2020年1月20日月曜日

定説にとらわれてはいけない。それは他の人の考え方の結果を生きていくことだ

定説にとらわれてはいけない。
それは他の人の考え方の結果を生きていくことだ
ステイーブ・ジョブス
Column 2020 No.80

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 昨日、久々に美容院を訪れました。普段、週刊誌類を見ることはまずないのですが、表紙に書かれたさまざまな情報につい惹かれて、始めから終りまでじっくりと読んだのでした(笑) まことしやかに書かれた情報の数々に、頭がくらくらしてきました。なかでも “こういう食べ物をよくとる人はこういう病気にかかりやすい…”等々の記事が、何ページにもわたって、微に入り細に入り、書かれているのです。医学的にどれだけの根拠で書かれているのか分かりませんが、これらが定説となってまかり通ると、結構恐いな…と思ったことでした。

 TV・ラジオ・雑誌・インターネット…等々のメデイアによる情報が、如何に大きな影響を我々に与え続けているか…。それらがいつの間にか集合意識の定説となり、本来ひとり一人の中にある“感性や真実を見る目”を、知らず知らず曇らせていく…。その結果、無意識の間に不感症に陥り、精神は取り込まれ、メデイアに簡単に繰られてしまう結果になるのです。

思い込みに取り付かれてしまうと、別の観点から見る
ということをしなくなります。「検証」することも無くなります。
「仮説」に合わないことが出てきてもそれが目に入らなくなってしまうのです。
池上 彰

 真実は人の数ほどあるわけですから、メデイアによる情報も、ひとつの「仮説」と、思えるゆとりがあれば、それが自分を縛ることも、他人を縛ることも起らないでしょう。それは、私たちがこれから、進化に向かうための大切な視点ではないでしょうか。

 現代経営学の基礎を築いた人で、マネジメントの父とよばれているピーター・ドラッカー(1909~2005)も、やはり“「検証」を怠らず、先入観に捉われず、古い情報にも惑わされないことが重要”…と、警告しています。

予期せぬことが イノベーションの源泉となるのは 
それが我々の先入観を突き崩すからである

 さて、次はよく知られた逸話です
「発展途上国に靴を売り込むように…と命じられた2人のセールスマンがありました。1人のセールスマンは“ここでは靴を履くという文化を持っていません。ここでのセールスの展開は絶対無理です”…と、諦めることを提案しました。もう1人は “チャンスです!ここではまだ誰も靴を履いていません。だから必ず売れます!ありったけの在庫を送ってくださいと、言いました…」          出典:不詳

 未知の世界を前にして、先入観・思い込みをもって、尻込みするのか、そこに、自分の感性を信じて、希望を観るのか…で、確かに組織の進化・発展は明らかに違ってくるでしょう(コラムNo74) 情報が溢れている世の中だからこそ、自分の感性を信じて(しかも柔軟に)ものごとを選択していかないと、自分軸が大きくぶれて、真実を見る感度が鈍ってきます。

大勢(たいせい)の意見という雑音に自分の内なる声を溺れさせてはいけない。
最も大事なことは、自分の心に、直観に、ついていく勇気をもつことだ
ステイーブ・ジョブス

 また食べ物の話に戻りますが、これまでコラムに時々取り上げてきた私の祖父が「自分の身体は自分のことを一番知っているのだから、頂くどんな食べ物でも、よく噛んで、感謝して、おいしい!おいしい!と言って頂くと、毒も毒にならないんだよ」…と、よく言っていました。それが私の感性に合っていたし、とても腑に落ちたので、頂く食べ物を、身体に“いい・悪いと、あまり判断しないで、毎日感謝して頂いています。

 自分の感性を信じることは一番易しいようで一番難しいのかもしれません。しかしこの世の中にたった一人の自分です。自分のことを一番知っているのは自分である筈です。ソクラテス(前469~399)が「汝自身を知れ」と、言ったように、すべてはそこから出発するしかないのだと思うのです。

 一人ひとりが、集合意識やメデイアからの影響を卒業して、自分のハート(魂)からくる答えを信頼し、取捨選択ができ始めたとき、それが真の自立であり、初めて実感のある人生を送ることができるでしょう。また、一人ひとりの、その自立こそが、生き生きとした新しい世界の到来に、真に貢献できるあり方ではないか…と、思っています。(コラムNo49

私の言ったことを鵜呑みにしてはいけない。
自分の魂に納得いくものを、腑に落ちるものを採りなさい
賢者のことば

*次回のコラムは2月20日前後の予定です。

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2019年12月20日金曜日

精神的に健康で幸せな母親を子どもに与えてあげましょう

Column 2019 No.79

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 今回は重いテーマ「自死」について考えてみたいと思います。実は先般、ある行政に招かれて、2回にわたり、市の職員を対象に「市民の自殺予防のための研修会」で親業の視点から話してほしい…ということでした。戸惑いはありましたが、親業には必ず答えがある…を信念に、ひとまず受けることにしました。

