生きる」
 「光」「勇気」「感謝」「安らぎ」「受容」「個性」
 「祈り」「わくわく」「決断」「好奇心」「希望」
 「優しさ」「創造」「発見」「自信」「自分大切」「神」
 「無限」「宇宙」「凛として生きる」「直観」「遊び」
 「継続」「待つ」「自分軸」「平和」「未来」…等々

 ヨガなどではエネルギーは、私たちが目や意識を向けている方向に流れていく性質があると言っています。よって、あなたの人生の目標設定や、キーワードを定めると、エネルギーはそこに流れ込み、人生は自然にその方向に動き始めて、奇跡的に想いが実現する…ということも事実あるわけです。

心がすべてである。あなたは自分で考えたものになる
仏陀

 他者があなたのことを何と言おうと関係はありません。自分がいつも何を考え、何を感じて生きているのか、それが自分の人生を創っているのです。なぜなら自分の人生の創造者は自分だからです。自分をどう見ているのか、どうなりたいのか…自分の人生における定義、自分自身に対する定義…が、無意識ですが自分の人生に起動していくのです(コラムNo19

自分は自分の主人公。世界でただひとり自分を創造していく責任者
東井 義雄

 もしも今、あなたの人生があなたにとって満足できるものではないとしたら、新しい定義を創り直しましょう。いつでも生き直すことができるのです。そこからまた新しい人生が始まるのです。私たち一人ひとりには、自分が生きたい人生を生きる権利があるのです。その時にあなたが自分のために選んだキーワードはきっと役に立つでしょう。

あなたの心に従って行きなさい。そうすれば最後にはきっとうまくいく
ボブ・デイラン

あなたの人生の代わりに生きてくれる人はいない
ドリー・バートン

*次回のコラムは2021年6月20日前後の予定です。

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2021年4月20日火曜日

「断わる」行為は“自分大切”のコミュニケーションのひとつです

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Column 2021 No.95

 誰かに何かを断らなければならないことは、私たちが生きている日常の中に度々起こってきます。はっきりと断れない為に、買いたくない品物を買ってしまったり、行きたくもない所に行く羽目になったり、オーバーワークなのに仕事を引き受けたりして、悶々とする結果になったことはないでしょうか。

 「NOと言えない日本人」などと他の国からは揶揄(やゆ)されています。日本には、古(いにしえ)から礼節を重んじ、他者を尊重する文化があります。その上、日本人は一般的に控えめでシャイな国民性をもっています。よって結果的に“NOを言うことは相手に失礼なこと…”という観念があり、“NO”へのこだわりが、多くの日本人の魂に刻み込まれてしまっているのかもしれません。

 しかし他者を尊重するという背景には、相手に嫌な思いをさせたくない…は勿論ですが、嫌われたくない…という恐れも潜んではいないでしょうか。

“やります”“できます!”…と、なぜ安請け合いをしてしまうのか。
それはあなたの中に“好かれたい病”があるからです
中田 敦彦

 一度しかない私たちの人生、人に嫌われたくない…という理由だけで安請け合いをして、あなたの大切な時間を費やし、自分が本当にやりたいことをやらないで人生が終わったとしたら、何と悔しいではありませんか。断ることへのこだわりの理由はまだあります。

 断ることへの罪悪感
 相手の気持ちを汲み過ぎる
 断ることは“我がまま”だと思える…等々

 断ることは決して我がままではありません。罪悪感も要りません。自分の人生に責任が持てるのは自分自身だけです。本当に断りたいときに、率直に断る意志を表現していくことは、自分の人生を意義あるものにし、満足できる人生を創造する上で大変重要なコミュニケーションなのです。

 気の進まない誘いなど、お断りしたいな…とあなたが思うとき、相手に不愉快な思いを与えずに断る方法を簡単にご紹介しましょう。親業訓練協会主宰の「人間関係講座」で提供しているスキルの一部です。