 私の講演会及び研修会のテーマとしては初めてなので、数冊専門書を求めて学びました。近年日本における自殺者の増加は、国際的に見てもかなり憂慮すべき問題であり「…死んでいく本人だけの問題ではなく、残された家族、友人、知人にも大きなショックを与えるものであり、深刻な社会問題である…」と、述べられていました。

 そして自殺に向かってしまう背景には、身体の老い・夢が持てない…と、将来に悲観的な高齢者が多く、また年齢には関係なく喪失体験(財産・地位・名誉・家族・健康…)あるいは貧困、借金、過重労働、被災、いじめ…等々によるストレス。それらが原因となり、深刻な鬱状態に陥り、そのストレス状態から逃れる為に、大人の場合は、多くアルコール依存に繋がっていくケースが多い。そして最終的には自分で自分を追い込んで自殺への道を選んでしまうケースが多い…と述べています。

 ここからは私自身の視点から述べていきたいと思います。人間は特に深刻な鬱状態に陥ると、精神的にも肉体的にもエネルギーが極端に消耗しているので、どうしても人生に悲観的になり、自分一人では自分を救えない状態に陥ります。その時は医師も進めるように抗うつ剤の処方を、必ず受けるべき時期だと思います。しかし抗うつ剤を飲むだけでは根本的な解決にはなりません。一番大切なことは、そのかたの心のケア、つまりカウンセリングをじっくりと続けられることが理想です。カウンセリングする人は専門家でなくても構いません。長期を覚悟して本気で係わる人がいれば、重篤な鬱であっても治癒の方向に向かう例は少なくありません。

 私が感じている自死に至る一番根本的な問題・ルーツは、何といってもその人の育ってきた環境・つまり成育歴にあると思っています。破産しても、被災にあっても、いじめを受けても、死を選ばず、生きて解決に向かおうとしている人々の方が圧倒的に多いのです。それは育った環境の中に、一人の人間として愛と尊厳性をもって育てられた…という背景がどこかにあるからです。

 一方、自死を選ぶ人々の育った家族環境には、その多くに深刻な病理が潜んでいます。家族全体が病んでいることが多いのです。例えば、幼い頃から、病的で深刻な家庭環境があり、その中で、大人の葛藤に巻き込まれ、他者の人生ばかりに翻弄されたり、時には病的な大人の面倒を子どもが看る羽目になったり…と、子ども自身に「自分軸」が育つ環境が全く無かったことが多いのです。その結果、極端にストレスに弱い人間になりやすく、自分に自信が持てず、前途に悲観・絶望しやすい体質になります。その心の空洞や心の傷は、癒されない限り、大人になっても持ち続けることになります。

 深刻さの度合いにもよりますが、多くの人は思春期以降から問題が起りはじめます。例えば、無気力・無感動になり、まわりに関心が薄く、引きこもる形に陥っていく場合もあります。また心にある大きな空洞を埋めんが為に、無意識ですが、日常的に鬱的で、不機嫌に周りに人に接したり、買い物に依存したり、食行動異常(過食・拒食)になったり、アルコールに逃げたり、様々な情緒障害・神経症…等々の症状が出たりすることもあります。

 次のフレーズは子どもの問題行動を研究している研究者のことばです。

母親の暖かいイメージが子どもの心のベースになっていれば、
思春期以降によく起る問題行動(非行・暴力・いじめ・不登校
・心身症・うつ・自殺…等々)はまず起らないであろう

 私も長く親業やカウンセリングをやってきて、まさにその通りだと思います。子どもが一番愛を求めている存在は母親です。どんな深刻な状況にあっても、特に母親が精神的に健康で、その環境にめげず、すくっと立っていれば子どもは絶対に大丈夫なのです。母親が精神的に健康であれば、子どもを守れるので、環境が如何に深刻であっても、子どもは必ず育つのです。お母さんにとって子育てが辛いのは、あなたが悪いのではなく、多くは成育歴があなたの力量を超えるほど重かったのです。そしてそれをまだ持ち越したままでいるのです。

 1 自分の成育歴を理解し、一度整理する
 2 子どもを愛する練習をすることで、子どもを“愛する能力”が育つ
 3 自分を愛することは子どもを愛する原点
 4 自分の心が喜ぶこと・本当にやりたいことをやり始める

 自分を愛し始めて下さい。自分を大切にすることなら何でもやってください。一日にひとつでも、心が喜ぶことをやるのです。少しずつエネルギーに満ちてきます。子どもはいつも母親のあなたを見つめています。お母さんが幸せであれば自然に子どもも安定するのです。

 そしてあなたが楽になれば、子どもが考えていることや大切にしていることを取り上げたり、邪魔をしたりしないで見守ってあげられます。子どもの権利である我儘や甘えを、適切に受け入れてあげることもできるようになります。コラムでもこれまで色々書いてきましたので参考にしてください(コラムNo33コラムNo45コラムNo58

 親の愛を確認して育った子ども達は、自分の命を決して粗末にはできないのです。

私のすべて これからの私 それらはすべて母のおかげである
エイブラハム・リンカーン

私が今あるのは すべて母のおかげです。生涯の成功のすべては
母から与えられた道徳教育・知的教育・身体教育…のおかげです
ジョージ・ワシントン

何があっても 支えてくれた母がいたから 今の私がある
トーマス・エジソン

母は素晴らしい。僕にとっては完璧な人だ
マイケル・ジャクソン

もし目が見えたら 見たいものはお母さんの顔が見たい
辻井伸行

僕は78歳になるけど 今もお袋に思い切り抱きしめてもらいたい
尾畠春夫(11歳の時母上他界)

夜更かしして衣装を作ってくれている。
母親の愛情を感じながら滑っている
羽生結弦

*次回のコラムは1月20日前後の予定です。

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2019年11月20日水曜日

この里に、手まりつきつつ子どもらと、遊ぶ春日は暮れずとも好し

この里に、手まりつきつつ子どもらと、遊ぶ春日は暮れずとも好し
良 寛
Column 2019 No.78

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 幼い頃から絵本や、祖父からの語り継ぎによって、親しく感じてきた良寛について、今回は書いてみたいと思います。良寛は、江戸時代後期の曹洞宗の僧侶であり、歌人・書家・漢詩人として、無類の数々の秀作を残しています。教養人でありながら、無欲恬淡とした性格で、寺も持たず、無一物の托鉢生活を営み、多くの民衆と、階層をいとわず親しく交わりました。正直で無邪気で、人と自然をこよなく愛した良寛は、妙好人と呼ばれ、多くの民衆に慕われました。中でも子ども達からの信望は厚く、良寛も

子どもの純真な心こそが、真の仏の心

と、心底それと受け止めて、出かけるときにはいつも、手まりとおはじきを懐(ふところ)に納めていた…といいます。托鉢に出掛けた良寛はいつものように子ども達につかまってしまいます。すると、托鉢のことなどすっかり忘れて、懐から手まりを取り出し、子ども達が、飽きてしまって「やめよう!」というまで、一緒に夢中になって遊んだ…ということです。良寛は自分の法号を“大愚”と名乗り、愚人の如く悠揚としていました。奇矯な行動も多く、数々の逸話にそれが残されています。後で数話ご紹介したいと思います。

 私の祖父は良寛がとても好きだったようで、良寛の残した名言を何かの折に、よく口にしていたのを思い出します。子どもの頃、私がちょっとしたことで落ち込んだり、指先をけがをして「痛い痛い!」と言っているときなどに、祖父がよく

災難に遭う時節には、逢うがよく候(そうろう)。
死ぬ時節には死ぬがよく候。これ、災難をのがるる妙法にて候

…と、祖父独特な節回しを付けて、ユーモラスに語るのです。私は意味もよく解からないし、子ども心に苛立って「それって誰が言ったのよ!」と訊くと、「これ、良寛さまの言葉にて候…」と、楽しそうに応えていたのが懐かしく思い出されます。そんな祖父の影響もあってか、ふと、良寛のことがしきりに思い出され、以前求めていた安藤英男著「良寛」(すずき出版)を再び手に取りました。祖父からよく聞いていたこの良寛のフレーズをその中に見つけ、私の記憶とは幾分違っていたので、この書によって訂正しました。

 その書は、良寛の多くの逸話で綴られています。良寛は、諸国に行脚し、自らの質素な生活をそのまま見せて、説法を説くのではなく、その時その時の思いを言葉にしながら、民衆を導いていきました。晩年の良寛は、子どもを連れて野原を行くときなど、時々遠回りしたり、飛び上がったりするので、そのわけを尋ねると、「せっかく咲いた草花を踏んでは気の毒だ…」と答えたといいます。彼は民衆・自然界すべてに“無条件の愛”を注いだのでしょう。久々にそれら逸話を読んでいたら、良寛という人柄はなんと人間味に溢れ、純粋で無欲で、高邁な精神性を持った人なんだろう…と、改めて心打たれる思いでした。

 詩人の名前は失念しましたが、若い頃に読んだその詩の中に「…真理の目玉よ降りてこい!」という一節があり、私の中にそのフレーズだけが、何故か強烈に印象されています。知りたくてたまらない宇宙の理(ことわり)や人間の根源の理(ことわり)は、求めても求めても自分の中になかなか入ってこない…むしろ求めれば求めるほどに、真理への道は遠のいていくようにも思える。真理への道はあまりに高すぎる…。その詩はその辺りの気持ちを歌っていたような記憶があります。その詩人の葛藤は、そのまま私自身の葛藤でもあり、その詩の一節に凝縮されているように思えていたのです。