 断る“理由”と“意志”を相手に明確に伝えます。例えば
「せっかくお誘い頂いたのですが、仕上げたい仕事がありますので(理由)行かないことにします(意志)」
「いま病人を抱えていますので(理由)役員は引き受けたくない(意志)のです」

 これからもおつき合いを続けていきたい人へのお断りは、このように必ず理由を伝えることを忘れないで下さい。付き合いの無い人からの勧誘などには、むしろ理由をつけないで意志だけで断ります。理由をつけると、それに乗っかってこられる羽目に陥ることがあります。
「貴金属は買うつもりはありません」
「興味がないのでその集まりには参加しません」 
「寄付はお断りします」

 一般に断りにくいとされているのがお金の貸し借りです…。

人は通常、金を貸すのを「断る」ことによって友を失わず、
金を貸すことによって、たやすく友を失う
ショーペンハウエル

 「親への仕送りや、新築のローンの支払いで手いっぱいなので(理由)お金は貸したくない(意志)のです」

 お金を“貸す”“貸さない”はその人の判断ですが、情に流されたり嫌われることへの怖れから動いてしまうと、ショーペンハウエルのいう、落とし穴に落ち込む結果になる可能性は大きいのです。

 さて、子どもがまだ小さい頃、ママ友のひとりがこんなことを言っていたのを思い出しました。「先日、近所で親しくしている奥さんとお店でばったり逢ったのね。そしたらその人が“午後から~があるの。子どもを預かってくれない?”って言うの。急なのでちょっとパ二くってしまって、つい「あ・あ~いいわよ…」と引き受けてしまったのよね。後で思い出したんだけど自分にもその日出掛けていかなければいけない用事があって、預かった子も一緒に連れていかなければならない羽目になったのよ。何だかむしゃくしゃしたわ…」

 焦って返事をすると、こういう事態に自分を巻き込んでしまうことがあります。その場では決して即答をしないことです。「ごめんなさい。予定をにらんであとでお返事させてください」と、ひとまず伝えます。ひとりになってあなた自身の本当の気持ちを感じてみて下さい。そしてあなたの本当の気持ちにぴったりとした表現で、断るなり引き受けるなりすることです。安請け合いしてしまうと、相手のこういうタイプの人はまた同じように甘えてきます。

 勿論「はい」と言って引き受けることも人間関係には必要です。しかし弱さからいつも自分に不正直に好意的な返事をしていると、やがて自分自身を見失う結果になります。

大切なのは自分への思いと他の人への思いやりが、
あなたにとって快適なバランスを保っていることです
リンダ・アダムス

*次回のコラムは2021年5月20日前後の予定です。

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2021年3月20日土曜日

自分のために笑顔をする

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Column 2021 No.94

 心からの笑顔は本当に素敵です。心からの笑顔に出逢ったら一日中幸せな気持ちになります。心にエネルギーが湧いてきます。心からの笑顔には人を元気にする不思議なパワーがあります。

 逆に笑顔の消えた顔に出逢うと、大丈夫かなあ…と心配になったり、不機嫌な表情に出逢うと、自分の気持ちも意気消沈することがあります。人は繋がっているからです。ゲーテは「人間の最大の罪は不機嫌である」と言っていますが、確かに理由もわからず身体から不機嫌を醸し出している人の傍にいると、こちらの感情も混乱し、エネルギーも衰退してきます。

 今回は“笑顔”について考察してみたいと思います。笑顔の背景には色々な動機があります。

* 相手に不愉快な気持ちを与えないように笑顔をする
* 自分の感情を隠すために笑顔をする
* 自分の気持ちを鼓舞するために笑顔をする
* 心が喜んでいるから自然に笑顔になる


相手に不愉快な気持ちを与えないように笑顔をする

 他者のために笑顔をする…これはいい人を演じている人に多い笑顔で、八方美人タイプです。しかしこれは本人がとても疲れるので、どこかでバランスをとらなければいけなくなるでしょう。八方美人的な人が、けっこう家族に不機嫌なのはそのためです。