 でもこうして、改めて良寛のいきざまを追っていると、真理は決して手が届かないところにあるのではない。それは、決して知的なレベルにあるのではなく、ごく日常の生活の中に常に息づいている。良寛のように高い教養を持ちながらも、決して高邁なことを語らず、自分のすべての力を抜いて、ありのままの自分をさらけ出し、今そこにある自然を、そしてその時その時にご縁ある人々や子どもと共に、自分も無邪気に楽しみながら、まわりの人々を心から愛し慈しんでいった。良寛は、過去でもなく未来でもなく“今、ここ”だけを、愛と歓びをもって、正直に生き切ったのです…。きっとこういう人を、覚者といい、いわゆる“自己実現”を極めた人…というのだろうな…と、改めて畏敬の念を抱いたのでした。

 最後に、私の心にいつもある、良寛の逸話のひとつをご紹介して、今回のコラムを閉じたいと思います。

「…あるとき良寛は、地蔵堂(現、西浦原郡水分町)の渡しを渡ろうとした。そこの船頭は権三といって、鼻つまみの乱暴者だった。権三は良寛がおとなしい人で、一度も怒ったことがないと聞き及んでいたので“ようし!俺がいちど怒らせてやろう”と思った。この時、お客は良寛ひとりだったので、権三は川の真ん中で、わざとよろめいて、竹竿でぴしゃりと川のおもてを叩いた。水しぶきはぱっと良寛に跳ね返った。良寛はびしょぬれになったが、少しも怒らなかった。

さらに権三は、からだを左右に動かし、舟をひどく揺さぶった。良寛はとうとう川の中へ転がり落ち、泳ぎを知らなかったので溺れようとした。権三としては、まさか殺すつもりではなかったので、びっくりして川の中へ飛び込み、良寛を舟の上に救い上げた。

良寛は、ふうと肩で大きな息をした。そして“権三さん、ありがとう。お前がいなければ、わしは死ぬところだったよ”…と言った。舟が向こう岸につくと、良寛はもういちど権三にお礼を言った。“おかげで生命が助かったよ。どうもありがとう”そして、心から感謝しているようすで立ち去った。

権三は、ひょうし抜けがするとともに、深く反省するところがあった。“なるほど、良寛さまは、えらい” 権三は、それから数日後、酒をたずさえて五合庵を訪ね、自分の非礼をあやまり、真面目な人間になることを誓ったという…」
出典:安藤英男著「良寛」(すずき出版)

*次回のコラムは12月20日前後の予定です。

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2019年10月20日日曜日

遺伝子のスイッチがONになったら、可能性が花開く

遺伝子のスイッチがONになったら、可能性が花開く
村上 和雄
Column 2019 No.77

東井義雄「心のスイッチ」

人間の目は 不思議な目
見ようという気もちがなかったら 見ていても見えない

人間の耳は 不思議な耳
聞こうという心がなかったら 聞いていても聞こえない

頭もそうだ
はじめからよい頭 悪い頭の区別があるのではないようだ
「よし!やるぞ!」と 心のスイッチが入ると
頭も すばらしい働きを しはじめる

心のスイッチが 人間を
つまらなくもし すばらしくもしていく
電灯のスイッチが 家に中を
明るくもし 暗くもするように
出典:東井義雄著「自分を育てるのは自分」(致知出版)  

 心に“スイッチ”が入ったとき、人は本気で変わる…と東井氏は言います。村上氏は“遺伝子のスイッチ”がオンになったとき、可能性は見事に花開く…と述べています。おそらく同じことを伝えているのだと思います。私たちの心や、遺伝子に、スイッチが入る動機には、色々あると思います。ある人は、高校の先生のあのひとことで…。名作を読んでいて…。映画を観て…。美しい大自然の中で…。そこには間違いなく、その人の心を打つ深い深い感動があったはずです。

感動は、心の爆発であり、大地震であり、それは人の心の扉を開く
椋 鳩十

 椋(むく)氏が言うように、深い感動があったからこそ、その人の心に爆発が起こり、スイッチが入り、そこで心機一転! 生きる力に満ち満ちて、自分の進むべき道が、明確に見えてくるのでしょう。

 コラムNo52でとりあげた工藤房美氏は癌の末期で余命1ヶ月と宣告され、絶望の淵にあったとき、村上氏の本に出逢いました。「そうか!DNAのうち、まだ眠っているDNAが95%もあるんだ!その眠っているDNAが目を覚ましてオンになったら私だって回復できるはず!」それは、絶望状態にあった彼女の心に爆発が起こりスイッチが入った瞬間でした。そして奇跡が起こり10ヶ月後、癌はすっかり消え、彼女は生還したのです。

 コラムNo26でとりあげた野上文代氏は、長年の不妊治療の甲斐あって一度に3人の子どもを授かります。ところがMRI検査の結果、3人の子どものうち2人の子どもが、脳に異常のある脳性マヒと診断。野上氏は育児のストレスと、続く不眠で深刻な鬱状態に陥ります。子供を道連れに、死ぬことばかり毎日考えていたと言います。

 ある日、障がいのある我が子が、酸素ボンベを付けたまま、自分の腕の中で、懸命に母乳を吸っている! 必死で生きようとしている! その姿に野上氏は大きな衝撃を受けたのです。音を立てて何かが弾けた!この時、野上氏の心にスイッチが入った瞬間でした。この子たちのためなら何でもするぞ!その日を機に、絶望の淵から雄々しく立ち上がったのです。やがて自分の体験を生かして、障がい児の為の施設を立ち上げ、現在も社会に大きく貢献しています。

 私自身も体験しました。青年時代、重篤な鬱から立ち上がったときの経験を、今もはっきり覚えています。それは知人からの一通の葉書でした。「…人って、そんなに上等でしょうか。笑ったり、怒ったり、嫉妬したり、そんな、みっともない自分のまんまで、ああ今日も一日生きさせてもらったぞ、と有難く確認しながら、一日一日を、ただそうやって、自分は生きています…」 全く押しつけがましさのないその一枚の葉書は、私の心を揺さぶるように爆発を起こしたのです。“そうだ!もう自分を苛める(いじめる)ことは辞めよう。私のまんまで生きていいのだ!”…私の心がスイッチ・オンした瞬間でした。その日を機に、私は、数か月の挫折からみごとに立ち上がったのです。

 確かに感動は“心に爆発”を起こします! またそれが東井氏や村上氏のいう“スイッチ・オン”の瞬間でもあるのですね。まさに眠っていた全細胞が目を覚まし、身体中にエナルギーが張り巡らされる…という感じです。特に挫折感が大きければ大きいほど、それは大きくやって来るような気がします。工藤房美氏にやってきたスイッチ・オンも、野上文代氏にやってきたスイッチ・オンも、深い深い挫折感の中でした。

 私は、そのような辛い挫折感は、再び味わいたいとは思いません。しかし、心を爆発させるような「感動」は、今も忘れていないし、これからも求め続けたいと思っています。椋(むく)氏が言うように、感動こそが、一人ひとりの中に眠っている無限への扉を開いてくれるエネルギーなんだ…と気付いたからです。これからも、魂が思い切りわくわくすることを、心を込めて体験し、しっかり遊んで、そして感動して生きていこう…と思っています。

歳をとったから遊ばなくなるのではない。
遊ばなくなったから歳をとるのだ
バーナード・ショー

*次回のコラムは11月20日前後の予定です。

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2019年9月20日金曜日

あなたが望む人生をデザインする

Column 2019 No.76

 親業が主宰する「人間関係講座」では、自分が生きたい人生をデザイン(創造)していく為に、大切なポイントを学んでいきます。指導させてもらいながら感じることは、自分の人生が、自分の思い通りに起動している…と感じている人の方が、極端に少ないと感じています。しかしここで学んだことを生かし、“自分の人生を創造するのは自分”…という意識の変容が、新しい人生を創造し始めるのです。今回は講座で大切に考えていることを、先哲のフレーズを借りながら、述べてみたいと思います。

あらゆる偉業の出発点は目的を明確にすることから
W・クレメント・ストーン

 自分の人生が望むように起動しない大きな原因のひとつは、自分が、本当はどう生きたいのか、何をやりたいのか…が自分の中で不明確なのです。船が出帆するとき、行きたい目的に向かって舵を取るから、やがて目的地に到着できます。目的地がはっきりしてなかったら、海上で逡巡するしかありません

 それと同じことをやっているのだ…ということに、案外私たちは気づいていないのです。目的(欲求)が明確になると、その的を見失うことさえ無ければ、不思議ですがあとから徐々に手段は整ってくるものです。どう生きたいのか、何を手に入れたいのかを、自分の中でまず明確にすることが大切です。

自分が怖いと思っているところに焦点を当ててはいけない。
自分が行きたいところに焦点を当てるんだ
アンソニー・ロビンズ

 コラムNo71でも取り上げましたが、不安・恐怖は、あなたの欲求充足を邪魔する大きな要素です。得たい人生を楽に手にしていく人は、不安・恐怖はあっても、それに巻き込まれず、“大丈夫!何とかなる!”…と、自分を信じ、不安・恐怖に打ち勝って、自分の欲求を諦めない人達です。

 しかし、生きている以上、不安・恐怖がない人はひとりもありません。だから当たり前と思って、決して見ないふりをしない。真正面からしっかりと見つめましょう。感情は生きものです。“恐れ”を感じてあげてください。しかしそれに浸りきると、足を取られます。「有難う!私を心配してくれているんだね。でも大丈夫!何とかなる!だからもう行っていいよ!」…と、あなたなりのツールを使って、愛を持ってイメージで手放していきましょう。何度かやっているうちに、やがてポジテイブな感情に、気持ちよく位置を譲ってくれます(コラムNo4