自分の感情を隠すために笑顔をする

私は笑顔の絶えない顔は嫌いです。
そんな顔を目の前にすると、途端に居心地悪くなる。
人生笑ってばかりもいられないでしょうと思ってしまいます。
中島 義道

 本人にとっては無意識だと思いますが、自分の本当の感情に気づいていないか、気付いていてもその感情が受け入れられないと、本当の気持ちを笑顔でカモフラージュしようとします。無意識でやっている場合が多いのですが、やはり相手にどう思われるか…の怖れが底辺にあるのです。このタイプの人に、私も時に出逢うことがありますが、その人の“素(す)の顔”が見えないので、結構もどかしい気持ちになります。


自分の気持ちを鼓舞するために笑顔をする

落ち込むことがありますが、そのときあえて
笑顔を作るようにすると前向きな気持ちになれるのです
大地 真央

 他者のために笑顔をするのではなく、自分のために笑顔を心掛けることは大事だと思います。アンネ・フランクはユダヤ人迫害に逢い、屋根裏の隠れ家に住みながらそこで書いた日記の中に“つらい時の特効薬は心から笑うこと…”とあります。自分の心の不安・恐怖を、健気にも笑いで鼓舞し続けていたことが伝わってきます。


心が喜んでいるから自然に笑顔になる

 私自身もこの心からの笑顔を目指しています。自分の心が喜ぶことをして、自身の欲求を満たしていけば、人の為に笑顔を作ったり、自分の感情を隠すための笑顔をする必要もないでしょう。欲求充足をして機嫌のいい人になったら周りの人も必ず平和になります。人類一人ひとりが、真実の笑顔を取り戻していったら地球は一気に平和になるでしょう。

 さて、私は今の時世で、とてもさみしく残念に思っていることがあります。新型コロナウイルスの蔓延で、致し方なくマスクをしていなくてはならない事情に…です。講座の中でも受講者の方々はみんなマスクです。その人が今どんな表情でいらっしゃるのか分からないまま講座を続けるのは虚しいものです。友人と会ってもマスクの下の表情が見えないのは、何だか壁の前で話しているような寂しさを感じます。一日も早く平安な世相が戻ってきますようにと祈りたい気持ちです。

 一方、マスクの中はある面、外部に見られることのない安全場所です。だからマスクの下では口角を下げて不機嫌な表情をしていても分かりません。するとつい筋肉は楽な方向に流れて、皮膚は自然に下に下がってしまうことにもなりかねません。私は“日常的にマスク”…という事情の中で面白いことをやり始めました。今回は「笑顔」がテーマですが、私は“このコロナの時期だからこそ出来るだけ楽しく過ごしたい”という意図をもって、以前からマスクの下でしっかりと“ひとり笑顔”を心掛けているのです。しかし時々忘れますが(笑)

 これはいろいろな側面でとても効果的です。マスクなしではずっと笑顔をして街中は歩きにくいものですが、マスクの下なら一日中笑っていても平気です。それに不愉快なマスクでも笑顔をしていると、何だか世界がちょっぴり楽しく見えてくるから不思議です。口角もちょっと上がってきたかな(笑)…という感じです。

楽しいから笑うのではない。笑うから楽しいのだ
ウイリアム・ジェームズ

僕は人が笑ってほしい時に笑いません。自分が笑いたいから笑います
イチロー

*次回のコラムは2021年4月20日前後の予定です。

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2021年2月20日土曜日

天は自ら助くるものを助く

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天は自ら助くるものを助く
サミュエル・スマイルズ
Column 2021 No.93

 冒頭のフレーズはラテン語の古い諺で、1858年にスマイルズが「自助論」を出版し、その冒頭に引用したことで世に知られました。私自身にも、とても心に鳴り響いているフレーズです。

天は自ら行動しないものに救いの手を差し伸べない
シェイクスピア

 人間関係の中でも、その人に降りかかっている問題を自分の問題として捉え、何とか解決したい…という欲求を持っている人は援助しやすいのですが、自分で解決できないと決めて、他者に依存している人を助けることは困難です。ましてや、天(自然・見えない大いなる存在・神…等々)は自助の意志がない人を助けることはしないでしょう。その人の為にもならないからです。