 不安・恐怖心が邪魔しなくなると、あなたは望む人生を手に入れやすくなります。欲求に集中できるようになるからです。エネルギーは、あなたの意識が向かう方向に流れる性質があり、欲求実現が加速されるのです。

君の中には君に必要なすべてがある。「太陽」もある。「星」もある。
「月」もある。君が求める“光”は君自身のうちにすべてある
ヘルマン・ヘッセ

 あなたが望むことを実現していく上で、とても大切なのは自己価値感・肯定感です。“自分は、生きたい人生を手にして生きるのに値する人間だ…”と、本気で信じているでしょうか。うまくいかないのは、自分が駄目だから…と現実を嘆いたり、責めたり、諦めたりしてはいないでしょうか。

 勿論、私自身も無価値感に襲われることはあります。そんな時にいつも意識的に思い出すことは、マズローが唱えている「…いま何があろうと、どんな位置に居ようと、ひとりひとりみんな、必ず“自己実現”に向かっている!」という考え方です。今の混乱も迷いも、そこに行き着く為の一里塚! 自信を取り戻して、自分がどこに向かいたいのか、その目的さえ見失わなければ、必ず立ち直れるのです。完璧な人間など一人もいないわけですから。

 受講者のK.Kさんから頂いたお手紙の中に「…雨の日には手仕事をして、晴れたら、野良仕事をして…と、一日一日を、ときめいて過ごしています…」と、書かれていました。自分の心が喜ぶことをして、日々をときめいて過ごす!…自分の価値を信じて生きている人の生き方は、輝いていますね。

出来ると思えばできる。出来ないと思えばできない。
これはゆるぎない絶対的な法則である
パブロ・ピカソ

 あなたが望む人生をどれだけ本気で生きたいと思っているのか。本気であれば、やはり手に入りやすいのです。自分の人生の夢を諦めない限り、人生はいつも私たちの味方です。自分の人生を邪魔するものは、周りの環境でもないし、周りの人々でもありません、自分の人生を邪魔しているのは、自分しかいないのです。

 あなたの欲求(目的)を明確にして、自分の中の無価値感に気づき、不安・恐怖を味方に付けながら手放していく。そして決して夢を諦めない!その結果、あなたの望む人生は必ず実現します。あなたの人生の主役はあなたですから(コラムNo70

大勢(たいせい)の意見という雑音に、自分の内なる声を溺れさせてはいけない。
もっとも大事なことは、自分の直観についていく勇気をもつことだ。
あなたの直観は、あなたが本当になりたいものを知っている
ステイーブ・ジョブズ

*次回のコラムは10月20日前後の予定です。

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2019年8月20日火曜日

私が後悔することは、出来なかったことではなくやらなかったことである

私が後悔することは、出来なかったことではなくやらなかったことである
イングリッド・バーグマン
Column 2019 No.75

 ヨーロッパと米国で、銀幕を華やかに飾った、往年の名女優のフレーズです。バーグマンが言っている通り、私たちも、やりたいと思いながらも、出来ないという理由をいっぱいくっつけて、挑戦しなかったことはなかったでしょうか。それは、いつまでも気持ちの中に無念さが残るものですよね。多くの賢者・識者も同じことを語っています。

何かをしてしまったという後悔は、時が和らげてくれる。
しかし、何かをしなかった…という後悔は癒されることはない
シドニー・ハリス

やってしまったことは、例え失敗しても20年後には笑い話に出来る。  
しかしやらなかったことは20年後でも悔やむだけである
マーク・トウェイン

 後悔の中には、仕事上の後悔、人間関係上の後悔、夢実現が果たせなかった後悔…等々、色々な側面の後悔があるでしょう。今回は人間関係上における後悔や自分自身の人生を生きて来て、感じることに触れてみたいと思います。

 気づかなくて、解からなくて、やらなかったことは仕方がありません。でも、無念さが残るのは、あの時ちゃんと気付いていたのに、お詫びのひとことが言えなかった…。本当は伝えたかったのに感謝のひとことが言えなかった…。それはとても後悔が残ります。後悔の念がいつまでも自分を傷つけてしまいます。

 ある知人は、あの人に逢いたい…と、ずっと思っていたのに、多忙の毎日で、先送りにしていて、いざ逢おうと思った時には、その人は、もうこの世に居なかった…と言って泣いていました。“思ったが吉日”と言う至言がありますが、思った時に、思い切って!…が後悔のない生き方の極意なのかもしれません。

 しかし私たちの多くは、自分からくる、そのひらめきや本当の感情よりも、社会に認められることこそが重要なのだ…と、人さまの為に、会社の為に、社会の為に…と滅私奉公の日々を送っている人も多いと感じます。マザーテレサが「世界平和の為に私たちは何をしたらいいですか…」と、インタビューを受けたとき、彼女が答えたことは、「…家に帰って、家族を愛してあげてください…」でした。後悔のない生き方はそんな身近なところにあるのかもしれませんね。