 ところが、この「天」の解釈はとても難しいと思います。私の家族は私が幼い頃から朝晩お仏壇にお参りする習慣のある家でした。そして家族の誰かが「お天と様はいつも見とられるぞ!」とよく口にしていましたので、目に見えない存在のことは、よく分からないままですが、当たり前のように理解し自然に受け入れていたように思います。

 歴史に名を遺す賢者たちも、目に見えない存在を「天」という表現で現し、畏敬の念を抱いていたことが伺えます。

ひとを相手とせず、天を相手とせよ。天を相手とし己を尽くし
人をとがめず、わが誠の足らざるを尋ぬべし
西郷 隆盛

また日本人にもなじみ深い故事があります。この故事に付随して、松下幸之助氏は次のように述べています。

人事を尽くして天命を待つ
出典:中国

“人事を尽くして天命を待つ”という言葉がある。まことに味わい
深い言葉である。私心に捉われることなく、人としてなしうる限り
の力を尽くして、その上で静かに起こってくる事態を待つ…

 さて「天」の解釈はひとまず置いて、「天は自ら助くるものを助く」の中の“自ら助くるものを助く”…辺りに焦点を置いてみたいと思います。西郷隆盛は“…自分ができる限りの力を尽くし、自分の非を他人のせいにしないで、自分がいま、誠心誠意尽しているか否かを天に尋ねよう…”と言っています。

 松下氏は“…自分の利益だけを考えるのではなく、自他を想って自分が出来うる限りのことをして、あとは心静かに起る事態を迎えよう…”と。いずれも他者に依存せず、自分自身の責任において、出来うる限り力を尽くしたのちに、あとは天の意思にお任せしよう…述べているのです。

自らを助けないものを救おうとしても無駄だ。ハシゴを自分で
登る意志が無いものを他人が押し上げることはできない
アンドリュー・カーネギー

 「シンデレラコンプレックス」という用語がメジャーになった時期があります。女性の潜在意識にあると言われる“依存的願望”を指摘したシンドローム(症候群)の名称で、米国の女性作家コレット・ダウリングが提唱した概念です。ある日、白馬に乗った王子様が突如、あなたの目の前に現れて、惨めな境遇にあるあなたを見初め(みそめ)て、白馬に乗せて宮殿に…。つまり他者によって救われたい、守られたい…という、女性に多く見られる依存的な心理的願望を示しています。

 しかし今回の冒頭のテーマが示すように、自分自身を幸せにする力は自分にしかありません。自分の幸せを第三者に依存している人には、天は助けの手を伸ばさないであろうし、万一、玉の輿に乗って宮殿に入っても、いったんは幸せを手に入れたかのように見えても、自分自身で自分を幸せにする力量が無いので、豪華な宮殿の中で一日中「さみしい、さみしい…」と王子様に愚痴をこぼすに違いないのです。 私たちを本当に幸せにするのは王子様ではなく、私たち自身なのです。

自分の人生を主役で生きる人は、自分はこの人生で何が得たいのか。どう生きていきたいのか。自分の欲求を明確に持っています。それを満たしていく為に決して周りに期待せず、自分で果敢に行動を起こし、手に入れていこうとします。“棚からぼたもち”という諺もありますが、自分の欲求に沿って、そのぼたもちを有効に取り入れ、自身の人生を更に広げていける人であれば、そのぼたもちも意味をもってくるでしょうが、一瞬の幸運“棚ぼた”を期待して生きている人は本当の幸せを実感しないままに人生を終えてしまうことになるかもしれません。

 「依存」のループから抜け出すことが大切です。そのためには、まず自分の依存性に気づくことからが出発です。自分自身の中の「依存」という思いの習性に気づくのです。周りに起き湧くできごとは、周りが原因ではなくあなたの思いの習性があなたの人生を創っていることに、本気で気付くことです。そのからくりをとてもうまく現している寓話があります。取り上げるのは数度目ですが、再び取り上げてみます。

 ある村から新しい村に引っ越してきたA夫人が、その村で一番尊敬されているという長老に尋ねました。

 A婦人「長老さま この村の人たちはどんな人たちですか」
 長 老「前に住んでいた村の人たちは、どんな人たちでしたか」
 A婦人「とても嫌な人ばかりなので、引っ越してきたのです」
 長 老「それなら多分ここも同じです」

 なかなか示唆に富んだ寓話です。周りの環境を変えても、その人が持っている感情や、信念・定義(思いの習性)が変わらない限り、同じ環境を創っていくだろう…というわけです。自分の人生を創造できる者は、周りには決していないのです。私の人生の創造者はわたし! つまり“私の人生の主役はわたし”なのです。


*次回のコラムは2021年3月20日前後の予定です。

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2021年1月20日水曜日

自分のものさし 相手のものさし それぞれ寸法がちがうんだな

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自分のものさし 相手のものさし
それぞれ寸法がちがうんだな
相田みつを
Column 2021 No.92

 相田みつを氏がいう「ものさし」とは、“価値観の捉え方”のことを指しており、ものさしと言えども、一人ひとりの目盛りが違う(感性が違う)ので、価値観の感じ方、捉え方には幅がある…ということを、ユーモラスに表現しているわけですね。「価値観」とは、一人ひとりの、ものの感じ方・信条・趣味・人生観…等々を言い、何を選び、どう感じるかについては、第三者に影響を与えない限り自由に選択できる権利を有するものです。

 親業では、誰かと“価値観の対立”が生じた場合、それに権力(暴力・脅迫・命令・侮辱・非難・講義・説教…等々)を使うと、親子であっても関係性は大きく損なわれていく危険性をはらんでいると唱えており、力を使わない係わり方を提供しています。ずっと以前、TVのコマーシャルにお父さん(武田鉄矢)が登場して「どんなに嫌われても、自分が正しいと思うことは子どもに押し付けます。うるさいおやじほどあったかい…」というフレーズがあって、当時とてもヒットしたのですが、しかしこれは絶対にうまくいきません。

 親に迷惑をかけていることであれば、子どもは厳粛な気持ちでそれを受け止めて、行動を変えようとしますが、「あの友達とは別れなさい!」「その格好は何だ!」「好きなことばかりして生きていけると思ったら大間違いだ!」「勉強ができないで厳しい世の中を生きていけると思ってるのか!」…等々。親に具体的な影響(迷惑)を与えていないと子どもが感じていること、つまり“価値観”に関して権力を使われると、相手が親と言えども、子どもは猛然と戦います。

 しかし親ですから、我が子が心配な友達と付き合っていればやはり心配ですし、勉強をやらない子供を見ると将来大丈夫かなあ…と心配するのは当たりまえですよね。ただ、それを権力で接することが危険なのです。以前出逢った青年が言いました。「こっちの言い分は一切聞かないで、いっぱしの正論を押し付けて、教育したつもりでいる。いつもやりきれなさが残る…。いつかやっつけてやりたい気持ちがあるが、正直言ってもういい!係わりたくないという気もちが強い…」と。

 親業を学ばれたあるお父さんと、お子さんとのやりとりです。次のような会話であればどうでしょう。(おやぎょう機関誌掲載)

 父「宿題はしたのか」
 子「してない」
 父「宿題をしていかないと、お前が先生に叱られはしないかと心配だよ」
 子「心配しなくてもいいよ」
 父「そうか、心配いらないのか」
 子「うん、あとでやるから」
 父「やるつもりなんだな」
 子「ああ、そうだよ。叱られたくないもん」
 父「安心したよ」

 父親は権力を使わないで、ただ正直に心配な気持ちだけを伝えています。そして子どもからの言い分に対しても、決して押さえこんだり、無視することなく共感で返しています。親業で大切にしている価値観の伝え方のひとつです。