 私自身もこれまでの人生を振り返ってみた時、自分や、他者の問題解決には、真摯に取り組んできたけれど、自分や家族との大切な時間を、結構見逃してきたことに気付いたのです。人生とは、問題解決の為だけにあるのではない。生きるためであり、楽しむためにあるのだと…。身近な人を愛するために、自分の人生を味わうために、感じるために、そして、気付くために、この人生を選んできたのだ…と。

 今の瞬間に、こんなに美しい夜空を、また、道すがら見るこんなに美しい日没を、心に留めなかったら何と勿体ないことか…と。そして、我が子や友人との、再び来ない“今のこの瞬間”のふれあいや、心豊かなひとときを、心から楽しみ、心に留めていかなかったら、何とさみしい人生だろう…と。

人生において 最も大切なとき それはいつでも今です
相田みつを

 後悔を残さない為に、私は今を大切にして生きていこうと思い始めたのです。今のこのひとときに、「今何がやりたい?」と自分によく尋ねます。この人生で自分が幸せになるような何かをしたい…。今の瞬間を、忘れがたいひとときにするために今、私の心が喜ぶような何ができるか…。そして家族と触れ合える幸せなひとときの為に何ができるだろう…と。できない理由を捜すことはとりあえずやめて、いま自分が心惹かれるものを、気まぐれにやることもあります。思いつかない時には、今、自分ができそうなことを、リストから選んでやることもあります。「心が喜ぶ私のやりたいリスト一覧」を作っていて、抹消したり、付け加えたり…結構面白く利用しています。人生の終わりに、あまり“やり残し感”が残らないように

 家族で行きたいところに行ってみる。または一人で行ってみる
 家族で食べたいものを食べてみる。または一人で食べてみる
 逢いたい人に会ってみる
 誰かに言いそびれていることがあれば、思い切って表現してみる
 若い頃にやり損なったことや、途中で投げ出した未練のあるものをやってみる
 思い切り無邪気に遊んでみる       …等々、何と豊かでしょう!

 私の愛読書で、レオ・バスカリア「自分らしさを愛せますか」の中に掲載されている詩をご紹介します。この詩はベトナム戦争に出征していった恋人へのメッセージです。

あなたがしなかったこと

覚えてる?
私があなたの新しい車を借りて、へこませてしまった時のことを…
殺されちゃうかと思ったのに、あなたはそんなことはしなかった

おぼえてる?
私があなたを浜辺にひっぱって行った時のことを…
あなたは雨になるっていった
そしてやっぱり雨が降った
“そうれみろ!”って言われちゃうかと思ったのに、あなたはそんなことはしなかった

おぼえてる?
やきもち焼いてもらいたくて、私が男の子たちと遊びまわった時のことを…
あなたはやっぱりやいてくれたわ
捨てられるかと思ったのにあなたはそんなことはしなかった
(中略)
おぼえてる?
私がフォーマルなダンスパーテイだってことを言い忘れて、あなたがジーンズで来てしまった時のことを…
もう絶交されちゃうかと思ったのにあなたはそんなことはしなかった

あなたがしなかったことは、たくさんたくさんあった
あなたは私のことを我慢し、愛し、私を守ってくれた
お返しに、今度は私があなたに沢山のことをしてあげたい
あなたがベトナムから帰ってきたら…
でも、あなたは、帰っては来なかった…

 彼(恋人)は、その時々に自分が出来る、精いっぱいのことを、彼女に表現してきました。一方 彼女は“彼の愛に甘えてばかりで、私が彼のために何をやってきただろうか…”と、気付いたときには、彼はすでに帰らぬ人だった…。

 詩のテーマは「あなたがしなかったこと」…になっていますが、実は、今回のコラムで伝えたかった“やらなかったこと…への無念さ”が、この詩からしみじみと伝わってきたのでした。

*次回のコラムは9月20日前後の予定です。

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2019年7月20日土曜日

生き残れるものは 変化できる種である

生き残れるものは 変化できる種である
チャールズ・ダーウィン
Column 2019 No.74

 進化論を説いた「種の起源」で知られる、イギリスのダーウィンのフレーズです。「最も強いものが生き残るのではなく、また最も賢いものが生き延びるのでもない。唯一、生き残るものは、変化できるものである」…と。なぜ、絶滅する種と生き残る種があるのか…つまり厳しい環境の変化に、適応できた種だけが、進化を続けながら生き残ってきたのだ…と。このフレーズに出逢った時、私たち人間はどうなんだろう…とふと思いました。