知識は多いほどいい。知らないより知っていた方がずっといい。
けれども、固定観念と先入観は“百害あって一利なし”
野村 克也

 私たちは幼い頃から、親や周りから刷り込まれた価値観によって、無意識にそれに応えようと、自分に厳しく真面目に、切磋琢磨して生きてきました。しかし一生懸命に生きて来たはずなのに、人生がどんどんつまらなくなってきた…ということはなかったでしょうか。「真面目に努力しないと幸せになれないよ」「人生はお前が考えているような甘いもんじゃないぞ」…といった親や世間から刷り込まれた価値観に完璧に嵌ってしまって、本当は自分がどう生きたいのか、何をしたかったのか…が分からなくなってしまい、人生の迷い子になってしまった状態です。

定説に捉われてはいけない。それは他の人の考え方を生きていくことだ
ステイーブ・ジョブズ

 親業では“欲求充足こそ人生の目的です”と提言していますが、これまでとは異なる価値観に接したとき、頭では納得できるけれども、刷り込まれた価値観との軋轢が起って、なかなか行動に移せず、楽しむことができない…という気もちをよく聞きます。私自身も体験しているのでその気持ちは痛いほど解ります。

 本当は私たちの人生は可能性に満ち満ちているのです。どう生きていきたいかを選択する“自由と権利”があるのです。何だか生きづらい、生きることが何だかつまらないと感じる…とき、私たちは知らず知らずに、古い価値観や観念に縛られて生きているのです。このことにはっきり気付くことが大切です。

 自分が頑なに信じてきた価値観や観念をもう一度しっかり眺めて、自分にとって本当に心地いいものかどうかを調べてみましょう。気づくことは、洗い直しをすることでもあり、乗り越えることであり、自分軸をしっかり取り戻すことでもあります(コラムNo85

人によって、価値観や好みは異なるわけですから、幸せの形も違ってあたりまえ。マスコミや世間が押し付けてくる幸せの基準を、ちょっと脇にどけて、一度じっくり考えてみて下さい。自分はほんとうは何が好きなのか。何をしているとき幸せだと感じるのか。気持ちよく生きていくために何が必要で、無くても困らないものは何なのか。どんな自分になりたいのか…とね
斎藤 茂太

*次回のコラムは2021年2月20日前後の予定です。

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2020年12月20日日曜日

揺るがない安全基地を自分自身のなかに ~自分自身をさらに受容しましょう~

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Column 2020 No.91

 「自分自身を受容する」ひとことで言えば簡単ですが、世界にたった一人しかいない存在の自分であるのに、自身を愛すること・許すことは、多くの人にとって意外に難しいことなのです。例えば“子どもをどうしても愛することができないのです”…という母親の背景には、その人の“自己受容能力”の低さが関係していることがあります。

 近年の研究結果でも“自己受容と他者受容”との間には密接な関係がある…ということが示されており、自分を愛する力量でしか相手を愛することはできないということを表してしています。つまり“あなたが自分を好きだと思ったら、あなたの子どもを受容できて好きになるのも簡単です”というわけです。

 近年ではこの理論の意味・重要性を理解し、認識している人々やお母さん方は多くなりました。しかし、自分自身を受容するためにはそれではどうしたらいいのだろう…辺りで解決策を探り、苦悩している方々は意外に多いように思います。

 多くの識者・賢者もそれに答えようとしています。

出来ない自分を責めている限り永遠に幸せにはならないのです。
今の自分を認める勇気をもつものだけが本当に強い人間になれるのです
アルフレッド・アドラー

 誰の中にも “好ましくない自分”という意識があり、無意識を含めてそれを責めてしまったりしています。他者に褒められたり認められても、自分自身が自分を認めなかったら、本物の自己受容には至りません。褒められたときには嬉しくて“私って素敵よね”と瞬間には思えても、すぐに元通りの自信のない自分に戻ってしまいます。

 そこでアドラーは “今の自分にいくら不満や至らない点があっても、それを決して責めないで、誰に褒められなくても認められなくても、ありのままの自分で生きていいんだ…という勇気をもってください。それが本当の強さへの出発ですよ”…と彼は伝えているのです