 科学者であり、JT生命誌研究館館長の中村桂子氏の「知の発見」(朝日出版社)の中で、「最初に地球上に生まれた人類は600万年ほど前です。現在の人間はホモ・サピエンスと呼ばれる、ひとつの種の仲間であることがはっきりしています。その後さまざまな人類が生まれたのですが、なぜか滅びてしまい、今残っている種はひとつなのです…」の一文がありました。ダーウインの考えから言えば、人間も、やはり厳しい変化に適応できた種だけが進化を遂げ、今の私たちが存在しているのだと思うと、とても感慨深いものがありました。

世界は変化し続けている。変化しないものは何ひとつないんだ
レオ・バスカリア

 確かに、私たち周辺においても、自然環境の変化、個人の中での生活環境の変化、地域・国家・国際社会の変化…等々、私たちは日々、目まぐるしい変化の中に置かれています。特に天災を始め、身近な家族の病気・死・失業・転居・破産…等々そのストレスは並大抵ではありません。逃れることのできない、それら環境の変化に圧倒されながらも、その痛みから学び、新しい、より進化した対処方法を見つけて、人類は雄々しく柔軟に乗り切ってきました。その聡明さと変化への柔軟さがある限り人類は絶えることなく、確実に進化に向かっていくのだと思います。

 以前、何かの記事で明石家さんまさんが語っていたことが、とても心に残っています。

オレ、およそ30年、芸風ぜんぜん変わってないからね。
すごくないのよ。これはあかんことなの。
人は進化する生きものとして、神様は生んでくれたわけだから…

 凄いことを語る人だなあ…と思いました。息の長い役者さんは、やはりそれだけの哲学を持って生きている存在なんだ…と、しきりに感心したものです。さんまさんが言っているように、確かに自然も、宇宙も、人間を含めて生きものすべては、休むことなく進化・拡大し続けていると言われます。つまり、より高度なものに、より高次ものに…と、とどまることなく拡大・進化を続けているのだ…と。

 この大原則が飲み込めるまで、私は“変化する”ということには、かなり抵抗があったような気がします。変化するということは、“私はこうあるべきだ”と頑なに信じて生きてきた自分の枠組みを、外していく作業でもあるわけで、自分の枠組みを外していくということは、とても不安で、怖いことでもあったのです。

 カウンセリングの場などで感じることですが、表面上は、変化したい!…と思って多くの人は来所して来るですが、自分の枠組みを外していくことには結構、根強いこだわりがあって、決して外そうとしない。無意識ですが、本当は“変わりたくない。変わることは怖い”…と、固く思っているのです。自分自身がそうだったので、その辺りのからくりが、とてもよく解かるのです。しかし

イノベーションの戦略の一歩は、古いもの、死につつあるもの、
陳腐化したものを、計画的に体系的に捨てていくことである  
ピーター・ドラッカー

 ルカによる福音書の中で、イエス・キリスト「新しい葡萄酒は新しい革袋に…」と言っています。新しい時代を迎えるには、それまでの古いやり方ではなく、新しい時代に合った発想や方法が、絶対に必要だ…というのです。

 私たちも真に変わろう、進化しよう…と思ったら、一度自分の性癖とか、思考の傾向に本気で気づく必要があります。(コラムNo73) “気づくこと”は乗り越えることであり、捨て去ることでもあります。そこで初めて、変化・進化の“途”に就くことができるのです。その辺りの道理が理解できた時から、私は果敢に自分を見つめ、捨てるべきは捨て、失敗を許しながら新しいことに挑戦し、変容していく自分に興味を持ち、初めて人生が面白く感じられるようになりました。

 その頃から、自分の日常を見つめ直し、ワンパターン化している日常の事柄を、ちょっと変化させてみることにも挑戦し始めました。

  • 朝起きて、すべきことよりも一番やりたいことを優先順位の上位に置く
  • 掃除をしない日、料理を作らない日、携帯を使わない日、TVを観ない日、何もしない日を作る
  • 違うジャンルの音楽・書籍・絵画に触れてみる
  • お風呂に絵を貼ったり、香りを入れる
  • 「大好きな海を見たいな!」と思ったら、思い切って行動する
  • 珈琲を片手に花を眺めたり、空を眺めたり、夕日を眺める
  • 外出先から帰って、やることの順序を変えてみる
  • 仕事の出先からまっすぐに帰らず、30分から1時間、好きなカフェに寄って、珈琲を飲みながら好きな本を読んだりぼんやりする………等々

 日常をちょっと変化させてみるだけで、不思議なほど生き生きした感覚が生まれます。自分の枠組みをどんどん外してみる試みです。こんな小さな変化の第一歩が、人類の進化に無関係ではないと思い始めたのです。そして進化の“種子”は、人類ひとりひとりの想像と創造に満ちた“夢と歓び”の中にこそあるのだと気付いたのです。

ディズニーランドが完成することはない。
世の中の想像力がある限り進化し続けるであろう
ウオルト・ディズニー

*次回のコラムは8月20日前後の予定です。

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