自分の弱さを許容せよ。
弱さを他者にさらけ出すことを恐れるな。
他者の弱さにも寛容であれ
茂木 健一郎

 まさにその通りで“自分の弱さをさらけ出せる”ことは、そもそも強さの表徴でもあり、また真に楽に生きれる真髄だとも思います。ただ、自己受容度を今から上げていきたい…という人にとっては、それはなかなか難しいことでしょう。自分の弱さを認識し許容することだけでも精いっぱいですから、ましてや他者にさらけ出すことには強い抵抗を感じるかもしれません。先ずはさらけ出せない自分をどうぞ許してあげてください。

揺るがない安全基地を自分自身のなかに

 メーテルリンクの「青い鳥」の童話に登場するチルチルとミチルは、“幸福の青い鳥”を捜して森の中に入りますが、ついに見つけることはできませんでした。がっかりして家路に尽きましたが、何と我が家で飼っていたキジバトが美しい青色の羽毛を持っていたことに気づいたのです。“幸せは遠くにあるのではなく、身近にたくさん潜んでいる”…ということを示唆している童話ですね(コラムNo23

 しかし私たちに、その幸せを感じ取れる意識(ハート)が無かったら、どんなに幸せが身近にあっても気づかないでしょう。幸福の青い鳥は私たちの周りにいるのではなく、実は一人ひとりの“心の中”にしかいないのです。揺るがない安全基地は自分の心の中にしかないのです。

たとえあなたが何をしていようとも、
それをしている自分を丸ごと愛してあげましょう
タデウス・ゴラス

 自分を無条件に愛する…これは人生の最終課題だと思います。しかもこの「自己受容能力」を身に付けるのに、まさに王道はありません。一人ひとりが自分の心の声や直感に従って、自分の気持ちにしっくりくるものを取りながら、揺るがない安全基地があなたのハートにできるまで、本気で自分を愛してあげてください。
そこに至る為のアイディアを幾つかご紹介します。

 アファメーションと言われますが、「私を愛します」「私を許します」「私はできる!」「大丈夫。大丈夫。何とかなる!」…のように、自分にあげたいメッセージを常に口に出したり心の中で繰りかえしていると、潜在意識に刷り込まれていって、不思議ですが少しずつその気になってくるものです。

 書籍「嫌われる覚悟」の著者 川島達史氏は夜寝る前に「自己肯定タイム」を作ることを勧めています。布団に横たわりながら
  今日成長できた点
  頑張れた点
  嬉しかったこと
  楽しかったできごと

 毎日これらを一つひとつ確認して眠りにつく。“自己受容度が進みますよ”…と言っています。

 最後に私のお勧めのひとつです
 毎日ひとつでもいいから あなたの心が喜ぶことをやるコラムNo21

 これは「自己受容能力」を育てるのにとても力があります。気づいたら、自分が大好きになっていて、やがて周りの人々をとても愛しく感じている自分に、出逢えるでしょう。

*次回のコラムは2021年1月20日前後の予定です。

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2020年11月20日金曜日

本当の“自分らしさ”は自分を生きることから

 Column 2020 No.90


 皆さんは「自分らしさ」をどう定義しますか。これまで講演依頼などで「自分らしく生きるには」辺りのテーマを頂いて、そのつど“さてさて、自分らしさって何だろう…”と、立ち止まって考え込んだものです。

 私たちも周りの人から「こんな考えをするところってあなたらしいわね!」と言われたり、我が子に「あなたらしくない行動ね!」「中学生らしくちゃんとしなさい!」「少しは女らしくしなさい」」…などと、“らしく”の定義が明確ではないままに使ってきたのではないでしょうか。

 「…らしい」という表現の背景には、表現する人の中に“こんな人!”といった思い込みがあったり、無意識の願望があったり…するのかもしれません。しかし不明確な表現だけに、それを受けとった人は“…らしい”にこだわりが起こったり、わけの解からないままに、それに基づいた自分像という堅苦しい枠組みを作る原因にもなる危険性を感じます。自分の思い描いた枠で第三者を判断したり、人を“らしさ”で括(くく)ってしまう権利は誰にもありません。

他人が笑おうが笑うまいが 自分の歌をうたえばいいんだ
岡本太郎

 ほんとうにその通りだと思います。閉じ込められた不自由な「…らしさ」ではなくもっと自由に真の自分になる為の「…らしさ」を求めていきたいものです。その為には、自分の本質に気づき、つまり自分はこの人生でどう生きてどうなりたいと思っているのか。何をしたら本当に魂が喜ぶのか。何がやりたくて何がやりたくないのか…。正直に自分を感じ本音と対峙してみることからが出発です

 菊が決して薔薇にはなれません。薔薇が決して百合にはなれません。花々は、まさに誰に媚びることなく、堂々と個性を輝かせて自分を生きています。ひたすら自分の花を咲かせています。

あなたは際立つ(きわだつ)ように生まれてきたのに
なぜ周りに合わせようとするのですか。
君よりも君らしい人なんてこの世には存在しないんだ
ドクター・スース

 「…らしさ」を決して他人に手渡さないで、本当の自分らしさを自分で培っていくために私たちは何ができるでしょう。親業の視点から考えてみたいと思います。

☆ 自分を感じ、自分の感度を信頼して

 感情にいい悪いはありません。自分のありのままの感情を感じていないと、自分の人生で何が得たいのか、どう生きたいのか…は決して掴めないでしょう。その為に大切なことは自分軸を構築することです。他者の価値観や考えに、いつまでも依存したり影響を受けない。今は自信が無くても、自分の感度を信じて自分から来た答えを思い切って生き始めるのです。そう覚悟しない限り自分軸は育たないでしょう。つまり真の自立はできないし、あなたらしさは育たないのです。

周りからけなされ「無理だ!」と言われていた。
でも私は他人に自分の限界を決めさせたくなかった
田臥 勇太

☆ “ねばならない症候群”からの脱却

妻は夫を立てるべきだ
男は一家の主(あるじ)として責任をもたなければならない
女は慎ましく夫・子どもの幸せを最優先にするべきだ
家庭を持っているのだから、自分を大切にするのはあとまわしだ

 ……等々、大分薄れてはきましたが、特に女性は人間味あふれる一人の人間として生きることを阻まれてきた長い歴史がありました。「女、三界に家なし(女はどこにも安住の場所がない)」「嫁しては夫に従い、老いては子どもに従え」…というような俗諺(ぞくげん)があるくらいです。男性も女性も、深いところではまだまだ強固な観念があって、“男の役割”“女の役割”に縛られて生きてはいないでしょうか。役割意識に縛られると、男性も女性も、お互いが自分らしく“自分の人生の主役”になって生きることは難しくなるでしょう。

世界には君以外誰も歩むことのできない唯一の道がある。
ニーチェ

☆ すべきことよりやりたいことを

 「すべきことをやらないと生活は成り立たないではないですか。それは単なる我儘ですよ」…と一蹴されることは多いです。実はその通りです。いきなりやりたいことだけをやって生きていくことは出来ないでしょう。でも「今日はこのことをやりたい!」と思ったら、思い切って仕事を休んで、自分が本当に心が喜び、魂が納得することを本気でやってみるのです。生きている実感が掴めます。

 仕事がない日には、すべきことより“やりたいこと”を、優先順位の最優先にしてみる。すると、あなたの心や体がエネルギーに満ちてくるのが実感できるでしょう。すると不思議ですが“すべきこと”も何だかすんなりと進み始めるものです。自分を不自由にする為の「らしさ」ではなく、もっと自由な自分になることを許し、人間味溢れる、真の自分「らしさ」を求めていきたいものです。

人が奪うことのできないたった一つのこと。それが「自由」。
如何なる状況でも“自分が進む道を選ぶ自由”です
ヴィクトール・フランクル

*次回のコラムは12月20日前後の予定です。